コラム

特別寄稿


人材版伊藤レポート2.0から、人的資本経営がどう進むかを読み解く

2022.04.15

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国内の人的資本関係の動きが加速している。経済産業省や内閣府から新しい情報が次々に発信され、民間企業でも人的資本関係の情報を含んだ開示が複数行われはじめている。

2022年3月18日に開催された経済産業省の審議会「人的資本経営の実現に向けた検討会」では、「人材版伊藤レポート2.0」が発表された。人的資本について、今後の政策や法制化の方向性を示すものでもあり、HR関連業界でも関心度の高いトピックだ。

今回、編集部は人的資本開示に関する国際標準ガイドライン「ISO 30414」について、人事担当者や経営者が現場で実践していくための方法論や活用方法を語ったISO 30414リードコンサルタントで社会保険労務士の松井勇策氏に依頼し、「人材版伊藤レポート2.0」の概要と人事担当者や経営者が押さえておくべきポイントを解説していただいた。

目次
  1. 経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」の重要性 内閣府の基準資料と合わせた「生」の情報
  2. 「情報を開示する」だけでは不十分、人材戦略の課題設定と成果が重要
  3. SASB・GRI・WEF・ISO30414等、乱立する人的資本フレームワークの選択は重要ではない
  4. ワンマン経営を排した人材戦略の「攻め」・コンプライアンスの「守り」がいずれも重要

経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」の重要性 内閣府の基準資料と合わせた「生」の情報

最も重要な内容は後述する通り、「今後の人的資本開示では情報を開示するだけでは不十分であり、長所短所を捉えた課題設定と、人事施策の具体的な内容と成果の言及が不可欠」であることです。

人材版伊藤レポートと前後して、筆者は衆議院議員会館で経済産業省の担当課の方とカンファレンスでお話しする機会がありました。本稿は、そこでお聞きした内容や肌感覚も含んだ「生」の情報です。

画像:人材版伊藤レポート2.0と前後して、経済産業省担当課と民間企業や有識者で行われたカンファレンス

人材版伊藤レポート2.0と前後して、経済産業省担当課と民間企業や有識者で行われたカンファレンス

また、人材版伊藤レポート2.0と同時期に、内閣府の「サステナビリティ開示に関する関係府省会議」で「非財務情報可視化研究会の検討状況」も提示されました。この中には関連して重要な各論が掲示されていることから、合わせて解説します。

~SASB・GRI・WEF・ISO 30414等乱立する基準にこだわらず、人材戦略の課題設定と成果を明確に

【ポイント】
①「情報を開示する」だけでは不十分、人材戦略の課題設定・内容・成果を明確に
②SASB・GRI・WEF・ISO 30414など、乱立する人的資本のフレームワークの選択は重要ではない
③ワンマン経営を排した人材戦略の「攻め」・コンプライアンスの「守り」がいずれも重要

「情報を開示する」だけでは不十分、人材戦略の課題設定と成果が重要

今回の人材版伊藤レポート2.0でまず明らかになったことは「人的資本の各種情報を開示するだけでは不十分であることがはっきりと示された」ことであると筆者は考えています。
人的資本については、世界的にSASB・GRI・WEF・ISO 30414など各種の指標があります。こうした指標において、たとえばダイバーシティ・企業の規模・マネジメントの体系や信頼性・エンゲージメント・人的資本ROIでの生産性などが定義されています。

今回の人材版伊藤レポートの注目すべき点として、こうした「開示の定義や情報の種類」については一切触れられておらず、専ら人材戦略の具体的な内容が示されています。つまり政策の方向性として「情報だけを開示する」ことはあまり想定されていないと考えられます。

画像:人材版伊藤レポート2.0では具体的な人材戦略として明示

人材版伊藤レポートの経緯と位置づけ

2020年に発表された「人材版伊藤レポート」とは、そもそもESGなどの非財務情報全体の方向性を示した「伊藤レポート」をベースに、特に人的資本について書かれたものです。「人材版伊藤レポート2.0」は、こうした流れの中で、2021年7月から開催されていた「人的資本経営の実現に向けた検討会」に基づいて発信されました。審議会には座長の一橋大学・伊藤邦雄教授はじめ、国内の大手企業の人事担当役員の方々が名を連ねており、日本の人的資本経営の今後の方向性が示されたものと考えられます。

