世界最大の国際大会 ATD ICE 2024での

最新トレンドと成功事例を解説。「重要で実用的で日本にも合う」ホットトピックと人材育成のコアコンピテンシー

世界最大の人材育成団体であるATD (Association for Talent Development *1参照) の年次国際大会ICE(International Conference and Exhibition)が5月下旬に米国の ニューオーリンズで開催されました。全体の傾向とハイライトとなったセッションを「重要で実用的で日本にも合う」という観点から紹介します。

*1 ATD ICEとは
1944年設立の非営利団体で、40,000人以上の会員(企業や組織の代表が半数)を持つ世界最大の人材育成
会員制組織です。そしてICEは、ATDがアメリカで毎年開催する国際大会で、100以上の多彩なセッション、数百社の展示会という業界最大級の規模のイベントに、世界中から数千人の人材育成の関係者が集まることで知られています。グローバルの人材育成トレンドと最先端の成功事例を一気に得られる貴重な機会です。

目次

  1. はじめに
  2. 人材育成のホットトピック(最新トレンド)
    1)ラーニングテクノロジー
    2)心理的な安全性、メンタルヘルス、ウェルビーイング、ヒューマンリーダーシップ
    3)パーソナライズ学習
  3. 人材育成のコアコンピテンシー(中核領域の進化)
    1)研修設計
     【1】脳科学から見た課題と障害
     【2】脳科学から見た研修設計の解決ヒント
    2)研修効果測定
  4. クロージング
  5. 参考:講師スキルに関するトピック
    その1 社内講師の育成
    その2 社内コーチング人材の育成

1.はじめに

去年から参加者数はパンデミック前のレベルに戻りましたが、今年はさらに何もなかったかのように自由、安心、楽しい、開放感のある雰囲気でした。数字で見ると参加者は9,000人、展示会の出展社が300社、並行して開催されたセッションは13のジャンルで300以上ありました。

*2 詳細は下記のサイトをアクセスし、「プログラム」をタップするとセッションやスピーカや発表要旨などが検索できます(会員登録は不要です)
https://atdconference.td.org/

 

 

 

 

 

たくさんある情報を整理すると今大会のプログラムは、大きく2つの大きなテーマに分かれていました。
・人材育成のホットトピック(最新トレンド)
テクノロジーとヒューマンがメインです。トーンは180度違いますが、どちらも活用するには人材育成のサポートが必要で、今後も人材育成での期待が高いと思います。
・人材育成のコアコンピテンシー(中核領域での進化)
ここで言うコアコンピテンシーは従来の人材育成の主な業務です。例えば、研修の企画、設計、実施、評価です。どれも基本的な話ですが、極めて重要だし、毎年少しずつ新しい進化があります。

【関連記事】
https://at-jinji.jp/expertcolumn/443
*3 世界最大の国際大会 ATD ICE 2023の超ハイライト「重要で実用的で日本にも合う」既存の問題への新しい工夫【テクノロジー/研修設計/効果測定】
https://at-jinji.jp/expertcolumn/392
※4 世界最大の国際大会ATD ICE 2022に「対面で3年ぶり」に参加して掴んだグローバルで「重要で実用的で日本にも合う」人材育成のトレンド

2.人材育成のホットトピック(最新トレンド)

今年の目立っていた注目テーマとワンポイントコメントを紹介します。

ホットトピック1)ラーニングテクノロジー

昨年はChatGPTやAIの重要性についての概要的な話が多かったのですが、今年は本格的な事例と具体的なアドバイスがありました。代表的なものとして製薬会社ノバルティスの人材育成+生成AIのセッションを紹介します。

■セッションタイトル
生き残るために生成AIを使い倒す(Innovate or Die: Harnessing Generative AI for Maximum Impact)
※画像出所先も同じ

■発表者:ジューリー・マクゴーバン、コートニー・ナール

■使われた研修設計フレームワーク
世界的に有名な研修設計フレームワークの一つであるA.D.D.I.E.モデルを使用。このモデルはビジネスでの改善手法であるPDCAサイクルを教育計画という枠組みに取り入れたもので、ADDIEとは5つのステップの頭文字をとった略語です。
A ニーズ分析(Analyze)
D 研修設計(Design)
D 実施準備(Develop)
I 研修実施(Implement)
E 研修効果測定(Evaluate)

■メリット
ADDIEモデルの各ステップに生成AIを使うと
・効率が上がる
・受講者ニーズに合わせられる
・データに基づいた的確な判断ができるという利点があります。


