中途採用の新潮流 2020年中途採用 市場動向分析
転職35歳限界説は古い。「越境転職」時代で40歳以上の中途人材採用も活発に
2020.04.10
転職市場を徹底分析。世代・年齢・年功より、変革推進力を評価
労働人口の減少が深刻化している現在、新卒だけでなく、中途採用でも売り手市場が続いている。即戦力が欲しい中小企業は、業務の中核を担う中途人材の採用計画にあたり、どのようなアプローチをすればよいのか?
転職市場動向分析の専門家であるリクルートキャリアのHR統括編集長・藤井薫氏によると、かつて常識とされた「転職は35歳が限界」は過去のものとなり、就職氷河期世代(主に40代前後)の“越境転職”も活性化しているという。現在の転職市場と企業の採用動向を踏まえ、越境転職(採用)が進む背景と活躍が期待される中途人材の特徴について取材した。【2020年2月25日取材、長谷川久美】
藤井 薫(ふじい・かおる)
株式会社リクルートキャリア・HR統括編集長。1988年リクルート⼊社。TECH B-ing編集⻑、Tech総研編集⻑、アントレ編集⻑を歴任。2008年からリクルート経営コンピタンス研究所、14年からリクルートワークス研究所兼務。変わる労働市場、変わる個⼈と企業の関係、変わる個⼈のキャリアについて、多様なテーマ(AI全盛時代の採⽤戦略、多中⼼時代のHRM、アントレプレナー・パラレルキャリアの⽣き⽅など)をメディアで発信中。近著『働く喜び未来のかたち』(⾔視舎)。
「変化を仕掛けている業界」の中途採用が活発、要因はサービス経済化
――ここ1、2年の中途採用市場動向(転職者の動向)の概要や特徴を教えてください。活発な業界や、逆に停滞気味の業界は?
「変化を自ら仕掛けている業界が強い」と言えるでしょう。
例を上げればデジタル・トランスフォーメーション(DX)の考え方です。ただシステムを作り、データ分析をするだけでなく、「ITを浸透させ人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」というような経済や商流を動かす「仕組み」を作っているビジネスです。
近年、自動車メーカーはただ製品を生産しているだけでなく、自動車を起点とした「移動」に関するサービス全体を動かすようになっています。他の業界も同様で、例えばお肉の料理を出すレストランだったら「飲食業」という括りではなく、食に関する生活全体をプロデュースするといった「フードスタイルプロデューサー」として提案をしていくようなビジネスのあり方です。一言でいうと「モノづくりからコトづくり」に変わっている企業が「仕掛けている企業」といえるでしょう。
これはサービス経済化※の流れの一つでもあります。
製品ではなくサービスなので、「これを作ったらこれだけ売れる」という確証はなく、熱しやすく冷めやすいという傾向もあります。社会全体でサービス経済化が進むと確実性が減りますが、「同じことをやって確実に利益が出るビジネス」にこだわり、安全運転を続けている業界は今後停滞していくと考えられます。変化を受け入れ、新しいことを仕掛けている業界は、既存の事業では採用しなかったタイプの人材を求めており、いま中途採用で異能人材を積極的に求めている企業は「仕掛けている企業」と思って間違いありません。
※「サービス経済化」…産業構造全体のうちサービス関連産業就業者数の割合が高くなっていくこと。またサービス産業以外の分野においてもサービス活動が求められること。とくに観光産業ではより質の高いサービスが期待されている。
35歳転職限界説は過去のもの。必要なスキルと経験があれば40歳以上でも引く手あまた
――ひと口に「売り手市場」とは言われますが実態はどうでしょうか。業界によって差はあるのでしょうか?
労働力となる人材の年齢というのは、これまで20~50代が中心でしたが、これから少子高齢化の影響で労働力人口が逆ピラミッドの形となり、70代が一番多くなるという状況です。30~40代のミドル層の人材はますます減っていくし、シニア層が活躍できるような状況が当たり前になっていきます。
すでにそうなっていますが、「転職は35歳が限界」説もほとんど意味をなさないのが実態です。働き手自体が希少な時代にすでに突入しているのですから、一定の年齢で足切りをしている場合でもないのです。
そういう量的な「売り手市場」の話に加え、質的な転換があります。「仕掛けている企業」は新規事業に必要な人材を採用しようとしています。
例を一つ上げましょう。通信サービスを広く展開してきたある企業が新規事業としてスピーカー製造・販売事業を始めました。事業を成功させるには、これまで採用してきたのとは全く業種も風土も違うメーカーで物流の仕事をしてきた人材が必要です。ターゲットとなるのは一定の業界で10年以上の経験があり成果を出している人材です。新規事業に必要なスキルと経験を有している人材について言えば、40歳以上のミドル層でも引く手があまたで、同じ業界・同じ業種ではなく、異なる業界・異なる職種に転職する「越境転職」がしやすいと言えるでしょう。
解説
リクルートキャリアが2020年1月23日に発表した「【転職決定者データから見る】2020 中途採用市場」によると、2009~2018年度の転職決定者の動向で同業種内の転職は、わずか3割(32.6%)、異業種への転職は7割弱(67.4%)にも上った【図1】。また、転職前と後の「業種×職種」の比率では、「異業種×異職種転職」が最も高く、実に3人に1人の方が業種と職種の両方の壁を超え「越境転職」していることがわかる(【図2】の赤枠参照)。
専門知識だけではなく人材の「ポータブルスキル」(筋肉となるスキル)に注目
――転職者の動きとして近年はどのような特徴があるのでしょうか、また越境転職・越境採用はなぜ起きているのでしょうか?
