コロナ対策で検討したい制度変更

在宅勤務の交通費は実費支給すべき?【制度編】~通勤手当の賢い見直し方~

皆様、はじめまして。株式会社Works Human Intelligenceの伊藤裕之と申します。
20年近く、統合人事システム「COMPANY」の導入・保守コンサルタントとして、大手法人の制度変更、業務改善、運用などの課題と向き合ってきました。
今回は、コロナ禍における人事・総務担当者にとって大きなトピックとなっている、通勤交通費の定期支給の廃止と実費支給への移行について、事前に検討する点、制度変更に当たって配慮したい点についてポイントを整理しました。人事・総務担当者にとって通勤交通費の見直しが必要となった際に、本コラムが検討や解決の一助となれば幸いです。

※こちらの記事は下記の人事トレンド紹介コラム「在宅勤務に伴って交通費の実費支給を検討する際に考えるべき5つのこと」を@人事の読者様向けに一部編集させていただいております。
https://www.works-hi.co.jp/businesscolumn/transportation-fee

目次

  1. 定着しつつある通勤交通費の実費支給化
  2. まずは在宅勤務の実態の把握から
  3. その在宅率で本当にコストメリット出ます?削減額をシミュレーション
  4. 実費支給対象者の決定はできる限りシンプルに
  5. 交通費と社会保険の関係
  6. 就業規則の変更や労働組合への報告を忘れずに

定着しつつある通勤交通費の実費支給化

新型コロナウイルス感染症予防に伴う在宅(テレワーク)勤務の浸透により、多くの企業で交通費支給の見直しが検討され、実施が進んでいるようです。 

10月中旬から、弊社におけるユーザー企業へアンケートを行った結果、約40%の企業で実施中、ないしは実施前提で準備中であり、約27%の企業で現在検討中、という状況です。

【図1】設問:在宅勤務実施に伴い、通勤交通費の実費支給は実施していますか

【図1】設問:在宅勤務実施に伴い、通勤交通費の実費支給は実施していますか(株式会社WorksHumanIntelligence調べ)
(弊社アンケート「在宅勤務に伴う交通費・勤怠管理アンケート」結果より) 

交通費支給を見直すにあたり、まず検討されるのが、これまでの定期代支給から実費支給へ切り替えるというものでしょう。 

実際、上記アンケート結果でも、切り替えを実施された企業からは次のような内容が報告されています。 

・週2日以上在宅勤務を実施する場合は、実費支給
・週3日以上在宅勤務が見込まれる方は自己申請で実費支給する
・月9日以上出社なら定期、それ以下なら定期と比較して安い方を支給
・現在は「一定の出社日数以上であれば定期額支給」だが、「1か月定期と比較して安い方を支給」としたい。
・6か月定期と比較して安価な方を支給
・対象者は上限10万円とし、申請額を支給

などが、一般的な検討例です。 

その一方で、 
「正直何から手を付ければいいかわからない」
「他社がどうしているのかを参考にしたいから聞いてみたけど、そちらも同じ状態で・・」
と、検討自体が難航しているケースや、
「実施はしたものの、すべての事象を整理しきれているわけではなく、走りながら課題をつぶしていくような状況である」
「在宅勤務登録者は一律に実費支給としたが、コストアップにつながる可能性が課題。実績状況をみて制度の見直しも検討する必要があると考えている。」
「テレワークができない社員にとっては、ただ交通費が減ることになるため不満が生まれないか心配。」
など、実費支給を開始したものの、制度面・運用面で課題と向き合いながら実施しているという声もいただいております。

そこで本記事では、交通費を実費支給に切り替えるにあたり、どのようなプロセスで制度と運用を検討すべきか、いくつかポイントを整理してみました。

まずは在宅勤務の実態の把握から

まずは自社の在宅勤務がどれくらい浸透しているか、今後どういった計画となっているか、から見てみましょう。 
「貴社の〇月の在宅率ってどれくらいですか」
「半年後、1年後の在宅率ってどれくらいを想定していますか」 
この問いに対して、正確な回答が可能でしょうか? 
給与業務を担当している方には正確な数値まで回答できないケースも多いのではないでしょうか。 

前出のアンケートでも3分の1以上の企業が在宅率を把握していない、という結果となりました。

【図2】設問:現在の貴法人・団体の在宅率を教えてください

【図2】設問:現在の貴法人・団体の在宅率を教えてください(株式会社WorksHumanIntelligence調べ)

