企業ブランドと人材戦略のカギを握るCHRO(最高人事責任者)【第4回】
『型破りな企業』メイプルシステムズに見るCEOとCHROの関係性とは
2018.06.23
企業や事業の成長において『人』が全てと言っても過言ではない昨今、人事担当者(責任者含む)やCHRO(最高人事責任者)をどのタイミングで、どのように組織に組み入れるかが経営課題の重要なポイントとなってきている。
今回は、実際にCHROを雇用し、効果的に機能させている株式会社メイプルシステムズのCEO・望月祐介氏と、そのCHRO・鴛海敬子氏へのインタビューを通じて、業界の常識を覆す型破りともいえる彼らの経営手法において、どのように経営の意思疎通を図っているのか、その最適な関係性の在り方を探った。
【2018年4月26日、株式会社メイプルシステムズ本社オフィスにて取材】
参考:メイプルシステムズ×タイミー「Twitter採用」対談(前編)「炎上したら丁寧に対応する」Twitter採用の極意
株式会社メイプルシステムズ
創業から10期目となるシステム開発会社(社員数約50名)。社長が現役のエンジニアであり、技術者の視点に立った経営を意識したエンジニア集団であることに重点を置く。従前は社長が人事を兼任していたが、人事施策を強化すべくCHROを雇い、現在は「離職率100%」というユニークな制度を掲げ、社員の成長支援を行っている。
HP:http://www.maplesystems.co.jp/
【インタビュワー】
橋本祐造
1978年生まれ。2002年に早稲田大学卒業後、NHKに入局。営業職として約3年間従事。その後、人材コンサルティング会社を経て、GMOインターネット株式会社にてグループ人事部として活躍。以来、いくつかの会社で人材採用の戦略や方針、実行および人材育成プログラムの策定に携わる。現在は、ユニファ株式会社の人事責任者(CHRO)として従事。
チカイケ秀夫
「すべての人にスタートアップを」をミッションに、GMOグループ上場企業での企業理念策定/社内新党に参画。2008年よりGMOグループにてベンチャー企業の立ち上げと、全グループ5000人に関わるプロジェクトにリーダーとして、グループ内ブランディングを経験。現在は、熊谷代表直下のプロジェクトで学んだ「ブランディング」を通して、スタートアップ/ベンチャー企業に特化した支援事業を展開。
【インタビュイー】
望月祐介
1981年生まれ。福岡出身、熊本育ち。済済黌高校を卒業後、九州工業大学に進学し2005年に上京。中小システム開発会社を2社経験後にフリーランスエンジニアとして活躍。2009年に株式会社メイプルシステムズを創業し、現在10期目となる。30歳の時に東京大学工学部にデータマイニングの研究生として入学。その知見を活かし「エンジニアあつまるくん」「契約管理できるくん」を開発。
鴛海敬子
大手アミューズメント会社にて人事採用業務に従事。採用戦略立案から実行まで担当し、年間70名近くの新卒一括採用を成功へ導く。その後、株式会社メイプルシステムズへ CHROとしてジョインし、採用ブランディングから組織作りまで幅広く従事。一般的な採用の枠に囚われない新しい手法で採用実績を残す。
CHROに一番、武器にしてもらいたいのは「離職率100%」という考え方
チカイケ:さっそくですが、そもそもなぜCHROをいれようと考えたのですか。
望月:弊社には「すべての仕組みに逆張りを」というビジョンがあって、当たり前のことをやらないようにしています。もともと人事がいなかったので、人事をおかなければいけない。そう考えた時に、人事を採用したからといって社員の採用ができるわけではないので、弊社の人事として一番武器にしてもらいたいところは「離職率100%」の考えでした。
会社を辞めていく人もいる中で、人事は彼らに対して「辞めないで」というスタンスになりがちです。でも彼らは次の成長がしたくて他に行きたいと思っているので、そこをもっと応援してあげる制度にしようと。
