「組織内サイレントマイノリティ」須東朋広
社員がイキイキ働けるために―【第二回】日本的雇用人事システム改革と職場の荒廃
2016.12.12
20代から50代のビジネスパーソンを対象に幸せな感情を表す言葉を調査したところ、1位は「ワクワク」という言葉であった。しかし、この1年で職場にワクワク感が「ある」と回答した割合は13.8%、「ない」と回答した割合は50.3%であった(学校法人産業能率大学調べ)。
仕事のスピード化・効率化によって多忙となり、余裕やゆとりが無くなった。メール一本で仕事が依頼され、あまりにも一方的な要求から、受け手は苛立ちキツイ言葉で返信し関係が悪化する。また納期の厳守やミスが許されない雰囲気でギスギスし、話しかけにくい、質問もできない、といったことも少なくない。コミュニケーション不足から働く仲間との関係が希薄化し、孤立し、不安から自分を追い込んで閉塞感を感じ、抜け出せなくなる。そうなると働く喜びや仕事への思い、会社の仲間の大切さを見失う。あきらめ感が醸成・蔓延し職場が荒んでいる中で、いいアイデアやいい仕事など生まれるはずがない。先ほどの調査には続きがあり、仕事を通じてワクワク感を抱くことが「よくある」はわずか4.1%、「ない」 は約半数47.7%という結果になっている。かなり深刻化しているようだ。
日本の高度経済成長を牽引する原動力として、日本的雇用慣行が普及・定着したことが挙げられる。「終身雇用制度」、「年功序列賃金」、「企業別労働組合」の3本柱からなる日本的雇用慣行は日本企業の競争力の源泉となり、世界的にも注目を集めた。森口(2013)※1は、この日本型雇用慣行モデルの核心は,企業がホワイトカラーだけではなくブルーカラー労働者をも含めた正社員に人的資本投資と雇用保障を約束し、それと引き換えに労働者の献身と熟練に裏打ちされた高い生産性を実現する点にあるとしている。また、このような雇用契約はあくまでも法的拘束力のない「黙約」であり、内部昇進制や労使協議制などの補完的な諸政策の存在によって初めて自律的な「均衡」を形成すると指摘している。
しかしバブル崩壊以後、経済のグローバル化や規制緩和による企業間競争の激化、産業の高度化とビジネスモデルの早期陳腐化、従業員の高齢化と年功賃金の維持による総額人件費の高騰、企業の将来に向けた期待成長率の低下と若年層や女性労働者の価値観の多様化など、優秀な人材を育成活用する必要性がこれまで以上に高まる一方、すべての労働者の雇用を守ることが困難となり、「黙約」を守れなくなり、日本的雇用人事システムは形骸化し、見直しを迫られることになる。
働く人には自らキャリアを選択し、自らキャリアを高め、エンプロイアビリティの向上を奨励した。企業は自社の競争力を高めるために実力主義を謳い、成果主義的仕事給など人事制度を刷新した。また「リストラ」という社員解雇の実施も行った。
熊沢(2010)※2はそれらがバブル崩壊以降、職場と労働に大いに影響を与えたとしている。具体的には能力と業績の査定が強められた賃金システムの導入による個人間賃金格差の拡大。「多様化」と呼ばれもする職務範囲の広がり、「ムダ」の排除、自己啓発のための勉強の必要性、そして集団的および個人別ノルマの過大化など、様々のルートを通しての労働負担の増大とゆとりの危うさ。広域配転、出向、転籍、退職の誘いなどの頻繁化による働く場所の不安定化。非正規社員の増加を内容とする雇用形態の多様化と、性別職務分離の、実態としての維持・拡大があったとしている。
「リストラ」という社員解雇の実施や個人間賃金格差の拡大を許した労組は交渉力・影響力の弱体化から組織率の低下をもたらした。組合機能の低下は組織や職場に不満を持つ組合員の働くことへの不安やあきらめ感を抱かせた。
また、エンプロイアビリティという言葉は、80年代頃アメリカで社員の雇用保障を約束できなくなった企業での新たな社会契約として使われてきた概念である。これは、終身雇用制度の維持が困難であることを示している。よって「社員はキャリアを会社任せから自己選択と自己責任で臨み、いつ解雇されても大丈夫なように、雇用されうる能力を身につけなさい」ということだが、能力定義も学び方も丸投げで途方に暮れる社員は少なくない。
成果主義は年功で格差をつけるのではなく、人事考課の業績考課・成績考課といった要素を重視して格差を付けることである。しかし、人事考課する立場の管理職の中には、考課内容や考課基準の不明瞭さもあり、人事評価のきちんとした基準を持っていない者や、そもそも評価するための知識・スキルを持たない(学ばない)者がいる。そういった人間たちに、部下の生涯稼得賃金や職務割り当て・ノルマ、異動・出向、働き続けられるかどうかなどの決定権を与えた。そのことを熊沢(2010)は労働条件の〈個人処遇化〉と呼ぶ。労働者間のサバイバル競争を激化させ、人材を使い倒して目先のコストを削って経営者にいい顔をする管理職ほど出世するケースも少なくない。
経営環境の変化によって日本的雇用人事システム改革は行われたが、セーフティネットを壊し、人の感情を無視した仕組みを導入したことで職場は荒んでいった。幸せな感情を示す「ワクワク感」。約半分の方々が職場や仕事でそういった感情が起きない原因はそこにある。
※1森口千晶(2013)「日本型人事管理モデルと高度成長」、日本労働研究雑誌、634、52-63.
※2熊沢誠(2010)「能力主義と企業社会」、岩波新書
執筆者紹介
須東朋広(すどう・ともひろ)(一般社団法人組織内サイレントマイノリティ代表理事) 2003年、最高人事責任者の在り方を研究するため、日本CHO協会を立ち上げ事務局長として8年半務める。2011年7月からはインテリジェンスHITO総研リサーチ部主席研究員として日本的雇用システムの在り方の研究から中高年、女性躍進、障がい者雇用、転職者、正社員の雇用やキャリアについて調査研究活動を行う。組織内でなんらかの理由で声を上げられない社員が増え、マジョリティ化しつつあることに対して、2016年10月、誰もがイキイキ働き続ける社会を実現するために『一般社団法人組織内サイレントマイノリティ』を立ち上げ。
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