そもそも、在宅率が高かろうが低かろうが、給与業務上直接的な問題はありません。
在宅でも出社でも、勤務していることには変わりがなく、「給与を支給する」という観点では在宅率の高低はさほど意識する必要がないのです。 

したがって、在宅勤務日数の集計に必要な情報が勤怠情報に入っていないか、入っていても機械的に集計可能な状態ではないということは十分考えられます。 

前出のアンケートでも、機械的・客観的な在宅状況把握を行っている企業は半数に満たない状況です。

【図3】設問:在宅率はどのように把握していますか

【図3】設問:在宅率はどのように把握していますか(株式会社WorksHumanIntelligence調べ)

その一方で、通勤手当の支給には在宅率が大きく影響します。 
「在宅が多い=実費支給にすればコストメリットがある」ということが実費支給に切り替える最大の理由であるはずです。 
もし、在宅率を正しく把握していない、あるいは今後の在宅率の計画を立てていない場合、いざ実費支給に切り替えたものの、「想定したほどのコストメリットが出なかった(場合によってはむしろ支給額が増えた)」ということが起きる可能性があります。 

「貴社の〇月の在宅率ってどれくらいですか」
「半年後、1年後の在宅率ってどれくらいを想定していますか」 
この問いに答えられない企業は、通勤手当の検討の前に在宅勤務の現状と今後の計画の把握を行うことから始めるとよいでしょう。

その在宅率で本当にコストメリット出ます?削減額をシミュレーション

在宅率の把握や今後の在宅率の見通しがついたとしたら、次は何を検討すべきでしょうか。 
具体的な運用検討に入る前に、実費支給への切り替えによる交通費の削減額をシミュレーションしてみてはいかがでしょうか。 

例えば、現在支給している各従業員に関する次のような通勤手当関連のデータがあれば、過去の定期代支給実績に対して、同期間を実費支給(片道運賃×2×期間で想定される出社日数)した場合の差額を計算できるはずです。 

  • 通勤経路
  • 支給した定期代
  • 定期代区間の片道運賃
  • 想定される出社日数

※弊社製品「COMPANY」でも、駅すぱあと等の経路検索エンジンを利用した経路管理をしていれば、統合的な検索機能である「社員情報検索」機能によって、データを出力することができます。

削減効果をシミュレーションするにあたって、ポイントとなるのはJRの区間です。なぜなら、他の経路と比較して、割引率が高いためです。

例えば、「東京~横浜」「京都~大阪」間の6か月定期と6か月の実費額を比較すると、月の出社日数が12日以上の場合、実費額の方が支給額を上回ってしまいます。 
もし、2020年6月のように、平日が22日ある月であれば、コストメリットの観点からすると45%以上の在宅が必要となります。平日が少ない月でも3割以上の在宅が必要です。 
半年先、1年先もこの在宅率の維持が可能でしょうか? 

また、出社日数10日の場合の定期代との差額も、月に直すと1経路当たり削減効果は約2,000円となります。制度変更や運用変更に伴う対応工数・コストと比較して、メリットは発生するでしょうか。

実費支給への切り替えによって、本当にコストメリットを出すことができるか、まずは在宅率を把握した上で、具体的な削減額を算出することから始めましょう。
この時点で、思ったほどの削減額が算出されないのであれば、実費支給化の実施見送りをお勧めします。

実費支給対象者の決定はできる限りシンプルに

ここまでくると、実施に向けた枠組みが少し見えてくるはずです。

例えば、下記のような状況だとします。 

・東京エリアに比べると他エリアは在宅率がそこまで高くない
・本社や大阪支社の多くがJR沿線で、電車定期にそこまで削減効果が見られない

上記を踏まえると、次のようなジャッジが可能になるでしょう。 

・東京エリアのバス定期を実費支給に切り替える

そうすれば、続いて下記のような具体的な運用が見えてきます。

・現状の通勤交通費支給期間が完了したタイミングで、対象者の経路を実費支給に切り替える
・次月以降のバス経路については、対象者の勤務地情報に基づいて実費か定期か振り分ける

ただ、弊社が把握している各企業の検討事例の中には、 
「1か月の出社日数が〇日未満であれば、通勤費は実費支給、〇日以上であれば定期代を支給」
というようなケースが多々見受けられます。 

「出社日数に応じて実費にするなんて、至極当たり前では?」 
そう思われる方も多いでしょうが、この制度、果たして運用可能なのでしょうか? 