鴛海には、CHROとしてきちんとポジションを用意するので、離職率100%を目指すくらい、社員がこの会社をキャリアのステップアップに使ってもらえるようなブランディングをしていきましょう、という話をして来てもらいました。
橋本:なるほど。では、彼女がジョインする前から「離職率100%」は方針として社長の中にあったということですね。鴛海さんの入社の決め手はなんだったのでしょうか。
鴛海:私は声をかけていただいたのと本当に同じくらいのタイミングのときに、社員の離職を抑えるという人事の仕事が、自分の中でもやもやしていました。
自社以外でも活躍できるだろうなというのが目に見えてわかる社員に対して、引き留められる理由もないのに「ここにいてほしい、辞めないでくれ」と説得する仕事が果たして正義なのか。もし、自分が友人だったら「転職して上を目指せるなら他の企業を受けてみるべき」と絶対に言うじゃないですか。
望月にそういう話をした時に、うちは転職を応援する会社だよって言ってくれて、それでジョインしたいなと思ったのが入社の決め手です。やはり個として向き合える人事というのが一番やりたかった仕事だったので。
橋本:個として向き合える…。
鴛海:はい。人の成長みたいなところに真摯に向き合える。いま、この会社が必要ならここにいなさい。でもこの会社よりも良いステップが踏めるなら他に行ってもいいよ、ときちんと言える人事です。だから今は自信をもって採用できています!
望月:彼女がジョインしてからエンジニアだけで24、5人採用していますね。
鴛海:ジョインしたのが去年の11月なので、まだ半年くらいでしょうか。
チカイケ:いや、半年も経っていないじゃないですか。すごい!
経営者、人事として一番つらいのは、「退職後に連絡がとれなくなること」
望月:採用しても半分くらいは辞めていく中で、1番辛いのはやはり連絡がとれなくなることなんです。私の場合は指示するだけでなく自分も現場に入っていたので、彼らのことを一緒に働く仲間だと思っていましたから。
それなのに、私に対して「この業界を辞めようと思う」って言いながら辞めた人達が、結局同じ業界で働いていたり、辞めていった人達だけで飲んでいたりする…。
それが自分の中でとても辛いこととしてあったので、ならばもう、辞めていく人に対して応援してあげられるような仕組みを作れば、連絡を取り続けられるなと考えました。
鴛海:そうですね。「辞めたい」がきちんと言える会社なので、弊社にはこそこそ転職活動をする人がいません。むしろ「そろそろ辞めようかと思っています~」みたいな相談がきます(笑)。
たとえば最近だと、評判の良い新卒の社員に、現場から「うちへ来てほしい」とお声がかかったことがあって、それは彼の業務の幅も広げる双方にメリットのある話でした。本人から「向こうで働きたいです」という報告がきたので、じゃあ応援しましょうということになりました。
望月:ブランディングしていくときは色のあることをしたくなりますけど、それが本当に社員のためになるのか、というところを基準にしないといけないなと感じます。
鴛海:そうですね。弊社の場合、「離職率100%」は外的な広報で、内的な意味では社員の成長支援なので、実際にはかなりエンジニアファーストというか、働きやすい会社になっていると思います。一人ひとりのケアも手厚くやっていて、いまメンタルケアの専任担当をつけて全社員に毎月1on1面談も実施しています。
望月:じゃあどういう人に来てもらいたいかって言うと、人柄はもちろん、会社のビジョンに共感できるかどうかというところが非常に重要だったりします。共感ができなかったら、一緒にやっていくのは結構辛いと思いますね。
「人」が好きだから、入社して来てくれる人も「人が好き」な人がいい
チカイケ:そのビジョン共有というところでいくと、なかなかIT業界にいた人間からすると、聞いたこともないような考え方を持たれていると思いますが、選考の際に本人達に伝えるために、工夫されていることって何かありますか。
望月:まず、面接の場では「オープンキャリア」というかたちでお伝えしています。
