大学教員・後藤かずやの「働きかた」研究室
【人事担当者のキャリアを考える】人事担当者から大学教員へ転身した件について。
2018.09.10
この春、キャリア教育担当の大学教員に転身した。前職では人事・採用・研修担当者として、一貫して「人のキャリア形成」にかかわる仕事を担当した。今回は、大学教員への転身というちょっと珍しいキャリアチェンジの経験から、人事担当者のキャリアについて考えたい。
参考:人事のキャリア【第16回】人事の経験を教育で生かす(山形県立米沢女子短期大学講師 後藤和也さん)
大学教員になる方法。
まずは、一般的に知られていない「大学教員になる方法」についてお話したい。なお、大学教員は専門分野(文系・理系など)も幅広く一概に括ることができないため、筆者の経験に基づいて、人事担当者のキャリアが生かせるような分野を想定して紹介する。
大学教員の採用は原則として公募で行われている。基本は通常の転職と同じで、各大学の公募要件を満たし、選考を経て有用な人材であると認められれば、それでOKという世界だ。
実際にある大学教員の公募(経営学分野)を見てみると、
(1)大学院修士課程修了もしくはそれと同等以上の能力を有する者
(2)経営・ビジネスに関する実務経験を有する者が望ましい
(3)大学等で教育経験を有する者が望ましい
と明記されている。
どの分野の大学教員公募についても、だいたいは以上の3要件が必須となっている。通常の転職では求められないものもあるため、筆者の経験を交えながら具体的に説明していきたい。
大学教員公募3要件の傾向と対策
(1)学位(大学院修士課程修了等)
これは読んで字の如く、「大学で教えるんだから、大学院修士課程を修了しといてくださいね」ということだ。よほどの卓越した経験(例えば自治体の議員や著名な映画監督など)でもない限り、大学院修了は必須となる。
筆者の場合はフルタイム通学が難しかったため、通信制の大学院に入学した。通信制大学院は制度化されて20年の歴史があり、カリキュラムも多種多様である(ただし、通信制という制約から、実験や実習が困難なためか、文系が中心となっている)。筆者は職場におけるメンタルヘルス不調について関心が強かったため、心理学系の大学院へ入学した。
若年人口が減少する中、社会人の学び直しをうたう大学院も多い。入試も、それまでの実務経験を重視するような傾向にあり、自身の問題意識が明確であれば入学すること自体は難しくないというのが実感だ。もちろん、仕事や育児の傍ら勉強するわけだから、強い意志や事前の家事分担の調整などが必要なのは言うまでもない。
(2)実務経験
これは、普段熱く仕事をしているビジネスパーソンなら問題はないはずである。キャリア教育担当の教員公募であれば、例として「学生に対する就職指導の経験」を指す。ちなみに、筆者は自身の専門分野を人的資源管理やキャリア教育であると想定していたため、人材育成関係の業務を担当できるよう、異動希望を出していた。
趣味と実益も兼ねてキャリアコンサルタントや産業カウンセラーの資格も取得したが、結果として「人のキャリアに関わりたい」という自身の希望を職場でPRする材料になったのでないかと考えている。
以上のように、筆者は人事の仕事をベースに考えたが、人によっては財務会計の経験であったり、飛び込み営業で日々駆けずり回った経験だったりするかもしれない。日々の仕事から獲得する「実践知」は、純然たる研究者にはない強みとなるのだ。例えば職務に関連する学会に、日々の実践を理論的に論文化して投稿できれば、さらに言うことはないだろう。
(3)(大学等での)教育経験
ビジネスパーソンにとって最も大きな壁が、教育経験である。本業が教師やインストラクターでもない限り、特に現職人事・管理部門の者にとって、大学での教育経験は馴染みのないものだろう。これは筆者も同様であった。
しかしながら筆者は、採用活動や研修で講師も担当していたため、公募では広く「社会人教育」と自認して、採用説明会や社内研修講師の実績も羅列した。正直に言ってこれらが実績としてどこまで認められたかは知る由もないが、「特になし」と言い切るのはもったいない話なのは間違いない。
もちろん、副業が認められている職場であれば、実際に大学や専門学校などで非常勤講師を務めることも可能だろう。業種によっては学校で出前授業を行うことがあるかもしれない。ある種の社会貢献的活動として会社にも喜ばれる可能性もある。教育歴については、あらゆる可能性を想定して対処すべしとしか言えないのが正直なところである。
大学教員になって思うこと~人事担当者の今後のキャリア~
会社にもよるが、人事部門はエリートコースと目されることも多く、総じてモチベーションが高い。採用広報ではまさに会社の顔となる部門である。
しかし、人事異動によって、ある日突然人事担当者になるケースや、手がけている仕事を志半ばで同僚に引き継がなければいけないケースもあり、その「専門性」を深めることが難しいのも現実である。特に筆者が注力していた社員研修業務については、定期の人事異動で社内にノウハウが継承されづらいことがしばしば指摘される。
もちろんこれは人事部門に限った話ではない。長期雇用を前提に社内のさまざまな部門を経験させるのは我が国の一般的な人事慣行であるし、それにより社員のキャリア開発が図られてきたのだ。
一方、自身の専門分野をとことん突き詰められることが、大学教員の大きな魅力の1つだろう。現在筆者は、学生のキャリア形成に関する新たな授業を開発しているところだが、自分がライフワークと思える仕事に四六時中かかわれることに、無上の喜びを感じている。
また、研究室という名の個室が与えられ、今まで手弁当で参加していた学会や勉強会にも(もちろん限度はあるが)研究費で参加できるようになった。専門家として、仕事の内容や進め方に少なからぬ裁量が与えられることは、ビジネスマン経験者にとっては実に新鮮に映るはずである。
まとめ
人事から大学教員へのキャリアチェンジのポイントについては、要はゼネラリスト志向かスペシャリスト志向か、ルーチンの業務を手堅く扱いたいか新たな業務を創りたいかという志向の違いと言えるだろう。さらに付け加えるとすれば、大学教員となってからも人事担当者の経験は随所に生きるはず、ということだ。
社員のキャリア形成をサポートした経験はそのまま学生の支援で生かすことができる。社内研修のプログラム立案は授業開発へとつながり、採用業務で社内調整をした経験は学内のさまざまな校務に応用できる。
奇しくも、国においては、大学に一定数企業で実務経験を持つ教員を配置することが議論されている。これまで現職人事のキャリアとして、他社人事部門への転職や独立(例:人事コンサルタント)が想定されていたが、知識と経験を生かして大学教員へ転身、という事例が一般的になる日は、そう遠くはないのかもしれない。
執筆者紹介
後藤かずや(山形県立米沢女子短期大学講師)
人事部門で勤務する傍ら、産業カウンセラー、キャリアコンサルタント等の資格を取得。その後、人事・採用・社内研修講師等の実務経験を活かして現職に転身。
専門はキャリア教育、人材マネジメント、人事・労務政策。修士(人間学)。
ビジネスマン向けウェブメディアであるシェアーズカフェオンラインに記事を多数寄稿する他、ブログ・Facebookで「働くこと」に関する論説を展開している。
ブログ:http://goto-kazuya.blog.jp/
FB:https://www.facebook.com/profile.php?id=100009066121606
執筆実績:
http://sharescafe.net/author/gotokazu
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