社労士による「無期転換ルール」詳細解説 vol.2
人事のための無期転換まとめ! 転換の3類型と60歳定年後の特例
2018.04.03
2013年4月1日施行の労働契約法第18条で定められた「無期転換ルール」。早ければ2018年4月から、このルールへの対応を求められる企業が出てきます。
前回の記事では、特定社会保険労務士の藤原伸吾氏に「無期転換ルール」の概要と無期転換の申込時期についてご紹介いただきました。今回は、企業の人事が抑えておくべき「無期転換に関わる課題と特例」について、詳しく解説いただきます。
契約期間の定めがなくなることによる経営上の2つの課題
無期転換ルールが開始した場合、企業はどのようなことに留意すればよいでしょうか? まず挙げられるのが、2つの経営上の課題です。
(1)雇用負担の増大
これまで契約を有期にすることによって、有期契約労働者を雇用調整弁あるいは安価な労働力として使用してきた側面がありますが、無期転換ルールの創設により、これらの意味合いが薄まり、雇用負担が増えることとなります。このため、無期転換労働者に期待する役割や職責等を明確にしておくことが望まれます。
(2)雇用区分の多様化・複雑化
前述したとおり、当初の契約から5年を超える有期契約労働者から無期転換の申込みがあった場合、原則として無期契約労働者に転換することになりますが、これまでの契約社員、パートタイマー、アルバイトなどの雇用区分について、それぞれ有期・無期の軸が加わることとなり、雇用区分が多様化・複雑化することになります。このため、契約期間の有無を含め、あらためて雇用区分の再整理を行うことが望まれます。
契約期間の定めがなくなることに伴う雇用管理上の3つの課題
契約期間の定めがなくなることに伴って、次の3つの雇用管理上の課題に対応する必要があります。
1.契約更新の有無の判断のタイミングがなくなる
臨時的・一時的な業務ではなく恒常的な業務の場合、無期転換ルールの開始によって、業務量や会社の経営状況に応じた雇止め、すなわち雇用調整がしづらくなります。このため、そもそも労働契約を有期にする必要があるのか、人材活用の基本方針についてあらためて見直しの検討を行うことが望まれます。
2.労働条件の見直しのタイミングがなくなる
従来まで契約更新時に労使双方で行っていた仕事の内容や処遇、働き方の見直しのタイミングがなくなるため、労働条件の硬直化につながる可能性があります。このため、職務内容や評価、昇(降)給、労働時間等の労働条件について、見直すしくみを新たに作ることが望まれます。
3.契約終了等に係る規定対応が必要となる
無期転換労働者について、単に従来の有期契約労働者の就業規則を適用してしまうと、定年退職の定めがないために終身雇用になってしまったり、休職の定めがないために長期欠勤者への対応が難しくなってしまったりすることなどが考えられます。このため、無期転換労働者にかかる就業規則を整備しておく必要があります。
無期転換を実施する場合の3つの類型イメージ
無期転換ルールは、いよいよこの4月から本格的にスタートしますので、有期契約労働者から無期転換の申込みがあった場合の受け皿をどのようにするのかについての対応がまだの企業は、できるだけ早い時期に基本方針を明確にしておく必要があります。
基本方針を検討するにあたっては、まず現在の会社における有期契約労働者の契約更新回数や勤続年数、年齢、職務等の実態を把握していきます。そして、有期契約締結の意義を再検討するとともに、今後、会社が求める有期・無期それぞれの労働者の人材像を明確にしたうえで、雇用区分にかかる基本方針を策定していきます。
この場合、無期転換の類型イメージとしては「契約期間の有無」という横軸のほかに「働き方の制約の有無」という縦軸をもとに、
- 正社員転換型
- 新たな雇用区分転換型
- スライド型
Ⅰ.正社員転換型
正社員転換型は、既存の正社員の雇用区分に転換するパターンです。この類型では、人材確保・定着やモチベーション維持・向上の面でメリットがありますが、人件費コストの増大というデメリットがあります。この類型を選択する場合、既存の正社員にかかる制度について、新たな等級や資格、役職、賃金テーブル等を創設するのかどうかについて検討していきます。
Ⅱ.新たな雇用区分への転換型(準社員、限定正社員等)
新たな雇用区分への転換型は、言葉のとおり、「正社員転換型」と「スライド型」のいずれにも該当しない新たな雇用区分に転換する類型です。これには、地域限定や職務限定、短日・短時間勤務などのパターンがあります。転換後の雇用区分では、労働条件を変更しない「スライド型」と比較して、人材確保・定着やモチベーション維持・向上の観点からメリットがありますが、昇給や昇格、賞与、退職金等を創設する場合、人件費コストが膨らんでしまうというデメリットがあります。
