研修のプロ「TAC」の社員・講師が教える社員研修虎の巻 Vol.2
ダメな研修の共通点。 社員研修のやりがちなミスを回避せよ
2019.03.18
社員研修を実施しても、なかなか効果が見られずに悩む人事担当者は多い。中には、それが失敗だと気付かない方も少なくない。そして、失敗する社員研修には共通点がある。
せっかくコストをかけて社員研修を実施しても、失敗しては元も子もない。企業向けの社員研修実績を多数持つTAC(東京・千代田区)の岡本豪氏と、同社で研修講師を務める山本直人氏に、失敗例を基に、ついやってしまいがちな社員研修のミスを回避する方法を聞いた。【取材日:2019年1月22日】
【シリーズ│研修のプロ「TAC」の社員・講師が教える社員研修虎の巻】
・[Vol.1]社員研修は現場のニーズを知ることが鍵! ズレない社員研修プログラム
・[Vol.2]ダメな研修の共通点。 社員研修のやりがちなミスを回避せよ
・[Vol.3]成果を上げる研修後の効果測定方法。現場に足を運んで、リアルな声を聞こう
岡本 豪
TAC株式会社 法人事業部法人営業1部 第3グループ責任者
1975年千葉県出身。大学卒業後、システム会社にて基幹システムの営業職、監査法人系教育会社にて主に財務研修およびコンプライアンス、リスクマネジメント系研修の営業職を経て、2008年にTACに入社。以来、社員育成に注力している企業を中心に、さまざまな分野における研修を提案している。仕事のモットーは「お客様の立場に立って考える」
山本 直人
TAC株式会社法人事業部コンサルタント・講師/株式会社エンターイノベーション代表取締役
1978年熊本県出身。USENにて新規開拓営業、人材開発コンサルティング会社にて企画営業を担当後、ドリコムにて事業部長、営業部長などを経て、2008年にエンターイノベーションを設立。研修講師、事業開発・営業コンサルティングに従事。研修実績は、大手企業を中心にメーカー、金融、IT、流通、官公庁など多数。研修テーマもマネジメント、コミュニケーション、営業スキル、研修内製化など多岐にわたる。著書に『すぐ成果を出す人の仕事のやり方・考え方』(明日香出版社)がある。
【失敗例1】 研修テーマの設定ミス
──研修でありがちな失敗とその原因、対策を教えてください。
山本直人講師(以下、山本)特に多いのは、研修テーマの設定ミスです。よく見られるのが、「社員のモチベーションが低いからモチベーション研修をやろう」といったようなケースです。表面的に見えている問題をそのまま安易に研修テーマとして設定すると、失敗する可能性が高くなります。それは、表面的に見えている問題と、その根本にある問題が全く違う場合が多いからです。
例えば、部下のモチベーションが低い原因は、上司と部下のコミュニケーション頻度の少なさにある、という場合があります。だとしたら、行うべきはモチベーション研修ではなく、コミュニケーション研修の方が適切でしょう。
だからこそ研修テーマを決める際は、徹底的なリサーチにより、解決したい問題の原因を正しく特定することが重要なのです。
研修テーマ設定ミスを回避する【POINT】
・安易なテーマ設定は失敗のもと
・解決したい問題の原因を徹底的にリサーチする
【失敗例2】 研修難易度の設定ミス
山本 次に多いのは、難易度(レベル)の設定ミスです。
例えば、研修担当者の方から「現場の社員はこのような研修を初めて受けるので、基本的な内容にしてください」との依頼から、基礎的な内容で研修を設計して実施したところ、受講した社員の方たちのレベルが当初伝えられていたレベルよりもかなり高く、退屈してしまったといったようなケースです。
その逆に、既に何度も研修を受けているので、最高難易度で講義してくださいと依頼されたためその通りに行うと、ほぼ全員ついて来られなかったというケースもありました。講師もその場に合わせて実施レベルを修正しますが、事前にレベル感を把握することでコンテンツへの反映もできます。
「研修担当者が現場のレベル感を把握することが重要です」(山本氏)
岡本豪氏(以下、岡本)確かに研修を企画する研修担当者の方と、研修を受ける社員の方のレベル感のギャップが大きいと失敗しますね。担当者の方が「このくらいできて当たり前だろう」と思っていても、実際の現場ではそのレベルに達していないこともあります。
そういったギャップがある状態で研修を実施した結果、受講者が研修内容について来られないといったことが起こります。このようなレベルの設定ミスが起きないように、まず研修担当者の方は受講者のレベル感をしっかりと把握し、ある程度言語化して受講対象者に伝える必要があります。
──そのためにはどうすればよいのでしょうか?
