@人事 ドイツ支部通信
日本は育成担当者の負担が大きい? ドイツ流の新人育成とは
2019.03.28
新年度への準備を進めるこの時期、新入社員をどう教育するかは、各企業にとって大きな懸案事項だ。そこで、より円滑なコミュニケーションの実現と質の高い社内教育を実現するために、「教育責任者」を検討してみてはどうだろう。
ドイツ在住、1991年生まれのフリーライター。大学在学中にドイツ留学を経験し、大学卒業後、再びドイツに渡る。ブログ『雨宮の迷走ニュース』を運営しながら、東洋経済オンラインやハフィントンポストなどに寄稿。
社員が後輩の指導・育成も担う日本企業
日本企業での新入社員や後輩社員の育成は、先輩や上司が行うOJTが一般的だ。2、3年目の若手社員やそこそこ長く勤めている中堅社員を教育係に任命したり、とくに教育係はもうけずに上司が適宜指示したり、質問があるときに後輩自らだれかに聞いたりと、企業によってその方法は大きくちがう。
最近では、「社内の風通しを良くし社員のメンタルのケアもすべき」という観点から、人事と定期的な面接をしたり、メンター制度として先輩を当てるなどの工夫をしているところもある。
社内教育が主流である以上、上司や先輩に育成力を求めるのは当然のなりゆきだ。事実、『目的別教育の内容』に関する統計では、「OJT指導員教育」が47.5%とトップで、「メンタルヘルス・ハラスメント教育」(43.9%)、「中途採用者教育」(39.6%)が続く(参照:産労総合研究所)。
また、『1000名未満の企業における階層別研修の内容』の統計においても、中堅社員は「後輩を指導・育成する力」がトップ(78.3%)で、課長クラスでも「部下を指導・育成する力」(73.9%)がトップになっている(参照:リクルートマネジメントソリューションズ)。
しかし、そもそも多くの社員は、社内教育をする人材として採用されたわけではない。そういった人に「育成力」や「指導力」を求めるのも、気持ちはわかるがなんだか無茶振りな気がする。OJTがメインの日本企業にこそ「教育責任者」がいたほうがいいと思うのだが、どうだろう。
ドイツの職業教育では「教育責任者」が必須
ドイツには、職業教育という制度がある。学校で理論を学びながら実際に働くというしくみだ。
なにも知らない新人にさまざまな仕事を経験させ、先輩の仕事を手伝いながら仕事を学んでもらうという点で、日本企業における「研修期間」というとイメージしやすいだろう(ドイツでは就職前に職業教育、もしくは大学で専門教育を受けることが一般的なので、入社後に日本のようなていねいな研修はない)。
この職業教育を実施し、実習生を受け入れる企業は、かならずAusbilderというポジションの人を用意しなくてはいけない。Ausbilderを訳せば、「実習をする人」、もっと端的に表現すれば「教育責任者」とでもいおうか。
Ausbilderは、社内教育すること自体が仕事である。実習生についていろいろ教える場合もあるし、実習生が多ければ実際の教育は現場に任せ、実習生がしっかりと学べているかチェックしたり職業学校との連携をしたりという場合もある。Aubilderとして採用することもあるし、社員がAusbilderになるための職業教育を受けて資格を取り、職業教育することもある。
Ausbilderに求められるのは教育者としての適性、人材マネジメントや企業教育メソッドなどの教育知識、そして該当職種の専門知識と実務経験だ(たとえば会計士の実習生を取るのであれば会計士としての知識と経験)。
IHK(ドイツの商工会議所)が認めているものだけでも270職種で職業教育が実施されているドイツには、1週間~半年程度のAusbilderになるための職業教育もある。また、取得必須ではないもののIHKがAusbilderの試験を実施しているので、それにパスすればよりキャリアのチャンスが生まれる。ドイツでは、「企業内の教育」は仕事としてしっかりと成り立っている。
実習生のバックアップをしない=職務怠慢
わたしは一度、ホテリエの職業教育に申し込み、フランクフルトのとあるホテルで試し働きをしたことがある。5日間無給で働き、問題がなければ採用、という流れだ。
1日目、ポーランド人女性といっしょにハウスキーピングをするように言われた。しかし彼女はなにも教えてくれず、そもそもドイツ語があまりできないので、ただ彼女の後ろをついてまわっただけ。その後、ほかの実習生に、ホテルの地下で暮らすホームレスの人の所有物を処分するように言われた。彼女のイヤな仕事を押し付けられたのだ。
2日目の職場はキッチン。朝「とりあえずフォークとナイフを拭いておいて」と言われたきりだれも話しかけてくれないので、その日は5時間以上、ひとり黙々と、キッチンの端っこでカトラリーを拭いていた。
「試し働きだからこんなものなのか……?」とも思ったがここで働きたいとは思えず、Ausbilderに「もう行きません」とメールした。
教える側と教えられる側の潤滑剤としての責任者
そのホテルで働いている友人の父親にぽろりとその話をしたところ、それが上司に伝わり、Ausbilderが後日かなり怒られたらしい。Ausbilderの仕事は、わたしにホテルの仕事を見せる段取りを整えることだった。外注のハウスキーパーに契約外の仕事(わたしに仕事を見せること)を指示したのも問題だし、キッチンに関しては試し働きが来ることすら伝えていなかったことが発覚し、これまた問題になったそうだ。
なんだか申し訳ないが、ちゃんとした実習環境を整えず、ほぼ採用が決まっていた実習生を逃したのは、「Ausbilderとしてあるまじきこと」という認識らしい(辞退の前にAusbilderに抗議すべきだったということは、後日知った)。わたしの場合は残念な展開になってしまったが、同時に、「社内での教育(育成)についての責任者がいるのはいいな」とも思った。
教えてもらう側は、教えてくれる人に対して抗議しづらい。相性が悪い、思っていたのとちがう、正直辞めたい……そんな気持ちはなかなか言えないものだ。しかし別のところに「責任者」がいれば、その人に相談できる。教える側としても心強い存在で、現場での教育で問題や不安があったときに相談が可能だ。
教える側、教えられる側、両方のあいだに立つ潤滑剤。それが責任者、Ausbilderの仕事である。
社内教育の責任者がOJTの質を高める
後輩に教えることがいい経験になる、という側面もたしかにあるし、そんな責任者を据えずともうまく連携がとれるならそれに越したことはない。ただ、先輩や上司にも自分の仕事があるし、全員が教育者として向いているとはかぎらない。そう考えると、ドイツのような責任者ありきの教育体制は合理的だと思う。OJTがメインの日本企業なら、なおさらそういった存在が必要だろう。
たとえば人事のなかで、社内教育のプロを育成し、「社内教育の責任者」としてあらためて任命してみてはどうだろう。その人は、新入社員はもちろん、中途採用者や管理職の人の社内教育の環境を整え、進捗具合を把握し、教える側も教えられる側も問題なく進んでいるかをチェックする。相談役にもなるし、指示役にもなる。すぐには無理でも、そういった人材の必要性は高いはずだ。そういう人がいれば、みんながそれぞれバラバラに指導するより、社内教育の質が高まるのではないだろうか。
教える側も教えられる側も負担を避けるために「教育責任者」を配置してみるというのも、ひとつの手段として検討してもいいかもしれない。
執筆者紹介
雨宮紫苑(フリーライター) ドイツ在住、1991年生まれのフリーライター。大学在学中にドイツ留学を経験し、大学卒業後、再びドイツに渡る。ブログ『雨宮の迷走ニュース』を運営しながら、東洋経済オンラインやハフィントンポストなどに寄稿。著書に『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)がある。
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