CROSS BORDER 【越境】戦略 ~可愛い社員には【越境】をさせよ〜
【越境】と人的資本経営の関係性とは? 労働市場が企業に求める変化
みなさん、こんにちは。株式会社リクルートマネジメントソリューションズの井上功(こう)です。
前回では、【越境】のイメージを掴んで頂きやすくするために、企業と商品市場、資本市場とのダイナミクスを示しました(図A参照)。金融市場との対話ではESG経営のような今までにない経営への要請が世界的に進展し、商品市場との対話では多角化に代表される事業ドメインや提供価値自体を見直す必要に迫られていると書きました。
【図A:3つの市場を巡った企業経営のダイナミクス】
(筆者作成)
第3回ではいよいよ、労働市場と企業との関係に注目していきます。
目次
労働市場と企業とのコミュニケーション
ここでの労働市場は2つあります。自社内労働市場と自社外労働市場です。特集のサブタイトルは“可愛い社員には【越境】をさせよ”なので、ここでは主に自社内労働市場について扱っていきます。ただ、自社外労働市場とのコミュニケーションも、人口減や景気拡大に起因する採用難を考慮すると無視できない領域なので、少し言及します。
労働市場とのコミュニケーション活動=人材マネジメント
さて、労働市場と対峙しコミュニケーションする活動とは一体何でしょうか?それは、人材マネジメントです。よく聞くこの言葉を、自分なりに分解してみました。
人材マネジメントとは、
- 現在及び将来の社員に対して
- 仕事(ジョブ)を提供して、
- 仕事(ジョブ)が達成されるように社員の価値(スキル)を高め、
- 仕事(ジョブ)を完遂させ、
- 企業のミッション/ビジョンを実現し、バリューを高め、収益を上げ、
- 社員に対して報酬(金銭的/非金銭的)を提供する活動
としてみました。ごく単純化すると、人材マネジメントとは“人にどう働いてもらうか?”の問いに対する答え、といえます。“働いてもらう方法と思想”といってもいいかもしれません。この人材マネジメントを、自分が社員として働いてきた40年弱を振り返ってみてみます。
外部環境の激変による変化
1986年(昭和61年)4月に入社して以来40年弱に渡って、僕はリクルートの社内労働市場で働いています。この間、バブル経済、バブル崩壊、金融危機、インターネットの台頭、リーマンショック、ゼロ金利政策、コロナ危機といった時代を経験してきました。これらの変化を労働市場側で実感してきたわけです。この外部環境の激変が、労働市場と企業との間でどのような変化を促したのか、列記してみます。
(1) 業務の変化
先ず、業務です。自社外労働市場から人材を調達し、仕事をしてもらうにあたり、以前は前例を踏襲した業務を付与するかたちで行われていました。「この仕事をやって下さい」といわれ、任命された人はその仕事に習熟していきます。現在も勿論仕事は付与されますが、前提が異なる気がします。与えられたことをきちんとやり切るというより、仕事の中でカイゼンや何かしらの実験的発想が求められているようです。与えられた業務自体が環境変化によって変わらざるを得ない場合、所与の前提から疑ってかかることを推奨されている気がするのです。
(2) 思考・行動様式の変化
思考・行動様式にも変化が見られます。以前は成長軌道に則った自社の思考・行動様式に基づいて仕事をしてもらう企業が大多数でした。現在は、より多様性を担保するためにも、自社以外の思考・行動様式を組織の中に持ち込むことは比較的歓迎されているようです。
もちろん、自社の戦略を推進するためのやり方や作法は大切にされて然るべきですが、商品市場や外部環境の変化が激しく正解が見えない中で、自社のやり方に固執することは非常に危険です。“自社の思想を前提としたフレキシビリティ”とでもいうべき変化対応が、自社内労働市場に求められている気がします。
(3) マネージャーの仕事の変化
マネージャーの仕事も随分と様相が異なってきています。以前は市場成長がある程度読めている状況下、仕事を適切に管理することがマネージャーに求められていました。管理の対象は人や業務・課題、及び自分自身といっていいでしょう。3年程度の中期経営計画を各企業がつくることに躍起になって、ほぼその流れの中で事業が成長してきたため、大量養成された管理職がそれを支えていたわけです。社長を頂点とし、取締役、執行役、本部長、部長、次長、課長、係長、主任、メンバーといったヒエラルキー自体がどんどん大きくなってきたイメージでしょうか?