レポートの特徴として、内容の全てが人的資本に基づく人材戦略の具体的な方法論のみであり、開示方法や指標(SASB・GRI・ISO30414など)の言及が一切ないことがまず挙げられると思います。つまり、今後の人的資本経営の実施や人的資本の分析・開示において「情報を開示するだけでは不十分であり、長所短所を捉えた課題設定と、人事施策の具体的な内容と成果の言及が不可欠」になっていくと考えられるのです。

筆者の私見ですが、人的資本には情報開示自体の効果もありますが、前提として人的資本による課題設定と人事施策の実施がなければ意味は非常に小さいと考えます。
また、財務に比べて人的資本は良い・悪いということが明確でないため、課題設定や具体的な施策を重視しないと、人的資本開示という名前の単なる自画自賛になっていくことすら考えられ、現に最新の開示でそういう色彩の強い事例も見られるようになってきていると感じています。よって、とても良い方向性だと思います。

SASB・GRI・WEF・ISO30414等、乱立する人的資本フレームワークの選択は重要ではない

前章にも記載したように、国内の人的資本の流れや法制化は、「人材戦略の課題設定と実施された施策、またその結果」がどうであるか重視される方向性に向かいそうです。

重要な論点の1つに、こうした人的資本の政策の方向性と、国際的に多様な人的資本のフレームワークとの関係性が挙げられます。人材版伊藤レポート2.0の発表と前後して、内閣府から「非財務情報可視化研究会の検討状況」が発表されていますが、ここに人的資本のフレームワークについての言及があります。

画像:国際的な非財務情報開示の枠組み(非財務情報可視化研究会の検討状況 令和4年3月 内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局 経済産業省 経済産業政策局)」

「非財務情報可視化研究会の検討状況」P17(令和4年3月)より|内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局/経済産業省 経済産業政策局

国内では、ESGに関する開示において業種別のSASBやGRIスタンダードなどが多く基準にされており、世界経済フォーラムによって示されたWEF、ステークホルダー資本主義測定指標は、岸田総理の「新しい資本主義」の概念に強くつながるものであると考えられます。また、人に特化したISO30414なども行われています。

筆者が知る限り、こうした人的資本のフレームワークは開示情報の定義が定められていることが内容の大半です。人権観点やサステナブル観点の目的などが定められているものはありますが、「指標の分析を通じて人材戦略の課題設定や施策をどのように行うか」という方法論は基本的に記載がありません。
先日執筆した特集においてはこの部分を補強すべく、特にフレームワークの中でISO 30414が人材関係に限定された指標であり提示しやすいため、さまざまな論者と共に人材戦略の立て方や分析の仕方について述べました。

【特集でそれぞれ言及した内容】
生産性の評価とHRテクノロジーの活用方法 → https://at-jinji.jp/blog/41636/
コンプライアンスの具体的な分析や診断の同時実施 → https://at-jinji.jp/blog/41594/
重視すべき日本の労働環境や法令と制度 → https://at-jinji.jp/blog/41611/

国際的な人的資本のフレームワークの選択は、情報の取捨選択に一定の基準を与えるという意味で有用ではありますので、価値を否定するものでは全くありません。
しかしながら、現状の長所・短所の分析や、課題設定と人事施策の実施についての内容が含まれないような、たとえば各フレームワークに従った単なる項目別のデータの評価のみを主体にした人的資本の分析・開示については、今後の流れと合っていない可能性が高いと思われます。

人的資本経営の行い方は十分に改善が可能な時期ですが、課題設定や人事施策が曖昧な人的資本の分析や開示については早急に改善していく必要があるのではないかと考えられます。

