「心理的安全性」と「理念浸透」から紐解く不祥事予防のカギvol.1
なぜ不祥事は後を絶たないのか?コンプライアンス違反が起きる組織の共通点
はじめまして。株式会社リンクイベントプロデュースの代表を務める松田佳子と申します。2023年は、大手中古車販売店の保険金不正請求問題をはじめ、企業の不祥事が世間を騒がせた年でした。企業は、こうした不祥事をいかにして防ぐべきでしょうか。
私が長年、企業の組織変革に携わって来た中で実感しているのが、多くの不祥事は個人ではなく組織の問題で起こるということです。
不祥事を起こした、とある企業の組織変革を担当することになった際に、約100名の従業員にヒアリングを行いました。従業員の方に実際にお会いすると、一人ひとりはとても素敵な方で、顧客のことを想って仕事をしていることが伝わってきました。にもかかわらず、「このプロジェクトは上手くいかなかったので、組織のことを考えたら報告しないほうがいい」といった発言がありました。このように、「ひとりの人間」として正しい想いを持っていても、「組織の一員」として隠蔽や不正につながる判断をしまうことは少なくありません。
だからこそ、不祥事を防ぐためには、組織自体の判断基準を変えなければいけません。せっかく素晴らしい想いを持った経営者や従業員がいても、不祥事が起きれば一夜にして信頼は地に堕ちます。こうした悲劇をなくすため、今回、組織風土改革の観点から不祥事予防についてお伝えしようと思っています。最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
目次
増え続けるコンプライアンス違反
帝国データバンクは毎年、倒産した企業のうち、コンプライアンス違反が判明している企業の数を調査・公表しています。2023年度のコンプライアンス違反倒産は351件となり、2022年度から50件(前年比16.6%)増加し、3年連続で前年度を上回りました。比較可能な2003年度以降で初めて350件を超えています。
出所:コンプライアンス違反企業の倒産動向調査(2023年度)| 株式会社 帝国データバンク[TDB]
倒産に至らずとも、昨今は企業のコンプライアンス違反が相次いでおり、新聞紙上でも不祥事を報じる記事を頻繁に目にするようになりました。いつの時代も不祥事によって経営危機に瀕する企業はありましたが、コロナ禍を経て、今またコンプライアンス違反による不祥事が増加しています。
誰がいつコンプライアンス違反を起こしてもおかしくない
企業が不祥事を防ぐための対策として、「ガバナンス体制を強化する」「コンプライアンス研修を実施する」「ワークフローやマニュアルを整備する」といった方法はあちこちで紹介されています。もちろん、こうした対策は必要なものですが、残念ながらそれだけで不祥事を撲滅はできません。自社のホームページで高らかに「コンプライアンス経営」を謳い、コンプライアンス強化の取り組みを開示している企業でも、組織的不正や虚偽報告などが起きているのが現状です。
「ハインリッヒの法則」という有名な経験則があります。これは、1件の重大な事故の背後には29件の軽微な事故があり、その背景には300件の異常(ヒヤリハット)が存在するという労働災害における経験則ですが、コンプライアンス違反にも同様のことが言えます。1件の不祥事は「氷山の一角」であり、その影には膨大な数のリスクがあったと言って良いでしょう。
先にお伝えした通り、コンプライアンス違反を起こすのは、必ずしも悪意ある経営者・従業員ではありません。すべての経営者・従業員の「日常」にリスクが潜んでおり、誰がいつコンプライアンス違反を起こしてもおかしくないということを認識しなければいけません。
なぜ、不祥事はなくならないのか?