現在は違います。経営計画がその通りに進むことはほぼなく、VUCAと呼ばれる想定外の出来事が日々起こります。そんな中、必要とされるのは変化対応マネージャーです。マネージャー自身が外部環境変化をどう認識し、どう対応していくのかが問われる時代です。「上から、本部から言われたことを粛々とやる」ではなく、「環境変化を自分自身で認識し、会社の方針を自分で“意訳”して変化に対応し物事をすすめる」マネージャーが求められているといえます。
(4) 評価の変化
評価も変わってきています。計画が達成されると、次の目標は立てやすい。今までは、その目標の達成度で社員の評価がなされてきました。他ならぬ僕も、以前はパフォーマンス(業績)が主体となった評価を受けていました。
現在は外部環境の変化を踏まえ、目標ではなくその上位概念である目的を設定することが求められている気がします。「自分は会社に対して何を成しえるのか?」に加えて、「自分は社会に対してどんな価値を提供するのか?」と言うと大袈裟ですが、そんなイメージです。その目的のようなものは、会社側から提供されるのではなく、自ら考え組織と握るべきかと思います。そして、その自律性を活かした目的/目標は、その実現に向けた行動の積極性で評価されるべきかと思います。どれだけ動いたのか? どれだけ関係者を巻き込んだのか? どれだけのインパクトを自社内外に与えたのか? 評価ポイントはこのように変わりつつあります。
(5) 失敗のイメージの変化
失敗に対するイメージも変化しているようです。高度経済成長期の日本企業は、事業成長が既定路線であり、いわば“当たり前”だったために、失敗に対しては非常に厳しかった。ちょっとした失敗が査定に響き、社員の行動は慎重にならざるを得ませんでした。
現代は違います。外部環境の変化がこれほど激しいと、何をやればうまくいくのかが分かる人は誰もいません。何かしらの挑戦をしないと成功か失敗かも判断できません。もちろん、絶対に大きな失敗をすることを敢えて行うことはダメですが、外部環境に対して行動を起こし、起きたこと・起きていることを把握し、成功か失敗かを判断し、失敗の場合には適宜カイゼンを繰り返して物事を進める方が、スピード感があります。行動しなければ成功しませんし、失敗もしません。もし失敗ということになれば、修正すれば済みます。昨今はリーンスタートアップといわれていますが、とにかく早く・速く行動することが求められている気がします。
(6) 採用の変化
最後に自社外労働市場とのコミュニケーションである採用について言及します。僕が入社してリクルートで採用業務を行っていた1980年代は、多くの企業が採用活動の中心に新卒(の大学生)を据えていました。他社での業務経験がある中途採用者は、“辞めグセ”があるので好ましくない、という風潮が一般的でした。新卒入社者が、自社の中で昇進/昇格し、幹部になっていくかたちが主流でした。
現在も新卒採用を人材の外部調達の主軸におく企業は多いですが、人材の多様性を担保するために中途採用や外国人採用に門戸を開いている企業が大多数です。また、一度自社を辞めた人が他社や他組織を経験し、出戻ることを認めている企業も増えています。どこを切っても金太郎飴の状態を組織の中で如何に回避するのかについて、企業側は真剣に考えて手だてを講じているようです。
人的資本経営と【越境】
「人材版伊藤レポート」に見る【越境】関連項目
これらの最新の労働市場の変化にどう対応するのか? という問いに対するひとつの方向性が、「人的資本経営」でしょう。
経済産業省によれば、人的資本経営とは”人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方”と定義されています。昨今耳にすることが多いこの概念ですが、そのひとつのきっかけになったのが、2020年9月に経済産業省が公表した「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」の最終報告書(通称:人材版伊藤レポート)です。この伊藤レポートは、2022年5月に「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」として進化しています。この人材版伊藤レポートの目次を見てみましょう(図B参照)。
【図B:人材版伊藤レポート2.0 目次ページに筆者が赤枠を追記】
さて、この目次の赤枠の部分にご注目いただきたい。
これらはいずれも、乱暴にいうと【越境】関連項目ということができます。人的資本経営の実現に向けた検討会の座長であり、このレポートの筆者でもある伊藤邦雄先生は、まえがきでこう書いています。「人材は「管理」の対象ではなく、その価値が伸び縮みする「資本」なのである。企業側が適切な機会や環境を提供すれば人材価値は上昇し、放置すれば価値が縮減してしまう。人材の潜在力を見出し、活かし、育成することが、今まさに求められている」。
人的資本経営のカギはまさに人材そのものですが、その人材価値を高めることこそが、人的資本経営という名の自社内/自社外労働市場とのコミュニケーションの在り様に他ならないといえます。
ESG経営を始めとする資本市場との対話や、多角化などによる商品市場に対する新しい価値の創造を実現するために、労働市場とのコミュニケーションを、人的資本経営を軸として活性化させることが日本企業に求められているといっても過言ではありません。特に、自社内労働市場の活性化のカギを握るのは、【越境】、つまり、“可愛い社員には【越境】をさせよ”ということでしょう。
人材マネジメントに【越境】が求められている
また、伊藤レポートのまえがきには、この人的資本経営を実現するうえでの変革の方向性を示しています。
- 人材マネジメントの目的:人的資源・管理→人的資本・価値創造へ
- アクション:人事→人材戦略
- イニシアチブ:人事部→経営陣/取締役会
- ベクトル・方向性:内向き→積極的対話
- 個と組織の関係性:相互依存→個の自律・活性化
- 雇用コミュニティ:囲い込み型→選び・選ばれる関係
人材を資本とみなし、管理の対象ではなく価値創造の主体者と捉え、組織の中に閉じ込めることなく【越境】させ、対話を繰り返し、個の自律や活性化を促し、対等な関係性を構築することこそが、人材マネジメントがすべきこと、と理解できます。
イニシアチブは人事部から経営陣/取締役会とありますが、とはいえこの変革自体の主体者はCHROをトップとする人事部門ということができます。変化する労働市場とのコミュニケーションを人事部門が主導し、【越境】を軸に据えて人材マネジメント(自社内/自社外)の変革を進めるべきということです。これからの時代、新しい価値を生み出す企業経営に於いては、人事部が主導者であり、徹底した社員のサポートを推進すべきです。但し、その方向性は上述のように以前とは大きく異なります。ここを見誤ると、人的資本経営は実現できません。
第4回では、労働市場と企業とのコミュニケーションを更に掘り下げていきます。バブル崩壊以降の日本企業を襲っている雇用システムの限界、労働市場の環境変化、労働観やリーダー像の変化などを説明し、“可愛い社員には【越境】をさせよ”ということをより具体的に解きほぐしていきます。ご期待ください。
>>>【第4回】 『【越境】の主体とは? キャリアイメージの変化と人事部の役割』
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