「戦略人事」はなぜ難しい? 大手企業との議論を踏まえた3つのポイントを紹介

株式会社Works Human Intelligence WHI総研の奈良和正です。
人事トレンドや人事業務に関する調査・研究を行っています。

戦略人事とは「経営戦略を実現するための人事管理や人事の役割」を指す用語です。日本では、1997年頃から使われるようになりました。

戦略人事という言葉は一種の標語であり、その具体的な実践方法は定められていません。そのため、「自社で戦略人事を実践できていない」と感じる人が多く、その大半が何をすればいいのか見当がつかずに困っているように見受けられます。

本記事では上記の困りごとに資するよう、既存の研究内容と、筆者がこれまで国内大手法人のお客様と議論してきた経験から、戦略人事を実践する際に重要視される要素を3つのポイントにまとめて解説します。

※こちらの記事は下記の人事業務・人事トレンド解説コラム「戦略人事とは?組織に求められる役割と成功に繋がる3つのポイント」を@人事の読者様向けに一部編集させていただいております。
https://www.works-hi.co.jp/businesscolumn/personnel_strategy

目次

  1. 戦略人事とは
  2. 戦略人事の実践はなぜ難しいのか
  3. 戦略人事の一般的な手順
  4. 戦略人事の実践における3つのポイント
    ・Point 1.人事管理の成果を定める
    ・Point 2.人事管理内での整合性を意識する
    ・Point 3.人事部の役割を他組織との関係の中で考える
  5. 自社の戦略人事実践に向けて

戦略人事とは

戦略人事とは、一般的に「経営戦略を実現するための人事管理*や人事の役割」を指します。

※本記事で、人事管理とは、等級/評価/報酬制度等の人事制度や、人員配置/育成等の運用、キャリア自律施策のような人事施策等、企業で実施されている諸人事管理手法群のことを指します。

戦略人事が日本企業に定着した理由

戦略人事の語源は経営学における「戦略的人的資源管理論(Strategic Human Resource Management)」といわれています。戦略的人的資源管理論は1980年代から発展した経営学の1つの研究分野で、様々なことが議論されていました。

その後、1997年にデイビッド・ウルリッチ氏(以下、ウルリッチ氏)が、戦略的人的資源管理論の一つのテーマとして「Human Resource Champions」(邦訳版「MBAの人材戦略))という研究を実施しています。

ウルリッチ氏は研究を通じて「戦略パートナー」「変革エージェント」「管理のエキスパート」「従業員チャンピオン」という4つの役割を定義し、人事はこれらの役割を担ったビジネスのパートナーであるべきと提唱しました。

この研究をきっかけに「人事はもっと戦略的であるべきだ、ビジネスのパートナーたるべきだ」という論調が日本企業に広まりました。

この論調を示す言葉として、またウルリッチ氏の研究が属していた「戦略的人的資源管理論」という研究分野名も影響して、「戦略人事」という言葉がうまれ、日本企業の間で定着したと考えられます。

2000年〜2010年頃には、ウルリッチ氏の4つの役割の影響を受けながら、HRBP(Human Resource Business Partner)を中心とした人事部のモデル(HRBPモデル)が外資系企業で定着しました。

当時、グローバル化を進めようとしていた日本企業がHRBPに着目しはじめたことで、戦略人事という言葉はさらに定着し、現在も日本企業の間で一般的に使われています。

戦略人事とはビジネス上の「標語」

戦略人事は上述のように「戦略的人的資源管理論」という研究分野名を語源としながらも、人事部の役割論をきっかけに、「人事はもっと戦略的であるべきだ、ビジネスのパートナーたるべきだ」という論調とともに作られた造語です。

実際に戦略的人的資源管理論の中で、戦略人事という言葉はあまりみかけません。

そのため、戦略人事の言葉の定義は曖昧です。今では「経営戦略を実現するための人事管理や人事の役割」というメッセ―ジと、ウルリッチ氏の役割モデルやHRBPモデルに代表される、「人事部の役割」に特化した議論のみが引き継がれているといえます。

戦略人事とは、具体的な方法論等の定義は明確ではなく、「経営戦略を実現するための人事管理や人事の役割」を表す一種の標語である、と言ってよいでしょう。

戦略人事の実践はなぜ難しいのか

戦略人事の実践には多くの日本企業が悩んでいます。2022年に実施されたある調査では、日本企業の人事部の9割近くが戦略人事の重要性を認識している一方で、約7割の企業が戦略人事として機能していないと感じていると報告されています。

この傾向は2017年の調査から変化ありません。戦略人事という言葉が日本にもたらされてから20年以上たちますが、いまだに多くの企業で苦手意識があることがわかります。

また同調査では、戦略人事が実践できない理由として「人事部門のリソースの問題」を挙げた回答が多かったようです。

人事部では、日常業務に必要な最低限の人員しか配置されていないケースも多くあります。しかし、戦略人事を実践するための仕事には、人事制度の見直しや再設計、現場のヒアリング、経営陣との折衝等、通常の人事オペレーションとは異なる種類の仕事が多数あります。そのため、既存の組織に新たに戦略人事の役割を課しても、実践は難しいでしょう。

