城繁幸、ニュースを斬る
勝てなくなった大手企業 「就活ルール」廃止で新卒採用は二極化
2018.09.21
2018年9月3日、経団連の中西会長が「就活ルールを21年度卒業予定者から廃止することを検討中」と発言し、大きな話題となった。採用活動の時期を定めた就活ルールの廃止に加え、新卒一括採用の見直しにも言及するなど、それなりに腹をくくった上での発言のように思える。
とはいえ筆者を含め、人事担当者であれば「やれやれ、ようやく動く気になったか」というのが正直な感想ではないだろうか。それほどまでに、新卒一括採用制度はすでに形骸化し、日本企業にとっても社会にとっても、メリットの無いお荷物だったためだ。
9月21日には「2021年春入社の学生については採用面接の解禁を6月1日とするスケジュールを維持する」という方針が発表されたが、就活ルールの形骸化の流れは、今後も進むと見るのが妥当だろう。(参考:就活、21年卒は6月解禁継続 経団連ルールは廃止-日本経済新聞)
なぜ経団連の中西会長は今回「就活ルールの見直し」発言を行ったのか、これから新卒採用はどこへ向かうのか。よい機会なのでまとめておこう。
人材採用で勝てなくなった大手企業
「経団連が就活ルールの廃止に言及したのは、6月1日より前に外資系企業や新興企業が青田買いで内定を出していることが理由だ」とする声もあるが、その解釈はやや不正確だ。
そういった経団連未加入の企業は何十年も前から自由に内定を出してきたが、経団連は黙認してきた。なぜなら、大学2、3年生の時に内定を出されても、4年生の段階で自分たち大手企業が内定を出せば、いくらでも学生を引きはがせたためだ。
ではなぜ今回、経団連は重い腰を上げたのか。それは外資や新興企業の内定を取った優秀層が、大手企業になびくことなく、そのまま就職していくケースが増えてきたためだ。
従来の「新卒一括採用」の見直しが必要
その原因は、大手企業で一般的な「新卒一括採用」にある。出身が東大だろうが京大だろうが、無名の私立大学卒と同じ初任給に設定され、入社して配属されるまで担当職種すら不明。年功賃金で40歳までは生産性に見合わない賃金に抑制され、その後も(バブル世代や氷河期世代を見れば明らかなように)必ずしも出世の保証はない……etc。
「定年まで雇ってもらえさえすれば十分ですよ」といった人生の期待値の低い人材ならこのような条件下でも集まるが、経営幹部候補となる人材に対して今時これでは、まず釣れないだろう。というわけで、就活ルールの廃止は、単に就活時期を前倒しにするだけではなく、個別のインターン実施や初任給の見直しという形で、新卒一括採用そのものの見直しにまで発展するはずだ。
新興企業の中には、大学1、2年生のうちからバイトとして職場を経験させ、卒業と同時に事業責任者にしたり、マネジメントポストにつけることで優秀層を囲い込んだりする企業が存在する。処遇も、人によって変えるのが当然だ。大手企業が本気で優秀層を奪いに行くなら、このような新興企業と同じ土俵に上がる以外に手はないだろう。
ちなみに、上記のようなエリートの日本企業離れは昨日今日の話ではなく、少なくとも筆者は10年ほど前から指摘し続けてきたし、採用担当者の多くも同じ意見だった。冒頭で「経団連がようやく動いた」と言ったのは、そうした背景によるものだ。
筆者は昨年も「中国企業ファーウェイ日本法人の初任給40万円は黒船になる」と述べたが、実際にわずか1年で“開国”につながったわけだ。
【参考リンク】ファーウェイの初任給40万円はトクかリスクか
https://news.yahoo.co.jp/byline/joshigeyuki/20170706-00072973/
新卒採用は二極化する
「就活時期の縛りが無くなれば採用活動は際限なく長期化する」と危惧する声もあるが、筆者はそれほど心配する必要はないと考えている。理由は、大手企業が腰を上げてまで採りにいこうとしているターゲットはごく一部の優秀層であり、それ以外の層は従来通りのタイミングと手法で採用することになるからだ。
具体的に言えば、一部の専門性の高い職種と経営幹部候補だけに絞って、大学2年~3年時の長期休暇中に数週間のインターンを行い、その査定成績をもとに選考を進めるインターン枠と、従来通り配属先を決めずに一律の初任給を設定する枠とに二極化するはずだ。