岡本 研修を企画する段階で、受講者に対してアンケートを実施することで、ある程度受講者のレベル感を把握することができます。ただしそれで終わりにしてはいけません。そのアンケート結果をしっかり分析し、受講者が研修を受講するレベルに達していないと感じたら、研修の前に受講者に対して課題を出すというのも有効な手段です。これにより「最低限このくらいのことは理解した上で研修に参加してください」という意思が受講者に伝わり、受講者をある程度一定のレベルに合わせられるのです。こういった事前課題をうまく使うことも有効な手段の一つですね。
研修難易度の設定ミスを回避する【POINT】
・研修担当者と受講者のレベル感のギャップが大きいと失敗する
・受講者のレベル感を事前に把握し、言語化する
・事前課題を活用して、受講者のレベルを合わせる
【失敗例3】 研修講師の選定ミス
山本 講師の選定ミスも代表的な失敗例の一つです。
巷で人気の講師が、必ずしも自社の研修に合うとは限りません。熱くてトークが面白くてメッセージ性が強い講師は人気講師になりがちです。しかし、自社の社風や研修テーマが講師の特性とマッチしていなければ、受講者にもあまり響きません。また、テーマや受講者の階層との相性が合わないと同じように失敗を招きます。
──講師選びを失敗しないためにはどうすればいいのでしょうか。
山本 まず、研修の決定までに、研修会社の営業担当者と打ち合わせを重ねて、自社の社風や受講者のキャラクターやレベル、研修の目的、思いなどをできるだけ詳細に伝えることが重要です。それを基に講師を選定したら、実際に会って話をします。こういった手順を踏めば、その講師が自社の研修に合うか合わないか、おおよそ判断できるでしょう。
岡本 そのために必要なのが、研修の企画立案から実施までの期間です。この期間が短いと、その研修に適切な講師を見極めることができず、失敗する可能性が高まってしまいます。例えば私が研修担当者の方とお話ししたとします。
始めに研修の目的やテーマを伺ったところで、自分の頭の中でマッチングしそうな講師を何人か思い浮かべます。その中から最も適していると思う講師に研修の内容を伝え、了承を得るわけです。
本来の流れであれば、その後、担当が決まった講師と事前に面談をし、詳細な内容について確認をしていくのですが、研修実施までの期間が短いと、講師のスケジュールに余裕がなく、そもそも打ち合わせや準備ができないといったことが起こります。こうなってしまうと、研修担当者の方はその講師が本当にマッチするのかどうか見極めることができず、ぶっつけ本番で当日を迎えることになってしまいます。特に人気講師の場合はこうなる可能性が高くなります。
ですから、そうならないように、研修は十分な時間的余裕をもって計画することが肝要です。もちろんこれは講師選びだけではなく、研修企画から事前準備に至るまでの全ての段階において、失敗を防ぐために重要になってくると言えます。
──具体的にはどのくらいの時間的余裕をもつべきなのでしょうか。
山本 研修実施の2カ月前に相談に来ていただければ十分でしょう。さらに適切な講師選びのためには、研修実施後に注目することも重要です。依頼した講師の評価データを研修運営や企画のナレッジとして社内で蓄積、共有することをお勧めします。それを積み重ねていけば、次第にどのテーマ、階層の研修にはどの講師が合うかということがわかってくるので、マッチングの精度が上がるでしょう。
研修講師の選定ミスを回避する【POINT】
・人気講師でも自社の社風に合うとは限らない
