「心理的安全性」と「理念浸透」から紐解く不祥事予防のカギvol.4
心理的安全性が高い組織のつくり方〜職場の施策例と人事だからできること
前回は、不祥事を起こさない組織の基盤づくりとして、「心理的安全性の向上」と「理念浸透」の重要性をお伝えしました。心理的安全性はGoogleの研究発表をきっかけに広まった概念であり、それ以来、多くの企業が関心を持つようになりました。しかしながら、「どうすれば心理的安全性が高まるのか」がわからず、四苦八苦している企業も少なくありません。今回は、心理的安全性を高めるポイントや具体的な施策例について解説していきます。
第1回:なぜ不祥事は後を絶たないのか?コンプライアンス違反が起きる組織の共通点
第2回:コンプライアンス違反が起きにくい組織体質にするには? 施策実施の2つのポイント
第3回:心理的安全性が高く、理念が浸透している組織は不祥事が起きにくい
目次
心理的安全性とは?
心理的安全性(psychological safety)とは、「組織のなかで自分の考えを言う際に不安を感じず、安心して発言できる状態」のことです。もともとは、組織行動学の研究者であるハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授によって提唱された概念であり、エドモンドソン教授は、著書『恐れのない組織』(2021年、英治出版)のなかで、心理的安全性が低い組織では不祥事を含む問題が起きるリスクが高くなると警鐘を鳴らしています。前回、言及したフォルクスワーゲン社によるディーゼルゲート事件(ディーゼル車の排出ガス量を偽る不正ソフトの使用)も、その背景には心理的安全性の欠如がありました。
従業員が「おかしい」と思ったことを口にできない職場で、コンプライアンス違反が起こりやすくなるのは必然なことです。逆に考えれば、職場の心理的安全性を高めることは不祥事のリスクを下げることにつながります。
心理的安全性は組織体質に根付く
心理的安全性の向上を図る前提として認識しておきたいのが、「心理的安全性は個人だけでなく、組織全体の課題である」ということです。昨今、心理的安全性について話題になることが多くなりましたが、人事が「○○部長は厳しい人だから、あの部署は心理的安全性が低いよね」といった、心理的安全性が低いことを個人の問題として捉えているケースも散見されます。
ですが、心理的安全性の低さを、従業員個人の問題として捉えていては解決しません。第1回でお伝えしたように、組織が「要素還元できない協働システム」である以上、全員が変わっていく必要があります。どれだけ個人に改善を求めても、組織としての体質が変わらない限り心理的安全性を高めることはできません。
例えば、第3回で紹介したフォルクスワーゲン社は、CEOに恐怖を感じている従業員が多く、意見を口にすることができなかったと言われています。こうした組織体質が不祥事を招いたわけですが、不祥事が起きる前の時代から、恐怖で支配するマネジメントを良しとする組織体質が根付いていたと指摘されています。
個人の言動の積み重ねによって組織体質が決まる訳ですが、すでに定着している組織体質に合わせて個人が振る舞うことで、より組織体質が強化されていく例は少なくありません。そのため、人事は個人に改善を求めるだけでなく、会社として組織体質を変えていかなければならないのです。
かといって、従業員が「心理的安全性が低いのは組織体質のせい」というように、会社や組織のせいにしているのも良くありません。組織体質は一人ひとりの言動が積み重なって生まれているため、会社や他者のせいにするのではなく、自分自身の言動を省みることも重要です。組織と個人が同時に変わっていくのが望ましい姿でしょう。
心理的安全性の低い組織にはびこる「4つの不安」
心理的安全性が低い組織では、以下の「4つの不安」が生じやすいと考えています。
- 「無知」だと思われる不安
業務上で不明点があったとき、「こんなことも知らないのか」と思われないか不安になり、必要な質問ができなくなってしまう。 - 「邪魔」だと思われる不安
