研修のプロ「TAC」の社員・講師が教える社員研修虎の巻 Vol.3
成果を上げる研修後の効果測定方法。現場に足を運んで、リアルな声を聞こう
2019.03.25
なんとなく社員研修の効果が出ていないような気がする。と感じているのであれば、それは社員研修の効果測定ができてないことが原因だ。しかし、売上や業績などと違い、数値化が難しい社員研修の効果測定はどのように行えばよいのだろうか。
研修のプロ「TAC」の社員・講師が教える社員研修虎の巻 Vol.2では「失敗する社員研修」を紹介したが、そもそも何をもって失敗とするのか。そして成功とは何だろうか。
引き続き、TAC(東京・千代田区)の岡本豪氏、同社で研修講師を務める山本直人氏に話を聞いた。【取材日:2019年1月22日】
【シリーズ│研修のプロ「TAC」の社員・講師が教える社員研修虎の巻】
・[Vol.1]社員研修は現場のニーズを知ることが鍵! ズレない社員研修プログラム
・[Vol.2]ダメな研修の共通点。 社員研修のやりがちなミスを回避せよ
・[Vol.3]成果を上げる研修後の効果測定方法。現場に足を運んで、リアルな声を聞こう
岡本 豪
TAC株式会社 法人事業部法人営業1部 第3グループ責任者
1975年千葉県出身。大学卒業後、システム会社にて基幹システムの営業職、監査法人系教育会社にて主に財務研修およびコンプライアンス、リスクマネジメント系研修の営業職を経て、2008年にTACに入社。以来、社員育成に注力している企業を中心に、さまざまな分野における研修を提案している。仕事のモットーは「お客様の立場に立って考える」
山本 直人
TAC株式会社法人事業部コンサルタント・講師/株式会社エンターイノベーション代表取締役
1978年熊本県出身。USENにて新規開拓営業、人材開発コンサルティング会社にて企画営業を担当後、ドリコムにて事業部長、営業部長などを経て、2008年にエンターイノベーションを設立。研修講師、事業開発・営業コンサルティングに従事。研修実績は、大手企業を中心にメーカー、金融、IT、流通、官公庁など多数。研修テーマもマネジメント、コミュニケーション、営業スキル、研修内製化など多岐にわたる。著書に『すぐ成果を出す人の仕事のやり方・考え方』(明日香出版社)がある。
会社の経営理念・ビジョン・今後進む方向性を把握しよう
──社員研修の目的・成果はどのように設定すればよいのでしょうか。
山本直人講師(以下、山本) 基本的に研修の実施そのものが目的となることはないはずです。経営を良くしたい、業績を伸ばしたい、社員を育成したいという上位目的があって、それを実現するために研修という手段があるわけですから。
まずその上位目的を明確に設定するために、研修担当者の方が会社の経営戦略や理念、ビジョン、あるいは課題を深く理解しなければなりません。また、自社がビジネスを展開している業界のトレンドを研究し、今後会社がどの方向に進もうとしているのかといったような、さらに上の視点から俯瞰して考えることも重要です。それが見えていないと研修の目的と成果がズレる恐れがあるからです。
──人事担当者がそれらを把握するためにはどうすればいいのでしょうか。
山本 経営層に直接ヒアリングできればよいのですが、多くの場合、経営層の方は多忙でそういった時間を取ることは難しいでしょう。そんな時には、会社のホームページを見ればいいのです。そこにはIRレポートや業績報告書などがアップロードされているはずです。それらを読み込めば、会社の経営戦略、今後のビジョン、課題などが理解できるでしょう。
岡本豪氏(以下、岡本) 年初めに社長が発表する年頭の辞や中期経営計画といったものも要チェックです。念頭の辞には「今年はこんなことにチャレンジする1年にするんだ!」といった社長の思いが反映されていますし、中期経営計画には企業が中期的に目指すあるべき姿と、そことのギャップを埋めるための計画が書かれているはずです。研修担当者の方はそこから必要な情報を読み取り、噛み砕いて、研修に上手く落とし込むことができれば、より良い研修を作り上げることができると思います。
