人事施策を成功させるには? 意識すべき「戦略人事の枠組み」と「経路依存性からの脱却」

株式会社Works Human Intelligenceの奈良和正です。これまで100以上の大手企業人事部へ、人事戦略やタレントマネジメントに関するコンサルティング活動を行ってきました。

2020年は「ジョブ型雇用」という言葉が飛び交いました。「ジョブ型雇用」という言葉は、今の日本企業に必要な雇用制度であるという文脈で使われることが多かったために、読者の中でも自社で「ジョブ型雇用」について議論されていたという人もいらっしゃるのではないでしょうか。
これまでもタレントマネジメントやエンゲージメントサーベイ、成果主義など、様々な人事施策がトレンドとして賑わい、各社で検討/実施されてきました。一方で、「人材可視化ツールを入れたが使われていない」「新しく導入した評価制度が形骸化している」等、想定した通りに事が運ばない実態も漏れ聞こえてきます。
そこで本記事では、人事施策が有意義な結果に結びつくために必要な前提条件について、戦略人事と経路依存性という2つの観点でご紹介します。

※こちらの記事は下記の人事トレンド紹介コラム「戦略人事と経路依存性から考える、企業経営で成功する人事施策とは」を@人事の読者様向けに一部編集させていただいております。
https://www.works-hi.co.jp/businesscolumn/keiroizonsei

目次

  1. 人事施策が機能しない例
  2. 不十分な目的設定と施策対象範囲の狭さが人事施策を阻害する
  3. 成功のポイント①:「戦略人事」の枠組みで明確な目的設定を行う
  4. 成功のポイント②:「経路依存性」からの脱却を意識する
  5. 経路依存性から脱却するための3つの観点
    【1】人事制度面
    【2】心情面
    【3】業務面
  6. 人事施策を成功させるための人事の役割とは

人事施策が機能しない例

「一般的に良いとされている人事施策を実施したのに効果が出なかった」というケースはよくあります。
近年多い施策例として、下記のようなものが挙げられます。

  • 事業部門長へ人材情報をまとめたダッシュボードを公開
  • エンゲージメントサーベイの実施
  • 公募制度の導入
  • 役割等級制度の導入

それぞれ成功事例の多い施策ではありますが、下記のような失敗事例も多く見受けられます。

  • 事業部門長がダッシュボードを見ていない
  • 部署ごとのエンゲージメントの差異はわかったが、何が課題なのかわからない
  • キャリア自律の支援を目的としたが、「今の部署が嫌だ」等の逃避的な公募理由が多い
  • 等級/評価は運用できているが、実態に変化(詳細後述)が伴っていない

では、どのようなときに上記のような結果となってしまうのでしょうか。

不十分な目的設定と施策対象範囲の狭さが人事施策を阻害する

人事施策を阻害する要因は主に2つあります。不十分な目的設定施策対象範囲の狭さです。
1つ目の不十分な目的設定は前章の事例でいうと下記の2つのように、何かを可視化しようとする人事施策において多く見受けられます。
・事業部門長に人材ダッシュボードを公開
・エンゲージメントサーベイを実施

不十分な目的設定の代表例は「何か傾向を見つけたい」というものです。一般的に、仮説を伴わない目的のもと行われるサーベイや可視化は、可視化された情報の解釈が困難です。そのため、このような漠然とした目的設定がなされた場合、可視化施策を行っても何の傾向も把握できず、可視化後のアクションが一切とられない、ということが多くあります。

2つ目は施策対象範囲の狭さです。これは前章の事例であげた下記の施策をはじめ、具体的なアクションに落とし込まれた人事施策で見受けられます。
・公募制度の導入
・役割等級制度の導入

たとえば、年功序列文化が定着し、若年層のエンゲージメントが低下している企業が、年功序列文化の解消を目的に、等級/評価制度を変更する場合を考えます。この際、等級/評価制度のみを変えて運用を行うと、新しい制度は形骸化しがちです。

その理由は、等級/評価制度というルールだけが変化しても、評価をつけるマネジメント層のイメージする高評価の人物像が変わらないことが多いためです。その結果、評価の決め方は新しいルールを踏襲していても、高評価を得られる層や年功序列の傾向は変わりません。これには、人や組織は過去の習慣を簡単に変えられないという「経路依存性」が関係しますので、後ほど詳しくご紹介します。

このように施策の対象範囲が狭い場合、施策の対象にしていなかった要素が障害となり、制度は変更できても変えたかった文化/慣習が変わらず、人事施策の目的が果たされないという結果に終わる恐れがあります。