《生成AIの効果的な使い方》
1. ニーズ分析(Analyze)
従業員のヒアリングアンケートをとる場合、アンケートを作ることはもちろん、特にデータが大量にある場合は分析とまとめるのが大変です。
AIを使うと人間の何十分の一のスピードでアンケートからニーズへの分析が可能です。その次にニーズと既存の研修やeラーニングコンテンツのマッチングをしてくれます。

2. 研修設計(Design)
研修設計の段階でよくある問題は、講師の一方的な講義による時間が長く、受講者の主体的な練習ができる演習とアウトプットの時間が少ないことです。そうならないように、どの講師よりも多くの演習バリエーションを持っているAIにアドバイスをもらいましょう。

3. 実施準備(Develop)
受講者の教材と講師の投影するスライドを作るために準備する時間が一番長くなります。100時間以上をかけるケースも少なくありません。生成AIを使うと教材、スライド、講師のトークスクリプト、必要な映像なども短時間で作成でき準備時間を劇的に減らせます。

4. 研修実施(Implement)
実施段階でAIが役立つのは主にeラーニングです。AIを使うと受講者のロールプレイに対してフィードバックを与えることができます。また受講者の理解度によって提供するコンテンツと演習問題を調整することも可能です。

5. 研修効果測定(Evaluate)
研修効果測定は非常に重要ですが、時間がかけられなくて十分に行わないケースが多いです。AIの力を借りるとアンケートなどで集めた受講者データの膨大な情報量をあっと言う間に分析できます。またAIは、人による主観的な評価に比べて、客観性があるため分析の結果と評価の信頼性が高い場合があります。

ホットトピック2)心理的な安全性、メンタルヘルス、ウェルビーイング、ヒューマンリーダーシップ

AIやテクノロジーは一つの大切なテーマでしたが、人間らしいヒューマン系のテーマも重視されていました。とりわけ、心理的安全性関連のセッションは複数あって、特に面白かったのが、上司の不機嫌さがどのようにチーム全員に悪く影響するかのメカニズムと解決ヒントでした。

メンタルヘルスも注目されていました。パンデミックが終わっても心の余裕があまりない従業員が多数いますので、それに対応することも大切な人材育成課題の一つです。
リーダーシップは昔からの人気テーマの一つですが、今年の特徴はヒューマン系に重点を置いたことです。特に欧米ではどのように「従業員に出社してもらうか(Return to Office=RTO)」「ハイブリッドワークの中でチームワークを強化するか」「チームメンバーのエンゲージメントを高めるか」が大きな課題です。

ホットトピック3)パーソナライズ学習

パーソナライズ学習というのは受講者一人一人に合わせたオリジナル研修プログラムを提供することです。今年になってやっと実践的なセッションと展示ブースでの製品紹介がありました。その背景はITの進化です。数多い学習コンテンツ、複雑な研修プログラムを簡単に企画と運営できるプラットフォーム、受講者に適切なフィードバックできるAIがそろってやっと実現可能になりました。
詳細についてはぜひ「一人ひとりのカスタムラーニングジャーニーが可能な時代にようこそ」を参考にしてください。

3.人材育成のコアコンピテンシー(中核領域の進化)

【1】研修設計

2024年は研修設計のルネサンスでした。パンデミック前には単発集合研修が多かったですが、パンデミックで対面集合研修ができなかったためにリモート研修、eラーニング、オンデマンド研修などのようにいろいろなバリエーションが出てきました。
今になってはどれも実施可能ですが、最適な組み合わせはブレンドラーニングであるケースが多いと感じます。
しかしブレンドラーニングは比較的複雑で、高い研修設計スキルが求められます。またパンデミック中にマイクロラーニングとインプット中心の研修が多かったためにスキル習得度が下がりました。習得度を上げるためにも研修の設計がカギです。

研修設計で一番新鮮な話は脳科学と研修設計のセッションでした。

■セッションタイトル
集中力の低下:ITによる記憶力と学習力影響(The Distracted Mind: How Technology Changes Memory and Learning)
※画像出所先も同じ

■発表者:アナステージア・デデュキナ

■この問題に関連する日本での状況は・・・
最近、人材育成・研修の担当者から受講者に対する批判をよく聞きます。例えば
「デジタルネイティブは本当に集中力がないな」
「パンデミック後の受講者って受講態度が悪いよね」
「昔と違って、受講者はしっかり聞かない、メモしない、結局内容を覚えない。困った」などです。

