城繁幸、ニュースを斬る
解雇規制緩和がもたらす3つのメリット キーワードは「雇用の流動化」
2018.11.19
各方面の政策立案者と話すと、その多くが「アベノミクス第三の矢の本丸は『労働市場改革』だ」という点で一致している。その理由は人によってさまざまで、たとえば低迷する労働生産性を引き上げるためだったり、労働力不足に対処するためだったりと各人の専門分野を反映したものとなっている。
ただ、筆者自身はもっと単純に、社会や企業、個人のいずれにとっても無視できない大きなメリットがあるから、という理由で労働市場改革を重視している。いい機会なので、労働市場改革、主に「解雇規制緩和」について分かりやすくまとめておこう。
労働市場改革の本丸が「解雇規制緩和」である理由
筆者自身は、労働市場改革の中でも、特に「解雇規制緩和」を重視すべきだと考える。なぜなら今、日本の「社会」「企業」「個人」を取り巻く環境は、以下のように大きく変化しているからだ。
社会は、多様化する人材を受け入れる「プラットフォーム」の整備が求められる
かつての高度成長期のごとく、正社員の平均年齢が30歳前後と若い国であったなら、毎年大量の若手を採用し初任給からじっくり育てていく日本型雇用はマッチしていたかもしれない。だが、正社員の平均年齢が45歳を超えた現在の日本では、毎年組織を下支えできるほどの若手を採用するのは不可能だ。
ではどうするか。年齢ではなく果たす職責に応じて処遇できるシステムに切り替え、中高年や高齢者、女性といった、従来の日本型組織が切り捨ててきたマイノリティが活躍できるプラットフォームを整備する以外にない。
これは同時に、外国人の活躍にも道を開くものだ。現在進められている外国人労働者の受け入れがどこまで実現するかは不明ながら、いずれにせよ日本経済がグローバルで発展していくには、グローバルな人材の活躍が不可欠だ。やはり「職務内容で処遇を決める」という世界標準のプラットフォーム整備は欠かせないだろう。
「終身雇用制度」は、企業の成長の足枷となっている
ITで技術やビジネスモデルの陳腐化が早期化したとよく言われるが、今後AIでそのスピードはますます加速するはずだ。企業は既存の事業領域にこだわらない大胆な見直しが求められる。
そうした際に「正社員の終身雇用」というのは非常に大きな足枷となってしまう。実際に「千人近い正社員の雇用があるので赤字だが仕方なく継続している」という事業を筆者自身いくつも目にしてきた。
翻って言えば、企業に終身雇用という形で国民の社会保障を丸投げしているおかげで日本社会は一見安定して見えるものの、経済の新陳代謝が阻害されることで社会全体がツケを負担しているとも解釈できる。
人生100年時代に突入し、個人は「再就職」が課題となる
一昨年、人生100年時代の到来を指摘した「ライフ・シフト」が大きな話題となった。そしてつい先日、安倍総理が「70歳までの雇用継続の法案化」に言及したことで、もはやそれは「遠い未来の予測」ではなく「確実な将来」となったと言っていい。
この場合、人生のほとんどを同じ会社に捧げ、指示された職に就くことは果たして幸せと言えるのだろうか。終身雇用制度というのは55歳定年を前提に設計されたものだ。それが年金というお上の都合で60歳、65歳と上がるにつれ、非常に大きなゆがみを組織内に生じさせている。
※参考:「継続雇用」が生み出す3つの歪みと、企業が行うべき対策とは
たとえば45歳で出世競争から脱落し、生涯ヒラ社員が確定したとして、それから25年間を“消化試合”として働く自身を想像してみてほしい。年下の上司や同僚に囲まれながら肩身の狭い思いをして過ごす日々を「安定しているから満足だ」と言える人がどれほどいるだろうか。
運よく部課長に昇格出来たとしても、近年は50代前半で役職定年し後進に道を譲る企業が一般的だ。「元部下の上司」の下で十数年働くことが、果たしてキャリア終盤に相応しい働き方なのか。
移民受け入れよりまず先に、労働市場を通じて個人が適材適所の再就職先を見付けられる社会を実現すべきと考えるのは、おそらく筆者だけではないだろう。
解雇規制緩和に関する議論が日本で進まない理由
