従業員のキャリアと向き合う
ジョブローテーション制度を活用するには 企業視点・従業員視点のメリットとデメリット
株式会社Works Human Intelligenceの井上翔平です。
人事トレンドや人事業務に関する調査・研究をおこなっています。
ジョブローテーションとは、定期的な配置転換によって、従業員に様々な職務を経験してもらう人材育成施策のひとつです。
日本では当たり前に行われるジョブローテーションですが、海外では一般的なものではありません。
また、近年日本でも「配属ガチャ」という言葉が広まるようになり、企業が職種や勤務地を決定するジョブローテーションに対して否定的な意見も見られるようになりました。
ジョブローテーションは様々な職務を経験できる一方で、「希望している職務とは違った」というように従業員のキャリアとのギャップが生まれる可能性もあります。
本コラムでは、ジョブローテーションが日本に根付いた背景を考察しつつ、そのメリット、デメリットを企業視点、従業員視点から整理します。そしてジョブローテーションを活用している企業の事例を紹介しながら、どのように運用していくべきか解説いたします。
※こちらの記事は下記の人事業務・人事トレンド解説コラム「ジョブローテーション制度を活用して従業員のキャリアと向き合う方法とは」を@人事の読者様向けに一部編集させていただいております。
https://www.works-hi.co.jp/businesscolumn/jobrotation
目次
ジョブローテーションの定義と目的
1.ジョブローテーションの定義
日ジョブローテーションとは定期的な配置転換によって、従業員に様々な職務を経験してもらう人材育成施策のひとつです。
たとえば入社後、最初の3年間は営業部を経験し、その次は経理部を3年、さらにその次は人事部を3年間経験するといったように、計画的に異なる職務を経験してもらいます。
どんな職務をどれくらいの期間、どういった層の従業員に経験してもらうかは企業によって様々です。そのため、新入社員に限らず、中堅、ベテラン社員でもジョブローテーションが行われることもあります。
海外の人事制度(ジョブ型雇用)では、決められた職務に対して人を採用しているため、異なる職務に人材を動かすという異動が一般的ではありません。ジョブローテーションは従業員を容易に異動させることができる日本型人事制度(メンバーシップ型雇用)でこそ可能な施策であると言えます。
2.ジョブローテーションを実施する目的
ジョブローテーションを実施する目的には、主に下記の3点が挙げられます。
- 自社の業務を幅広く知ってもらう
- 従業員の適性を見極める
- 社内人脈を拡大する
自社の業務を幅広く経験しているジェネラリストを育成できる制度のため、幹部候補育成を目的にジョブローテーションを行う企業もあります。
また一定の期間で異動が行われるため、その都度、従業員の適性を把握しながら配置転換ができ、人材の滞留を防ぐこともできます。
ジョブローテーションが日本に定着した背景
ジョブローテーションが日本に根付いた背景には、日本型人事制度にある以下4つの特徴が存在します。
【1】新卒一括採用
【2】無限定正社員
【3】年功序列
【4】終身雇用
【1】新卒一括採用
日本では新卒の一括採用を実施しますが、多くの学生には特定のスキルや専門性が身についているわけではありません。そのため、採用時点ではその学生がどんな職務に向いているのかが明確ではなく、入社後にジョブローテーションを行うことで適性を把握していく必要があります。
また多様な職務を経験する中で、「ビジネスパーソンとして成長してもらう」という人材育成面の目的もあります。
【2】無限定正社員
日本の正社員は、雇用を守られる代わりに勤務地や職務を選べない無限定正社員です。従業員は転勤や職務の変更命令に従う必要があるため、企業はジョブローテーション制度を活用することで異動を容易に行うことができます。
【3】年功序列
年功序列の人事制度により、入社した企業で年齢を重ねていけば給与が上がっていきます。海外のように特定の分野でスキルアップしないと、昇給、昇進が不可能なケースはありません。
そのため従業員視点からすると、ジョブローテーションを受け入れ、社内ジェネラリストとして、その企業で働き続けることに抵抗がない傾向にあります。
【4】終身雇用
正社員は期間の定めのない無期雇用契約を結びます。これを背景に、企業としても従業員を定年まで雇い続ける終身雇用の慣行が日本に根付いていきました。
このような労働慣行の中、ジョブローテーションを実施することが中長期的な視野での人材育成と幹部候補の選別に繫がっていました。
ジョブローテーションは時代遅れ?日本企業における人事制度の今
独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査(※1)では、53.1%の企業で「ジョブローテーションがある」と回答しており、約半分の日本企業で取り入れられています。1,000人以上の企業でみると70.3%と、約7割の企業がジョブローテーションを導入しているようです。
