「エンゲージメント不要論」は本当か?~国内No.1 企業が語る“本質論”~第1回
エンゲージメント調査に意味はない?HR界隈でささやかれる「誤解」とは?
昨今、企業と従業員の「エンゲージメント」はグローバルスタンダートな指標として認識されている一方で、「エンゲージメントなんて必要ない」「投資しても成果に結びつかない」といった意見を耳にすることもあります。実際のところ意味はあるのでしょうか?
目次
はじめに
はじめまして。株式会社リンクアンドモチベーションの齋藤拓郎と申します。当社は、世界で先駆けて「モチベーション」を切り口とした経営コンサルティング会社です。経営学、社会システム論、行動経済学、心理学などの学術的知見を取り入れた基幹技術「モチベーションエンジニアリング」を用いて、企業の組織課題の解決、従業員の成長支援をおこなっています。
私は、当社の従業員エンゲージメント向上クラウドサービス「モチベーションクラウド」の開発に当初から携わっており、モチベーションクラウドは、従業員エンゲージメント市場において、7年連続で売上シェアNo.1となっています(※)。組織人事コンサルタントとして年間100名以上の経営者や管理職の方々と対話をしながら、エンゲージメント向上を支援してまいりました。
現在は、当社の研究機関である「モチベーションエンジニアリング研究所」に所属し、クライアント企業と試行錯誤してきた「実践知」と学術的な「理論」を行き来しながら、より本質的で実効性の高い技術の進化に向けた研究に取り組んでいます。
また、企業だけでなく、中央官庁や教育機関とのプロジェクトも進めており、産学官の連携によって「イキイキと働く人」が増える世の中をつくるべく、新しい価値創造に日々挑戦しています。
本連載では、これらの経験を踏まえつつも、なるべくフラットな目線から「エンゲージメントは必要なのか?」という疑問にお答えしていければと思います。
※ITR「ITR Market View:人材管理市場 2024」
従業員エンゲージメント市場:ベンダー別売上金額およびシェア(2017~2023年度予測)
人的資本が重視される理由
エンゲージメントは、人的資本強化の文脈で注目されることが多くなっています。人的資本とは、企業を構成する人材を「資源」ではなく、投資することで価値が伸び縮みする「資本」であると捉える考え方のことです。昨今の企業経営において人的資本の注目度が高まっている背景にあるのが、企業を取り巻く3つの市場(商品市場、労働市場、資本市場)の変化です。
企業が持続的に競争力を発揮するためには、人的資本に投資することでその力を最大化し、この3つの市場の変化に適応し続けることが重要になってきます。
【1】商品市場(顧客との関係性)
昨今は、商品・サービスの「短サイクル化」が進んでおり、企業には次から次へと新しい商品・サービスを生み出すことが求められるようになりました。それと同時に、他社と差別化する難易度も上がっています。さらに、現在は第三次産業の就業人口が圧倒的に多く、製造業でもIoTが注目されるなど、どの産業においても価値の源泉が「ソフト化」しています。新しい価値を生み出すのは、設備でも機械でもなく従業員であり、競争優位の源泉として人的資本の重要性が見直されています。
【2】労働市場(従業員や求職者との関係性)
人材の「流動化」が進むとともに、人材の価値観が「多様化」していることが、労働市場における大きな変化です。特に若年層は転職が当たり前のことになっており、人によって会社や仕事に求めるものが異なります。ひと昔前に比べると、労働人口の減少もあいまって優秀な人材の獲得・確保が難しくなっているのが現状です。
【3】資本市場(投資家との関係性)
より長期的な視点を持ち、「サステナブルな成長をする企業に投資したい」と考える投資家が増えているのが昨今の資本市場の特徴です。こうした企業を見極めるため、投資家は企業の有形資産だけでなく、人的資本などの無形資産にも注目するようになりました。このような「無形化」の流れに加えて、新NISAの影響で個人投資家が増えてきていることなどから、経営における透明性や明瞭性がより強く求められています。2023年3月期の有価証券報告書から人的資本情報の公表が義務付けられましたが、「義務化」の流れは今後も進んでいくでしょう。
そもそもエンゲージメントとは?
