「ATD ICE 2021」へ参加した私が伝えたい最新のグローバル人材育成トレンドと日本との比較
ATD ICEとは
ATD(*1)は1944年設立の非営利団体で、40,000人以上の会員(企業や組織の代表が半数)を持つ世界最大の人材育成会員制組織です。そしてICE(*2)は、ATDがアメリカで毎年開催する国際大会で、100以上の多彩なセッション、数百社の展示会という業界最大級の規模のイベントに、世界中から数千人の人材育成の関係者が集まることで知られています。たった4日間でグローバルの人材育成トレンドと最先端の成功事例を一気に得られる貴重な機会です。
今年は8月29日〜9月1日にアメリカ・ユタ州のソルトレイクシティで開催され、私はスピーカーとして参加しました。
コロナの関係でリモート参加でしたが、リアルタイムでほとんどのセッション資料と映像を確認しています。それでは、今年の代表的な3つのトレンドをお伝えします。
*1 ATD(The Association for Talent Development)
*2 ICE(International Conference and Exposition)
【写真】今年はリモート参加者が多く会場はとても寂しかったです。(YouTube「ATD ICE 2021のハイライトをお届け致します」より)
目次
トレンド1:今だからこそマインドが大事
デジタルネットワークによるリモートワークが一気に普及しましたが、人間らしさへの影響が心配されています。そこでウエットなマインド系の研修テーマに注目が集まっていました。例えば、
・心理的安全性を高める:リモートだから社員が不安
パンデミック禍のリモートでは安心して仕事に取り組めることが重要です。脳科学の研究結果では、心理的安全性は2つの要素からできているようです。
1つ目は左脳:ロジカル、認知(Cognitive)の要素で、大切なことは継続的で一貫性のある行動。2つ目は右脳:エモーショナル、感情(Affective)の要素で、大切なことは共感性を持って正直に物を言うこと。この『両方ともできて心理的安全性を高める』ことが重要です。
・エンゲージメントを高める:リモートだから一体感・共感性が下がる
表面的にはリモートワークが普及してから一方的なeラーニングが増えたため、集合研修に比べて受講者の参加意欲が下がっているように見えます。 しかし、その背景にはもっと重要な要因が隠れています。それは『在宅勤務の社員は自宅で監禁されていて他のメンバーとの交流ができない。お互いに支え合うことも難しい』ことです。これを解消し『エンゲージメント、モチベーション、仕事に対する思いを高める必要性』が強調されていました。
・アサーティブコミュニケーション:リモートだから本音を伝えにくい
十数年前に流行ったアサーティブコミュニケーションが久しぶり登場しました。背景には『テレワークだとなかなか言えないことを言うタイミングが見つけにくいし、一人で抱えてしまうとストレスが高まる一方、言わないといつまで経っても他のメンバーが気づかない』といった問題が増えたことがあります。『リモートだからこそ相手を尊重しながら自己主張もするアサーティブが必要』がポイントでした。
・これ以外に
ダイバーシティ、モチベーション、信頼関係再構築、コーチングなどの話もありましたが、全ての共通点は「リモートだから◯◯」でした。
【写真】4日間でたくさんのセッションが行われました。(YouTube「ATD ICE 2021のハイライトをお届け致します」より)
トレンド2:ラーニングテクノロジーがメイン、集合研修がマイナーへシフト
私の研修講師デビューは1993年でした。そこから集合研修メインで平均毎年100回以上登壇してきました。去年からリモート研修が急に増えましたが、なんとなくコロナが終息すれば集合研修が戻って来るイメージを持っている人が少なくありません。
一方、今年のATDではコロナが終息してもリモート研修が主流のままだということが強調されていました。理由は、集合研修が必須な場合は少ないし、受講者に「わざわざ集まる必要があるか」と突っ込まれた時に説得する自信がないからです。 そしてこれらの背景から予想できるのは、リモート研修とラーニングテクノロジーのレベルを一気に上げないと研修の効果が出なくなるだろうということです。具体的には
・リモート研修での講師スキルの向上と運営の改善
去年の春から集合研修を急にリモートに変更しましたが、慣れていない講師の一方的な講義が依然として続いています。リモート研修は今後も継続するので是非改善しましょう。受講者を巻き込む演習主体型の研修設計と、受講者とスムーズにやりとりできる双方向リモート講師スキルが不可欠です。 さらに場合によっては講師を運営から解放するリモート研修のサポート役(プロデューサー)の導入も必要です。
※参考:リモート研修での講師スキルを向上させるノウハウはこちらの記事で解説しています。
やりたい、やった方が良い、やってほしいと言われている「3つのスキルアップ」への挑戦
https://at-jinji.jp/expertcolumn/310
・VRの可能性:何度も疑似体験して個人別データをフィードバック
数年前からVRの可能性を感じていますが、なかなか広く普及していません。しかし今回の大会で『リモート研修から少しずつVRにシフトするでしょう』という面白い発想がありました。バーチャル背景などの軽い実験から始まって少しずつ広げてゆき、知らないうちに本格的なVRに移行するという予想です。
