『Withコロナ時代の企業と働く個人の関係性とは?』オンラインセミナーレポート【前編】
老舗企業のDXを通じた「つながり」強化と透明な組織づくり
2021.11.09
新型コロナウイルスがもたらした働き方の変革は、今後の私たちの働き方の在り方を問うきっかけになったのではないでしょうか。テレワークは必ずしもオフィスに出勤せずとも仕事が遂行できることを証明した一方で、労務管理や人事評価、さらにコミュニケーション不足によるエンゲージメントに関する新たな課題も出現させました。
今後も多様な変化が起きる、不確実性の高い将来が待っています。そのような中で、人事や総務担当者、経営者は「企業と働く個人の関係性」をどう考えていけば良いのか。今回、リクルート社より寄稿されたセミナーレポートからヒントを提供します。
Withコロナ時代の企業と働く個人の関係性とは?
コロナ禍を機に、働く人々を取り巻く環境が大きく変化し、その意識にも大きな変化がおとずれています。
一方、企業側も「DX(デジタルトランスフォーメーション)」や「SX(サステナビリティトランスフォーメーション)の推進など、外部環境の変化に伴って、事業変革への対応を迫られています。
そうした状況下、経営においては、多様な個人の力をどう引き出し、マネジメントしていくかが大きなテーマとなっています。
そんな中、リクルートは、2021年9月、「コロナ禍以降の企業と働く個人の関係性」をテーマとするオンラインセミナーを開催。リクルートHR統括編集長・藤井薫が変化に強い経営・職場づくりについて基調講演を行ったほか、変革を通じて組織と働く個人の関係性のアップデートに成功した2社の事例を紹介しました。
本記事では、セミナーの内容を一部抜粋し、前・後編に分けてお届けします。
執筆者プロフィール
株式会社リクルート HR統括編集長 藤井薫(ふじい・かおる)
1988年リクルートに入社。B-ing、TECH B-ing、Digital B-ing(現リクナビNEXT)、Works、Tech総研の編集、商品企画を担当。TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長・ GMを歴任。
2007年より、リクルートグループ固有のナレッジの共有・創発を推進するリクルート経営コンピタンス研究所、グループ広報室に携わる。
2014年より、リクルートワークス研究所Works編集兼務。
2016年4月、リクナビNEXT編集長就任。リクナビNEXTジャーナル編集長。
現在、HR統括編集長として、変わる労働市場、変わる個人と企業の関係、変わる個人のキャリア、テレワーク・副業、DX採用などの潮流などについて、メディア・講演などで幅広く発信。デジタルハリウッド大学・千葉大学非常勤講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教員。著書『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。
「働く喜び」を感じられている人は約4割にとどまる
まずは、今の日本の「働く」に何が起きているのか、さまざまな調査データをご紹介しながらお伝えします。
リクルートでは、2013年より毎年、全国の15歳~64歳の就業者約5000名~1万名を対象に、「働くことを通して、喜びを感じているのか?」を把握するためのアンケート調査を実施しています。
2020年12月に行った調査では、次の結果となりました。
- 仕事をする上で「働く喜びは必要である」と思っている人……83.9%
- この1年間、働くことに喜びを感じていた人……42.3%(前年比-2.2ポイント)
【画像:リクルート「働く喜び調査2021」より】
「働く喜び」を求めているのに実感できていない――日本の働く人々の悲鳴が聞こえてきます。これはコロナ禍の影響だけによるものではありません。日本の「働く」の未来に向けて、子どもたちに現状のままでは渡せない。そんな危機感を抱いています。
では、コロナ禍が及ぼした影響について、働く人々がどう感じているか、同じアンケート調査の結果から8つの指標で見てみましょう。
「悪化した」と回答する人がいる一方で「良くなった」という人もいて、「分断」が見てとれます。
【画像:リクルート「働く喜び調査2021」より】
テレワークによる「チームワーク」の減少が、モチベーション低下を引き起こす
コロナ禍によって起きた「働く」の変化といえば、「テレワークへの移行」ですね。
リクルートでは、2020年9月、コロナ禍以降にテレワークをするようになった就業者2272名を対象にアンケート調査を行い、テレワーク実施前・後のモチベーションについてたずねました。
ここでもモチベーションの二極化が見られます。
【画像:リクルート「新型コロナウイルス禍における働く個人の意識調査2020」より】
注目したいのは、「モチベーションが下がった」と回答している人の背景には、「チームの仕事が減った」という実情が見えることです。
