コラム

「内定力」著者・酒場のマスターの就活コラム


就職氷河期世代の「役割の再定義」が、日本社会の将来を変える

2018.07.05

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NHK「クローズアップ現代+」の特集「アラフォー・クライシス」の放送などを皮切りに、近年、再注目されているのが「アラフォー世代(就職氷河期世代)」の方々のキャリアです。この世代では、有効求人倍率が1倍を下回った1993年~2005年に就職時期を迎えたために、現在も非正社員として働く方が多く、その苦境が社会問題として認知されつつあります。

今回は、「学生が将来を考えるための価値観を拡げるコミュニティ」をコンセプトにした居酒屋「猿基地」のマスターで、自身も就職氷河期世代である光城悠人氏に、「アラフォー世代(就職氷河期世代)だからこそ担える役割」について寄稿いただきました。悲観的な話が多い「就職氷河期世代」を新たな視点で見直し、改めて日本社会について考えるきっかけとなるようなお話です。

変化する若者のキャリア観 「個人名で働く人」が増えている

京都の片隅で、学生や若い社会人と酒を共にしながら、毎日のように彼らと仕事や社会や働き方について会話をしています。メインの客層が大学生のため、常連は毎年卒業して入れ替わっていくという、ちょっと変わった飲み屋をしてきました。

当初は、彼らとも10歳程度しか変わらなかったものが、10年も経って20歳近くも離れた関係になりました。そんな店で若い世代と接してきましたが、特にここ数年になって、彼らの社会観やキャリア観が変化しているのを感じています。

具体的には、「個人名で働く人」が次々と増えてきています。

ある卒業生の子(あえて“子”と書きます)は「教育をアップデートする」というテーマを掲げて、従来の義務教育とは違うアプローチの小中学生向け教育事業を立ち上げました。また、ある子は自身の闘病経験から、患者同士が相互に情報交換ができる、がん患者のコミュニティをつくって運営しています。地域コミュニティづくりとして、複数の事業を展開している子もいます。

他にも、会社に属しながらSNS運用のプロフェッショナルとして個人での仕事も請け負っている子や、会社を辞めて地方からの情報発信で人と人をつなげていこうとしている子もいます。

いわゆる「起業家が増えている」、「副業で稼ぐ人が生まれている」という話ではありません。私が彼らを見ていて、特徴的だと感じるのは「旧来の制度や価値観から自由に動いてるな~」ということなのです。

もちろん、若い世代だからこそ旧来の制度や価値観に縛られにくい、というのは当然です。しかし、そうした「当然」の範囲以上に、彼らは新しい発想や価値観で、どんどん自分のフィールドを広げていき、新しい価値を生み出しているように見えます。

変わる若者と変わらない上司 社会で進む世代間の断絶

その一方で、そうした彼らを見ているからこそ、上の世代(特にバブル期以前の50歳以上)の「変化のなさ」が、より強調されて見えてきます。それは、もともと変化を拒んでいるのか、適応できずにいるのか、もしくは彼ら自身は変化しているつもりなのかはわかりません。

しかし、言うまでもなく世界が大きく変化していく中で、この「世代間の断絶」とも言える価値観の違いは、どうにも「もったいない」と、私は感じてしまいます。

平成が終わって、東京五輪も終わる。教育制度が変わり、団塊の世代は70歳を超えます。ここ数年で、「さまざまな変化が起きることが既に決まっている」この時代において、「世代間の断絶」は、これからの日本を考える上で決して小さくはない課題だと思うのです。

そして、その課題解決のキーマン(キー世代?)になるのが、アラフォー世代(就職氷河期世代)ではないかと考えています。つまりは、社会のさまざまなフィールド・レベルで、アラフォー世代の「役割の再定義」をして、アラフォー世代が「上下世代の翻訳者」的な役割を担っていくことで、社会全体がこれからの変化に適応していくことができるのではないか、と期待をしてしまうのです。

アラフォー世代(就職氷河期世代)だからこそ担える役割がある

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それこそ「アラフォー世代」の多くは、この40年間で常に時代の陰を歩いてきました。

日本がバブル経済に翻弄されていた頃に小中学生時代をすごし、華やかな大人たちの世界をテレビの向こうに見ながらも、恩恵にあずかるわけでもない。高校に入る頃にはそんなバブルも収束して、大学に入る前後には阪神大震災や地下鉄サリン事件を目の当たりにしています。

大学時代に待ち受けていたのは、就職氷河期と山一證券の破綻。一縷の希望とも言えるITバブルでさえ、大学卒業のタイミングで崩壊してしまう。私自身も、そうした時代の中で「たまたま、生き残るベンチャー」に滑り込んだ人間です。

その一方で「インターネット」や「コンテンツの価値」に触れてきたのも、アラフォー世代です。

「デジタルネイティブ」とまではいかないまでも、高校から大学時代にかけて、携帯電話やインターネットが普及しはじめ、青年期のうちにデジタル機器に触れてきました。さらには、幼い頃からファミコンや週刊少年ジャンプをはじめとした強力なコンテンツの影響を受けて、その価値を全身に浴びてきた世代でもあります。