会議などで意見があっても、「議論の邪魔になっている」と思われないか不安に駆られ、積極的に発言できなくなってしまう。 - 「無能」だと思われる不安
業務で失敗したとき、「こんなこともできないのか」と思われないか不安になり、ミスの報告ができなくなってしまう。 - 「異質」だと思われる不安
他の人と意見が異なっていた場合、「それは絶対に違う」と否定されないか不安になり、反対意見を言えなくなってしまう。
こうした不安を生じないようにするには、コミュニケーションを改善し、職場の心理的安全性を高めることが重要です。4つの不安を生じさせないための具体的な施策(機会づくり)についてご説明します。
【1】「無知」だと思われる不安 → 率直質問
「困ったことがあったらすぐに聞いてね」「きみが聞いてくれたおかげで、他の人も質問しやすくなったんじゃないかな」といった声かけによって「率直質問」を促します。
「どんなことでも聞いていいんだ!」と思える雰囲気を醸成し、無知だと思われる不安が生まれにくくなる環境をつくりましょう。
●職場での具体的な施策例
▼ポジティブな受け止め方を示す
・「質問してくれてありがとう」と感謝の言葉を伝える
・質問に対して怪訝そうな顔をせず笑顔で聞く
▼コミュニケーション手段の選択肢を増やす
・気軽に電話をかけて良いと伝える
・直接言いにくいときはチャットを使ってほしいと伝える
▼質問/疑問を解消する時間をつくる
・定期的なミーティングを行い、関係を構築する
・会議のアジェンダに質疑応答の時間を設ける
▼声をかける際のルールを決めておく
・カレンダーに【BLOCK】と記載されている時間には連絡しない
・ヘッドホンをしているときは話しかけない
【1】「無知」だと思われる不安 → 率直質問
「困ったことがあったらすぐに聞いてね」「きみが聞いてくれたおかげで、他の人も質問しやすくなったんじゃないかな」といった声かけによって「率直質問」を促します。
「どんなことでも聞いていいんだ!」と思える雰囲気を醸成し、無知だと思われる不安が生まれにくくなる環境をつくりましょう。
●職場での具体的な施策例
▼ポジティブな受け止め方を示す
・「質問してくれてありがとう」と感謝の言葉を伝える
・質問に対して怪訝そうな顔をせず笑顔で聞く
▼コミュニケーション手段の選択肢を増やす
・気軽に電話をかけて良いと伝える
・直接言いにくいときはチャットを使ってほしいと伝える
▼質問/疑問を解消する時間をつくる
・定期的なミーティングを行い、関係を構築する
・会議のアジェンダに質疑応答の時間を設ける
▼声をかける際のルールを決めておく
・カレンダーに【BLOCK】と記載されている時間には連絡しない
・ヘッドホンをしているときは話しかけない
【2】「邪魔」だと思われる不安 → 発信促進
「どんなことを感じたか正直に教えてほしい」「意見を発信してくれることで組織のためになっているよ」といった声かけによって「発信促進」を行います。「自分の意見を言ってもいいんだ!」と思える雰囲気を醸成し、邪魔だと思われる不安が生じにくくなる環境をつくりましょう。
●職場での具体的な施策例
▼平等に発言機会を与える
・参加者が平等に発言できるように会議を進行する
・発言が少ない従業員を気にかけ、発言を促す
▼従業員同士の交流機会を設ける
・同部署内でのランチ会を行う
・チャットに雑談スレッドをつくる
▼親しみやすい呼び方に変える
・「役職呼び」から「○○さん」に変更する
・本人が呼んでほしい「あだ名」を共有する
▼社内報などで個人を取り上げる
・新入社員紹介の自己紹介ムービーを制作する
・個人にスポットライトが当たる場を設け、周囲がコメントする
【3】「無能」だと思われる不安 → 失敗共有
「リーダーやマネジャーの過去の失敗を伝える場を設ける」「自分の失敗をチームで共有し、次の成功につなげることを目指す」など、「失敗共有」を行います。「間違えてもいいんだ!」と思える雰囲気を醸成し、無能だと思われる不安が生じにくくなる環境をつくりましょう。