従業員の視点で考えてみましょう。 
例えば、出社日数12日以上であれば定期代、それ以下であれば実費支給、という制度にします。
出社日数を完全に自分でコントロールできる従業員はいいですが、そうでない場合、下記いずれかのケースで従業員に不利益が発生する可能性があります。 

・定期を買ったけど思ったよりも出社日数が少なく、12日未満となった
・定期を買わなかったけれども思ったより出社日数が多く、12日以上となった。

この場合、どう対処するのでしょうか。 
従業員から訴えがあれば差分を補填するのでしょうか。 
想像しただけで、給与担当者はストレスを感じてしまいそうです。 

さらに、次のような場合はどうでしょう。 

・前々月の勤怠データの登録が間違っていて、本当は出社日数が15日ではなく10日だった。

こういったケースがあるたびに、支給しすぎた実費支給額を従業員から差し引くことになるのでしょうか。 
仮に、対象の従業員が退職されている場合は、どうしたらよいのでしょう? 

一般的な前提として「定期代は前払い、実費支給は後払いで本来両立できるものではない」という理解が必要です。
定期代支給と実費支給を混在させることによって、どのような問題が発生しうるか、想定しなければなりません。

実際に、前出のアンケートにおいても、次のような点を課題として挙げられている回答が多数ありました。

「月の途中で経路が変わる場合の精算運用方法の検討」
「6か月定期の前払いのため1か月ごとの精算ができないケースがある点」
「出勤日数が誤っていた場合の遡及運用案が確立できていない。在宅勤務日数が誤っていた場合の遡及も同様」

少なくとも上記のようなケースにおける運用想定や、従業員からの問い合わせに対する回答想定がない場合、まずは会社としての見解を準備しておくことが最優先となります。 

あわせて、次のような点も認識しておいた方がよいでしょう。 

・実費支給対象者を勤務実績に合わせて変動させることは、運用工数を大幅に増加させる。
・制度設計としての問題であるため、運用面・システム設計面のみの解決は困難である。

交通費と社会保険の関係

上記のようなケースで、仮にイレギュラーで従業員に金額を支給(控除)する場合、従業員への支給(控除)だけではなく、社会保険で利用する月割額(報酬額)を調整する必要があります。
その運用負荷は想定されているでしょうか。 

「実費支給で経費扱いだったら社会保険の報酬額に入れなくてもいいんじゃないの?」 
最近、いくつかの企業からお問い合わせいただいているのですが、勤務先⇔自宅の交通費をどのような形で支給しているにせよ、社会保険の報酬額として加算しなくてもよいという根拠は存在しません。 

※参考として、平成28年の参議院における質問主意書に対する安倍首相の回答を記載しておきます。 
【参照】参議院ホームページ質問主意書第190回国会(常会)
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/190/touh/t190096.htm

仮に、「自社の業務状況であれば、経費とみなして社会保険の報酬額に組み込まなくてもよいはずだ」と判断される場合、必ず管轄の年金事務所にお問い合わせいただくことを強くお勧めします。

就業規則の変更や労働組合への報告を忘れずに

ここまで検討してくることで、だいぶ合理的なプランとなっているのではないでしょうか。 

しかしながら、通勤交通費支給の制度見直しに当たっては、次の点の確認を必ず事前に行いましょう。

  • 就業規則の変更が必要ないか
  • 労働組合への説明が必要ないか

就業規則内で、実費支給を行うことに反するような規定はないでしょうか。
従業員に不利益であるということで、労働組合から指摘を受ける可能性はどうでしょう。実費支給への切り替えスケジュールを検討するにあたり、労働組合との合意までの期間は考慮されているでしょうか。 

ここまでの検討が無駄にならないよう、先に確認が必要です。 

定期代を実費支給へ切り替えるために、最低限ご検討いただきたい内容をまとめました。
残念ながら、前出のアンケートでは実費支給化によって60%近くの企業で業務負荷・工数が増大しているという結果が出ています。

【図4】設問:実費支給化に伴って運用工数は増加していますか?
(通勤交通費の実費支給を実施している法人・団体が対象)

【図4】設問:実費支給化に伴って運用工数は増加していますか? (通勤交通費の実費支給を実施している法人・団体が対象)【株式会社WorksHumanIntelligence調べ】

企業・人事担当者・従業員のそれぞれにとって不幸な制度や運用とならないよう、ご検討の一助となれば幸いです。【おわり】

次回「【業務編】~効率的な通勤手当業務の設計とは~」に続く

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