「副業」新時代-企業の向き合い方 vol.4
副業に伴うリスクを防止するために必要なリスクマネジメント施策
2021.04.16
会社がどのような方針で副業を認めていくかを決定し、いざ副業を行っていく流れになった場合、従業員の生産性低下や情報漏洩など副業を行うことによって会社に生じるリスクを回避する必要がある。
第4回は企業の副業導入のリスクマネジメントに詳しい、弁護士の佐々木尊子氏に協力いただき、企業が従業員の副業・兼業を認めるうえで必要なリスクマネジメントを「生産性低下の防止策」「情報漏洩防止策」の例示で解説してもらった。さらに、副業・兼業でトラブルを起こしてしまった従業員に対する処分の対応方法についても紹介する。
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従業員の生産性低下防止策
生産性低下を防止するためには以下の3点が重要なポイントです。
①就業規則の変更
②+α書面の作成
③就業現場での労務管理
この3点の施策を実施することで生産性の低下に対するリスクマネジメントを行うことが大切です。
就業規則の変更について
現状、多くの会社が副業禁止の就業規則を持っています。そこでまず就業規則を、副業を認める旨の内容に変更することが考えらえます。「働き方改革ガイドライン」(厚生労働省)に見本規則が紹介されていますので参考にしてもよいでしょう。
副業・兼業との関係では、安全配慮義務・秘密保持義務・競業避止義務・誠実義務を明確にしておくことが重要です。
就業規則は、全従業員と会社との間の約束事になりますので、全従業員を対象とした内容を記載することになります。そのため抽象的にならざるを得ない部分があるのですが、ますは会社として守って欲しい約束事を就業規則に記載します。また、個人を対象にこれから説明する+α書面を作成する場合には+α書面についての遵守義務も忘れずに定め、懲戒事由に追加してください。
+α書面(誓約書と仮定します)について
誓約書は、全従業員を対象とした就業規則よりもさらに内容を具体化し、届出人個人を対象とした約束事を定めるための書面です。
誓約書では、就業規則に重ねて競業避止、秘密保持義務等の事項を記載したうえで、生産性低下を防止するために、副業先勤務日数や勤務時間、人身傷害の恐れや夜勤のないこと、定期的な現場上長との面談実施、健康診断を受診など、会社が副業・兼業を認めても生産性低下が生じないようにするための具体的な手段を記載し、従業員との合意を得ていくことが重要です。
具体的な誓約書の内容・文言等については、会社の業種や業務内容、によっても異なってきますので、専門家と相談しながら策定すると良いでしょう。
誓約書が、直接法的拘束力を従業員に課すかは争いのあるところなのですが、従業員が誓約書に反することを行おうとする際の抑止力となり、就業規則に誓約書遵守を規定していれば、それに違反した場合には、就業規則違反となるため、従業員の懲戒事由となります。
その意味でも誓約書を作成することを前提とした就業規則の変更、誓約書の作成をおすすめします。
これによって、会社としては副業・兼業によって本業に支障が出てしまうという事態を防止することができますし、従業員からすれば本業に支障をきたしてはいけないという意識を醸成することができます。
なお、法律の世界では、届出制と許可制が厳格に区別されています。
働き方改革ガイドラインには、原則として副業は労働者の自由である旨の記載がありますので、今後、会社が許可制を採用している場合に「職業選択の自由」(憲法22条)に対する制約であると主張され、不要な争いを生じるリスクがあります。裁判例においても、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するのかは基本的には労働者の自由であり、例外的に
①労務提供上の支障がある場合
②業務上の秘密が漏洩する場合
③競業により自社の利益が害される場合
④自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合
について、副業・兼業を禁止、または、制限することが認められるという傾向にあります。そのため、むやみに許可制とするのではなく、原則副業・兼業を認め、実際に副業・兼業を行う場合には届出が必要であるという届出制としておくことが望ましいと考えます。
就業現場で必要な対策
会社が、いくら規則を定めていても、就業現場において長時間労働が常態化していたり、従業員が本業で1日8時間労働した後に副業・兼業をしていれば、結局は健康管理がおろそかになり、生産性が低下する恐れがあります。
そこで、会社として副業・兼業を認める規則が整い、いざ副業・兼業を行う従業員が会社に現れた場合、就業現場において、副業・兼業者の生産性低下を防止するために、就業現場での勤怠管理と密接なコミュニケーションを図ることが重要となってきます。
具体的には、
①就業現場でのタイムカードによる労働時間の管理