●職場での具体的な施策例
▼失敗に対してポジティブな発言を増やす
・挑戦した人に対して「ナイスチャレンジ」と声をかける
・失敗した人が「失敗から多くを学んだ」と考えられるようにフォローする
▼ミスや問題について話し合う機会を設ける
・定例ミーティングで時間をとって振り返る
・ヒヤリ・ハットなどを共有するチャットをつくる
▼お互いに助けを求め合う習慣をつくる
・意思決定をするときにメンバーの意見を求める
・困ったときに気軽に助けを求められるルールを決める
▼上司・先輩が弱みをさらけ出す
・先輩社員が過去にした失敗をメンバーに伝える
・マネジャーが自分の弱みを適度にさらけ出す
【4】「異質」だと思われる不安 → 多様理解
「さまざまな人を呼び、どのようにキャリアを築いてきたのかを話してもらう」「未来に向けて築きたいキャリアを考え、全体に共有する」など、「多様理解」を促します。「他人と違ってもいいんだ!」と思える雰囲気を醸成し、異質だと思われる不安が生じにくくなる環境をつくりましょう。
●職場での具体的な施策例
▼「違い」への向き合い方を変える
・さまざまな「違い」があることを認識し、「違いは当たり前」であることを共有する
・自分になく、相手にあるものを知り、違いを楽しむ
▼自分を認め、他人を認める風土をつくる
・「自分史共有会」を行い、人となりや背景を共有する
・相手の価値観を否定せず、まずは受け入れる
▼個性を伸ばすマネジメントを行う
・同調や協調を求めすぎない
・個性と能力を発揮できる環境をつくる
▼多様性を理解するワークショップを開く
・さまざまな人のキャリアを知る
・部署/仕事紹介で他部署について理解する
人事などコーポレート部門が意識すべきこと
ここまで、職場で実践できる具体的な施策について紹介しましたが、心理的安全性の向上を図るうえで、人事やコーポレート部門だからこそ果たせることがあります。
網羅的に「コミュニケーションチャネル」を使う
1つ目は、あらゆるコミュニケーションチャネルにおいて心理的安全性を担保することです。社内のコミュニケーションチャネルは、下図のように整理できます。
心理的安全性と言うと、上司との日常的なコミュニケーション(上図の「上下コミュニケーション」)のシーンをイメージしがちです。しかし、上司と日常的に1on1をおこない心理的安全性が担保されていたとしても、経営者が高圧的で4つの不安を煽るようなメッセージを発信していては、心理的安全性は保たれません。
心理的安全性が確保されても「ぬるい」組織になってはいけない
2つ目は、組織状態によってコミュニケーションの中身をコントロールすることです。エドモンドソン教授は、組織に影響を与える要素として、心理的安全性のほかに「責任」を挙げています。心理的安全性を確保することばかりに意識が向くと、「快適」ではあるものの、挑戦が生まれにくい「ぬるい」組織になってしまう可能性があります。
会社全体、あるいは各部署の組織状態に合わせて、心理的安全性の向上に注力すべきか、責任の向上に注力すべきかを見極めることが重要です。たとえば、エンゲージメントが低く、組織が課題だらけの状況で「もっと挑戦しよう」と言っても、従業員は「いやいや、それどころじゃないでしょ」と反感を覚えるだけでしょう。このような状況では、まず現状の頑張りを承認する必要があります。逆に、エンゲージメントが高く、組織状態が良いときは、高い基準を求めたり挑戦を促したりして、「学習」の状態を目指すことをおすすめします。
おわりに
心理的安全性が欠けている組織では、従業員が問題を指摘できず、コンプライアンス違反などの不祥事が起こりやすくなります。心理的安全性を高めるためには、個人に向けたアプローチだけでなく組織としての体質改善が不可欠です。ぜひ本記事を参考に、心理的安全性の向上に努めていただきたいと思います。
次回は、不祥事を防ぐためのもう一つの基盤である「理念浸透」のポイントについて解説していきます。
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