・準備期間を十分取って、打ち合わせをしっかり行う
・研修実施後の講師に関するデータの蓄積・共有が大事
【失敗例4】研修が盛り上がらない
山本 研修が期待以上に盛り上がらなかったという失敗も良く聞きます。研修が盛り上がるか否かは講師の実力による部分が大きいです。経験豊富で上手な講師は、場作りのため、研修のスタート時に簡単なゲームや自己紹介タイムなどアイスブレイキングの時間を多めに取ります。これによって、受講者が研修に対して興味関心を抱き、モチベーションもアップして、その後のディスカッションが活発になったりするんです。
私もなかなか盛り上がらない場合は、アイスブレイキングに加え、その場でコンテンツの内容やレベル感、時間配分などを修正します。研修ってライブで、ナマモノのような要素も大きいので、その場の受講者の様子や全体の雰囲気を見ながら、ある程度はその場で変えることも珍しくありません。
岡本 そういった能力の有無は、講師の評価を左右する重要なポイントになります。山本講師には、どんな研修の場合でも臨機応変に対応していただいているので、とても助かっています。
──何をやっても盛り上がらない場合は?
山本 そういう場合は、そもそも研修のテーマがズレていたり、事前に受講者に目的が告知されていなかったりするケースが多いですね。もちろん講師としてその場で対処できることは全てやります。ただ、盛り上がればいいというわけでもありませんので、研修の成果、効果と合わせて検証することも大切です。
岡本 実施後のアンケートで、「自分が考えていたテーマと違った」というコメントを見かけることがあります。こういった場合、受講者側に全く問題がないとは言い切れませんが、その研修は設計の段階で間違った方向を向いていた可能性が高いです。誤解のない事前案内が重要で、受講者にテーマや内容を具体的に伝えるようにしましょう。
盛り上がらない研修を回避する【POINT】
・臨機応変に対応できる講師に依頼する
・受講者に対して、事前に研修のテーマや内容を具体的に伝える
【失敗例5】研修で学んだことが継続化しない
山本 「研修で学んだことが継続化しない」という失敗も多いですね。継続性を高めるためには、研修の設計や講師のファシリテーション力、メッセージ力、研修後の仕掛けなどを複合的に組み合わせなければなりません。中でも、フォローアップ研修のような研修後の仕掛けが特に重要であり、これなしでは基本的に継続しないと考えた方がいいでしょう。
一般的には社歴が長い方ほど、研修後の仕掛けが必要になります。自身の行動習慣や仕事のパターンが固定化されているので、研修を受けて新しい気付きを得たとしても、また元のやり方に戻ってしまいがちだからです。
さらに、仕掛けは組み込んだものの、実際に運用できないといったケースもよくあります。人事担当者の皆さまは、研修関連だけがお仕事というわけではなく、他の業務もたくさん抱えていてお忙しいはずです。受講者一人ひとりを細かくフォローアップしたいと思っても、現実的にはなかなか難しい。その対策としては、現場のマネジメント層を巻き込むことが有効です。現場社員の意識や能力が上がって課や部として成果が出ることは、マネジメント層にとっても大きなメリットになりますので、目的と理由を説明すればきっと協力してくれるでしょう。
研修で学んだことを継続化する【POINT】
・研修後の継続的な仕掛けが重要
・マネジメント層を巻き込んで実践する
研修のトレンド? コンテンツは変わらないが、方法が変化している
──新入社員向け、中堅社員向け、管理職向けなど、階層別のお勧め研修はありますか?
