確定拠出年金法改正成立
企業型確定拠出年金にも大改正の影響
2016.06.09
確定拠出年金改正法は企業型DCにも影響大
2016年5月24日、衆議院で確定拠出年金(以下DC)法案が可決、成立しました。前回の国会で衆議院可決後に参議院で継続審議になっていたものが、今国会において参議院で可決後、衆議院に戻されていたものです。
今回の確定拠出年金法改正は、公務員や専業主婦(国民年金の第3号被保険者)が個人型DCに加入可能になることがクローズアップされていますが、実は企業型DCにも大きな影響を及ぼす項目が数多く含まれています。
人事の確定拠出年金担当者にとっても今回の改正内容は無縁ではありません。むしろすでに550万人の加入者がある「企業型DC」のほうが影響は大きいと考えられる項目も含まれています。今回は、そのポイントをまとめてみます。
脱退一時金の受取要件は厳格化し退職時説明を見直す必要
個人型DCの利用者が増えることもあり、規制緩和の印象が強い今回の法改正ですが、実は規制が強化される項目が多く含まれています。
もっとも影響が大きいと思われるのは、「脱退一時金は原則として受け取れなくなる」ということです。今までは公務員や国民年金の第3号被保険者になり、資産額が50万円以下の場合等は中途退職時に脱退一時金の受け取りが可能でした。
会社では中途退職者に対し、脱退一時金の受け取りを行うか転職先の企業型DCや個人型DCへ資産を引き継ぐよう退職時説明を行っていたと思います(事業主の責務です)。
しかし法改正後は誰でも個人型DCに加入可能となるため、「加入可能でないから脱退一時金を受けられる」という定めがなくなってしまいます。これに合わせて、個人型DCに加入可能であっても掛金を2年拠出しなかった場合に25万円以下なら脱退一時金を受けられる定めも廃止されます。
脱退一時金を受けられる条件は、国民年金保険料を免除されているようなケースに限られ、きわめて限定的になります。
今後は「転退職に伴い、個人型DCに自ら手続きを行い資産のポータビリティを行う」という説明をしっかり行うことが求められます。
施行日は2017年1月からの予定です。社内の退職時説明のマニュアルも改訂が必要になるでしょう。
運用商品に関するアプローチに企業の主体的取り組みを求める
運用商品の選定と提示については、運営管理機関たる金融機関にアウトソースしている意識が強いと思いますが、資産運用に関するルールが今回大きく変わります。大きく4点を紹介します。
1)提示する運用商品数の上限を定められ、超過する場合商品数の削減を求められる
運用商品数が増加の傾向にあり、加入者が混乱し適切な商品選択が困難になる可能性があるとして、一定の上限数を定めることとします。
上限を超えている規約については施行日から5年以内のあいだに、次項の改正を踏まえ商品数の削減を行うことが求められます。
2)運用商品の除外要件を緩和する(これにより削減を実行可能にする)
現行では、加入者保護の見地から、運用商品を除外しようとするときは当該商品を保有する者の全員の同意を求めており、削減はきわめて困難でした。
今回の法改正により、商品選択を行っている者の3分の2以上の同意で商品の除外が可能となります。所在不明者は分母から除けるほか、3週間以上の一定の期間を経ても意思表示がない者を同意したものとみなせるため、商品数削減は成立しやすくなります。
ただし、施行日以前に購入していた運用商品の強制的な解約までは行えません(除外により新規の購入を行えなくする)。
3)運用商品の選定に際し、元本確保型商品の提示義務が廃止される
現行法では、運用商品の選定と提示については「3本以上」の提示し「必ず元本確保型商品を1本以上含む」という要件を定めていましたが、今回後者の規定が除外され、リスク・リターン特性が異なる等の基準を満たすことを求めるようになります。
これは満期まで保有することで元本と利息を得られる元本確保型商品の採用を妨げるものではありませんが、分散投資の観点から、多様な運用商品の選択肢を提示することを求める規定になります。
4)運用未指図の社員にバランス型の投資信託を自動購入させることができる(指定運用方法)
運用について興味や関心がないことなどから、運用指図を行わない加入者もいます。このとき実務的に元本確保型商品を自動的に購入させる仕組みがあります。
規約に定めた場合は、運用未指図者に対して一定の猶予期間と通知を行うことで分散投資されたバランス型の投資信託等を自動的に購入したこととすることができるようになります。
投資信託は短期的には元本割れする可能性があるものの、中長期的にはインフレを上回る利回りが期待でき、老後資産形成の運用の選択肢として適しているとされます。
アメリカやイギリスでも、確定拠出型の年金制度において、自動的に分散投資をさせる仕組みが採用されており(いわゆるパターナリズム)、この流れに沿った改正です。
1~4について施行は公布日から2年以内とされています(遅くとも2018年5月)。また、具体的な商品上限数など別途政省令で定めるものも多く含まれています。