加えて、人事部のリソース以上の壁もあると筆者は考えています。それは、戦略人事の方法論が明示されていないことによって、各企業における「戦略人事を実践している状態」や「実施すべきこと」の共通見解を持てていないことです。

そこで本記事では、各企業との議論やコンサルティングサービス等を通じた筆者のこれまでの経験と、「戦略的人的資源管理論」における議論から、戦略人事の実践におけるポイントを3つ取り上げていきます。

戦略人事の一般的な手順

3つのポイントを説明する前に、戦略人事の一般的な手順を下図で表します。

まず経営戦略(またはそれに紐づく人事戦略)の策定に関わり、経営戦略を実現するための人事管理を行います。人事管理の成果が、経営としての成果に繋がるという手順です。

戦略人事の実践における3つのポイント

上図の手順を実行に移すことが戦略人事の実践です。この手順を具体的な実行策に落とし込む際の有用なポイントとして、3点取り上げて紹介します。

ポイント1. 人事管理の成果を定める

1つ目のポイントは、 自社の人事管理上の成果を定めることです。

人事管理上の成果は、人事管理を経営の成果に繋げる重要な要素です。しかし、多くの企業で、何を自社の人事管理の成果とすべきか悩まれていると感じます。

人事管理の成果は様々考えられますが、参考に、筆者が重要だと考えている成果指標を3つに絞って記載します。

【成果指標①】戦略遂行に必要な従業員の充足と必要な活動の促進
1つ目に重要な成果指標は、戦略遂行に必要な従業員の充足と必要な活動の促進です。

経営戦略や各部門戦略の遂行に必要な仕事、役割、能力、行動等を定義し、その定義にあてはまる従業員を、採用・育成・配置等の人事管理を通して充足させます。厳密には、数の充足のみならず、本来求めていた各従業員の活動が実際に行われることが成果指標となります。

人事管理では、戦略遂行に必要な従業員の定め方として大きく下記の2つの方法があると考えられます。
 
・各部署やポストに必要な仕事内容と能力
例)職務定義、職種・等級別の役割定義、ジョブディスクリプションに記載されている内容等

・全社共通で必要とされる役割行動
例)〇〇wayや、value等で表現されるような行動規範


たとえば、多くの外資系企業ではあらかじめ企業内のポストが決まっています。一方で、各ポストの役割が曖昧なケースが多い日系企業の多くでは、企業に属する従業員としての行動規範が決められています。

昨今、ジョブ型雇用に関する議論が加速し、ジョブディスクリプションに記載されるような仕事内容と能力の定義が重要視される傾向にありますが、どちらも重要な考え方です。

「戦略的人的資源管理論」でも経営戦略と成果の橋渡しとして従業員の役割行動が着目されており、特別なタスク・業務遂行に必要な能力だけでなく、全社共通の役割が着目されてきたことからも重要だといえます。

どちらの定め方にせよ、それぞれが機能しているか確認することが重要です。

観点の例)
・部門の戦略遂行上、必要な能力(質と量)が足りているか
・戦略上、重要な仕事や役割、能力等の定義、もしくは共通認識を持てているか
・戦略上、推進されるべき行動(自律的な行動等)がなされているか
・今のポスト定義や等級内容、自社の行動規範等は、現在の経営戦略やビジネスの特徴に合っているか


【成果指標②】従業員の気持ちを高める
重要な成果指標の2つ目として、従業員の気持ちが挙げられます。

従業員の気持ちには様々な切り口がありますが、本記事では下記を総称して「気持ち」として表現しています。

・従業員満足度
・モチベーション
・ワークエンゲージメント、従業員エンゲージメント
・コミットメント(帰属意識)

自社で重要視する従業員の気持ちを定義し、それらを向上させることが、生産性やイノベーション機会の創出、成長スピードの向上に繋がり、さらに経営上の成果に繋がるという考え方です。

人的資本の情報開示の流れもあいまって、自社が重視する従業員の「気持ち」をエンゲージメントと総称し、定義してエンゲージメントサーベイを実施し、毎年の結果を人事管理の成果として統合報告書等に掲載する企業が増えてきました。

戦略的人的資源管理論においても、「組織や職務に対するコミットメントを増大させることを目的とした人事管理は重要だ」、とする議論もあります。

経営戦略や人事の成果として「気持ち」を掲げることに反発される方もまだ多くいる印象ですが、実際に多くの企業が主要な人事成果として掲げはじめています。従業員の気持ちも、戦略人事の人事管理における主要な成果としてよいと考えます。

観点の例)
・エンゲージメントが低下傾向にないか、低くないか
・退職率があがっていないか
・従業員の成長意欲の向上と機会の提供ができているか


【成果指標③】会社、各部門における人事面での重要な問題の解決
人事管理において重要な3つ目の成果指標は、企業や各部門における人事面での問題の解決です。

経営戦略や部門の戦略を遂行するうえで、各社各部門は、それぞれモチベーションの低下や人材不足、スキル不足等、人事面での問題を抱えています。その中で特に対処すべき問題を特定し、対処することが人事管理の成果であるという考え方です。

