開示義務化から2年、人的資本経営はどのように変化しているのか【第4回】
自社の人的資本経営を考える際のポイント(2024年度)

人的資本経営の領域も含めた組織開発・人事制度構築を支援している筆者が、全4回にわたり、「2024年度の人的資本経営と人的資本開示」について考察をお届けする連載。
最終回の第4回は、自社の人的資本経営を考える際のポイントを押さえます。
参考:これまでの連載一覧
https://at-jinji.jp/expert/column/108
目次
自社で人的資本経営を考えるための3ステップと3つのポイント
私たちリクルートマネジメントソリューションズは、人的資本経営を以下の3ステップで取り組むことを推奨しています。
<自社で人的資本経営を考えるための3ステップ>
- 人的資本経営を通じて、どのような状態を目指すのか?(Why?)
- 目指す状態を実現するための優先課題は何か?(What?)
- 優先課題を解決するためにどんな施策を行うか?
どんな目標を設定し、どのようにPDCAを回すか?(How?)
また、連載第3回に提示した「今後の展望」を踏まえて、私たちは「人的資本経営で新たに意識したいポイント」を次の3点と考えています。1つずつ詳しく見ていきましょう。
<今後の展望をふまえ、新たに意識したい3つのポイント>
- 人的資本経営の「質」を高めるための自社らしさの追求
- 内外労働市場の変化をふまえた将来像の展望
- 人的資本投資の成果の具体的な提示
ポイント1:意思を持って「自社らしい独自指標」を検討しよう
新たに意識したいポイントの1つ目は「独自指標」です。自社にとって大切な独自指標を発信できれば、他社との差別化につながります。自社固有の戦略やビジネスモデルに沿って、意思を持って、自社らしい取り組み・指標・目標を発信していきましょう。
なお、前提として、独自指標には「取組や開示事項そのものに独自性がある場合」と、「開示事項は共通でも、その事項を選択した理由が明確な場合」の2種類があります。すなわち、必ずしも項目が独自である必要はありません。
独自指標の具体例は連載第1回でも紹介しましたが、ここでは日東電工の事例を紹介します。
日東電工は、チャレンジを応援する文化が根づいていることを背景に、チャレンジを楽しむ文化へ昇華できる環境をつくるため、「チャレンジ比率」を独自指標に設定しています。会社の価値創造に貢献するテーマにチャレンジした人の数をカウントし、2030年経営目標に掲げているのです。具体的には、小集団活動に参加した人、新規事業創出のアイデアを出した人、自己啓発に取り組んだ人、海外トレーニーに挑戦した人などをカウントしています。こうした事例を参考にしながら、ぜひ自社らしい独自指標を検討してみることをおすすめします。
・日東電工株式会社(有価証券報告書2024年3月期)
https://pdf.irpocket.com/C6988/gEye/J55B/fCv9.pdf
ポイント2:内外労働市場の変化をふまえた施策を検討しよう
新たに意識したいポイントの2つ目は「内外労働市場の変化を踏まえた施策」です。連載第3回で紹介したとおり、近い将来、多くの企業では少子高齢化による採用難度アップ、労働流動性の加速による離職率上昇やエンゲージメント低下、DX推進や生成AI活用による成長事業・新規事業へのリソーセスシフトといった課題に向き合う必要が生まれるでしょう。
人的資本経営と人的資本開示においても、これらの変化に対応することが欠かせません。具体的には、「採用強化・採用多様化」「オンボーディング強化」「自社求心力の強化」「エンゲージメント向上」「人材ポートフォリオの見直し」などの施策に取り組む必要があります。
具体例を挙げると、世紀東急工業は、ダイバーシティ採用の推進計画のなかで総合職女性採用比率を測定しています。ニチモウは、組織をフラット化してイノベーティブな組織への改革を目指し、その進捗度合いを測定しています。本田技研工業は、人材マテリアリティとその課題に対する過去・未来の取り組みや実績値を一覧で開示した上で、実現したい人材ポートフォリオやリソースマネジメントについて図式化し、視覚的に整理しています。
もちろん、他にもさまざまな施策がありえるでしょう。これからの自社に必要な人的資本経営施策を検討してみてください。
・世紀東急工業(有価証券報告書2024年3月期)