つまり、バブル時代を経験した「昭和世代」と、現在のデジタルネイティブの「若い世代」の両者をそれなりに理解ができて、その間に立ちうるのがアラフォー世代ではないかと思うのです。

世代間の「わからない」を、翻訳できるのがアラフォー世代

変化の時代の中で新しい価値を生み出すのは、疑うまでもなく若い世代です。現在のように、技術やツールが日々激変し続けている時代であれば尚更そうです。

とはいえ、旧世代に価値がないかといえば、必ずしもそうではありません。旧世代には旧世代なりの長年の経験や人脈による、ある意味「ディフェンシブ」な分野では、若い世代には持ちえない経験的優位もあるはずです。その異なる両世代を、アラフォー世代が有意義につなぐことができれば、ここ数年で適切な変化を生み出すことができるのではないかと考えています。

若い世代と昭和世代が異なりつつも、唯一共通しているのは、お互いが「わからない」ことです。

若い世代は上の世代を見て、「なんで、おっさんたちは〇〇なのかが、わからない」と感じています。(〇〇には、電話する、飲みニュケーションが大事、FAXを使う、説教をしたがる、など心当たりがある言葉を入れてください)。

一方でバブル期以上の世代は、「なんで若い人やつらは△△のかが、わからない」と感じているかと思います。(△△には、出世に興味がない、酒を飲まない、いつもスマホを触ってる、仕事に本気じゃない、などを入れてみてください)。

こうした「(なんでそれを重視するのか)わからない」、もしくは「(あっちは何も)わかってない」と、お互いの理解ができていないことで、断絶が生まれる。その断絶による理解のギャップが、多くの機会損失を生んでいる。

そして、その断絶を埋められる可能性があり、両者に共感することまではできないまでも、理解をしながら「翻訳」できるのが、今のアラフォー世代ではないかと思うのです。

40代が足りないと嘆く経営者 昭和の再生産は終わりにしよう

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たとえば昨年末には、ある大手企業の社長が「30代後半から40代前半(アラフォー世代)の層が薄い」と新聞で語って、各方面で物議を醸しました。これは、問題が起きることがわかっていながら、昭和世代のフォーマットのままで対応しようとして「変化しなかった」ために起きるべくして起きたことです。

それこそ旧世代型フォーマットの中でアラフォー世代の層が薄いのであれば、彼らを若い世代との翻訳者として活用(する制度に)する方向で物事を考えるほうが、よっぽど生産性を高められそうです。(少なくとも、現状に嘆いている状態に比べれば)

この変化の時代に、希少な世代を「昭和の再生産」に充てるのは、機会損失が増えていくだけのように思います。

世間で注目されているビジネスや経営者を見ても、多くのアラフォー世代が時代の変化を察知して適応し、新しい価値を生み出しています。早い段階で昭和から抜け出したのが、スタートトゥデイの前澤友作氏(42)や2ちゃんねるの西村博之氏(41)、家入一真氏(39)。個人で活躍している乙武洋匡氏(42)や西野亮廣氏(37)もアラフォー世代です。

さらに、旧世代から学びつつ、社会に影響を与えているという意味では、マネーフォワードの辻庸介氏(42)やライフネット生命の岩瀬大輔氏(42)が象徴的です。それぞれ松本大氏(54)、出口治明氏(70)といったひと回りもふた回り以上も上の世代から学びながらプレゼンスを発揮しています。最近では瀬戸健氏(40)のRIZAPが、元カルビーの松本晃氏(70)をCOOに迎えたこともニュースになりました。

経営者や個人事業主にかぎらず、スタートトゥデイの田端信太郎氏(42)や『君の名は。』のプロデューサーの川村元気氏(39)は、会社員として世の中に多くの影響を与えています。

もちろん彼らは、一般の社会人と比べても特異な価値観やスキルの持ち主だったかもしれません。しかし彼らはやはり「昭和の再生産」ではなく、変化に適応することで新しい価値を生み出しているわけです。「昭和」と「これから」の両方を理解しつつ、世の中に影響を与えているアラフォー世代という意味で、その方向性に学ぶものがあるのではないでしょうか。

「翻訳者」が活躍することで、日本社会に良い変化が生まれる

日本社会についても、アラフォー世代に対しても、暗い話はいくらでもできます。若い世代に対しても、昭和のバブル世代に対しても、ネガティブな言葉はいくらでも出てきます。

それぞれの世代の価値を、社会において良い状態を生み出していく方向へと向ける。そのための「翻訳者」としての役割が、アラフォー世代にはあるのではないかと思うのです。

そんなアラフォー世代の活躍によって、数年後の日本が良い状態になれば、と考えています。

執筆者紹介

光城悠人(みつしろゆうと) 立命館大学卒業後、エン・ジャパン(株)に入社。営業・ライター・クリエイティブディレクターとして7年間従事。退職後に、学生が新しい価値観に出会えるコミュニティの実現を目指し、2008年に京都で猿基地を開業。年間を通して学生とかかわる中で、「8キャラ」や「ぼうけんの書」などを活用した新しい就活の形として「就活ゲーム」を構築し、『内定力』(すばる舎)に著している。公式ブログ:『楽しく、気持ち良く、適当に。』

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