しかしながら近年、日本型人事制度の限界が指摘され始めています。
経団連の中西宏明会長(当時)は、2018年の定例会見で「終身雇用、新卒一括採用をはじめとするこれまでのやり方では成り立たなくなっていると感じている。」と発言しました。また、トヨタ自動車の豊田章男社長も日本経済新聞(※2)で、終身雇用制度の限界を指摘しています。
このような状況で、「ジョブローテーションは時代遅れ」といわれることもありますが、果たして本当に時代遅れなのでしょうか。
たしかに、ジョブローテーションの前提である「年功序列」の制度は急速な勢いで見直しがされています。公益財団法人日本生産性本部の調査(※3)では、非管理職の年齢・勤続給の割合は1999年の78.2%から2018年では47.1%まで低下しました。
一方で、ほとんどの日本企業で新卒採用と終身雇用を前提とした従来のメンバーシップ型雇用が行われている現状もあります。
新卒一括採用は、経団連の会員企業への調査(※4)によると442社のうち95.9%が実施、終身雇用を前提とした退職金制度も、厚生労働省の調査(※5)で80.5%の企業で維持されていることがわかっています。
そのため、ジョブローテーションが機能する余地も十分にあると言え、ジョブローテーションを一概に時代遅れと否定することはできません。
実際にジョブローテーションを行っている企業の声を聞くと「経験の幅や人脈の広がり、思考が深まることから、人材育成には必要不可欠」(商社)、「幹部候補を育てていくため、事業所間の異動も含めて行っていくべき」(製紙会社)(※6)といった意見があり、現在でもジョブローテーションの教育的価値が重視され、活用されていることがわかります。
しかしその一方、ジョブローテーションで勤務地が頻繁に繰り返されることが従業員の負担になってしまっている側面もあります。転勤によって、いつどこに勤務地が変わるかわからず、従業員が自身のライフプランを描けないことも十分にあり得ます。またコロナ禍を通じて、リモートワークが普及したこともあり、出社せずに仕事をするという選択肢も出てきました。そのような中、出社を前提に勤務地を変えるという転勤制度に理解が得られにくくなってきています。
こういった従業員の意識の変化に配慮して、転勤を原則的に廃止するような企業も出てきました。NTTグループではリモートワークを基本とし、勤務場所は自宅、居住地は自由という働き方を打ち出しました(※7)。
ただ転勤を「廃止」するためには、NTTグループのようにリモートワークをほぼ全社レベルで浸透させる必要があります。それなりの設備投資や体制の整備が必要ですし、業種柄転勤が必要不可欠な場合もあり、転勤そのものを廃止できるような企業はまだ多くありません。Works Human Intelligenceがユーザー法人に実施した調査では、転勤がある企業24社のうち、半数の12社が今後も転勤については「現状維持」と回答しました(※6)。
※出典:株式会社Works Human Intelligence「働き方の変化とジョブローテーションへの影響」調査(2022年8~9月実施)
しかし転勤を「減らしていく」と回答した企業も4社あり、一部の企業で転勤を減らしていく動きが見られました。また「事情のある社員も増えてきていることから社員事情の確認方法について検討が必要と考えている」(商社)、「リモート化の普及により、(転勤に理解が得られず)転勤を指示した際に退職を選択する可能性が今までより高くなる」(電子部品製造)という声もあり、より従業員に配慮していく意向の企業もありました。
ジョブローテーションそのものの教育的価値は現在でも有効です。ただリモートワークの普及等を背景に従業員の価値観も多様化しており、それに対応した企業の動きも見られます。
企業にとってはジョブローテーションのメリット、デメリットを把握して、より慎重に運用していくことが求められつつあります。
(※1)出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構「企業の転勤の実態に関する調査」(2017年10月発表)
(※2)出典:日本経済新聞「自工会の豊田会長、日本の終身雇用『守っていくのが難しい局面』」(2019年5月13日発表)
(※3)出典:公益財団法人日本生産性本部「第 16 回 日本的雇用・人事の変容に関する調査結果」(2019年5月発表)
(※4)出典:一般社団法人 日本経済団体連合会「2021年度入社対象 新卒採用活動に関するアンケート結果」(2020年9月15日発表)
(※5)出典:厚生労働省「平成30年就労条件総合調査結果」
(※6)出典:株式会社Works Human Intelligence「働き方の変化とジョブローテーションへの影響」調査(2022年8~9月実施)