コンプライアンス違反によって不祥事を起こした企業は、厳しいバッシングを受け、社会的信頼は著しく低下し、最悪の場合は経営破綻へと追い込まれます。企業にとっては是が非でも避けたい事態であるにもかかわらず、不祥事を起こす企業は後を絶ちません。
なぜ、不祥事はなくならないのでしょうか。その理由を、当社が考える「人間観」と「組織観」から解説していきましょう。
人間観「人は勘定ではなく感情で動く」
コンプライアンスに関する従業員・組織の状態は、上のマトリクスで整理できます。縦軸が「コンプライアンスに関する知識があるかどうか?」で、横軸が「コンプライアンスを遵守できているかどうか?」です。
【1】右上:知識があり、守れている状態です。
「安心」な状態だといえます。
【2】右下:知識はないが、守れている状態です。
結果的に問題が起きていないという意味で「幸運」な状態だといえます。
【3】左上:知識はあるが、守れていない状態です。
「故意」によって問題が生じている状態だといえます。
【4】左下:知識がなく、守れていない状態です。
「過失」によって問題が起きている状態だといえます。
ここ数年で世間を騒がせた不祥事は、この4つのなかでも特に【3】「故意」によって起きていることが多いと言えます。「故意」とは、言い換えれば、「ダメだと分かっているけど、コンプライアンス違反をしてしまう」状態です。たとえば、「数値目標を達成できないと、チームが存続の危機に立たされる」といった状況のリーダーが、チームや仲間を守りたいという気持ちから、悪いことだと分かっていながらデータを改ざんしてしまうようなケースです。このリーダーには「故意」がありますが、必ずしも「悪意」を持っているわけではありません。そこにいるのは「悪い人(性悪説)」ではなく、「弱い人(性弱説)」なのです。
行動経済学の世界では、「人は勘定ではなく、感情で動く」という言葉があります。当社も、人間の判断や行動は感情的な側面によるところが大きいと考えており、人間を「完全合理的な経済人」ではなく「限定合理的な感情人」であると定義しています。頭では良くないことだと分かっていながら、感情によってコンプライアンス違反を起こしてしまうのは、人間の一つの特性だと言えます。
組織観「問題は人ではなく間に存在する」
不祥事を起こした企業で予防策を講じても、同じ問題を繰り返してしまうことがあります。これは、組織の「体質」が変わっていないからです。
組織体質とは、企業として暗黙の了解、言い換えると当たり前になっている判断基準や価値観のことだと捉えてください。組織体質を変えるのは簡単なことではありません。なぜなら、組織は「要素還元できない協働システム」だからです。
たとえば、5人のチームをイメージしてください。このチームを、「5人の人がいる集団」として捉えるのではなく、「10本の関係性がある集団」と捉えるのが協働システムです。例えば、Aさんが社内ルールに違反して注意を受け、反省したとします。しかし、その組織において「事業成果のためなら、社内ルールに違反しても良い」という暗黙の了解があったとしたら、今度はBさんが同じようにルール違反をするでしょう。そして、いずれはAさんも「みんなやっているし、バレなければいいや」とルール違反をする状態に戻っていきます。
組織はお互いに影響を与える関係性で成り立っているからこそ、要素還元的に「○○さんが悪い」「○○さんを変えよう」と考えても、本質的な問題解決には至りません。問題は「人」にあるのではなく、人と人の「間」に存在します。だからこそ、個人ではなく組織全体を捉え、複合的な対策を講じていかなければいけません。
ちなみに、これは人間の体質改善と同じです。「健康診断を受けたら、以前より数字が悪くなっていた」という時に、その原因は一つではありません。もし体質改善をしようと思ったら、「腹筋を鍛えよう」といった部分的なやり方では効果が出ないでしょう。筋トレだけでなくジョギングなどの有酸素運動も必要かもしれませんし、食事や睡眠、メンタルヘルスなど、さまざまなことに気をつけなくてはなりません。何か一つやったら健康になる、ということがほとんどないのと同じで、組織も何か一つの施策を打ったからといって、すぐに変わるものではありません。
負のグループダイナミクス
コンプライアンス違反が起きる組織では、負のグループダイナミクスが生まれています。たとえば、以下のようなグループダイナミクスです。
・経営(過度なプレッシャーをかける)
外部環境の圧力から、経営として利益を優先する意識が強まり、安全や品質よりも業績を重視する。業績の悪い部署に圧力をかけ、無理な目標を押し付ける。
・管理職(誰にも相談できない)
経営に対して反論することも、意見を言うこともできない。自身の評価や保身のため、また自組織を守るために、コンプライアンス違反を指示せざるを得なくなる。あるいは、明確に指示しなくとも、メンバーがコンプライアンス違反せざるを得ない状況に追い込む。
・メンバー(バイアスが蔓延している)
上司は常に正しいことを言うはずだと信じて疑わなかったり(権威バイアス)、ルールを守らなくても大丈夫だと思い込んだりして(正常性バイアス)、思考停止の状態でコンプライアンス違反の行動をしてしまう。
こうした負のグループダイナミクスからコンプライアンス違反が生じている以上、単発の対策を講じても効果は期待できません。組織の体質から変えない限り、何度でも同じような問題に悩まされるでしょう。
おわりに
どれだけルールを徹底しマニュアルを整備しても、コンプライアンス違反を防ぐことはできません。人間は「感情人」であるという考えに立脚しつつ、単発の施策ではなく、複合的な施策によって根本的に組織の体質改善を図っていくことが重要です。
次回は、組織の体質改善に必要な施策実施のポイントについてお伝えします。
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