企業としても、配属先や職種を限定せず、採用後にジョブローテーションをさせられる枠はメリットがあるし、学生の側にもそういうスタイルの方が合っていると考える人は少なくないはずだ。よって、一部の学生を除き、今後も従来の採用スケジュールと手法は変わらないと考える。
新卒一括採用を廃止すれば、欧州のように学生の就職率が下がることを危惧する向きもあるが、筆者は上記の理由から、目に見えて数字が悪化することはまず無いとみている。
学業への影響に対する心配は不要
インターンも含めて、「就活ルールを見直すことで学生の負担が増え、本業である学問に影響が出る」との指摘もあるが、結論から言えば全く心配はいらない。なぜなら、世界と比較したときに、日本は現状でもほとんど勉強をしていない大学生が多いからだ。
日本の大学生は、元から勉強時間が短い
授業に関連した勉強時間を米国と比較した場合、週11時間以上が米国58.4%に対し日本は14.8%、逆にまったく勉強しない学生の割合は米国0.3%に対し日本は9.7%も存在する(東京大学 大学経営政策研究センター 全国大学生調査 2007年より)。
こうなってしまった背景には、従来の新卒一括採用というのは基本的にポテンシャル採用であり、在学中の学業の成績はあまり重視されてこなかったという事情がある。だから長い目で見るなら、新卒一括採用における募集要項や内定の条件に、「学業」に関する要素をより多く含めるなど、条件を見直すことで、むしろ学業への好影響が見込めるはずである。
大学側の早期的なキャリア教育が求められる
また、大学には、インターンを充実させるために、積極的なキャリア教育を早期に行う枠組みが求められることになると考える。従来は新卒一括採用を通じて会社の任意の職場に配属され、与えられる仕事をこなすうちに20代後半あたりで身についた何かがその人間の“キャリア”だった。
だがインターン採用では、そうしたプロセスを自身の判断と経験でインターンを通じて代替するということになる。筆者は、大学のキャリア教育のレベルによって、学生のインターンの質には決定的な差が出るだろうとみている。1年生のうちから充実したキャリア教育を行い、インターンで高い成果を下げる大学が出現すれば、従来の受験偏差値による序列はひっくり返ることになるだろう。
ただし、インターンを長期休暇以外のタイミングで実施する企業が増えれば多少のマイナス影響は出てくるかもしれない。そうした場合には「授業のある平日にはインターンは控える」といった新協定を新たに結ぶ必要はあるだろう。
人事制度改革の第一歩に
最後に、新卒一括採用の見直しが、単なる採用手法の見直しでは終わらない事実を指摘しておこう。一律の初任給から勤続年数に応じて昇給させる職能給は、長く日本企業のスタンダードな賃金として機能してきた。
ただ、採用時に異なる処遇を適用するのであれば、少なくともその採用枠の人間には「担当する職務内容に応じて賃金を払う職務給」で処遇するしかない。インターン採用の人間のみ職務給とするか、あるいは一定の条件を満たす全社員も含めた上で職務給に見直すのか。どちらにせよ人事部には、整合性のある人事制度への見直しが要求されることになるだろう。
年功序列廃止、職務給化が今後のトレンドとして浮上する
ちなみに経団連の中西会長は、日立時代に管理職以上の年功賃金を廃し、職務給に置き換えた実績がある。
今後は一般社員も含め、年功序列廃止、職務給化というのが一つのトレンドとして浮上するだろうというのが、筆者の考えである。
執筆者紹介
城繁幸(じょう・しげゆき)(人事コンサルタント・作家) 1973年生まれ。東京大学法学部卒。富士通を経て2004年独立。06年よりJoe’sLabo代表を務める。代表作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社)、『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』(筑摩書房)、『7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想』(PHP研究所)など。
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