越境転職が起きる理由は、サービス経済化の流れもあり、既存事業のコモディティ化や、新たな事業領域に仕掛ける企業が増えていることが挙げられます。
越境転職では、自分の資質をどう因数分解して理解するかが重要になってきます。その業種にだけ通用する専門知識ではない、どの業界でも生きる「筋肉」となるような「ポータブルスキル」に注目してください【図3参照】。
越境転職の一例で、学習塾の教師から、携帯販売のショップへ転職して大活躍したという方がいました。転職を考えたとき、どうしても「教師」といった業種ラベルで探してしまいがちですが、筋肉となる「ポータブルスキル」が同じ業種なら活躍が見込めます。
ポータブルスキルは、これまでの経験で培った業務の課題設定や現状把握などの「仕事の仕方」、部下や上司との関わり方、社内対応の巧拙などの関わる「人との関わり方」という2軸のビジネススキルから構成されています。
携帯ショップで活躍できたこの方のスキルをよく分解してみると、塾の教師としてのスキルは「教え子の保護者に信頼してもらう誠実さ」「わかりやすく説明をする技術」でした。携帯ショップは、「お子さんに同伴してやってきた保護者が納得する説明」をする力があれば、契約成立に繋がります。塾の教師、という業種を離れて自分のスキルを見直した結果、他の業種でも生かせる力を発見できた、というわけです。
越境時代の転職に挑戦するには自分の経験資源の因数分解が必要
――越境転職を望む転職者側はどんな準備が必要でしょうか。
例えば、記者をずっとやっていた人がリクルート系企業の営業職に転職し、成績を残して表彰されたという事例を知っています。「どの業種か」ではなく「個人の基礎となるスキル」にフォーカスしている。自分自身の経験、スキルを一度棚卸ししてみる。この業界ならできる、というのではなく自分が培ってきた能力をまず因数分解してアセットを理解する。そうすれば、チャレンジできる業界の幅も広がります。
車は移動のサービスへ、化粧品会社は生活提案企業へ、食品メーカーは食生活の向上提案企業へ、サービス経済化が進む現在、“業種のラベル”が溶けて再定義されていきます。それは採用される人材についても同じことが起きています。自動車産業がモビリティサービス産業にシフトしているように、サービス経済化が進むにつれ、これまでの業種の括りでは対応できない業務も出てくるでしょう。営業とマーケターが融合したような「カスタマーサクセス」の職業など、横断的なスキルが必要とされる仕事も増えています。
――越境採用や就職氷河期世代の中途採用に成功している業界の特徴は?
業界によって差がある、というよりも各業界、企業規模問わず「仕掛けている企業」は中途採用に積極的と言えます。
東北のある家電製造企業はオンライン通販事業で海外展開を始め、大きな成果を上げています。オンライン販売に力を入れているある大手化粧品会社の場合、オンラインマーティングのため、インスタ映えするような見せ方を熟知しているマーケターが必要になりました。デパートの店頭販売とは全く違う「売るスキル」を持った新しいタイプの人材です。新しい事業展開をするためには、そうした「異能人材」が必ず必要になってくるからです。
既存の事業を長年続けていくと必ず停滞期がやってきて、事業全体の利益率は下がってきます。どんな優れた製品でもかならず真似する企業が出てくるからです。かつて企業生命は60年と言われていましたが、今では20年だと言われています。
例えば、野球とサッカーでは、ルールが異なり必要な技能も全く違います。そのため、種目を変える場合、ゲームのルールに合わせた才能の獲得が必須です。新しく仕掛けている企業・業界ほど、そのような異能人材の獲得に熱心です。
経営戦略・人事戦略の連動が必須
――さらに今後の労働人口減少時代を迎えるにあたり、中小企業が中途採用市場で勝ち残っていくためには、どのような採用計画や戦略が必要になるのか教えてください。
企業規模は関係ないですね、大企業・中小企業、業界、地域の違いはなく、経営と連動した勝つための戦略に基づいた採用をしている企業が伸びていきます。
必要になってくるのは、「経営戦略」と「人事戦略」が連動していること。この2つを連動させた採用が実現できている企業と、縁故での採用や「去年これくらい取っていたから今年も同じで行こう」などの経営視点のない戦略なき採用を続けている企業ではこの先大きな差が表れてくるでしょう。
同じ業界の中でも二極化が進んでいくと思われます。
勝ちに行くために一人の優秀人材の採用にお金をかけるのか、あるいは千の店舗運用のために店長を教育することにお金をかけるか、「仕掛けに行く企業」でも経営戦略によって採用のあり方は変わります【図4参照】。
そして、企業は業績や肩書ではなく、どんどん変化していく不確実な社会でも棚卸しした自分のスキルで課題設定や提案ができる人材を見極めるのと同時に、そうした人材を見る眼を養う必要があるでしょう。
――ありがとうございました。
業種・年齢の先入観を捨て、変化に対応できる人材の質を見極めよ
厳しい就職氷河期を勝ち残ってきた世代は、これまでの経験の中で、多くの試行錯誤と反省と学習というTry & Error&Learnを繰り返してきた。今後はこうした自らの経験やスキルを自覚的に棚卸し、越境転職を仕掛ける人材が、これまで以上に中途市場に登場してくる可能性がある。業種・業界の枠にとらわれない越境採用のチャンスはまさに今なのかもしれない。
※情報は取材時点
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