山本 新入社員向けの研修については、ビジネスマナーやホウ・レン・ソウ、PDCAといったコンテンツは基本的に変わっていません。ただ、今の時代に合わせて、教え方を変えているケースが多いです。
例えば新入社員研修なら、以前は厳しく、反復トレーニングでできるまで教え込むというやり方が多かったと思います。しかし、いわゆるゆとり世代以降はそのやり方が合わなくなっていますので、成功体験をさせて自信を付けさせるというように変わってきているのです。また、今の若い人たちは承認欲求が高く、評価を気にするので、フィードバックを多めにするようにしています。
岡本 確かに今の新入社員はそういった傾向が強く表れていると思います。コミュニケーションの取り方も、昔と違って電話で直接話すといったこともあまり多くないですし、LINEやTwitterなどで一方的に情報を送るだけというように変化してきています。ですから昔と同じようなやり方で研修を実施してもなかなか響かないので、講師には今の若者の感覚に合った話し方をしてもらうようにお願いしています。
──ということは若手向けのコミュニケーション研修もニーズは高いのでしょうか?
山本 高いですね。例えば電話応対。そもそも若い人たちは不特定の方との電話が苦手な傾向があるため、あえて昔より強めに反復トレーニングを行う場合もあります。また最近はスキルや知識のインプット系よりも、仕事の疑似体験を行うことの方が多いです。あるゴールを設定して、講師が上司役を演じ、上司役と相談しながら仕事を完遂するというシミュレーション系の研修などが人気ですね。
──管理職向けの研修はどうでしょうか。
山本 こちらも基本的なコンテンツは昔とそれほど大きくは変わってないのですが、時流に合わせて変化している部分もあります。近頃は、働き方改革による適切な時間管理の方法や、ハラスメント問題の増加によるコンプライアンス研修のニーズが高いですね。
受講者の傾向に合わせて、伝える手法も変わると語る山本氏と岡本氏
岡本 部下育成やマネジメントは昔からあるテーマと言えますが、こちらも教え方が随分変わっています。昔のような体育会系のノリで、部下に「こうするのが当たり前なんだから、とにかく何も考えずにやれ!」と指示・命令するだけでいい時代ではありません。今の若い人たちは、仕事の目的や意義といったことをきちんと説明しないと動いてくれない人が多いように感じます。ですから、そういった指示の出し方やマネジメント手法を学ぶ研修が人気です。
時代に応じて研修のトレンドは変わっていきますが、あくまでも研修は、より良い組織をつくるための一つの手段にすぎません。それゆえ、研修担当者の方は目の前の研修をどうやってうまく運営するかという視点だけではなく、この研修によっていかにより良い組織をつくっていくかという視点に、一段上げる必要があるのです。
とはいえ、これをすぐに実現するのは難しいでしょうから、まずは会社や組織に対する思いを経営層と確かめ合い、温度を合わせた上で、研修を組織づくりの一環として捉えると良いと思います。
効果的な社員研修を行う【POINT】
・どの階層向けの研修も基本的な内容は変わらないが、時代に合わせて教え方を変えている
・新入社員向けはシミュレーション研修が人気
・管理職向けは今どきの若者に合わせた教育法のニーズが高い
・研修に対する視点を一段上げてみよう
研修のプロ「TAC」の社員・講師が教える社員研修虎の巻、次回は社員研修の効果を最大限に上げるためのメソッドを紹介する。
【取材・編集:@人事編集部】
【編集部より】
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執筆者紹介
山下 久猛(フリーランスライター・編集者) バイクレース専門誌、旅行情報誌、転職サイトを経て独立。現在は主にビジネス、キャリア、転職などの分野で取材、執筆、編集、撮影などを行っている。 特に人物インタビューを得意としており、雑誌・Webでロングインタビュー記事の連載のほか、仕事紹介系書籍の執筆や、経営者本の構成も数多く手掛けている。 趣味は居酒屋巡りと写真とスキューバダイビング。 http://interviewer69.com
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