②定期面談の実施
③健康相談の機会の提供
などが考えられます。
会社としてこのような体制を構築したのであれば、会社が体制構築したことを可視化しておくことが紛争予防につながりますので記録に残しましょう。
これまで、会社が副業・兼業を認めるうえで従業員の生産性低下を防止する手段を書いてきましたが、調べてみると、副業・兼業者は副業するうえで「本業に支障の出ないように」ということを留意点としてあげています。
そのため副業・兼業すると本業の生産性が下がるというのは杞憂な部分もあるかと思います。会社は、対立的な関係ではなく、副業者のキャリア形成を見守っていく姿勢で臨み、副業・兼業者との面談を行うことによって、副業者が副業で得た知見や、本業に活かせる働き方などを聞き、結果として会社全体の知見獲得に役立て会社の利益向上につながるきっかけにしていけるとよいでしょう
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情報漏洩防衛・競業避止義務違反の防衛策
情報漏洩問題は、従業員が意図的に漏洩させるケースと、意図せず情報を漏洩してしまうケースが考えられます。
情報が漏洩すれば、現代ではその情報を回収することは難しく、また、情報漏洩に対してかかる損害賠償費用等は高額にのぼります。そこで、会社としては十分なリスクヘッジが必要となりますので、具体的な防衛手段をご紹介します。
会社の情報を従業員が副業・兼業を通して意図的に漏洩するケース
例えば、本業の仕事で使用している顧客データの利用を同業他社で行うなどが代表例です。
このケースを防止するためには
①就業規則・誓約書において秘密保持義務、違反した場合の処分を定めること
②会社の保有する情報へのアクセスを制限すること
③情報漏洩を意図的に行なった従業員を厳格に処分すること
の3点が重要となります。
もちろん従業員がどのようなポジションでどのような働き方をしているかによって②の情報アクセスへの制限はできる場合とそうでない場合があるとは思います。しかし、副業を認める場合には、その従業員に不必要な情報を与えていないか見直す機会を設けることがリスクヘッジとなります。また、意図せず情報が漏洩してしまうケースの防衛策で紹介する従業員の意識醸成も有効です。
意図せず情報が漏洩してしまうケース
例えば、従業員が、本業で使用しているPC・携帯電話を職場から持ち帰り、紛失してしまった、盗難にあった、PCのウイルス感染、秘密情報だと認識せず副業・兼業先で開示してしまったなどの場合が考えられます。このケースに関しては、会社は、従業員のリスク管理意識を醸成し続けていく方法が最も有効です。
具体的には、セミナーや研修を行い「どのような場合に意図せず情報が漏洩するのか」ということを従業員に認識させること、従業員の身近な行為に情報漏洩の危険が潜んでいることを理解させること、それによって会社と従業員にどれほどの損害が生じるのか、具体的な対策手段等を定期的に共有していくことが有効です。
会社は、従業員が副業・兼業を届出た段階で動画や書面で注意喚起を行い、半年に1回程度、意識醸成のための機会を設定するなどの工夫をしていきましょう。
さらに、会社として行っていた情報漏洩対策を公に示すことで会社としての信頼獲得、従業員に対する注意喚起を継続することで、会社内においても社外に対しても情報漏洩対策をとっていることをアピールし、漏洩を抑止させていくことができます。具体的にはホームページへの掲載、社内イントラでの告知などが考えられます。
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従業員が規則違反した場合の対応
懲戒処分の注意点
会社は、従業員が就業規則に反して副業・兼業を行なった場合、なんらかの処分をすると考えられます。
副業・兼業に関する懲戒処分に限りませんが、会社が従業員への懲戒処分をする際に注意すべき点は、労働契約法15条に沿って
①懲戒事由と懲戒処分の種類が就業規則に定められていること
②労働者の行為が就業規則に定められている懲戒事由に該当すること
③懲戒処分が正当な理由に基づき相当な範囲・手続きで行われること
の3点です。
そして副業・兼業者に対する懲戒処分に関してはとくに、「相当な範囲」の判断が難しいので注意が必要です。
これまでの裁判例を参考にすると、副業・兼業を原因とした懲戒処分をする場合には、本業にどのような支障が出たのか、それに相当する処分かという点が重視されています。
例えば、東京都私立大学教授事件(平成20年12月5日裁判例)では、本業の業務に支障が出ていないにも関わらず、就業規則に反したという理由で行った解雇処分は無効とされています。
そのため、仮に会社に届出を行わずに副業を行なった従業員を、処分しようとした場合に、その副業の内容が、インターネット上の転売サイトに数回商品を出品していた程度だったとします。このような場合に、本業に全く影響が出ていないのに、減給や出勤停止などの処分をした場合には、その処分は相当な範囲を超えた処分として無効であると判断される恐れがあります。