テレワーク実施前に比べて「チームなどの複数人で取り組む仕事」の割合が減った回答者においては、モチベーションが低い群が 14.5ポイント増加しています。
テレワークによって働く人と人が分断され、孤独=孤毒に陥る人が増えていると見られます。
【画像:リクルート「新型コロナウイルス禍における働く個人の意識調査2020」より】
働く人のモチベーションに影響する要素は5つあります(※ハックマン&オルダムが提唱した職務特性モデル)。
「求められるスキルの多様性」「仕事の全体感の把握」仕事の重要性の実感」「仕事の進め方の裁量」「上司や同僚からのフィードバック」です。
この5つの要素において、テレワーク実施前後のモチベーション変化についてたずねたところ、以下3項目について、大幅にスコアが低下していました。
- 仕事の全体感の把握
- 仕事の重要性の実感
- 上司や同僚からのフィードバック
【画像:リクルート「新型コロナウイルス禍における働く個人の意識調査2020」より】
テレワークのやりにくさについて、アンケート回答者からは次のようなコメントが寄せられています。
「チームの人がどんな働き方をしているか分かりにくい」
「仕事の全体像が分かりにくくなった」
「進捗確認がしづらいし、意見交換の時間が限られる」
「チームワークや仕事間の他愛のない会話がしづらくなった」
「コミュニケーションがとりづらい、相手の反応が分かりづらい。評価されていないと感じる。貢献できていないと感じる」
今回、スコアの低下が明らかになった3つの項目(「仕事の全体感の把握」「仕事の重要性の実感」「上司や同僚 からのフィードバック」)は、職場全体の構成員全員で高めなければならない項目です。テレワークの【急速浸 透】【頻度のばらつき】【裁量権の二極化】の中でも、構成員全員で、「あるべき姿・意義」に向かって、一人一 人が離れていても全体像を体感し、リズムをあわせて一致団結して前進する。まるで「神輿 (みこし)」を担ぐような、「神輿(みこし)ケーション」とも言うべき組織協働力の高いコミュニケーションの重要性を想起させます。今後もリモートワークが浸透する多くの企業・職場・プロジェクトにとって、こうした「神輿(みこし)ケーション」の深化は、働く個人のモチベーション低下を回避するだけでなく、職場全体のモチベーションとパフォーマンスを上げるカギとなると考えています。
参考:調査結果の詳細
https://release.nikkei.co.jp/attach/602251/02_202012221416.pdf
チャットツール導入を機に、組織と事業を変革――株式会社カクイチの事例
いかにして組織の「全体性」や「関わりの質」を向上させるか――そのヒントを提供してくれる企業があります。
リクルートが主催する「GOOD ACTIONアワード」(※)を受賞した、株式会社カクイチ様です。
ITリテラシーがほとんどなかった老舗企業が、チャットツール「Slack」の導入を機に、情報・組織・事業の変革を遂げた事例です。
※「GOOD ACTIONアワード」とは
「現場から自然に生まれた取り組み」や「チャレンジ性に富んだ取り組み」、「会社の収益には直結していないが、盛り上がっている取り組み」など、モチベーション向上や職場の環境づくりに悩んでいる企業にとって、ヒントとなる事例を表彰する企画。日本で活動を行う企業・団体が対象で、2021度は2022年3月上旬に表彰を予定している。
HP:https://next.rikunabi.com/goodaction/
カクイチ様は創業135年の老舗企業。銅鉄金物商からスタートし、グループ11社、9事業部門、全国に約100の拠点・工場を展開しています。
近年、同社が抱えていた課題は次のようなものでした。
「事業が多角化しすぎてマネジメントができない」
「組織が大きくなりすぎてスピードが遅い」
「従来の事業を変革しなければ生き残れない」
「デジタル化が完全に遅れている」
「人材育成が進まない」
特に大きな課題が、「社長の発言が現場に正しく伝わらない」。現場では、会社の目標や戦略、社長の思いとズレた行動を取っていることもあったそうです。
ガレージやホースなどの製造・販売を手がける同社は、中心顧客層が農家とあり、業務で使うツールは数年前まで電話とFAXのみでした。パソコンが1台しかない営業所も珍しくなく、メールの送受信のため2時間かけて営業所に戻る営業担当者もいたそうです。
電話・FAXではトップの思いを伝達できません。月1回の会議で社長が語ったことを、所長が各拠点に持ち帰りますが、伝達の仕方が異なるため、意思統一が難しい状況でした。
変革の推進者であり、今回のオンラインセミナーにも登壇いただいた執行役員・鈴木琢巳さん【右写真】は、こう振り返ります。
「我々の思いは、『一人ひとりが自ら考え、意思決定できる組織を作りたい』。そこで、縦割りの体制を壊し、情報をオープンにしようと考えました。情報と情報をつなげ、人と人をつなげる『ネットワーク型組織』を目指したのです」(鈴木さん)
それを実現するために必要だったのは、組織形態の変更に加えて、「情報を透明化する」こと。
