「心理的安全性」と「理念浸透」から紐解く不祥事予防のカギvol.3

心理的安全性が高く、理念が浸透している組織は不祥事が起きにくい

前回は、コンプライアンス違反が起きにくい組織体質をつくる際、「施策推進」と「基盤構築」の両面からアプローチする重要性をお伝えしました。研修やマニュアルなど施策推進を効果的なものにするためには、基盤構築が重要になってきます。今回は基盤構築にフォーカスし、不祥事が起きにくい組織の2つの共通点について解説していきます。

第1回:なぜ不祥事は後を絶たないのか?コンプライアンス違反が起きる組織の共通点
第2回:コンプライアンス違反が起きにくい組織体質にするには? 施策実施の2つのポイント

目次

  1. コンプライアンス違反が起きにくい土台づくり
  2. 心理的安全性が低い組織は、コンプライアンス違反が起きやすい
  3. 理念が浸透していない組織ほど不祥事が起きやすい
  4. おわりに

コンプライアンス違反が起きにくい土台づくり

簡単に前回のおさらいをしておきましょう。コンプライアンス違反が起きにくい組織体質をつくるためには、「施策推進」と「基盤構築」、両面からのアプローチが必要です。施策推進とは、懲罰制度やマニュアル整備、コンプライアンス研修など具体的なコンプライアンス対策のことです。一方、基盤構築とは、組織体質を改め、健全な組織風土を形成することでコンプライアンス違反が起こりにくい「土台」をつくるアプローチのことを言います。

▼不祥事防止に向けて組織体制を変えていくためのアプローチ

基盤構築の2本柱になるのが、「心理的安全性の醸成」と「理念の浸透」です。心理的安全性の醸成は、「従業員から組織に対する発信によって不祥事を防止するアプローチ」、理念の浸透は、「組織から従業員に対する発信によって不祥事を防止するアプローチ」と整理できます。

心理的安全性が低い組織は、コンプライアンス違反が起きやすい

心理的安全性(psychological safety)とは、「組織のなかで自分の考えを言う際に不安を感じず、安心して発言できる状態」のことを言います。組織行動学の研究者であるハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授が提唱した概念です。同教授は、著書『恐れのない組織』(2021年、英治出版)において、心理的安全性が低い組織では以下のような問題が起きると警鐘を鳴らしています。

・2003年2月1日、NASAのスペースシャトル・コロンビア号が空中分解し、7名の宇宙飛行士が命を落とした。この事故では、エンジニアが事前にビデオ映像を見て異変を感じていながら、上司に強く確認を求めることができなかった。後にそのエンジニアは、「序列がはるかに上の人間にものを言うなど……エンジニアには無理だ」と述べている。

・2016年、米国のウェルズ・ファーゴ銀行は、顧客の許可を得ることなく口座を開設したり、クレジットカードを発行したりする不正が横行していたことを明らかにした。不正に作られた口座やクレジットカードの数は計二百万件以上に上る。同行の従業員は、どう考えても達成不可能な目標を課せられ、経営陣からは達成できなければクビだと言われていた。

・2015年、フォルクスワーゲン社によるディーゼルゲート事件(ディーゼル車の排出ガス量を偽る不正ソフトの使用)が発覚した。同社には、高い目標を設定し、達成できなければクビにするという恐怖で従業員をマネジメントする文化があったとされる。

日本企業における不祥事も、心理的安全性が欠如した環境によって引き起こされていると考えられる事例が増えています。不祥事が起きる組織に共通しているのは、異論・反論を唱えにくい組織風土が根付いていることです。従業員が「おかしい」と思ったことを口にできなかったり、議論を避けたりするようになると、コンプライアンス違反が起こりやすくなることは容易に想像できるでしょう。

理念が浸透していない組織ほど不祥事が起きやすい

理念は、その企業がどのような価値観に基づいて事業活動をおこなうのかを示すものです。理念が浸透していない企業では、従業員が価値観を理解していないため、判断基準が曖昧になります。その結果、コンプライアンスよりも個人や組織の利益を優先する誤った判断をしてしまいます。

米国でコンサルティング会社を経営し、ニューヨーク大学で倫理体系の諮問委員会に所属するロン・カルッチ氏の研究では、「組織としてのアイデンティティが明確でない、あるいは従業員の日々の業務に即していない企業では、そうでない企業と比較して、従業員が隠蔽や改ざん、不正を働く傾向が約3倍も高くなる」ことが明らかになっています。
※出典:ロン・カルッチ,『誠実な組織 信頼と推進力で満ちた場のつくり方』(2023),p47

アイデンティティとは「自分たちは何者で、何を実現したいのか」ということであり、まさに企業理念によって定義されるものです。アイデンティティ(=理念)が浸透していない企業では、経営陣も従業員も判断を誤ってしまうことがあります。そうなると当然、不祥事も起きやすくなります。

ビジネス史上、最も優れた危機対応は理念の存在があってこそ

理念浸透によって危機を乗り越えた企業事例として、ジョンソン・エンド・ジョンソンをご紹介します。
同社の理念として有名なのが、「我が信条(Our  Credo)」です。これは、1943年に3代目社長のロバート・ウッド・ジョンソンJr氏によって起草されて以来、同社の企業理念・倫理規定として世界中の従業員に受け継がれています。

「タイレノール事件」は、同社が理念の存在によって経営危機を脱した出来事と言えます。1982年、同社が製造する解熱鎮痛剤「タイレノール」に毒物が混入され、複数人が死亡する事件が起きました。当時のCEO、ジェームズ・バーク氏は迅速にタイレノールを回収し、巨額の費用をかけて消費者に大々的な注意喚起をおこないました。同時に、異物を混入できないようにパッケージを改良。こうした対応によって同社は信頼を取り戻し、事件から1年と経たないうちに、売上のほとんどを回復させることができました。

この対応について、CEOのバーク氏は「Credoの一番目には顧客への責任とある。我々はこの責任を果たしたのだ」と言ったといいます。タイレノール事件後の対応は、ビジネス史上、最も優れた危機対応として知られていますが、「我が信条」という明確な理念があったからこそ、判断に迷うことなく的確な対応ができたといえるでしょう。

逆に理念が浸透していなければ、「注意喚起によって、当社のブランドが傷つくのではないか…」「この問題の責任から逃れる方法はないだろうか…」などと迷いが生まれた可能性も否定できません。理念が額縁に飾ってあるだけでなく、判断基準として浸透していることでコンプライアンスを守ることができるのです。

おわりに

コンプライアンス強化のために研修を実施したり、マニュアルを整備したりしているのに問題行動が起きてしまう……このような場合は、心理的安全性の醸成と理念の浸透にも目を向けていただきたいと思います。

第4回では「心理的安全性を醸成するポイント」について、第5回では「理念浸透を図るポイント」についてお伝えします。

>>>第4回:心理的安全性が高い組織のつくり方〜職場の施策例と人事だからできること

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