「社会」「企業」「個人」に共通する問題点として、労働市場における流動性の低さが挙げられる。しかし、なぜ労働市場流動化(=解雇規制緩和)に関する議論は長らくタブーとされてきたのだろうか。それは単純に、労働者の多くが「ある勘違い」をしてきたせいだ。
筆者自身、講演やメディア上で解雇規制緩和の要を説くと、しばしばこんなレスポンスを受ける。
「でも、文字通りの終身雇用が維持できているのは一部の大企業だけでは?」
そんな時、筆者は決まってこう返すことにしている。
「では聞きますが、大企業と中小零細企業で適用される法律は別なんでしょうか?」
終身雇用なんてハナからありえないような会社でも、必要な手続きさえ踏めば青天井で残業を命じることが可能となる。金銭解雇ルールが明文化されていないから、社長の鶴の一声で何の補償もないままクビになることも(一部の中小企業では)珍しくない。
要するに、こうした諸々の不利益というのは「終身雇用制度」が存在していることで発生する。最初から終身雇用があるかないか分からないような中小企業の労働者にとっては、一部の「大手企業の正社員」のために、このような不利益を一方的に押し付けられているわけだ。
日本の企業の9割を占める中小企業で働く正社員にとって、解雇に伴い一定の金額を支払うことを義務付ける金銭解雇は明確な規制強化である。
解雇時のコストを下げつつ残業時間の上限を低く定めれば、強力な長時間労働に対する処方箋となるから、過労死などの労災も抜本的に抑制できるはずだ。
解雇規制緩和による3つのメリット
最後に、解雇規制緩和が企業や個人にもたらすメリットについても述べておこう。
1.企業の本質的な経営が可能になる
先述の通り、終身雇用という枷を外すことにより、企業は従来より思い切った経営の実現が可能となる。一時期の電機業界のように「各社とも採算度外視でテレビを作り続けて叩き売りする」ようなことは無くなり、PLではなく長期的なビジョンに立って選択と集中を進めることになるだろう。
一朝一夕というわけにはいかないが、ゆくゆくは日本からもアップルやグーグルのような先進的企業に健全な形で脱皮する大企業が出てくるかもしれない。
2.個人は企業に縛られず、自己の望むキャリアを形成できる
同時に、労働市場改革は個人の労働観にも大きな変化をもたらすことだろう。「定年まで職を保証される代わりに会社命令をすべて受け入れる」という受け身の姿勢から、自己の望んだキャリアを形成し、適正に評価してくれる組織と契約を結ぶプロフェッショナルへの変身だ。
大学はそのための素養を身に付けるための場となり、「勉強しない大学生」は死語となるだろう。またキャリアを節目で学び直すための場として、社会人にとっても意義ある場所となるはずだ。
3.個人のライフスタイルが変化する
また、終身雇用を前提とした“残業”や“転勤”といった副産物も徐々に姿を消していくだろう。企業は繁忙期には新規採用で対応し、人員調整は労働市場を通じて行うのが主流となるためだ。
そのため、ライフスタイルという点でも個人の生活は大きく変わることになる。「夫が転勤残業ありのフルタイム正社員で、妻は家庭に入ってそれを支える役割を担う」という戦後に生まれた役割分担は、晴れて解消に向かうだろう。
月末最終金曜日をプレミアムな一日として指定されずとも、残業文化が無くなりさえすれば、各人が思い思いの特別な日を勝手に楽しむことだろう。それこそが成熟した先進国として日本が目指すべき社会だというのが筆者のスタンスだ。
執筆者紹介
城繁幸(じょう・しげゆき)(人事コンサルタント・作家) 1973年生まれ。東京大学法学部卒。富士通を経て2004年独立。06年よりJoe’sLabo代表を務める。代表作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社)、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』(筑摩書房)、『7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想』(PHP研究所)など。
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