CROSS BORDER 【越境】戦略 ~可愛い社員には【越境】をさせよ〜

【越境】の主体とは? キャリアイメージの変化と人事部の役割

みなさん、こんにちは。株式会社リクルートマネジメントソリューションズの井上功(こう)です。

前回では、【越境】のイメージを掴んで頂きやすくするために、企業と労働市場との間で起きていることを簡単に示しました(図A参照)。
まとめると、それは「人材マネジメント」ということができます。業務や思考・行動様式、マネジメントスタイル、評価基準や失敗に対する許容度、採用の方針など、高度経済成長期を経て多くが変わってきています。

そして現在、企業に求められていることは、「人的資本経営」です。人材を資本とみなし、管理の対象ではなく価値創造の主体者と捉えます。そして、組織の中に閉じ込めることなく【越境】させ、対話を繰り返し、個の自律や活性化を促し、対等な関係性を構築することが必要です。

【図A:3つの市場を巡った企業経営のダイナミクス】

図A:3つの市場を巡った企業経営のダイナミクス

(筆者作成)

第4回ではいよいよ、労働市場(労働者)と企業とのコミュニケーションを更に掘り下げます。
バブル崩壊以降の日本企業を襲っている雇用システムの限界、労働観やリーダー像の変化などを説明し、“可愛い社員には【越境】をさせよ”ということをより具体的に解きほぐしていきます。

目次

  1. 労働市場と企業とのコミュニケーションの詳細
  2. 社員に【越境】させる、その方向性は?
  3. 人事部こそ【越境】の推進者

労働市場と企業とのコミュニケーションの詳細

更に詳しく、労働市場、特に自社内労働市場の【越境】を巡る状況を俯瞰していきます。まず、その背景について深掘りしていきます。

雇用システムの限界

エズラ・ヴォーゲルが、『Japan as No.1』で世界に対して日本というシステムの秀逸さを訴えたのは1979年のことです。
太平洋戦争が日本の敗戦に終わったのが1945年なので、わずか34年後に彼はGDP世界第2位の経済大国に成長した日本の秘密を解き明かしたことになります。集団としての知識創造に始まり、政府、政治、大企業、教育、福祉、防犯といった領域で、システムとしての日本の秀逸さを解きほぐし、西洋は東洋の小国であり敗戦国だった日本から多くを学ぶべきと主張しました。

その中で、終身雇用・年功序列・企業内労働組合の三種の神器と、新卒者の一括採用について称賛しています。
高度経済成長を成し遂げた当時の日本では、この雇用システムは極めて有効に機能しました。「うちの会社でずっと働いてくれれば、悪いようにはしない」という感じでしょう。組織は社員を“タコ壺”の中に閉じ込めて、社員は“ぬるま湯”に浸かっていれば、労使協調型の経営と相まって双方共に安泰で、経済成長も得られていたのでしょう。

エズラ・ヴォーゲルが礼賛したこの雇用システムは、皆さんもご認識の通り、現代では制度疲労をおこしています。

労働市場の環境変化

働く人の働き方に対する考え方も大きく変化しています。

バブル真っ只中の1989年に大ヒットした栄養ドリンクのCMで使われた「勇気のしるし」は、高度経済成長期からバブル期の、ある種マッチョな労働観を示しています。

一方で、働き方改革が叫ばれるようになったのはいつ頃からでしょうか?
法制度として施行されたのは、実は意外と最近の2019年です。時間外労働時間の規制、同一労働同一賃金、フレックスタイム制度の拡充などがその内容です。21世紀になってから約20年を経て、政府が労働市場側の変化を踏まえ、働き方の基本的在り様を規定した訳です。

この「働き方改革法案」の主眼は、日本で労働者が働き方を選べるようにすることでしょう。多くの人が差別されることや不利な条件で働くことがなくなることで、日本全体での社会的な生産性を上げる狙いもあると想起します。このような法整備が必要になるほど、この数十年で労働市場側の変化が進展してきました。多様な働き方がごく一般的になり、【越境】との親和性が増してきました。「勇気のしるし』の時代の働き方は、その残滓(ざんし)すらないといえます。