ちなみにVRの良さは現実に近い体験ではありません。本当の魅力は、
(1)事前に疑似体験を安全に何回もできるので抜群の準備をしてから実際のシーンに挑戦できる
(2)デジタル環境で挑戦すると様々な角度からデータを得られるので個人別の細かいフィードバックができる
ことです。
・eラーニング:シナリオ、ビジュアル、インパクト、受講者個別自動対応
今年のATDによると従来の長い、総合的なeラーニングは刺激を求めている受講者に響かなくて、時代遅れです。その代わりに今後普及するeラーニングは 、次のAかB
A:ゲームのようなシナリオに沿った参加型演習中心のもの
B:ユーチューブのようなビジュアルとインパクトで引き付ける数分のビデオ
この場合にNetFlixやAmazonのように受講者個別のニーズに合わせコンテンツを提供できるアルゴリズムが必須です。またどの受講者がどのコンテンツをいつ受けたかをしっかり管理できるシステムが必要です。
トレンド3:やっと研修効果が注目されている
リモート研修やVRと比べて研修効果測定は昔からのアナログテーマです。
今年の大会では、この分野で有名なカークパトリックとジャック・フィリップスが、それぞれの効果測定モデルの細かい改善を中心にしたテーマでセッションをしました。
【段階は1=反応、2=習得、3=活用、4=成果(5=費用対効果))
やり方そのものは何十年前と同じですが、新しいポイントは3つです。
- 終日の集合研修に比べeラーニングや一方通行のリモート研修の効果は明らかに低い。リモートが中心になったので研修効果を高めることが必須。
- アナリティクスによって昔より簡単に早く、細かく測定ができるので今までより効果測定が 実現しやすい。
- シリーズもの研修の場合は、より早いタイミングから効果測定を始めると研修期間中に落ち込んでいる受講者のフォローが可能になる。研修の質を高めるために効果測定に対してより積極的に動きましょう。
研修効果を測り始めようとするとよく分かりますが、効果が出ないインプット中心のやりっぱなし研修をやっている場合には効果測定はとても難しいです。
逆にいうと明確な派手な効果が出ると成果が出る上に研修効果が測りやすいです。ポイントは研修効果を高めるためには効果が出るようなちゃんとした研修を設計することで、そのキモは事後の定着フォロー(ラーニングトランスファー)です。そこに焦点を当てたATDでのトランスファー関連のセッションで紹介されたポイントは3つです。
- 研修後の定着フォローが難しいと認めましょう。
- 定着フォローを研修と一緒に設計しましょう。
- 研修後に受講者は職場で様々な問題を直面するが、わかりやすいパターンがあるので設計はむずかしくない。
(例:問題=研修内容を忘れる、解決:リマインダーを送る)
【参考】
YouTubeでも「ATD ICE 2021 ハイライト」を解説していますので、もしよかったら視聴してみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=PI1aCaUANvs&list=PLpykJHNoDx3vlucrXZT4DaLSe9HnnJUut&index=1&t=175s
最後に一言、日本とグローバルの人材育成の比較
上記の3つのトレンドが示す切り口について「日本の場合はどう?」を自分の経験と勝手な思いを言うと
1) マインド:海外よりパンデミック、人種差別、政治的な問題からくる精神的なストレスが少ないです。一方、リモートによるコミュニケーションの難しさと不安が海外より高いです。背景として対面コミュニケーションと空気を読むことを重視してきた日本文化があるからです。※ハイコンテクスト(*3)
2) eラーニング:全体として日本のeラーニングはグローバルに比べて十年以上遅れていて教育テレビでもびっくりするぐらいつまらないものが多いです。ゼロリセットして、デジタルネイティヴに全部作ってもらうしかないぐらい大変革が必要です。残念ですが今までのeラーニング文化の延長ではいつまでたってもユーザー目線の魅力的なコンテンツにならない可能性が高いです。
3) 効果測定:完璧主義を捨てて、軽く第一歩を踏めばうまくいくはずです。その時に成功事例「何がうまくいっているか」を中心に調べると良いです。(ブリンカホフのサクセスケースメソード(*4)がまさにそのようなやり方で今年の秋にその関連の本が和訳されるはずです。)
ちなみに日本の受講者は極めて真面目で教育のベースがしっかりしていて、定着フォローをちゃんと設計すると世界トップクラスの成果を出します。そのため日本の人材育成は素晴らしいポテンシャルを持っています。今後が楽しみです。
*3:ハイコンテクスト(high-context)とは、コミュニケーションや意思疎通を図るときに、前提となる文脈(言語や価値観、考え方など)が非常に近い状態。 コミュニケーションの際に互いに相手の意図を察し合うことで、「以心伝心」でなんとなく通じてしまう環境や状況のこと。
*4:サクセスケースメソード(Success Case Method) ウエストミシガン大学のロバート・ブリンカホフ博士が提唱。研修効果測定は成功事例を分析することから始まるという手法。博士はATDでも何度も報告や発表を行ってきている。
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