人的資本の価値を高めるためには、従業員個人の「人材力」と、会社の「組織力」の双方を高めることが必要ですが、「エンゲージメント(従業員エンゲージメント)」は「組織力」の指標であるといえます。エンゲージメントは一般的に、従業員の会社に対する「愛着心」「愛社精神」「思い入れ」といった意味で用いられる言葉ですが、当社では「企業と従業員の相互理解・相思相愛度合い」と定義しています。
エンゲージメントが高い企業の従業員には、たとえば、以下のような特徴が見られます。
- 労力をかけることをいと厭わず、熱中して働く。
- 既存のやり方を踏襲するだけでなく、改善し、挑戦しようとする。
- 自らの役割範囲を超え、周囲に積極的に働きかける。
- 会社や組織の目標を自分事として捉え、貢献しようとする。
- 自社に誇りを持っており、周囲に自社のことを紹介しようとする。
エンゲージメントの開示の流れ
エンゲージメントは、経済産業省の「人材版伊藤レポート2.0」において、人的資本経営の重要な要素の一つとして位置付けられているほか、内閣官房の「人的資本可視化指針」においても、開示項目例の一つとして示されています。
※出所:人材版伊藤レポート2.0「人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素」
当社グループのリンクコーポレイトコミュニケーションズの調査によれば、2024年の有価証券報告書において、エンゲージメントについて定性・定量情報で開示している企業は1,000社を超えています。また、当社の調査では、日経225構成企業が2023年に発行した統合報告書のうち、エンゲージメントを定性情報として開示していた企業が181社(87.0%)、定量情報として開示していた企業が98社(47.1%)、経営目標として開示していた企業が94社(45.2%)ありました。
※当社調べ
エンゲージメントを重視し、その向上に努める企業は年々増加しています。海外に目を向けても、人的資本経営の先進企業はエンゲージメントをKPIとして採用していることが多く、グローバルスタンダードな指標になっていると言えるでしょう。
エンゲージメントの高低で何が変わるのか?
なぜここまで多くの企業がエンゲージメントに注目しているのでしょうか。当社が提供している従業員エンゲージメント向上クラウドサービス「モチベーションクラウド」に蓄積された累計11,360社、422万人のデータから、エンゲージメントが高い・中程度・低い企業の特徴として、以下のような点が見えてきました。
エンゲージメントが高い企業は「ささやけば伝わる組織」
経営や上司の指示待ちではなく、従業員が自ら考えて、目標達成に向けて自律的に動いています。
<従業員の発言イメージ>
・それ、やっておきましたよ!(先回りで対応する)
・こんな施策をやりたいです!(前のめりに提案する)
エンゲージメントが中程度の企業は「打てば響く組織」
メンバーが自律的に動くことは少ないものの、経営や上司から指示があれば、しっかりと遂行しようとします。
<従業員の発言イメージ>
・分かりました。やっておきますね。(言われたことはやる)
・やらないといけませんね。(受け身だが実行はする)
エンゲージメントが低い企業は「笛ふけど踊らない組織」
経営や上司に対して明確な不満を伝える人は少ないものの、従業員同士の飲み会などでは、会社や上司への愚痴が横行しています。
<従業員の発言イメージ>
・やったほうがいいですよね。(本心では納得しておらず、なかなか行動に移さない)
・経営陣は現場のことを何も分かっていない。(不満や不信感を抱えている)
上記からお分かりになると思いますが、エンゲージメントは組織の「実行力」に大きく関係します。会社の戦略を実行に移すのは現場の従業員です。どんなに優れた戦略を描こうとも、従業員が会社に対して共感し、「やりたい」「やるべきだ」という感情を持っていなければ、その戦略はなかなか実行されません。
エンゲージメントが低い組織の場合、経営陣が立派な戦略を打ち出しても、従業員は「経営陣がまた何か言っているな」と他人事になってしまったり、「どうせ変わらないから意味はないだろう」「これまでのやり方を変えないでほしい」と反感を覚えたりします。