しかし、いずれも企業型確定拠出年金を運営する事業主の責任を強く求めるものとなっています。
たとえば商品除外ひとつとっても「どれを除外するか(残すか)」「どうして除外するか(残すか)」といった理由を加入者に対する忠実義務の観点から検討し説明していかなければなりません。
必要に応じて第三者の知見を活用したり、労働者の代表も交えた検討委員会を設けたりすることも考えられるでしょう。
運営管理機関そのものについても、委託状況について定期的な検証を行い(少なくとも5年に一度)、改善の必要があれば要望を行ったり、問題が解消されない場合は他の運営管理機関を選定するよう求める規定も加えたりすることができます。
努力義務規定にとどまるものの、運営管理機関の選定責任・監督責任が事業主には問われることになります。ここでも評価の根底に置くべきは加入者の利益を第一に考える忠実義務です。
継続教育の努力義務化に未実施企業は対応を迫られる
また、導入後の投資教育、継続投資教育(最近、厚生労働省はこう呼んでいる)について配慮義務から努力義務へ表現を一段階強めています。
もともと、導入時のみならず導入後も投資教育を実施することは事業主の責務であると法令解釈通知等で指摘していますが、今回の法改正でさらに明確にその義務の存することを指摘してきた格好です。
今のところ罰則規定はありませんが、自己責任で従業員に資産運用を行わせる仕組みである以上、会社は投資教育の実施をもって適切な資産運用を支援する必要があることがより明確になってきました。
継続投資教育を未実施である事業主は数年内に投資教育の企画・実施を行うことをお勧めします。施行は公布日から2年以内とされています(遅くとも2018年5月)。
その他
○企業型DC加入者の個人型DC加入
企業型DCの拠出限度額(事業主分)全加入者を対象に引き下げることで、加入者個人が任意に個人型DCに掛金拠出できるようになります(2017年1施行)。
ただし、企業型DC約変更が必要ですし、退職給付制度の制度設計そのものを大きく見直す必要があり、本改正については、企業の利用率はかなり低いと思われます。
○掛金拠出の年単位化
確定拠出年金の掛金については、月単位で拠出される厳格な運用がなされていましたが、2018年1より「年単位化」が行われます。年一回以上定期に拠出することを前提に、ボーナス月の増額等に対応できるようになる見込みです。
法改正に対応して掛金の拠出ルールを見直す場合、規約の変更が必要になります。
○新設・合併等に伴う資産移換
(新設)
従業員数が100名以下の中小企業においては、厚生労働省への提出書類が軽減される簡易企業型DC(規約設計も一定の制限がある)を創設したり、社員に個人型DCに加入させ会社はそこに掛金を追加拠出したり事業主掛金納付制度)が認められます。
(合併等)
企業合併等を理由とした資産の移換については現状でも比較的柔軟に行えますが、さらに中小企業退職金共済制度との資産の行き来が可能になります。
また、中小企業の規模を脱し成長軌道に乗った会社については企業型DCを設立し中退共の資産を移すこともできるようになりました(すでに施行済み)。
○確定給付企業年金への確定拠出年金資産移換が可能に
確定給付企業年金の規約が認めた場合、個人ごとに資産管理する確定拠出年金の資産を受け入れることが可能となります(規約に定めなくてもよい)。
現実的には、グループ会社等の転籍などで限定的に受け入れ可能とする仕組みが考えられます。
○確定拠出年金規約の備え置きと閲覧の義務化
企業型確定拠出年金規約について事業所へ備え置きし、閲覧できるようすることが明文化されます。
まとめ 企業のDC運営にガバナンスが求められる
ここまでみてきたように、今回の法律改正は企業型DCの担当者に多くの検討を求める内容になっています。
そして法律改正のねらいは、企業の担当者側が制度運営の責任の重さを自覚し、主体的にDC制度を運営することを求める、いわばガバナンスの強化にあります。
DC導入は前任者が行った(あるいはそれ以前)ため、実務はこなしていても制度の詳細について把握しきれていない人もあるかと思います。
今回の法律改正への対応では退職者説明の見直し(2017年1月)を除けば若干の時間的猶予があります。ぜひDC制度の規約と確定拠出年金法を再学習し、適切な制度運営に取り組んでほしいと思います。
執筆者紹介
山崎俊輔(やまさき・しゅんすけ)(フィナンシャル・ウィズダム代表) 1972年生まれ。中央大学法律学部法律学科卒。AFP、1級DCプランナー、消費生活アドバイザー。投資教育家、企業年金コンサルタント。企業年金研究所、FP総研を経て独立。退職金・企業年金制度が専門で、個人の老後資産形成および投資教育についての執筆・著述多数。企業年金連合会では確定拠出年金担当の主席調査役として税制改正要望や事業主向けの投資教育ハンドブック編纂に携わる。近著に『誰でもできる確定拠出年金投資術』など。
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