山本 研修目的の設定の仕方には、経営層が指示するトップダウン式と、社員のニーズを汲み上げるボトムアップ式の両方があります。単発の研修ならボトムアップ式でよいのですが、本来は経営マネジメントの一つの方法として社員教育があり、そのまた一つの手段として研修を設定するので、上位概念から目的や成果の定義をしていくことが大事なのです。
例えば、研修担当者の方が「多くの社員は論理的思考力が足りないから、ロジカルシンキングの研修を実施しよう」と考えたのであれば、自社で定義している「ロジカルとは何か」を言語化しなくてはいけません。つまり、ロジカルシンキングのような基礎スキルを「どのような仕事のシーンで使って何を実現したいのか」という目的がイメージできていないと、研修の内容やケース設定がズレてしまい、何となく一般的なロジカルシンキングの概要を知識として学んで終わる、ということになってしまいます。それでは意味がないので、応用場面を研修のゴールや成果として設定することをお勧めしています。
岡本 研修の目的やゴール設定、研修受講後のあるべき姿などが受講者にしっかりと伝わっていれば、受講者の研修に対するモチベーションが上がりますから、効果測定をしなくとも自ずと効果が出る場合もあります。
「研修の目的が伝わっているかどうかで、受講者のモチベーションが変わってきます」(岡本氏)
山本 実は、かなり重要なのが、研修の冒頭に行う人事担当者の方の挨拶です。会社としてなぜこの研修テーマを選んだのか、その目的や望む成果をきちんと説明するということが、受講者のモチベーションや成果にも影響するからです。
社員研修の効果を定める【POINT】
・会社の経営理念・ビジョン・今後の方向性を把握する
・人事担当者の研修の冒頭の挨拶が重要
研修の評価、現場での行動変容、最後に成果を測定する
──研修の効果測定はなぜ重要なのでしょうか。
山本 効果測定をしないと、そもそも実施した研修が成功だったのか失敗だったのか、判断できません。
研修を企画する際は、目的、ゴールを設定しますが、それを達成できなかったら失敗と言えます。しかし、100%の達成というのはありえません。ですからまずは、どの程度まで目標を達成できたら「成功」とするかを決めましょう。その上で、研修後の受講者のアンケート結果を基に評価を定性的・定量的に測定・分析します。
実施した研修が良かった・悪かったという印象は、研修担当者の主観によって感覚的に判断されることが多いのですが、それでは正確な測定とはならないので、数値化する必要があるのです。一般的なのが、受講者に項目ごとに5段階評価で点数をつけてもらって集計するやり方です。ほとんどの研修担当者は、アンケートの平均点が4.5以上になると成功で、それ以下になると、今一つだったと判断するでしょう。しかし、例えば3.9だったから本当に失敗だったかというと、一概にそうとは言えません。なぜならば、研修を受けることで深い気付きを得たり、危機感を覚えてモチベーションが上がったりすることもあるからです。だからこそ、受講者が職場に戻ってからの継続的な効果測定も必要なのです。
──研修後の継続的な測定はどのように実施すればいいのでしょうか。
山本 研修後、受講者が職場に戻って、研修で学んだことを使えているか、「行動変容」を測定します。そして行動がいい方向に変われば、遅かれ早かれ業務成果にも現れるはずです。この最終的な成果測定まで本気でやろうとすると、情報収集・分析にかなりの時間と手間がかかります。
──行動変容はどうやって測定するのですか?
山本 研修の最後に受講者に自己課題を設定して、行動目標を立ててもらいます。つまり、この研修で学んだことをいつ、どのようなシーンで、どのように使うか、どれくらい実践するかを受講者本人に決めてもらって、実際にどこまでやったかを検証してもらうのです。
──測定の期間はどのくらいでしょうか?