この類型を選択する場合、職務や勤務地、労働時間等についてどのような制約を設けるのか、また、評価基準や昇給、昇格、賞与等のしくみをどのようにするのかについて検討するとともに、その内容に沿った就業規則等の整備が必要となります。また、教育・研修制度をどの程度まで実施するのかについても検討しておく必要があります。
Ⅲ.スライド型
スライド型は、無期転換ルールの原則に則って、従来の労働条件を維持しつつ、契約期間のみを無期契約に転換する類型です。一般に、有期契約労働者には昇給や昇格、諸手当、賞与、退職金などがないため、この類型を採用した場合、無期転換後も人件費コストを抑制することができますが、労働者本人のモチベーションの引上げ効果はあまり期待できません。
この類型を選択する場合、従来の有期契約を前提とした就業規則について、無期転換労働者にも対応できるよう見直しを行う必要があります。
人事制度その他の諸制度の見直しが求められる
新しい雇用区分を創設する場合には、等級や資格、役職等の基本的な体系および昇(降)格のしくみなど人事フレームを検討するとともに、評価制度や賃金制度、賞与制度などの諸制度を設計することが必要となります。
転換方法によっては、就業規則・雇用契約書等の見直しが必要
無期転換後の類型を前述の「Ⅰ」から「Ⅲ」のいずれにするかによって就業規則等の定め方は異なります。まず「Ⅰ」の正社員転換型の場合には、基本的にすでに就業規則等があるため、特段見直しを行う必要はありません。これに対して「Ⅱ」の新しい雇用区分への転換型の場合には、労働条件をどのようにしていくかを検討したうえで、新たな就業規則等を作成していくこととなります。この場合、正社員と有期契約労働者の間の位置づけとなるため、これらを対比表で対比させたうえで、新たな労働条件を検討するとよいでしょう。
「Ⅲ」のスライド型の場合には、無期転換労働者用の就業規則等を別途作成するのか、有期契約労働者の就業規則等において無期転換後の労働条件等を書き分けるのかなどについて、検討することとなります。
定年後に雇用される60歳以上の有期雇用労働者の特例について
2015年4月に施行された「専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法」(以下「特別措置法」という。)により、定年後引き続き雇用される有期雇用労働者等については、無期転換権の特例が設けられることになりました。
この特例を受けるためには、対象労働者に応じた適切な雇用管理の措置に関する計画について、都道府県労働局長の認定を受けるとともに、有期契約労働者の雇用契約書において、特例の内容に関する事項を明示する必要があります。
まず、都道府県労働局長の認定を受けた事業主の下で、60歳以上の定年に達した後、引き続いて雇用された場合、通算契約期間が5年を超えた場合でも無期転換申込権が発生しないこととされています(図4参照)。
ただし、高年齢者雇用安定法に規定する特殊関係事業主(いわゆるグループ会社)に定年後引き続いて雇用される場合は、特殊関係事業主が認定を受けなければなりません。この場合、定年後に同一の事業主に継続雇用され、その後引き続いて特殊関係事業主に雇用される場合にも、特例の対象になることとされています。
また、定年をすでに迎えている者を雇用する事業主が認定を受けた場合、その者も特例の対象となります。ただし、すでに労働者が無期転換申込権を行使している場合を除くこととされています。このほか、高度な専門的知識等を持つ有期雇用労働者の特例についても確認しておくとよいでしょう。
雇止めが無効になる可能性についても留意する
今回は、無期転換ルールの概要と実務上の対応について見てきましたが、今後、企業としての対応策を検討する中で、有期契約労働者の無期転換を回避するために契約期間満了による雇止めを行うことを検討される場合には、労契法19条(有期労働契約の更新等)の定めに留意する必要があります。
すなわち、最初の契約時に契約期間の上限を設けている場合には問題となりませんが、数度にわたって契約を反復更新しているような場合で、契約更新時に通算5年を超えない範囲内で契約期間の上限を定めることとしても、当該上限の定めは有効と認められず、雇止めが無効となる可能性がありますので、十分に留意しましょう。
執筆者紹介
藤原伸吾(ふじわらしんご)(特定社会保険労務士) 社会保険労務士法人ヒューマンテック経営研究所代表社員。東京都社会保険労務士会理事。労働関係諸法令をめぐる企業の労務相談、就業規則等の制改定、M&Aにかかる人事労務面からの総合支援やグループ経営強化支援、IPO支援等のほか、トータル人事制度の企画・導入指導など、人事労務全般にわたるコンサルテーションを手がけている。『基礎から学ぶ賃金・賞与・退職金の法律実務』(経営書院)、『人事労務管理 解決ハンドブック』(日本経済新聞出版社・共著)など著書多数。
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