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コラム

@人事 ドイツ支部通信


吉本闇営業騒動から考える「ファミリー」の危険性と「契約」のあり方

2019.08.23

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闇営業を発端として、混迷を極めている吉本興業。さまざまな問題が複合的に絡むなか、「契約の有無」もまた焦点のひとつとして取り上げられている。そこで改めて、契約による働く側と働かせる側の緊張関係の必要性について考えたい。

雨宮紫苑雨宮 紫苑(あまみや・しおん)

ドイツ在住、1991年生まれのフリーライター。大学在学中にドイツ留学を経験し、大学卒業後、再びドイツに渡る。ブログ『雨宮の迷走ニュース』を運営しながら、東洋経済オンラインやハフィントンポストなどに寄稿。

目次
  1. 「ファミリー」には契約書など不要?
  2. 義理人情派vs.労働環境ホワイト派
  3. 規則を味方につけた者勝ちの契約社会
  4. 契約を結ぶことは大きなメリットがある
  5. 義理人情だけではなくしっかりとした契約を

「ファミリー」には契約書など不要?

 この記事を書いている8月7日現在、吉本興業はいくつもの理由から窮地に立たされている。多くの人々がそれぞれコメントするなかでわたしがとくに気になったのは、7月23日に友近さんがテレビ番組で打ち明けた言葉だ。

松本人志さんは7月22日、自身のTwitterに「プロ根性で乗り越えましょう。私達は生まれつきオモロイ。」と投稿した。松本さんは吉本の上層部との絆が深く、信頼関係もあるだろう。

友近さんはそれに触れつつ、「(みんなで乗り越えようといえるほど)気持ちが追いついていない」「芸人と社長の信頼関係が成り立っていない」と言ったのだ。

タカアンドトシのタカさんも同23日、Instagramで「ファミリーと感じたことない」とつづった(投稿は現在削除されている)。

吉本興業の内情はわたしにはわからないが、この発言から「義理人情の温度差」を強く感じた。

上層部に近い人は、当然会社や運営陣に対する「義理人情」があるだろうし、擬似家族ともいえる絆で結ばれているのかもしれない。しかしそうではない人にとって、「ファミリー」というのはただのぼんやりとした感情論であり、キレイゴトだ。

実際、吉本に所属する多くの芸人が、自身のSNSやテレビ番組、ラジオなどで「不信感がある」という発言をしている。義理人情だけでは、もう企業は立ち行かないのかもしれない。

※関連記事:吉本闇営業騒動。芸人を敵に回した社長会見に学ぶ企業崩壊の落とし穴
※関連記事:吉本社長発言はアウト!? パワハラ防止法を佐々木亮弁護士が徹底解説(上)

義理人情派vs.労働環境ホワイト派

吉本の件以外でも、さまざまな統計から仕事に対する「ドライ」な価値観が浮き彫りになっている。

全国の16~29歳の男女を対象にした内閣府の調査(平成30年版 子供・若者白書)によると、仕事の目的は「収入を得るため」が84.6%で、次点の「仕事を通して達成感や生きがいを得るため」の15.8%と比べて圧倒的に高い。

仕事と家庭・プライベートのバランスについては、2011年度は「仕事よりも家庭・プライベート(私生活)を優先する」が52.9%だったのに対し、2017年度には63.7%となっている。

また、働くことに対する不安では、「十分な収入が得られるか」(76.5%)がトップで、「老後の年金はどうなるか」(75.4%)、「きちんと仕事ができるか」(73.5%)、「仕事と家庭生活の両立はどうか」(72.2%)が続く。

収入のイメージ写真

仕事はあくまで生活の糧であり、プライベートが大切。将来の生活が不安。前回の記事「転勤は『悪習』か。ドイツと比較して人事異動の必要性を考える」で紹介したように、転勤を希望しない人も増えている。それが現在の「仕事への価値観」の主流だ。

多くの人にとって、「ファミリーとして機能する義理人情企業」より、「ホワイトで高待遇企業」のほうが都合がいい……というのが現実である。

そんな現状を歯がゆく思っているファミリー派の人もいるかもしれない。「上司が仕事をしていても新人が定時で帰る」「飲みに誘っても部下が来ない」なんてぼやく人がそうだろう。

義理人情の世界で生きる人々と、生活の糧として割り切って働く人々。「どちらが正しい」というわけではないが、労働者の権利意識が高まる現状、義理人情だけではまわらないのだ。

規則を味方につけた者勝ちの契約社会

では海外ではどうか。欧米はよく「契約社会」なんて言われるが、わたしが暮らすドイツもたしかに契約重視の社会だ。それは規則を味方につけた者が勝つ世界である。

入社時に契約を交わして、その契約に則って働く。職務記述書(いわゆるジョブ・ディスクリプション)には、自分の仕事やそれに必要な技術や経験はもちろん、権限や責任なども明記されており、それが評価や給料、業務内容の「基準」となる。ちなみに初任給という概念はなく、給料も面接の際に交渉する。

