城繁幸、ニュースを斬る
パワハラ、セクハラ…日本社会でハラスメント問題が起き続ける理由
2018.07.25
早稲田大学の著名教授・渡部直己氏によるセクハラ問題、山形大学や明石市役所におけるパワハラ問題など、近年、各種ハラスメント行為が話題となることが増えている。SNSが浸透する中、ネガティブな情報は一気に拡散しやすく、世論も敏感になっているのだろう。
ハラスメントを防ぐにはどうすべきか、あるいは起きてしまった場合にどう対処すべきかは、管理部門にとって喫緊のミッションでもある。そこで今回は、ハラスメントの起きるメカニズムについてまとめておこう。
風通しの悪い組織ほどハラスメントが起こりやすい
ハラスメントの起きる組織には、実はある共通点がある。それは「流動性が低く、風通しが悪い」という点だ。
ここで言う流動性とは、企業で言えば転職や中途入社で人の出入りがそれなりにある状態を指す。人材の交流・異動がほとんどない、新卒で入って途中で辞めたら二度とは採用してもらえないような組織が一番危ない。
こういった組織では、権限を持っている人間が固定化されるため、上司に対して簡単に「No」と言うことが出来ず、ひたすら従うしかなくなるからだ。
筆者の経験でいうと、そういった力関係が一度出現してしまうと、従来はまともなマネジメントをしていたはずの管理職でさえ、無茶苦茶な恫喝をしたり皆の前でつるし上げを行ったりするようになることも珍しくない。どうも人間というのは、環境や力関係でどうとでも変わってしまうものらしい。
流動性が低い雇用形態も、ハラスメントを起こす要因の一つ
また、同じ風通しの悪い職場であっても、雇用形態によってハラスメントの起きやすさはまるで異なる。契約社員や派遣社員といった流動性の高い従業員は、最初から不利益を我慢する必要はない。
派遣社員であれば、もしハラスメントを受けた際には、派遣会社にその旨を伝えれば、よほど悪質な会社でないかぎり、派遣先にクレームを入れてもらえ、別の職場をアテンドされる。
上記のような事情をふまえると、「苦労して入社したのだから絶対に辞められない」「我慢すれば終身雇用を保証される」という立場の人間ほどハラスメントの対象になりやすく、そういうポジションの人間の多い組織ほど、ハラスメントが起きやすいということが言えるだろう。
「No」と言えない環境
ちなみに、「Metoo運動」のきっかけとなった米ハリウッドは流動性が高く風通しの良さそうな印象があるが、強い権限を持つプロデューサーや監督に対して「No」と言えば仕事から干されるリスクがあり、プロデューサー業に定年がないことを考えると、実際の風通しは最悪に近い状態だったと言える。だからこそ、強烈な反動が起きたわけだ。
同じ意味で、雇用の流動性が低い日本では、社会のいたるところにハラスメントの種がくすぶっているように思えてならない。会社や上司に対して「No!」と言い切れるサラリーマンが、果たしてどれほどいるだろうか。
日大アメフト部悪質タックル問題でも見えた、「No」と言えない日本的職場環境
ハラスメントとは別種の問題も多く含まれるが、例の日大アメフト部悪質タックル問題にも、同じ構図は見て取れる。
結果的に前監督の指示があったと第三者委員会で認定された形だが、発覚後も身を挺して上司と組織を守ろうとしたコーチ(日大正規職員)の姿は、今にして思えば、組織と一体化し「No」と言えないスタッフの典型例と言えるだろう。
組織内で流動性を高める工夫を
流動性とハラスメントを説明する際に筆者がよく引用するのが、豊田真由子元衆院議員と秘書のケースだ。
「違うだろ!」「このハゲ!」の女性議員と言えば思い出す人も多いだろう。豊田元議員の前職は厚生労働省のキャリア官僚であり、この省は日本で最も風通しの悪い組織の一つと言っていい。上司や国会議員に奴隷のごとくコキ使われ、時にどやされることが当たり前の世界だ。
先日、野党による財務省職員への合同ヒアリングがまるで“つるし上げ”だと批判されたが、ああいう光景は霞が関では決して珍しいものではない。恐らく、そうした場所でキャリアを形成することで、議員に転じてからも、氏は同じやり方を自身のスタッフに対して行ってしまったのだろう。