■セッションの趣旨
現代社会においてデジタルデバイスと環境によって人間の脳と集中力にどのような影響があるかが説明され、対策としてどのような研修設計をすれば良いかという新鮮なアドバイスでした。
 

《脳科学から見た課題と障害》

問題1:集中できない環境
情報過多の時代になってパンデミック前より
+148% 会議
+460億 1カ月のメール
+45% Teamsチャット
+66% 資料作成と言う結果があります。

問題2:短期記憶のオーバーロード
大学生に対する研究によると10年前より
記憶力低下、成績低下、マルチタスクが多いと重要な情報とそうでない情報の区別ができない傾向が見られます。またデバイスがあるだけで作動記憶に影響があります。作動記憶とは、何らかの作業をするときに必要な情報を記憶から取り出して、情報を一時的に保持する能力のことです。この作動記憶が、スマホのない場合に比べて
机にある=11%ダウン
バッグにある=8%ダウン
だそうです。

問題3:早期忘却とデジタル健忘症
個人的に「デジタル健忘症」という表現は初耳でしたが、以前より記憶力が弱いと日頃実感しています。現代社会において人は記憶をITに任せており、検索できることは覚えようとしなくなりがちです。このセッションでは、その結果として記憶力が弱くなり、弱くなると発想力、想像力、集中力、判断力、計画力、EQのすべてにも影響があるという報告でした。

《脳科学から見た研修設計の解決ヒント》

記憶力と集中力が低下している受講者に向けて効果的な教育を提供するために5つのヒントがありました。

ヒント1:集中力管理
タイムマネジメントを重視していることが多いですが、時間管理より集中力が重要です。そのために研修の人数を12人未満にする、内容をしっかり吸収できる時間を与える、マルチタスクを禁止するルールを設定します。

ヒント2:体験学習
情報シャワーをやめて、体験学習にします。記憶に残すために五感に刺激を与えることは何より重要です。

ヒント3:記憶の再構築
集中しやすい時間帯(朝)に研修を実施した り、十分な時間を与えたり、間隔学習で忘れかけた研修内容を思い出させる仕組みを作ったり、アクティブラーニングなどをしましょう。

ヒント4:脳と身体の活性化
体を動かすのはベストですが、オンライン研修でも最低30分に1回画面から離す(1~2分)ことと画面を使わない演習を入れることも重要です。

ヒント5:目標達成できるようにサポート
成果がすぐ得られない場合に諦める受講者が増えてきています。対策として本人の利点を強調する、周りを巻き込む、明確な納期を与える、定期的に認めるなどのサポートをしないと目標達成できないケースが多いです。

 

【2】研修効果測定

自分がATD ICEに行き始めた1990年代からカークパトリックやフィリップスの何段階モデルのセッションは毎回ありました。モデルそのものもあまり変わっていないです。ただ、最近になってモデルの紹介ではなく、それを使った事例紹介がとても多くなりました。

ここでのトレンドは

  • 経営者は研修効果測定を強く求めていて、そろそろ人材育成担当者は無視できない
  • ITのおかげで情報収集が楽になったので手間がそれほどかからない
  • さまざまな事例はあるのでそれを参考にしながら進めれば良い
  • 既存のKPIにつなげると経営者とラインマネジャーにとってわかりやすい

一言で言うと研修効果測定をしない言い訳がほとんどなくなってきているので、ぜひチャレンジしましょう。

4.クロージング

パンデミック中に人材育成分野は大きく進化したし、経営者からの期待が上がりました。その状況は変わらないですが、今年になってとても大切な取り組みはAIとテクノロジーをフル活用できるようにすることとエンゲージメント、ヒューマンリーダーシップ、メンタルヘルス改善などの強化をすることです。
ぜひこの報告を参考にして今後の取り組みに生かしてください。

5.参考:講師スキルに関するトピック

今回のメーンテーマである「重要で実用的で日本にも合う」には、マッチしなかったものの、ATD ICEのレポートを毎年楽しみにしていたり、海外の最新トピックを知りたいと思う人材育成担当者に向けて、本文には収まりきらなかった、講師スキルに関するセッションの内容を参考情報として最後に紹介します。
自社と企業規模や業種は大きく違うかもしれませんが、社内の技術教育の講師育成などいくつか参考になる情報もあるかと思います。

その1 社内講師の育成

講師スキル関連で役立つセッションの一つは多くの組織で必要とされる社内講師を効果的に育成することを目指す事例でした。

■セッションタイトル
米国政府組織(*)における現場の専門家から講師への変換(SME to Trainer :Building Instructor Skills in Frontline Government Employees)
※画像出所先も同じ