高度経済成長、バブル、バブル崩壊、インターネット時代の到来、リーマンショック、低成長、コロナ禍などの環境変化をうけて、労働市場の環境変化は着実に進展してきました。変化には対応していかなければなりません。

ちなみに、2014年に「勇気のしるし」の新バージョンが発表されています。シンガーソングライターの川本真琴氏が歌うその歌詞は、「24時間働くのはしんどいので、3、4時間働きます」となっています。労働市場の変化の象徴ということができます。

労働市場の環境変化

労働観の変化

働く人の仕事に対する考え方も変化しているようです。

雇用システムの根底にある労働観は、安全・安定・安心を前提に形づくられてきました。いい学校(大学)に入学し、いい会社に就職し、言われたことをソツなくこなし、定年まで安泰なサラリーマン人生を送り、リタイア生活を全うしていく、といった人生をイメージし実現してきた人は多いと思います。

キャリアイメージは富士山型といってもいいでしょうか?
裾野から登り始めて、右上がりのキャリアを歩み、順調に昇進・昇格し、給料も上がり、社員として会社に完全に守られ、仕事を成し遂げて、緩やかに下山し、退職後穏やかに過ごし、キャリアを閉じていく。会社がキャリアの本筋であり、線形の流れを経る形です。自分の会社以外の世界は殆ど知る機会がなく、【越境】の機会もあまりなかった。

日本全体が仕組みとして成長していましたので、この富士山型のキャリアには意味がありました。つまり、中途半端に【越境】しないことが最も合理的な選択だったのです。余計なことをしない、自分で考えることをしない、自律しない、言われたことをボチボチやる、このようなことが大過ない人生を送るためには有効だったのです。

キャリアイメージの転換

バブル崩壊に端を発した外部環境の変化が、この盤石に思えた労働観に疑念を生じさせます。大手企業が倒産したり、大規模な人員整理や事業の構造改革に着手したりし始めます。そうなると、自分は? 自分の仕事は? 自分の会社は? 一体どうなる? と考えざるを得なくなる。自分は何がしたいのか? 自分は何ができるのか? 自分は何をすべきなのか? 会社を依拠する場所として頼り切っていいかどうか分からなくなってきます。
富士山型のキャリアイメージの崩壊です。

そして、ひとつの会社だけに拘泥されない、多様性のあるキャリアイメージが登場します。連峰型のキャリアです。
ひとつの会社に固まった富士山型のキャリアではなく、仕事や会社の他に、副業・兼業、起業、ボランティア、プロボノ、地域活動といった様々な人生生活が連峰的に表われるキャリアといってもいいでしょうか? 健康寿命を80歳前後と考えると、概ね60歳の定年から約20年の長きにわたってリタイア生活を送る訳にはいかないので、この考えには共感します。

キャリアイメージの転換

正に【越境】が求められているのです。労働市場の中で、労働者が形づくる労働観も、このように大きく変化してきているのです。

では、労働市場を形づくる社員はどのようにして変化に対応しなければならないのでしょうか? どのように社員を【越境】させるべきなのでしょうか? 【越境】を軸に更に論を進めます。

社員に【越境】させる、その方向性は?

【越境】の主体者とは?

アンゾフのマトリクスは企業が主語であり、事業ドメインの変更を示唆しています(図B参照)。一見すると「なるほど」と思ってしまいがちですが、図Bの赤矢印の移行を企業はどのように実現したのでしょうか? 誰がこのマトリクスの“境界線”を越えたのでしょうか?

【図B:アンゾフのマトリクス】

図B:アンゾフのマトリクス
(筆者作成)

実際の【越境】の主体者は、事業活動を行っている社員でしょう。社員が下/右/右下にシフトしなければ、富士フイルムに代表されるイノベーションを生みだす事業変革は実現しません。社員には、外部との共創及び既存事業からの【越境】が求められているといえます。

そこで、個人を主語にした≪個人アンゾフのマトリクス≫なるものを考えてみました(図C参照)。組織構成員の居場所(職場/事業部等)と提供価値(スキル/スタンスなど)を2軸に置き【越境】をイメージしたものです。居場所を現在から変えることで開拓者となる。提供価値を付加することで開発者となる。居場所も提供価値も大胆に変更することで、変革者となる。そんなイメージです。