他方、本業の仕事が終わってから、長時間、しかも、夜間に労働していたとした場合などは、本業に支障をきたすおそれが高いことから、実際に本業に支障が出ていなくても減給処分が相当と判断されることもあります。
仮に副業・兼業者の生産性が低下していたとしても、それが副業によるものなのか、そうではない可能性があるのかによっても懲戒事由の有無は異なることも予想されますし、どのような行為でどの処分が適切かという問題は、個々の事例判断となります。
そこで、会社としては、従業員の規則違反の副業・兼業が発覚した場合にはその違反内容を把握し、段階的に処分をしていくことが有効です。
また、判断に迷ったら、専門家に相談してみるとよいでしょう。
関連記事:【2019年版】コンプライアンス違反事例集 原因、対策を徹底解説(@人事業務ガイド)
従業員の就業規則違反の把握方法
では、会社としてどのように従業員の違反内容を把握したら良いでしょうか。
具体的には、処分をした従業員との間で争いになった場合に備え、証拠を獲得しておくという意味でも、処分した従業員の働き方・規則違反の内容が分かるように以下の事項・書面を記録・保管しておくと良いでしょう。
・雇用契約書
・労務時間管理書類(タイムカードなど)
・誓約書
・健康診断の受診記録
・就業現場での面談記録
・その他従業員の働き方の分かる書面
これらの書面は、可能であれば、会社側と従業員が相互に内容を確認したものを保管しておくことが有効です。
また、就業規則に違反している副業・兼業が発覚した端緒、その日付、場所、内容を記録しておくことも重要です。始末書等で対応する場合には、内容を出来るだけ具体化して記載する様にしてください。
会社の従業員に対する責任追及は難しいので事前の予防を徹底しましょう
会社の規則に反して副業・兼業した従業員が、会社に対して何らかの損害を生じさせた場合には、懲戒処分の他に、債務不履行責任(民法415条)や不法行為責任(民法709条)を追求することも考えられます。
また、従業員が第三者に対して損害を発生させ、その損害の賠償を会社が行った場合に、その賠償金を当該従業員に求償(会社が支払った金員を従業員に支払えと請求するものです)できる場合があります。
しかし、会社が従業員に対してこれらの責任追求をする場合には、確立した判例法理である「責任制限の法理」によりその責任の範囲は限定されます。これは、従業員が損害を発生させた場合であっても、従業員は会社の指揮命令に基づいて労務を提供している中で発生した損害であるから、全ての責任を従業員に負わせるのは妥当ではないという考えによるものです。
そのため、従業員との関係で生じるトラブルや取引先との関係で生じるトラブルは、起こってしまってからでは、会社が経済的負担を負うケースが非常に多く、また争いは長期化してしまうケースが多いのが特徴です。
トラブルが生じる前に、制度構築は十分なリスクヘッジを検討したうえで行なっていくようにしましょう。
【vol.5「副業の労務管理や運用~重要な時間管理の新しい運用」につづく】
【特集:「副業」新時代-企業の向き合い方】(順次公開)
・vol.1「副業の現状と類型、企業にとってのメリットとリスク、活用方法」
・vol.2「副業制度の考え方と制度設計、申請フロー・手続き・届出など導入と運用」
・vol.3「諸外国の副業の現状・日本の労働市場における副業の位置づけ」
・vol.4「副業に伴うリスクを防止するために必要なリスクマネジメント施策」
・vol.5「副業の労務管理や運用~重要な時間管理の新しい運用」
・vol.6「副業の労務管理や運用~労働保険・社会保険・税務・健康管理に関する運用」
・vol.7「副業に戦略的に活用できる助成金や補助金~最新の産業雇用安定助成金の情報もあり」
【参考情報】
・「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(令和2年9月1日改定版)(概要)[PDF形式:767KB]
・「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(令和2年9月1日改定版)[PDF形式:375KB]
・副業・兼業に関する情報ページ(厚生労働省)
・「情報セキュリティ」お役立ち資料一覧(@人事e-book)
執筆者紹介
佐々木尊子(ささきたかこ)(弁護士) 法政大学文学部卒業後、株式会社リクルートにて広告企画・人事コンサルティングの営業職に従事。その後IT系企業の人事を担当。法科大学院を経て現在は未来創造弁護士法人にて弁護士として勤務。企業法務に特化し、これまでの経歴から労使問題、雇用問題等を専門にしながら企業の直面する様々な紛争の予防・解決に力を入れている。
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