山本 基本的には研修終了から1カ月くらいですね。単発の研修の場合、我々がそこまで関わることはありませんが、全3~6回で行うプロジェクト型の研修の場合には定点観測します。2回目以降の研修では必ず前回の振り返りを行います。前回の研修で学んだことをどこで使ったか、使ってどうだったか、どんなことがうまくいったか、難しかったか、といったことを研修の場で発表してもらいます。それがそのまま効果測定のツールとして使えるのです。
「研修後の効果を見るには『行動変容』を測定することです」(山本氏)
岡本 それをやらないと数字として明確な成果が現れてきませんからね。
山本 研修の最終回は成果報告会にしています。半年から1年あれば必ず成果は出ます。
──1回の研修では効果は測定できないのでしょうか。
山本 本当に1回だけの研修ということでは難しいでしょうね。よくやるのは知識・スキルを教える回とそのフォローアップの全2回の研修です。フォローアップ研修の時に1回目の研修で学んだことの振り返りを行います。この2回だけでも何らかの成果は出てきます。
研修の成果を定着させる【POINT】
・研修の成否を判断するためにも効果測定は必要
・受講者が職場に戻ってからの継続的な測定が重要
・研修の後にフォローアップ研修を実施する
重要なのは、どのレベルでどこまで効果測定するか
──最終的な業務成果はどのように測定すればよいのでしょうか。
山本 人事担当者は、経営層から研修の効果の数値化を要求されるでしょう。その数値には3種類あります。1つ目はどのくらい売り上げが増えたか。2つ目はどのくらいコストが減ったか。3つ目はどのくらい業務時間を短縮できたか。数値的に測定しなければならないのは主にこの3つです。
岡本 2019年4月から「働き方改革法」の適用が始まることもあり、3つ目の「業務時間の短縮」が求められるシチュエーションが増えています。
経営層からは残業時間を減らしつつ、同等かそれ以上の成果を求められるので、いかに効率的に働けているかを測定しなければならないわけです。
山本 とは言え、この3つを効果測定したとして、その結果と研修の因果関係を証明するのは困難です。結果はさまざまな要因が複雑に絡み合って出ているものですからね。ゆえに、重要なのはどのレベルでどこまで効果測定するかです。効果測定の目的は、もちろん測定すること自体にあるわけではなく、あくまで現場を変えて成果を出すこと。それが変わっているか否かに照準を合わせて測定するべきでしょう。
そして、効果測定で最も力を入れるべきは、マネジメント層の研修です。会社にとってマネジメント層が変わることが、最も費用対効果が高くなるからです。一スタッフが変わるのと、部長が変わるのとでは、その後の会社の業績やコストダウン、残業時間の削減の度合いがかなり大きく違ってきます。よって、同じコストを費やすのであれば、マネジメント層の研修により投資した方が効率が良いでしょう。このように、効果測定とその結果を考えることで、研修を重点的に実施すべき階層も見えてくるのです。
社員研修の効果測定の【POINT】
・数値化するのは、売り上げ、コスト、業務時間の3つ
・効果測定はどのレベルでどこまで行うかが重要
・研修の費用対効果が最も高い階層はマネジメント層
「良い人事担当者」とはさまざまな仕事の現場に通い、社員と会話する人
──人事担当者の一番の悩みは、研修は成功したかもしれないけれど、受けた社員が現場で実践するまでにはなかなか至らないということだと思います。研修内容を実務に定着させるために、人事担当者が社員に対してできることはありますか?
岡本 確かに研修で学ぶことと、実際の仕事の現場で実践することとの間には、非常に高い壁が存在します。そのためには研修を受けた後、いかに現場で実践するかという仕掛けを作ることが非常に大事になってきます。
山本 私は、良い人事担当者とは頻繁に現場に足を運び、社員たちとコミュニケーションを取る人だと考えています。現場の生の情報を得ることができれば、それを基に人材育成を行うだけでなく、より良い人事企画の立案・実施、人事制度の構築などが可能となり、会社のさらなる発展に資することができるからです。
研修も同じで、研修後、受講者にメールを1本だけでも送ったり、現場に行って研修の感想を聞いたり、コミュニケーションを意図的に、かつ積極的に取ることで、社員の行動を変えることができるのです。
岡本 直接現場から吸い上げた“生の声”は、研修会社と相談する際にとても役に立ちます。それをご提供していただければ、こちらも効果が期待できるさまざまな提案ができるので、より効果的な研修を練り上げることが可能です。
山本 とは言え、人事担当者の方もご多忙なのでとても自分一人で全部はフォローしきれないことでしょう。ですから仕組み化することがすごく大事です。ここで言う仕組み化とは、教育を仕組み化するというよりも、組織のマネジメント全体の中で教育を考えるような仕組みを作るということです。例えば研修で学んだことを上長に報告する、会議の時に1つ、2つ、「こうしたらいいと思います」と発言するだけでいいのです。
このように通常業務のマネジメントの中に成長的・教育的要素を少しでも取り入れることで、人事担当者の負荷を増やさずに社内で教育・育成の文化を醸成できます。その結果、成長する組織が構築できるのです。これが、人事担当者が目指すべき最終ゴールではないでしょうか。
研修を成功させる人事担当になるための【POINT】
・極力現場に足を運び、社員とコミュニケーションを取る
・現場から得た生の情報は研修の企画実施に役に立つ
・組織全体のマネジメントの中で教育を考えるような仕組みを作ることが重要
【取材・編集:@人事編集部】
【編集部より】
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