バリューは研修で浸透できるものなのか?
現在、企業経営や人材育成について考える上で、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)や、コアパーパス(会社の存在意義)、コアバリュー(会社の中核となる価値観)の重要度が高まっています。
例えば、以下のような有名企業も、これらを重要視している企業の内の一つです。
◇株式会社メルカリ
◇トヨタ自動車株式会社
◇Starbucks Corporation(スターバックス・コーポレーション)
2017年に、VUCAの時代、すなわち社会や経済の環境が目まぐるしく変化し予測困難な時代が訪れたと言われていました。そこへ新型コロナウイルスの問題が加わったことで、さらに未来予測が難しい状態となっています。このような状況に対応するため、MVVやコアパーパス、コアバリューのような不変的であるといえるものを指標にする動きが広がりました。
国内外の有名企業がなぜ優れた戦略戦術よりも企業文化を大切にするのか。さらに、バリューを浸透させる工夫の1つとして有効な、研修におけるインストラクショナルデザインのARCSモデルについて紹介します。
目次
MVV・コアパーパス・コアバリューにより、社員のやりがいや働く幸せが増え、企業が成長する
MVVやコアパーパス、コアバリューという形で“社会やお客様にどんな貢献をするために存在し、どんな価値観を大切にしながら仕事をしていくのか”を明確にすると、目指す方向が定まることで団結力が高まるのはもちろん、会社の価値観を基準としつつも、個々人の創造力や感性を発揮できる場が広がります。それによって、社員のやりがいや働く幸せを増やすことが出来るようになり、結果として自社の成長に繋がったという企業は数多く存在します。
例えば、先ほど挙げた株式会社メルカリです。
取締役会長小泉文明氏は、前職のミクシィでの勤務を通し、「プロダクトの強い会社は、プロダクトの成長が組織を牽引していく」と気づいたそうです。ですが、プロダクトにはライフサイクルがあるため、良いときもあれば悪いときもあるのがつきもの。悪いフェーズに入ると、社員一人ひとりの価値観や判断軸がブレはじめ、組織がバラバラになってしまいます。それを改善すべく、メルカリのバリューを策定しました。
- Go Bold(大胆にやろう)
- All for One(全ては成功のために)
- Be a Pro(プロフェッショナルであれ)
これにより仕事上の判断軸ができたことで、全社の生産性がUPし、さらにはわずか5年で東証一部上場を果たしました。
また、トヨタ自動車やスターバックス・コーポレーションも同じケースです。
◇トヨタ自動車株式会社
トヨタグループには世界27カ国、約30万人の人々が所属しており、同じグループといえども様々な価値観や文化、慣習が存在する。そうしたバックボーンの違いを越え、世界のどこであろうとも「トヨタのモノづくり」と「お客様満足」を実現するためには、トヨタ固有の信念や価値観をグループ内でしっかりと共有することが不可欠であると考えた。そこで、2001年にそれまで暗黙知として伝えられてきた価値観、手法を明文化した。これにより、全世界の事業体で同じ価値観の共有が可能となった。
◇Starbucks Corporation(スターバックス・コーポレーション)
スターバックスを成長させた実業家であるハワード・シュルツ氏は、人々にビジョンを語り、一緒に未来を描くことで仲間を集めた。右肩上がりを続ける中で一線を退いたが、その後企業が成長と拡大・発展する過程で本来大事にすべき価値であった体験の質が低下し、2006年に業績が悪化。2007年には株価が42%下落してしまう非常事態となった。
初心に立ち返りCEOとなったハワード氏は、まず全国13万5千人のバリスタの再教育と、ミッション・ステートメントを会社の進化に合わせて変更。そこへ改革に向かうためのビジョンやその実現に必要な事業戦略を追加した。それらを基に全世界200人のリーダーを集めてビジョンを共有することから始まり、苦しい判断も含む大改革を行うことで、たった1年で業績を回復した。なお、店舗の閉鎖や人員整理等の大きな問題は直接ハワード氏の口から全米のリーダーたちに伝えることで、ビジョン実現のための困難を一緒に考え、ともに解決に取り組んでいくのだというスタンスを大切にしていた。