逆に、エンゲージメントが高い組織の場合、「この戦略が実を結べば、会社や自分にとってチャンスになるはずだ」「難しいけれど、意味がある取り組みだ」というように、ポジティブに受け止めることができます。言うまでもありませんが、戦略の実行力が高いのはエンゲージメントが高い組織です。
実行力が低い状態では、思い切った戦略をとることはできません。経営戦略も人事戦略も、エンゲージメントのいかん如何によって左右されることがあるのです。そのため、エンゲージメントは人的資本経営の土台と言うことができるでしょう。
実際に、私が所属する「モチベーションエンジニアリング研究所」がおこなった調査では、エンゲージメントがもたらす効果として、以下のエビデンスが得られています。
- エンゲージメント向上は、「営業利益率」「労働生産性」にプラスの影響をもたらす。(※)
- エンゲージメントと「ROE」「ROIC」「PBR」には、正の相関が見られる。
- エンゲージメント向上は、「退職率」低下に寄与する。
※慶應義塾大学 大学院経営管理研究科/ビジネス・スクール 岩本研究室との共同研究結果として公表
なぜ、エンゲージメント不要論が流れるのか?
エンゲージメントの重要性はお分かりいただけたかと思います。しかしながら、「本当にエンゲージメント向上に投資する意味はあるのか?」といった疑問から「エンゲージメント不要論」が流れているのも事実です。
ではなぜ、エンゲージメント不要論が流れてしまうのでしょうか? 私は「エンゲージメントが一朝一夕で高まるものではなく、投資対効果を実感しにくいものだから」だと考えています。
エンゲージメントへの注目度が高まると同時に、自社のエンゲージメント状態を把握するためのエンゲージメント調査も注目を集めています。エンゲージメント調査は、言いわば「組織の健康診断」です。人間の健康診断と同じですが、診断するだけでは何の意味もなく、その後の「改善」こそが大切です。
エンゲージメントが上がらない企業の問題点としてありがちなのが、以下の3点です。
1.診断のみに留まっている
エンゲージメント状態を把握するだけで、その後の改善をしていない。従業員に「変わるかもしれない」という期待を与えるだけで終わっている。期待を生んでおきながら何も変わらないので、かえってエンゲージメントが下がることがある。
<従業員の本音>
「ただでさえ忙しいのに、サーベイに回答するのが面倒くさい」
「せっかく時間をかけて回答したのに、どうなったかフィードバックされていない」
2.単発の施策で終わっている
一時的な施策で止まっている。施策に連続性・継続性がなく、短期視点でエンゲージメントの上下に一喜一憂している。従業員からすると、“施策をやっている風”で“ポーズ”に見えてしまい、不満の原因となることがある。
<従業員の本音>
「また新しい施策が始まったけど、前の施策とどうつながっているのかわからない」
「あの施策ってどうなったんだっけ?あの時しかやってないよね」
3.意図が伝わっていない
エンゲージメント向上に取り組む意義や、施策の意図が伝わっておらず、従業員の不信感を招いている。
<従業員の本音>
「これをやって何の意味があるんだろう」
「施策だけ共有されたけど、経営陣や人事が何を考えているのかわからない」
どの場合であっても、やり方を間違えると逆効果になってしまうことが分かるかと思います。「世間がやっているから」「開示が必要だから」という理由で半端に取り組んでも、望む効果は得られません。
おわりに
エンゲージメントは一朝一夕で高まるものではありません。エンゲージメント向上に取り組んではみたものの、効果を得られるどころか逆効果になってしまい、「エンゲージメントは不要だ」と思ってしまうこともあるでしょう。エンゲージメントを高めるためには、適切な施策が必要になります。
次回は、エンゲージメント向上を図るすべての企業が押さえておくべき「大原則」についてお伝えします。
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