なんだろうこの会社…?と気に留めてもらうためにキャッチーな言い方をしていますが、「離職率100%」はキャリアをもっとオープンに相談できるようにした結果、ステップアップをしていくためには弊社でなくとも仕方ないよね、というところなので。
裏側に隠れている意味はしっかり伝えるようにしています。
チカイケ:非常にチャレンジングなことですよね、会社にとっても。
鴛海:まあそうですね。最初に「離職率100%」を謳うことになったとき、元々いた社員に誤解を与える可能性があったので、そこは一人ひとり真摯に話をしました。中には本当に誤解していた社員もいましたね。
望月:言葉は会って話さないと伝わりません。社内の資料では「離職率100%」っていう言い方はやめようとか、それは広報的な意味合いで使ったんだよ、ということを全員にしっかり伝えるようにしています。そういうのが結構大事なことだと思いますね。
鴛海:幸い、ずっと伝えて続けていたら、今いる社員はきちんと理解してくれるようになりました。会社のことを自分事として話せるので、本人のロイヤルティも上がっていると感じています。そのおかげか、いま社内のリクルーティングも活発になってきています!
望月:弊社の社員紹介制度は少し変わっていて、結構な金額を毎月の給料に少しずつ上乗せしています。なので、普通に年収があがります。
なんでそうするのかというと、人事の仕事は採用だけじゃなくて、入社してどうなの? うちにきてよかったの? というフォローアップをしてほしい、それを誘ってきた人がやってくれたら1番良い、だから「人事料」がつくんです。
鴛海:リクルーティングもそうだし、毎月のメンター料も入っていると考えれば、それくらい還元したいですしね。
橋本:その制度面白い! 納得感がありますね。いまはエンジニア採用が大変だから、いろんな会社の社員紹介制度で1人紹介して入社が決まったら報酬は〇〇と、本当に金で釣るようなこと言うわけじゃないですか。でも、それだと実際にはあまり効果がない、というデータも出てきています。
チカイケ:やはり心から勧められないと。自分が働いていて嫌な会社には大事な友達を誘えないじゃないですか。
望月・鴛海・橋本:たしかに(笑)
望月:弊社の取り組みからも感じ取っていただけると思いますが、私も鴛海も「人が好き」なんですよ。だから入社してきてくれる人も、人が好きな人がいいんです。
インタビューを通じて、望月氏と鴛海氏からは「人が好き、社員を大切にしたい」という強い想いが伝わってきました。後編では、普段から仲の良いお二人がどのように経営の意思疎通を図っているのか秘訣を探ります。
【編集部より】
「CHRO」に関する記事はこちら。
- 【第1回】すべてのベースにあるのは「対話」であって「交渉」ではない
- 【第2回】「理念の共有力」が「採用力」へつながり、業績アップが始まる
- 【第3回】CHROの役割は、会社として一番大切なものを共有すること
- 【第4回】『型破りな企業』に見るCEOとCHROの意外な関係性とは
- 【第5回】CEOとCHROの連携の秘訣は、会社への帰属感とお互いへの信頼
- 【レポート】「CHRO×BRANDING -tokyo branding labo vol.4-」~既存の「人事部」からの脱却。CHROの確立が企業の経営戦略を推進す
- 【レポート】“欲しいのは人事部長じゃない” 時代に求められる『これからのCHRO』を語る。-イベント「これからのCHROについて」-
執筆者紹介
野澤 麿友子(のざわ・まゆこ)(株式会社スキマタイズ) 本職はIT企業人事。新卒で入社したメーカーで経営企画業務に携わる中、「従業員の幸せ」と「会社の発展」を両立できないことに疑問を持ち、それを実現できる人事になることを決意して転職。将来の夢はCHRO。人の理念や情熱などの漠然とした想いを、言語化することが好き。
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