だが、厚労省とは逆に、永田町のスタッフというのは、数年おきに選挙で失職と再就職を繰り返す「日本で最も流動性の高い専門職集団」だ。
環境が全く変わったにも関わらず、これまでと変わらない「パワハラ」的な態度を取った豊田議員は、スタッフに「現場の録音」という形で離反され、最後は自身が書類送検までされた上、議員バッジも失う羽目になった。流動性と情報公開こそ労働者の強力な武器であり、ハラスメント予防の本丸と言っていいだろう。
雇用の流動性が、コンプライアンスの向上に繋がる
また、雇用の流動性には、ハラスメント予防以外にも、コンプライアンスの向上というメリットも大きい。
昨年から神戸製鋼や三菱マテリアル、東レ、スバルといった日本を代表する大企業におけるデータ改ざんが次々に発覚し、問題となっている。改ざんのきっかけは各社それぞれだろうが、すべてに共通しているのは、それらが「閉じた組織の中で長年にわたり行われ、蓋をされ続けてきた」という事実だ(ちなみに神戸製鋼の改ざん開始は実に70年代にさかのぼるとされる)。
上司からのハラスメント同様、不正についても「No」と言えない状況が出現していたということだろう。
逆に、一定の割合で従業員が出たり入ったりを繰り返す組織であれば、秘密の共有を前提とした不正は起こり得ないだろうし、起こったとしても、いつまでも隠避できるものではない。流動性の確保は日本全体のコンプライアンス向上にもつながるはずだ。
社内の流動性の確保が人事部のミッション
とはいえ、日本全体の労働市場を流動化し、転職が当たり前の状況を生み出すにはまだまだ時間がかかるのも事実だ。
企業は自身で出来ることから手をつける他ない。では、一社だけでいかに流動性を担保していくか。そこは発想を転換して、まずは社内で流動性を確保するべきだろう。
「一つの職場に同じメンツが固まりすぎないようにチェックし、数年置きにローテーションさせる」という業務は、既に多くの企業で人事部の主要なミッションとして行われている。
それにくわえ、社内公募や社内FA制度という形で、従業員自身が手を挙げて流動化できる制度を導入することも検討すべきだろう。
これにより、ハラスメント色の濃いマネジメントを行う管理職の下からは人材が(別の部署に)流出することになるため、そうした管理職は淘汰されることになる。「マネジメントで下手をうつと部下に逃げられる」という緊張感を職場に持たせることがポイントだ。
相談窓口の効果的な運用を
くわえて、セクハラ、パワハラ等の窓口を設置し、人事部門が運用することも検討すべきだ。大手企業では10年ほど前からそうした窓口の設置が広がり、一定の効果も上げている。別に人事部門でなくても問題ないものの、事業部門に対して中立的なスタンスであり、しっかり言うべきことが言える部署が運用することが必要となる。
「実際に窓口を利用したけど口止めされただけでした」なんてことになれば、それは組織ぐるみの隠ぺいとみなされ、問題のレベルはより大きくなる。
発覚した場合のことを恐れる人物が社内に増えることで、結果的にセクハラ・パワハラのリスクは確実に下がっていく。組織内に流動性を生み出すことで一定の緊張感を持たせる、というのがハラスメント予防の基本であり、そのために人事部の果たすべき役割は大きいというのが筆者のスタンスだ。
執筆者紹介
城繁幸(じょう・しげゆき)(人事コンサルタント・作家) 1973年生まれ。東京大学法学部卒。富士通を経て2004年独立。06年よりJoe’sLabo代表を務める。代表作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社)、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』(筑摩書房)、『7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想』(PHP研究所)など。
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