https://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS03190/71f95aa6/935f/4dd0/8cd4/bbc2cb08bd79/S100TNWD.pdf
・ニチモウ(有価証券報告書2024年3月期)
https://ssl4.eir-parts.net/doc/8091/yuho_pdf/S100TNTN/00.pdf
・本田技研工業(有価証券報告書2024年3月期)
https://data.swcms.net/file/honda-ir/dam/jcr:d10ef897-1357-4afb-81ca-ece934ced2c8/S100TNE0.pdf
ポイント3:自社の人的資本投資に対する成果を検討しよう
新たに意識したいポイントの3つ目は「成果」です。人的資本投資を推進する際、多くの人事パーソンが直面する壁として、人的資本に投資すると何が良くなるのか(結局、儲かるのか)と経営から問われることがあります。その問いに対して、先進的な企業では「人的資本投資の成果指標」を設定しています。また多くの企業では、「財務資本に関連した数値」を定量情報として開示しています。
例えば、A社は、人財戦略の総合KPIを「社員幸福度」と「人的資本ROI」に設定し、人的資本ROIはEBITDA(企業価値評価の指標)/人件費によって計算し定量情報として開示しています。別のB社は、重点指標として「ソリューション収益力」を掲げ、スキル向上を通じた「一人あたりソリューション収益額」を定量情報として開示しています。
一方で、このように人的資本投資の成果を財務資本にダイレクトにひもづけることには、違和感があるという意見もよく耳にします。「財務資本では人的資本投資単体の影響を切り出せない」「人的資本投資の成果は決まった年数で得られるものではない」という見方です。
こうした多様な意見・見方を受けて、私たちは財務資本以外の側面で、人的資本の価値を可視化する方法を検討しています。具体的には組織人事コンサルティングの現場で「組織経験学習サイクル」という考え方を提示しています(図表1)。組織経験学習サイクルとは、人的資本への投資が個人の成長を促し、個人の成長が組織内で共有されることで知的資本が磨かれ、組織の成長や個人の更なる成長につながるという仮説です。
▼図表1:組織経験学習サイクル
そして、最終的には図表2のモデルのような人的資本・知的資本・財務資本の好循環がデザインされるために、自社の人的資本投資がどのような知的資本の高まりにつながるかを考えることを推奨しています。すなわち、人的資本への投資は知的資本を高め、人的資本と知的資本の高まりが、財務資本に対してポジティブな影響を与えると考えています。
▼図表2:人的資本・知的資本・財務資本の好循環のデザイン
連載の総括(まとめ)
これまで様々な観点から人的資本経営・人的資本開示について説明してきましたが、人的資本経営を殊更難しく考える必要はありません。
文中でも触れている通り、
(1)自社の理念や経営戦略を実現するにはどのような人材が必要かを考え、
(2)その人材を資本として質量ともに豊かにするためには、どのような課題に取り組む必要があるのかを検討し、
(3)その課題を解決するため、どのような打ち手に取り組むかを定め、動かす。
この3ステップこそが人的資本経営の要諦になります。
人的資本開示、すなわち社外に対して自社の取り組みをどのように発信するかは、あくまで後工程の手段に過ぎません。まずは人事の皆さんが意思を持ち、時には経営やキーマンとの対話を行いながら、自社の人的資本の価値を高めるための納得感を持てる計画を立案することから始めてみてください。その上で、社内・社外を巻き込んだ取り組みへと進化させていくにあたり、今回の連載でご紹介したポイントなどをうまく活用いただければと思います。
以上、全4回にわたり「2024年度の人的資本経営と人的資本開示」について考察してきました。少しでもお役に立てておりましたら幸いです。【連載おわり】
開示義務化から2年、人的資本経営はどのように変化しているのか【第4回】
https://at-jinji.jp/expert/column/108
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