社長や各組織長、現場の一人ひとりの言葉を伝え合える仕組みをつくることが重要だと考えました。そのために、カクイチの場合はコミュニケーションツール「Slack」を導入しました。
2018年から導入を開始し、トップからの通達や業務連絡をSlackへ移行していきました。
【画像:セミナースライドより】
鈴木さんによると、このチャレンジにより、4つの成果が得られたといいます。
1)組織スピードが4倍に上昇
現場への伝達スピードが2倍になり、現場の情報がトップに集まるため、意思決定スピードも2倍に。結果、4倍かそれ以上にスピードアップした
2)女性・若手・年配者が活性化
意見の発信は中堅男性社員が中心だったが、若手や女性、年配の方も発信する手段を得たことで、新しい発想や感情表現もできるように。社内ネットワークのさらなる活用が進み、組織を超えたアドバイス、叱咤激励の交換が行われ、多様性が活かされる組織に変貌
3)「共通脳」が生まれた
情報を共有しているため、各自が先を予測し、前倒しで行動できる。根回しや調整などにエネルギーをとられなくなった
4)企業カルチャーが一変
若手は「上にこんなこと言ったらどう反応されるか」と委縮し、ベテランは「経験もないくせに」と押さえ込む傾向があった。導入後は「こんなこと言ってもいいんだ!」と、心理的安全性が高まった
【画像:セミナースライドより】
「規律型」から「自立型」へ、「報連相」から「知の融合」へ
企業カルチャーの変化について、潮目が変わった瞬間があったといいます。
「『社長のつぶやき』というチャンネルで、社長が2019年の年始の決意表明を投稿。すると、若手を中心に約250人もの社員が返信コメントを投稿したのです。社員は、それまで遠い存在だった社長を身近に感じ、自分の声を届けることもできるとあり、社長と現場の距離がぐんと縮まりました」(鈴木さん)
こうして社内のコミュニケーションが活発化していき、ベテラン社員もSlackに慣れてきたころ、ある「事件」が発生しました。
若手社員が顧客先での基礎工事の手順を間違え、「どう対処すればいいか」と助けを求めてSlackに投稿。するとたちまち、さまざまな拠点のベテラン社員からアドバイスが返信されました。
1人の若手のミスが、約50人からのフォローを受け、すばやく解決されたのです。
この一件以降、悩み事やトラブルを積極的に共有し、社内の知恵を結集する動きが広がったそうです。難しい相談から軽い意見交換まで、投稿すれば全国の誰かがアドバイスをくれる。さまざまな部署・立場の人からの意見を聞けるため、社員の視野が広がる効果もあったようです。
また、Slackから自然発生した受注合戦により、受注が過去最高に達した月もあったといいます。
しかし、新たな問題も生まれました。
中間管理職がいなければ自由な雰囲気になりますが、自由すぎると誰も責任をとらなくなる。組織として動かなければ、「変革」を目指そうにも機能不全を起こします。
そこで考案されたのが「タスクフォース」です。
さまざまな部署から集まった5人のメンバーで「タスクフォース」を結成し、会社の重要課題に3カ月取り組み、取締役会に提案する仕組み。最近は30のタスクフォースが動き、約150人が関わっているそうです。
1年目の社員が社長に直接プレゼンすることもあり、皆さん、やりがいを持って取り組んでいるとのことです。
鈴木さんは、一連の取り組みを「経営プラットフォームの変革」だと言います。
組織文化……「規律型」から「自立型」へ
コミュニケーション……「報連相」から「知の融合」へ
モチベーションマネジメント……「外的動機(信賞必罰)」から「内的動機(ワクワク感)」へ
個人評価……「業績」から「能力」へ
組織構造……「ピラミッド」から「ネットワーク」へ
「これからの時代は、経営と従業員が上下ではなく、相互の関係性であることが非常に重要だと思っています。今後も組織と経営が一体になった会社づくりをしていきます」(鈴木さん)
カクイチ様の変革は、コロナ禍のテレワーク下で低下した3つのモチベーション要素、
- 仕事の全体感の把握
- 仕事の重要性の実感
- 上司や同僚からのフィードバック
これらを向上させ、「縁ゲージメント(エンゲージメント)」を実現させた事例と言えるでしょう。
このコロナ禍で私たち働き手は自身のキャリアや生き方を見つめ直しました。一方、企業もそうした一人ひとりの個人にいかに寄り添い、才能開花を支援できるかが問われています。人生100年時代を生きる働く個人と、持続的成長を命題とする企業が、いかに中長期の視点で互いを高め合う関係に深化できるか? 私たちリクルートでは、これからの時代に即した企業と働く個人の関係性を探求し、より多様な個人が “あるがままの個”を発現し、イキイキと働ける職場を増やしていきたいと考えています。
後編では、育児中の時短社員をはじめ多様な人が活躍できる体制を築き、コロナ禍でも売上アップを果たしている企業の事例をご紹介します。
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