(※7)出典:日本電信電話株式会社「リモートワークを基本とする新たな働き方の導入について」
ジョブローテーションを行うことのメリット・デメリット
前項で述べたように、日本ではジョブローテーションが機能する余地があり、実際に教育的観点でも活用されています。しかしリモートワークの普及等を背景に従業員の価値観、考え方も多様化しており、かつてほど企業主導のジョブローテーションが容易に受け入れられるとは限らなくなってきています。
企業はこういった時代の変化を意識し、自社の特徴も踏まえてジョブローテーションの導入を検討するべきだと考えます。では、企業視点・従業員視点のそれぞれからみると、ジョブローテーションにはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
企業におけるジョブローテーションのメリット・デメリット
まず、企業におけるジョブローテーションのメリットとして、ジェネラリスト・幹部候補を育てられることや、特定の業務への属人化を防ぐことが挙げられます。
デメリットはスペシャリストが育成しにくかったり、異動を繰り返すために従業員の希望やキャリアとの不一致が起こったりする可能性があることです。また、本人の希望と一致しなかった場合、退職へ繫がってしまうリスクも考えられるでしょう。
従業員におけるジョブローテーションのメリット・デメリット
従業員にとってのメリットは、特定の業務だけでなく幅広く業務を経験できる点です。それに伴う人脈の広がりや自分自身の業務適性を把握できること、異動によって新しい仕事につくことで、モチベーションの向上も考えられるでしょう。
また、異動のタイミングや異動後の職務が従業員の希望と一致している場合、もしくは従業員の将来のキャリアを考えた納得感のあるものであれば、従業員にとってモチベーションが向上する施策です。
反面、異動によって専門性が身に付けにくくなることや、描くキャリアと一致しなかった場合のモチベーション低下に繫がる可能性もあります。
ジョブローテーションを実施するにあたっては従業員の納得感を得ることが非常に重要です。
(※)「業務の属人化の防止」、「不正、癒着の防止」についてはジョブローテーション以外の方法でも解決が可能です。「業務の属人化の防止」は、業務内容をマニュアル化しておくことや業務そのものをシステム化するといったことで対応が可能です。また「不正、癒着の防止」は組織としてのコンプライアンス意識を普段から高めておくことや従業員教育が重要です。むしろこの2点はジョブローテーション以外の方法で解決されるべきものでしょう。
ジョブローテーションの成功事例
今回、ジョブローテーションの成功事例として2つの企業の事例をピックアップし、ポイントと共にご紹介します。
CASE1.大手映画製作会社
映画製作や配給、劇場運営を行っている大手映画制作会社では、入社後、最初の2年間で2部署へのジョブローテーションを行う制度があります。
異動の対象となる部門は、営業系部門、管理系部門、劇場部門の3つですが、グループ会社への異動もあるため、大きく分けると計4つです。このうち2部門を1年ずつ経験します。
ポイント①ジョブローテーションを明確に制度化し、オープンにしている
2年間で2職種と明確に定められており、いつまでにどんなジョブローテーションを実施するかがはっきりしています。そのため、従業員にとってもキャリアプランが立てやすく、納得感が得やすいでしょう。
また同社の新卒採用ページでもジョブローテーションの内容が紹介されており、学生も事前に理解して入社することができるため、従業員が納得してジョブローテーションを受け入れられます。
ポイント②人事部が半年ごとに新入社員と面談を実施している
ジョブローテーションを実施する2年間は、6月(配属時)・12月に人事部と新入社員での面談が行われます。配属直後は「今後半年間、部署でどのように業務を進めていくか」を面談し、振り返りを12月に実施します。
このように配属後の従業員と細やかに面談を実施することで、人事部が従業員の仕事の満足度やキャリア志向を直接把握することが可能です。
また、1年目は入社直後の4月にも配属希望面談を実施するため、1年目は3回、2年目は2回で計5回の人事面談が実施されます。少数精鋭の同社ならではの施策とも言えますが、従業員と頻繁にコミュニケーションすることで、企業本位のジョブローテーションにならないよう配慮がされています。
CASE2.大手家具小売業者
経全国に店舗を構えている大手家具小売業の企業では「同じ部署にいては成長できない」という考えのもと、ジョブローテーションが人材育成の要となっています。店舗での現場経験を重視しているため最初は店舗に配属となりますが、役員層も含めて全社員が5年以内(2〜5年)で別の店舗や職務を経験することが特徴です。
ポイント①全員が対象であり、求める人材像が明確である