それでは、人事施策に十分な目的設定を設け、対象範囲を広くとり、人事施策を成功に導くにはどうすればよいでしょうか。以下ではそのための2つのポイントをご紹介します。

成功のポイント①:「戦略人事」の枠組みで明確な目的設定を行う

経営に寄与するような明確な目的設定を忘れないようにするためには、「戦略人事」という考え方を用いることが有効です。
戦略人事とは「経営戦略に連動した人事戦略を立案し、実行すること」と定義されます。

人事施策を立案する際は、考えている施策に明確な目的があり、経営戦略に寄与しうるか確認しましょう。上図のような戦略人事の枠組みを利用し、企業理念・経営戦略・人事戦略・人事施策・人事施策の実行のそれぞれが前後のステップと紐づいているかチェックすることが有効です。

上の図では「新規事業立ち上げのためのポスト要件を作る」という人事施策の目的に、人事戦略である「新規事業立ち上げのための人材確保」が該当します。このようなチェックを行うことで、企業理念から人事施策の実現までを繋げられているか、つまり、人事施策の目的が明確か判断することができます。

成功のポイント②:「経路依存性」からの脱却を意識する

次に、人事施策を成功させる2つ目のポイントをご紹介します。

2章で施策対象が狭いと組織が持つ「経路依存性」という性質が邪魔をするため、「変えたいと思ったものが変わらない」という結果になりうることをご紹介しました。ここで、「経路依存性」についてご紹介します。
経路依存性とは、人や組織は過去の慣習に引っ張られて物事を選択しやすいという性質を持つため簡単に変えることができない、という人や組織が持つ性質を指します。

たとえば、2021年5月6日・7日に、政府と東京都が新型コロナの感染状況を踏まえ、都内の人流を減らすために都内の鉄道減便を鉄道各社に要請した件を考えてみます。
行政機関は「人の流れを減らす」ために「通勤手段である鉄道本数を減らす」という施策を打ち、各鉄道会社が本数を減らしました。しかし、5月6日の人の流れは変わらないどころか本数が減った分乗車率が高くなりました。結果として5月7日からは多くの鉄道会社が通常の本数に戻しました。
これは、通勤していた人々がそれまでの「出社」という慣習に引っ張られ、出社したら人混みに行かざるを得ないことを想像しながらも「出社」という選択をした、という「経路依存性」を表す身近な例です。

人や組織の周囲には様々な既存環境が歯車のように密接に組み合わさっています。そのため、今回のように「通勤手段」という一要素を変えたとしても、その他の「勤め先の慣習」「出社して行うはずだった予定」「出社前提で組まれた家族の予定」「宣言慣れ」といった歯車が影響し、「本当は出社しないほうがよい」と頭では理解していても出社してしまうのです。

このように、人や組織には、ある事象を変更させようとしても、変更対象が人や組織自体を取り巻く環境に最適な歯車となっている場合は変化を起こしにくいという「経路依存性」が存在します。
そのため、何かを変えるために施策を実施する際は、変更対象の周辺も変化させることで、経路依存性からの脱却を試みる必要があり、これは人事施策にもあてはまります。
次の章では、人事施策においてどのように経路依存性からの脱却を考慮するか、その方法をご紹介します。

経路依存性から脱却するための3つの観点

ここでは、「人事制度面」「心情面」「業務面」の3つの観点で整理します。

【1】人事制度面

下図は、一般企業に存在する人事制度や運用が体系立てて並べられたものです。

【図:「『図解 人材マネジメント入門』/坪谷邦生氏」P19の図をもとに筆者が作成】

経路依存性から脱却するための人事施策は、各種人事制度や運用と、変えたい制度や運用の関係性を考慮し、必要であれば関係する領域全てを施策の対象に設定します。
たとえば、新市場への参入を進めるために中途採用を計画する場合を考えてみましょう。募集職種の定義、必要人材の定義を行い、その人材用の等級制度として職務制度を整えたとします。

ここで仮に等級制度のみに着目し、他制度を何も変えなかった場合はどうなるでしょうか。人事評価方法は既存のポストと同じでよいのか、報酬はどのような基準で決定するのか等、少なくとも上の図で矢印のひとつ先にある制度も合わせて考える必要があります。

さらに、中途で入社した従業員のキャリアプランはどうでしょう。もし、ビジネス環境の急変により計画していた新市場への参入が頓挫した場合、新市場への参入をするために採用された中途社員の方はどうするべきなのでしょうか。社内で別部署に異動できるようにすることなども視野に入れて、人材開発を進める必要がありそうです。