契約書のイメージ写真

契約社会とはいえ義理人情がないわけではないから、多少融通を利かせたり目を瞑ったりはする。それでも最終的に、「契約が大正義」であることには変わりない。

しかし、だからといってドイツ人をはじめ契約社会で生きる人々が「契約内容に沿った仕事を作業として淡々とこなしている」というわけではないのが、これまたおもしろいところだ。

わたしの体感としても、飲みの席で会社の悪口を言うのは圧倒的に日本人である。その理由は、『個人を幸福にしない日本の組織』(太田肇、新潮社)という本から一部引用してご紹介したい。

労働市場が発達していて転職が容易な欧米やアジア諸国などでは、職場が気に入らなければすぐに転職するし、転職に対する社会的なマイナスのイメージもない。いまの会社は気に入らないけれど、しかたがないから定年まで務めるという人は少ない。したがって、いまの会社にいる人は、その会社が気に入っているから働いているのである。

当然、そこには働く側と働かせる側との緊張関係がある。社員は期待された役割を果たせなければ比較的簡単に解雇されるし、会社は労働条件が悪ければすぐ社員に逃げられる。だから欧米はもちろん、賃金や労働時間の法規制がゆるい香港などアジアの新興地域でも、会社は労働条件の改善にたえず気を配る。

出典:太田肇『個人を幸福にしない日本の組織』(新潮社)

「労働環境が悪いとすぐ社員が辞める」という働かせる側の事情と、「結果を出さなきゃクビになる」という働く側の事情があり、いい意味で緊張感がうまれる。だからパワーバランスが偏りづらく、お互いを満足させようと努力するのだ。

しかし日本のように企業の力が強い社会では、この相互の緊張関係は成り立たず、労働環境が悪い企業も平気で存在できてしまうし、理不尽なハラスメントもまかりとおってしまう。だから働く側は、高確率で会社に対して不満を持っている。

吉本興業の件では、事務所と所属タレント・芸人のあいだに緊張関係はなく、あるのは「上下関係」だろうと推測できる(一部の大御所芸人をのぞいて)。そうすれば当然、今回のようなトラブルは起こるだろう。働かせる側は、働く側の満足度を上げる努力をする必要がないのだから。

契約を結ぶことは大きなメリットがある

双方納得のうえで契約を結ぶことは、働く側にとっても働かせる側にとってもメリットが大きい

ルールがあることで判断基準が生まれ、「それを守っているかどうか」を互いにチェックできるようになる。決まりをしっかりと守っていれば、信頼度も高まるだろう。

契約する様子をイメージした写真

契約書がないと、「そんな話は聞いていない」「悪気はなかった」「知らなかった」となってしまう。書面にしておけばトラブルにも対応しやすくなるので、危機管理の面でも有効だ。

また、さまざまな制度があるのであれば、それを就業規則などに明文化して「どうぞいつでも使ってください」と伝えておくのもいい。部下の制度利用をしぶる人がいれば、「ここに書いてあるとおり労働者の権利です」と言えるので、労働環境の改善にもつながるかもしれない。

企業にとって「契約」はリスクヘッジでもあり、労働環境改善の道しるべにもなる(ちなみに労働契約の締結については厚生労働省が「人を雇うときのルール」として解説している)。

義理人情だけではなくしっかりとした契約を

日本では正社員、パート、アルバイトにおける雇用契約締結率は6~7割ほどで、「改善の余地は大きい」ようだ(人材サービス産業協議会『雇用区分求職者調査結果報告書』)。

労働契約に関し、「そんなものは必要ない」「みんなナシでやっている」と義理人情を重んじた主張する人もいる。

しかし無用なトラブルを避け、健全な労働環境を整えるためにも、やはり契約は大切だと思う。働かせる側と働く側に適度な緊張関係があることで、お互いの満足感につながっていくからだ。

吉本興業も8月8日、所属する全芸人と『共同確認書』を書面で交わすこと、従来のマネジメント契約と新たに導入する専属エージェント契約のどちらかを選べる体制にすることを発表した。契約の重要性は、徐々に認識されつつある。

最近ではフリーランスや副業の人口も増えているうえ、企業によっては学生バイトやインターン生を積極的に受け入れているだろう。より柔軟な働き方を導入するのであれば、なおさら「どの範囲までOKなのか」という合意は必要になる。

吉本興業のトラブルは、「うちはちゃんと契約が成り立っているだろうか」「契約書に問題はないか」と考えてみるいいきっかけかもしれない。

【編集部より】
「働く価値観の変化」に関する記事はこちら

執筆者紹介

雨宮紫苑(フリーライター) ドイツ在住、1991年生まれのフリーライター。大学在学中にドイツ留学を経験し、大学卒業後、再びドイツに渡る。ブログ『雨宮の迷走ニュース』を運営しながら、東洋経済オンラインやハフィントンポストなどに寄稿。著書に『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)がある。

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