【図C:個人のアンゾフのマトリクス(筆者作成)

図C:個人のアンゾフのマトリクス

人事部が支援できる≪個人アンゾフのマトリクス≫の【越境】

事業ドメイン変更を軸にした企業成長を推進するためには、社員も進化・成長しなければなりません。そのためには社員の居場所を変え、提供価値を高める必要があります。では、≪個人アンゾフ≫のシフトの具体的内容に言及していきましょう。

A:居場所が変わる→ずっと同じ会社/職場でいることからの【越境】
社員の居場所(職場/事業部など)を既存から新規にシフトさせることに関して、人事部が支援できることは多そうです。代表的なものについて挙げてみます。

  • 人事異動:社員一人ひとりの状況を鑑み、部署を変更することで個人の成長に寄与する
  • 自己申告制度:社員の自律的成長意欲に期待し、居場所を変えるための仕組みを整備
  • 社内人材公募:成長事業に人材をシフトさせることで、社内の人材の均衡と成長をもたらす
  • 出向:特に社外への出向は、居場所が異なることで社員の気づきが醸成されるので有効
  • 出張:感染症も一段落した現在、新興国などへの出張は刺激的な機会をつくりだせる​

B:提供価値が変わる→今までの自分とは異なる領域に【越境】
人事部は、社員の提供価値(スキル/スタンスなど)をアップグレードすることもできます。社内でとり行う研修は、スキルやスタンスを更新することができる代表的な右シフト支援策といえます。

  • 内省促進:キャリアやモチベーション、メモリアルワークのレビューは提供価値の内省に有効
  • 学生との対話:内省した内容をリクルーターとして学生に話すことで、提供価値が腹落ちする
  • スキル研修:事業推進のために必要なスキルを研修で学ぶ。特にデジタル系のスキルは必須
  • マネジメント研修:管理職になるためには、マネジメントの基礎を身につける必要がある
  • 経営者研修:経営とは一体何かを考え抜く経験は、経営者になる前に積んでおくべき

C:居場所と提供価値が変わる→全く新しい世界への【越境】
居場所や提供価値を一気に【越境】させることも、人事部でサポートすることが可能です。

  • 異業種他流試合型研修:同世代の他社の他者との本気の交流は、刺激・成長をもたらす
  • 企業間プロジェクトへの派遣:他社とのプロジェクトでは、自分/自社の存在価値を問われる
  • 副業・兼業促進:基本的に競業は禁止なので、今までにない提供価値を磨くことが可能
  • 海外研修:言葉が異なるとコミュニケーション・コストが増すため、ゼロベース思考になりやすい
  • MBA取得等:タフな学習環境に身を置き、今までにない思考・価値観・人脈を得る

D:居場所も提供価値もそのまま→学びを深める(現状維持)
【越境】を好まない社員もいます。熟達を促すことで、人事部は彼らの成長に貢献することが可能です。

  • 現状の把握:一人ひとりの社員の専門職志向/熟達意向を把握し対応する
  • 既存スキルの学び:スキルのレベル設定やライセンス付与などによる公式化
  • 複線型人事制度:課長・部長等の管理職系と専門職系を明確に分離し、相互交流を促す
  • 認知と称賛:フェロー制度に代表される専門職系の認知と称賛の支援と重用
  • 外部との繋がり支援:アカデミズムなどの外部と専門職の繋がりをつくり、共同研究を推進

画像:【越境】の主体とは? キャリアイメージの変化と人事部の役割

人事部こそ【越境】の推進者

社員の【越境】を促す施策はA)B)C)ですが、如何でしょうか?

各々代表的な施策を挙げてみましたが、これらはほとんど人事部が実施できることです。人事部は社員を【越境】させることで、社員の“共創”や成長促進の支援をすることができ、その結果企業は事業変革を成し遂げられます。
人事部こそがイノベーションや企業変革の推進者であり促進者であり、主体者ということができます。

第5回では、このような【越境】で社員が得られることやメリット・デメリット、【越境】の際の事前・最中・事後の注意点、【越境】の促進要因などについて掘り下げていきます。ご期待ください。

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