参考:https://visions-prdx.jp/starbucks#4
優れた戦略戦術よりも実行するための企業文化が大切
経営学者であるピーター・ドラッカーも、「企業文化は戦略に勝る(Culture eats strategy for breakfast)」という論理を展開しています。優れた戦略戦術よりも、それを実行し、改善しながら成果まで繋げていくカルチャー(企業文化)があることの方がはるかに重要だという考え方です。
カルチャーはバリューの浸透によって出来上がるものです。やはり企業経営や人材育成にはMVV・コアパーパス・コアバリュー、特にバリューが欠かせないと言えます。
日本電産株式会社の創業者である永守重信氏は、M&Aをした企業のほとんどを1年以内に黒字化して1代で1兆円企業を作り上げました。
この成果を得られたのは、永守氏が唱える「すぐやる・必ずやる・出来るまでやる(最後までやる)」という仕事の原則が、企業にバリューとして浸透し、カルチャー(文化)になっていることが最大の強みとなったと言われています。
研修でバリューの理解・共感・体現を目指すツールとなるARCSモデル
そんな企業の成長に欠かせないバリューですが、提示しただけでは浸透しないため、施策を用いて社員の理解度を高め、共感を得て、体現できるようにする必要があります。方法としてはトップからのメッセージ発信、バリューを基準とした評価制度の構築、研修などがありますが、今回は研修にフォーカスを当て、インストラクショナルデザインのARCSモデルで考えてみます。
インストラクショナルデザイン(ID)とは、研修等の教育の場において、学習の効果・効率・魅力を高めることを目的に、システム的なアプローチを用いて教育(instructional)を設計(design)することを言います。
ARCSモデルとは、インストラクショナルデザインに用いられるモデルのうちの一つで、学習の魅力を高めることを目的としています。米国の教育心理学者であるジョン・M・ケラー氏が提唱したもので、学習者の意欲を高めるために指導者が取るべき行動を「Attention(注意)、Relevance(関連性)、Confidence(自信)、Satisfaction(満足感)」という4つの側面から捉えています。“ARCS(アークス)”はそれらの頭文字です。
せっかくバリュー研修の場を設けても一方的に話すだけでは理解も共感も得られませんし、もちろん体現できるようにもなりません。目の前の業務に追われる内にどんどん薄れていってしまうでしょう。そこでこのモチベーションを引き出しながら学習を進めることができるARCSモデルが有効なのです。
以下に、ARCSモデルを構成する要素の概要をまとめました。
◇Attention(注意) ◇Relevance(関連性) ◇Confidence(自信) ◇Satisfaction(満足感) |
研修をARCSモデルで考える
バリューの理解、共感、体現を目指すことを目的とした研修をこのモデルに当てはめると、例えば以下のような流れになります。
◇Attention(注意) ◇Relevance(関連性)「バリューの体現によって得られるメリット、体現しないことによるデメリットについて、個人と組織それぞれの観点から考えて明確にしていくワーク」を実施し、バリューと自らの関連性を認識してもらう。 ◇Confidence(自信) ◇Satisfaction(満足感) |
上記のように教育工学における学習意欲を高める4要素を満たした上で行うならば、バリューを「理解し、共感し、体現する」を増やすことを目的とした研修の効果はある、と結論づけられると思います。
いかがでしたでしょうか。
今回は、企業経営や人材育成において重要度が高まっている、バリューを始めとした企業の価値観について、その重要性と研修による浸透の工夫について取り上げました。
インストラクショナルデザインに関するシステムモデルは多数ありますが、このARCSモデルはシンプルでありながら実用性が高いことで米国を中心に高い評価を受けており、学習意欲が飛躍的に高まることが実証されています。
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