大学教員・後藤かずやの「働きかた」研究室 Vol.4
「サザエさん」のブラック企業的描写を俯瞰的に見てみた件。
2018.12.14
企業におけるパワハラ防止義務の法制化が進んでいるものの、依然として職場におけるハラスメントは根深い問題だ。一方、過重労働防止などの職場の働き方改革についてもなかなか成果が挙がっていないのが職場における実情ではないだろうか。
先日何気なくTVアニメ「サザエさん」を見ていたところ、まさにそうした職場のブラックな面を彷彿させるようなシーンが目に入った。「たかがアニメに目くじらを立てて」とお叱りを受けそうであるものの、サザエさんは「国民的アニメ」とも評されるものである。以下で少々まじめに考えてみたい。
参考:ブラック企業に潜入してわかった、ブラック企業で働き続ける人の共通点
ブラックな働き方を実践するマスオとそれを礼賛する波平…。
この日放送されたのは「部下の能力」というエピソード。これは会社に遅刻してしまったマスオが、社内の評判を取り戻そうと奮闘するというもの。
~中略~
マスオの遅刻の理由は、通勤の電車内で急病人を介抱したため。しかしそのことはおくびにも出さず、マスオは帰宅後、「弁解がましくなるからね」「遅刻したことに変わりはないからね」とサザエに報告するのだった。
(日刊大衆「『サザエさん』マスオのサービス業務に“サザエさん症候群”が加速!?」2018/11/11)
その後、マスオの話を聞いた波平は「理由は何であれ、遅刻したことに変わりはないんだからな」「マスオくんの課長は良い部下を持ってうらやましい!」と絶賛。さらには名誉挽回のためにと翌日早朝出社して仕事に励んだり、上司である部長がプライベートで作成した漫画を仕事中に見せられた挙句に無理してほめちぎるマスオの姿が描かれる、というストーリーが展開された。
元人事担当者としては、遅刻の原因が急病人の救護であるならば何かしらの特別休暇の事由に該当するのでは、と気にかかる。もちろんシチュエーションにもよるだろうが、急病人を見捨てることは倫理的にも問題があるだろう。会社として配慮が必要なケースかもしれない。
また、職場に無断で遅刻・欠勤をした場合は、給与の減額や懲戒処分の対象となり得る。「理由はなんであれ、遅刻したことに変わりはない」などと考えるのは合理的でなく、上司に理由をキチンと伝えるべきなのだ。
なお、マスオは遅刻の名誉挽回策として早期に出勤をしているが、これは出勤時間の早さ(≒勤務時間の長さ)で自身の努力を上司にアピールしようとするものであり、職場におけるムリ・ムダを逓減しようという昨今の政策的な流れに逆行する行為だ。まだ職業経験の浅い若者がこのシーンを見て「仕事で失敗したら長く働けばいいのか」と誤解しないか、思わず心配になってしまう(子育て中の父親目線で考えれば、未来の労働者である子供たちへの影響も心配だ)。
サザエさんに垣間見える「固定的性別役割分担」
別の回では、玄関前に水撒きをしているサザエさんの姿を見てマスオが「(水撒きの姿が)女性らしくて良いね~」と絶賛。若干雑な撒き方だったのか「なんだ、この中途半端な水撒きは!」と激怒する波平の姿が描かれていた。波平の発言は「女性らしく丁寧に水を撒きなさい」ということの裏返しなのかもしれない。
「女だから、男だから」という性別によって役割や責任を分担するのが当然と考える意識を「固定的性別役割分担」と呼ぶ。分かりやすい事例だと「男は外で稼ぎ女は家庭を守る」ことを当然と考えることが該当するだろう。上記のように「水撒きは女性の仕事」と考えるのも同様だ。
またフネがしばしば良妻賢母風に描かれ、いつ何時でもニコニコ笑っているのも「望ましい母親像」を強調している、と考えるのはあまりにひねくれた見方だろうか。
職場でのセクハラは、こうした固定的性別役割分担に起因することが多い。「女性は職場の花なんだから大人しくして」「男だろ、もっと頑張れ!」といった特定の性別と行動を安易に関連付けるような言動は、セクハラと認定される可能性が極めて高いのだ。
サザエさんを俯瞰的に見てみよう。
サザエさんの原作が発表されたのは戦後間もなくであり、去りし昭和の情景を描いているということなのかもしれない(その証拠にスマホもネットも作中には一切出てこず、カツオは学帽を被って通学している)。「アニメに文句をつけるとは大人げない」とお怒りのファンも多いことだろう。
それを承知で1つ言うとするならば、上述したシーンを見てサラッと流してしまった人事担当者は「危ない」ですよ、ということだ。
会社組織はさまざまな人が集う異質な集団だ。日本の職場は同調圧力が強いといわれることが多いが、それでも人によって感じ方や考え方はさまざまであろう。しばしばいわれるダイバーシティを推進する組織ならなおさらのことだ。
例えば早朝出勤するマスオのような働き方を好ましく思う人もいれば「もっと効率よくやればいいのに…」と眉をひそめる人もいるはずだ。「女性らしくていいね」を誉め言葉と認識する人もいるのかもしれないが「女性らしく」という言葉を性差別的と捉える人も多いだろう。このように、本来自由で多様であるべき問題について一方的に評価するような言動がセクハラやパワハラとなり、ひいては職場のブラック化を誘発する恐れがあるのだ。
一番怖いのが、職場環境の調整機能を担う人事担当者がそうした認識に乏しいことだ。自分の常識が必ずしも他人や社会の常識ではないことを承知していなければ、自身が固定的性別役割分担的な言動を行ってしまうかもしれない。
奇しくも先日、日本弁護士連合会(東京都千代田区)がハラスメントに関する動画を作成し、WEB上で公開している。動画では、時短勤務の女性が上司から「時短勤務者の人事評価は皆Cだ」と言われモチベーションが下がる姿が描かれている。
労働時間が短い人は組織の求めるアウトプットが出せない。何らエビデンスが示されていない話だが、こうした啓発がなされる背景には同種の運用を行っている組織が確実に存在するということなのだろう。
人事担当者には、社会の動向にアンテナを張る姿勢と俯瞰的な視点が不可欠なのだ。ファンからは嫌われてしまうかもしれないが、毎週のサザエさんを注視することで、そうした能力が鍛えられるかもしれない。
【編集部おすすめ】
「ブラック企業」に関する記事はこちら。
執筆者紹介
後藤かずや(山形県立米沢女子短期大学講師)
人事部門で勤務する傍ら、産業カウンセラー、キャリアコンサルタント等の資格を取得。その後、人事・採用・社内研修講師等の実務経験を活かして現職に転身。
専門はキャリア教育、人材マネジメント、人事・労務政策。修士(人間学)。
ビジネスマン向けウェブメディアであるシェアーズカフェオンラインに記事を多数寄稿する他、ブログ・Facebookで「働くこと」に関する論説を展開している。
ブログ:http://goto-kazuya.blog.jp/
FB:https://www.facebook.com/profile.php?id=100009066121606
執筆実績:
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