■背景
非常に大規模な組織のため研修対象者は組織全体で約10万人。外部講師を検討することはできない。そこで専門スキルを持っている現場からボランティアを募り、研修設計ができる講師へ育成することとしました。しかし当然ながら選抜された人は、講師経験はもちろん設計の知識と経験もありませんでした

■研修概要
受講者数:16名 講師数:2名 期間:10日間
ポイント:研修内容と一貫性のある研修スタイル(参加型、演習中心、体験学習)
成人学習:良い研修の目指す姿とポイント
研修設計:内容の絞り方、まとめ方、コンテンツ作成
講師スキル:プレゼンスキル、ファシリテーションスキル、受講者対応スキル
→専門講師2名が毎月2回実施すると年間384名の社内講師誕生が期待されます

■実施イメージの特徴(コーススケジュール図参照)
WEEK1:初日はインプット中心だが日ごとに演習の割合が増える
     プレゼンと研修設計を同時に教える。個別コーチングを行う
WEEK2:1週目の基本を踏まえ、中級編でレビューしながら理解を深める
     模擬研修で全受講者と講師からフィードバック(評価)をもらう

■ここから学ぶポイント
もともと現場の専門家である社内講師はパンデミック中に一方通行のオンライン研修に慣れてしまって、受講者中心の演習を教えることができないケースが多くなっています。解決するためには徹底した講師トレーニングをして、特に演習の設計とファシリテーションができるようにしましょう。

その2 社内コーチング人材の育成

もう一つの共通の課題として、多くの場合、社内には高いレベルでコーチングができる人がいないことがあります。特に専門性が高くミッションや配置場所が細分化されているために同じ人が長期間その仕事を続けている場合には必要性が高まります。
この事例ではそれを解決するために、経営者の巻き込み、厳しい人選、徹底したコーチトレーニング、必要なITインフラ構築、浸透させる風土作りを進め目標を達成しました。

■セッションタイトル
米国内務省におけるコーチ養成施策(組織内のコーチング改革)

■背景
内務省は米国の主要な環境保全機関として連邦政府の所有する公有地および天然資源の大半について管理責任を負っており、野生生物や自然遺産・文化遺産の保護と継承を所管しています。広大な国土に分散配置されている6万人の要員のミッションは多岐にわたり、業務もそんなに増えないまま分野別・地域別の専門家として長期間同じ人が働いているのが実情です。そのため高いレベルのコーチングによるサポートを必要としていました。

■研修の企画
課題の明確化:経営者の理解がない/予算はない/ITインフラがない/コーチがいない/風土的にも浸透できそうもない
経営者巻き込み:数年間かけ理解を獲得/利害関係者の利点を強調/他組織との共通予算からの予算獲得

■取り組み
成功の鍵は人選:多くの領域を網羅する多様なメンバーの選出/面談でマインドセットとモチベーションを重視/資質としてコミュニケーション力、関係構築力、サービス精神も確認しました
コーチ研修:研修はバンデミック中/100%リモート/目標はICFレベル1から2/ IT環境整備/上司の巻き込みと風土改革で浸透
*ICF(International Coaching Federation)

■成果
育成人材によるコーチングの実績:2021~2022年 921件 5,000時間
外部コーチを利用しないことによる経費削減は3億円

<クライアントからの評価>
100% おすすめできるコーチ
97% 安心できる環境づくりを感じた
95% 話をよく聞いてくれた
92% 頭を整理する質問をしてくれた
89% 優先順位を整理してくれた
80% 目標達成に貢献した

■クライアント(現場の専門家)の成長
当たり前な取り組みですが、結果としてコーチングを受けたクライアントはこの分野で明らかに成長しました。その代表的なポイントは以下のとおりです。
自己認識、自信アップ、発想転換、視野を広げる、対応力、コミュニケーション、ワークライフバランス

■ここから学ぶポイント
ミッションや配置場所が細分化されて長期間同一の人が仕事を継続していることの多い組織では、常に一人あるいは少人数で仕事を進めることになるので、視野が狭くなったり自信を持てず不安になったりすることも多くなります。
このような場合、現場で孤立している専門家の仕事の進め方をサポートする高いレベルのコーチングが必要になりますが、そのような専門スキルを持った社内人材はいないのが普通です。この事例も参考にして社内人材でのコーチングの必要性を検討してみましょう。

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アイディア社
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