同社では「全員が精鋭でなければならない」という考えを掲げ、全従業員がハイパフォーマーであることを求めています。その理念のもと、役員も含む全従業員が等しくジョブローテーションの対象になることで、公平感と納得感が生まれます。
また、同社が求める人材像は「エキスパート・ジェネラリスト」です。多様な経験を積みながら、それぞれの分野にエキスパートのレベルで習熟することが求められます。
ポイント②従業員の要望を人事部が把握し、マッチングしている
従業員のキャリアに対する要望を人事部がすべて把握し、カウンセリングを行いながら職務のマッチングを実施しています。家庭の事情や個別の事情も考慮されるため、従業員も納得して人事異動を受け入れています。
また30年後を見据えた「30年キャリアプラン」を全員が作成し、従業員の長期的なキャリアも尊重されています。
ジョブローテーションを成功に導く3つのポイント
ジョブローテーションをうまく活用するためには下記3つの要素が必要です。
【1】人材育成施策として内容を明確にする
【2】個別面談を通して従業員との対話の機会を作る
【3】ジョブローテーション以外の道も用意する
詳しく見ていきます。
【1】人材育成施策として内容を明確にする
ジョブローテーションは人材育成施策として、目的や期間、職務が明確だと納得感が得やすいです。求める人材像を明確にして、どんな職務をどれくらい経験してもらうかを人事部内や経営幹部とよく検討しましょう。
新入社員の育成としてジョブローテーションを導入する場合、大手映画制作会社では2年間で異なる職務を1年ずつ経験する方法でした。同社では4年間のジョブローテーション期間を2年間に短くした経緯もあり、育成期間としては2年程度が1つの目安になるでしょう。
また、現場を重視するのか、間接部門も含めて幅広く経験してもらうかを個々の企業方針に沿って決定することも重要です。
決定した制度は、従業員に対してオープンにすることで、自身のローテーションに対する納得感が生まれるでしょう。また採用HPで公開し、入社を希望する学生にもオープンにすることで、入社後のミスマッチを防ぐことも可能です。
【2】個別面談を通して従業員との対話の機会を作る
異動をする前に従業員の希望を聞く機会を設け、対話することが重要です。従業員の適性把握が目的であれば、ジョブローテーションを終えた段階で従業員の意思を尊重し、適性を見極めます。
面談では下記の点を確認するとよいでしょう。
- これまでの仕事に対する評価
- 将来に向けての期待
- 希望する職務との一致
マネージャーにも面談のスキルの差があるため、現場任せにするのではなく、人事部がフォローしたり直接面談したりすることもよいでしょう。その際、従業員のキャリア希望を記載したキャリアシートを活用すると、面談の効果が上がります。
ただ従業員のキャリアを尊重することは、従業員の希望を100%受け入れるということではありません。共にキャリアを形成していく姿勢を企業側が見せることも大切でしょう。
【3】ジョブローテーション以外の道も用意する
ジョブローテーションを新人だけでなく、中堅従業員にも長期的に実施する場合は、それ以外の道も必要かもしれません。従業員のキャリア志向やライフプランを考えた時に、どうしてもそぐわないことがあるからです。その場合、ジョブローテーション以外の道もあると従業員の退職を防ぐことが可能です。
ただ他の従業員から特別扱いと捉えられると不公平感が生まれてしまいますので、これも制度として明確にしておくとよいでしょう。
ジョブローテーション制度が教育の根幹となっている場合は、制度そのものが崩れてしまう恐れもあるため、自社の方針に沿って慎重に検討する必要があります。
ジョブローテーションを有効なものとするために
時代の変化の中にあっても、ジョブローテーションを人材育成施策として有効に活用している企業は多数あります。
ただここ最近は企業と個人(従業員)の関係性が大きく変わってきています。また、かつてのように右肩上がりの経済成長も見込めなくなっており、従業員が企業に求める価値も多様化しているのが現状です。
これからの時代に必要とされるのは企業が従業員のキャリアに真剣に向き合うことです。
従業員との対話がないまま、企業本位の人事異動が実施されることは従業員の不満や退職リスクに繫がります。ジョブローテーションで重要なポイントは、従業員のモチベーションが向上することや従業員が納得して働けることであり、これは企業の業績向上や離職率の低下に繫がるでしょう。
もちろん企業の人材育成のあり方はジョブローテーションだけではありません。研修制度を充実させる、スペシャリスト人材を育成できるようにする、といったように各企業に合った施策をとることが求められます。
多様な職務を経験してもらいたい、実務経験によって成長してもらいたいといった方針であれば、ジョブローテーションは有効な制度の1つといえるでしょう。
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