期初に、経営陣や各部門とともに重要な人事面での問題と、可能であればKGIを設定します。そして期末に、設定した問題の解決状況やKGIを経営陣、各部門長等と確認し、成果が得られたかを判断します。

一見当たり前のように思えますが、「今、企業(または〇〇部門)で抱えている人事面での問題を深刻なものから3つ挙げてください」という問いに答えられる人事部門担当者はかなり少数であり、難しい問いといえるでしょう。

人事面での問題は、問題として認識されるまでに時間がかかるケースもあります。人事データの分析結果のような客観的な事実も用いながら、経営陣や現場管理職、現場との話合いの過程で問題の共通認識がなされた段階で、はじめて人事面での問題として認定されます。

この共通認識の難しさには、そもそも人事部と経営、現場管理職の距離が離れており議論がしにくいこと、人事データを利活用できていないこと、等様々な要素が含まれるでしょう。
成果指標1、2に記載している「観点の例」を参考にしながら、企業、各部門における人事面での問題はどの程度共通認識がとれているか改めて整理し、共通認識を醸成することも戦略人事の実践のために有効といえます。

ポイント2. 人事管理内での整合性を意識する

2つ目のポイントは、人事管理内での整合性を意識することです。

各人事管理の整合性が高いほど、人事管理が目標として掲げていた成果は達成しやすくなります。一方で変化を起こしたい場合、既存の人事管理の整合性が高いことはかえって変化を阻害する方向に働きます。

そのため、今の人事管理全体がどのように関連しているか、その整合性を意識することが戦略人事の実践上で重要です。この考え方は、戦略的人的資源管理論の中では「水平適合」という考え方で表現されています。

たとえば、近年、キャリア自律施策の一貫として、キャリア研修を採用する企業が改めて増えてきました。キャリア自律施策は、従業員が自身のキャリアを真剣に考え、よりエンゲージメント高く自発的に仕事に取り組み、成長スピードを加速させて生産性をあげること等を期待して採用することが多いです。

キャリア自律施策は、キャリア研修のみではなく、社内公募制度や社内副業等、キャリア選択の機会を提供して自律をサポートする人事施策とセットで行われることが多くあります。
反対に、これまで「企業や組織が意図した人材配置を効果的に行う」というベクトルで整合性の高い人事管理を行ってきた企業が、キャリア自律を啓蒙する研修を導入すると、向上したキャリア自律心を活かす機会が既存の業務に限定され、自律心が下がったり、企業を見限って転職したりしてしまう可能性があります。
これは、旧来の人事管理の整合性が高いままで、新しく導入したキャリア自律施策としての整合性が低いためだといえます。

このように、特に新しい目的のもと、新しい人事施策の導入を考える場合は、既存の人事管理との整合性について考慮することが、施策の成功確率をあげるうえで重要です。

ポイント3. 人事部の役割を他組織との関係の中で考える

最後の要素は、戦略人事の文脈で取り上げられることの多い、人事部の役割です。

戦略人事を実践するには、経営陣や現場部門長と、自社が抱える問題・対策を議論し、一緒に自社の人事戦略を策定・遂行する役割が必要です。この役割を人事部が持つ場合、その役割の一部を担う人をHRBP(Human Resource Business Partner)と呼ぶことがあります。

ただ、必ずしもHRBPという組織が必要なわけでもありません。HRBPと名づけなくても、下記のように役割を遂行している企業もあります。

・「部門人事」という名称で同様の役割を実践する
・「人事課 配置班」として配置など特定の人事管理に特化して各部門長と折衝する役割を持つ
・従業員数が少ない企業では人事部長がHRBPの役割を担っている
・現場に部門内教育の機能をもたせた組織がある場合は、人事と協働しながら戦略人事の役割を遂行する

大切なのは、どの組織がどのような役割を担っているのかを整理し、強化すべき役割を明らかにすることです。人事部だけですべてを実施するのではなく、様々な組織と協働し、総合的に戦略人事の役割を遂行することが重要だと考えます。

関連記事:戦略人事の始め方 HRBPの役割と導入時の注意点

自社の戦略人事実践に向けて

本記事では、自社で戦略人事を実践する際に有用な戦略人事の一般的な流れと3つのポイントについて、筆者なりの考え方も交えてご紹介しました。

何から手を付けていいかまったくわからない場合は、まずは自社で「戦略人事ができているか」を、ポイント1に従って考えます。そうすると、たとえば下記のような問題が発生してくるはずです。
 
・人事部として、経営における人事上の問題を感じていることはあるが、経営陣や現場部門長と共有できていない。また、彼らがどう考えているかもわからない
・経営戦略上、どのような従業員が必要なのか曖昧で、適材適所や適所適材等を考えるための基礎情報がない
・様々な人事施策を実施しているが成果指標が設けられておらず、成功や失敗、改善ポイント等を明らかにできていない

そもそも自社の問題について共通認識を持てていない場合は、ポイント3の人事の役割を意識しながら、経営と現場部門長との対話、議論をし、問題を特定することが有益です。

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