このように、経路依存性から脱却できるような人事施策を実行するには、各種人事制度/運用を幅広く見て施策の対象を決める必要があります。

【2】心情面

加えて、従業員の心情面を理解したうえで人事施策を立案・実施することも重要です。
たとえば、従業員のキャリア自律心を育成するために、社員が自ら手を上げて次のキャリアに応募できるような公募制度を作ったとします。
この時、手を上げようとする従業員の心情はどうでしょうか。

  • あの部署にトライしたいが、今の上長はどう思うだろうか
  • 来期から異動することになったら、今期の評価は落ちないだろうか
  • 応募して落ちたら、今の部署に居づらくならないだろうか

このように、様々なことが気になるはずです。

自律的なキャリア支援を行う文化が社内で育っていない場合、それ相応の心配りと支援が必要です。これを意識しないで施策を進めた場合、公募で落ちた人が辞めてしまったり、パフォーマンスが下がってしまったり等の影響が考えられます。それだけでなく、積極的な応募がなくなる(逃避的な異動希望のみになる)、公募自体がなくなるといった事態に陥り、制度自体が形骸化することもあり得ます。

公募制度を設計する際は、公募が通らなかった場合に元の部署に居づらくなる可能性が高いことを前提として進める必要があります。たとえば、公募希望者の所属上長には「合格したときだけ伝え、かつ拒否権をもたせない」というのも一案です。

また、「引き抜き」を警戒する事業部門長に対しては「なぜ会社で公募制度が必要なのか」を丁寧に伝える必要があります。両者納得のうえで公募制度をスタートさせなければ、結局、事業部門長の協力が得られずに制度が形骸化してしまうからです。応募者のみならず、現場管理職の納得感を醸成するための活動が必要です。

このように、経路依存性から脱却できるような人事施策を実行するには、従業員の心情面を理解したうえで施策を考え、実施することが大切といえます。

【3】業務面

最後に業務面について言及します。人事施策を成功させるために最も難しいことは、通常では人事業務の外にある内容、いわゆる現場業務についても、考慮に入れる必要があることです。

たとえば、経営戦略で新規顧客の獲得にさらに力を入れることになったとします。そこで、営業部門における目標管理内容に新規顧客の獲得を重視するKPIが設けられ、現場も決められた規則に沿って各自がKPIを設定したと仮定しましょう。ここで、現場が既存顧客を対象にした業務でフル稼働している場合、従業員は新規顧客獲得のために動く余裕があるでしょうか。

新規顧客の獲得という新業務には、既存顧客を対象にした業務とは異なる能力(これまで接点の無かった方のアポイントを取る能力等)が必要です。そのため、従業員には新しい能力を習得するための負荷がかかります。目の前の業務で手一杯な状態では、まずは手を付けやすい・手を付けなくてはならない既存業務を進める従業員が大半になるでしょう。

このとき、現場だけで解決できない場合には、人事部門も積極的に現場の業務量を減らしたり、より業務効率性が上がるような仕掛け作りに参画する必要があります。

変化を促すための人事施策を考える際には、現場の既存業務の見直しや新しい業務への移行可能性等、通常は人事部の業務範囲ではないと思われるような現場業務のフォローも人事部門に求められる役割となります。

人事施策を成功させるための人事の役割とは

ここまでで、下記3点を整理してきました。

  • 人事施策を成功させるには「戦略人事」と「経路依存性からの脱却」がポイントである     こと
  • 戦略人事とは、人事施策と、その上流にあるべき企業理念/経営戦略/人事戦略との間の整合性を取ることで、明確な目的設定を実現するための考え方のこと
  • 経路依存性からの脱却には、制度/心情/業務面を考慮する必要があること

これらを人事部門として実行するには、人事面の知見のみならず、ビジネス・現場への理解が非常に重要です。また、経営層/事業部門長/従業員と協力することで施策実現への理解を得ることも必要です。

やるべきことが広く、かつ難易度も高いですが、必ずしも一度にすべてを行わなければいけないわけではありません。たとえば、現場従業員との距離感を縮めるために、一部の人事メンバー(事業部人事やHRBP等)と現場従業員の面談頻度を増やしたり、仕事場所を同じにしたり、定期的に現場のMTGに出たりすることで、現場の空気感を詳細に知ることがはじめの一歩になるでしょう。また、このようなボトムアップの動きだけではなく、近年ではCHROを据え、トップダウンで人事と経営を繋げていく動きも活発です。

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