ワンマン経営を排した人材戦略の「攻め」・コンプライアンスの「守り」がいずれも重要

今までの内容以外に各論として重視すべきと思われる点を2点上げます。

ワンマン経営や主観的な経営を排し、課題設定をして人材戦略を構築・実施する

人材版伊藤レポート2.0では「1.経営戦略と人材戦略を連動させる」で、CHROの職務が定義され取締役会での役割やガバナンス、判断基準が具体的に示されており、KPIの設定や経営の行い方などがはっきりと読み取れます。

他にもサクセッションプランや経営人材の厚みを意識した記載、人材ポートフォリオについては多様な記載がされています。経営ということに関して言えば、従来から見られるワンマン経営や、社内出身者などによる多様性のない経営を強く問題視しているものと考えられ、経営の判断基準や意思決定の民主化への認識、対応策の明示と、問題の度合いの高い企業については具体的な改善策の明示が必須であると考えられます。

働き方の柔軟性に関連するさまざまな事項とコンプライアンスの必要性

人材版伊藤レポート2.0の重要な点として、「5.知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」「6.リスキル・学び直し」においては、社外への出向や一定期間の就業経験、社外での学習、中途採用の高スキル経験者や外国人材の採用などが述べられています。また「8.時間や場所にとらわれない働き方」においても柔軟な働き方が述べられています。課題設定に基づいた人材戦略が求められるとともに、労務コンプライアンスに一層留意する必要が高まっているともいえるでしょう。

こうした点は、上記の内閣府の「非財務情報可視化研究会の検討状況」において提示されている項目例においてもコンプライアンスの重視がうたわれています。全国社会保険労務士会連合会からはこの観点のニーズに応える「経営労務診断」が出されていますが、こうした制度の活用の重要性が一層高まっているものと思われます。【おわり】

画像:国際的な非財務情報開示の枠組み(非財務情報可視化研究会の検討状況 令和4年3月 内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局 経済産業省 経済産業政策局)」

「非財務情報可視化研究会の検討状況」P72(令和4年3月)より|内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局/経済産業省 経済産業政策局

参考:社労士診断認証制度「経営労務診断のひろば」

画像:経営労務診断 全国社会保険労務士会連合会

全国社会保険労務士会連合会のサイトより https://www.sr-shindan.jp/

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松井氏が執筆をつとめた特集:「経営判断ツール」「企業価値創出ツール」としてのISO 30414実務完全マニュアルは、「ISO 30414」を人事担当者や経営者が「経営判断ツール」「企業価値創出ツール」として労務や人事企画で実践していくための方法論や活用方法を5回にわたり解説しています。

vol.1:ISO 30414とは――日本企業が労務と人事企画で取り入れる価値
vol.2:明日からISO 30414を「使う」ための最重要ポイント~使う目的と方法~
vol.3:ISO 30414の重要論点~IPO等の場面での人事労務監査との同時実地&必須の組織調査や研修のまとめ~
vol.4:ISO 30414の「経営」「組織のあり方」の捉え方、重視すべき日本の労働環境・法令と制度
Vol.5:ISO 30414の「人事効果」「人材管理」の捉え方~人的資本ROIの解釈とジョブの定義の方法論~

執筆者紹介

松井勇策(まつい・ゆうさく)(社会保険労務士・公認心理師[人的資本の国際資格]GRIスタンダード公式講座修了認証ISO30414リードコンサルタント) 東京都社会保険労務士会 先進人事経営検討会議議長・責任者。㈳人間能力開発機構 評議員。人的資本については国際情報から関連する国内の制度までを2020年当時から研究・先行した実務に着手。ほか関連するIPO上場整備支援、人事制度構築、エンゲージメントサーベイや適性検査等のHRテック商品開発支援等。前職の㈱リクルートにおいて、組織人事コンサルティング・東証一部上場時の上場監査の事業部責任者等を歴任。心理査定や組織調査を研究機関で研究中。 著書「現代の人事の最新課題」日本テレビ「スッキリ」雇用問題コメンテーター出演、ほか寄稿多数。 【フォレストコンサルティング経営人事フォーラム】 https://forestconsulting1.jpn.org

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