効果的な研修のための処方箋
OJTでは、育成メンバー以外の社員も巻き込もう!
2017.05.12
1.新入社員の育成方法の主要部分はOJT
新入社員の育成方法は大きく分けて2つあります。1つ目は研修・座学などのOff-JT、2つ目は実際の業務に従事しながら上司・先輩から指導を仰ぐOJT(On the Job Training)です。これらがうまく連動し育成の効果が発揮できれば、中原(2012)によると、Feldman(1981), Bauer & Green,(1998), Ashford, Sluss &Harrison(2007)らの組織社会化研究により下記のメリットがあることを報告しています。
①個人の役割・職務が明確化する
②業務内容についての理解が進み、生産性が向上する
③業務の時間配分を行えるようになる
④自己効力※1・自信が獲得できる
⑤同僚などに受容され、彼(女)らから信頼感を得ることができる
⑥職務態度、組織コミットメント※2が質的に向上する
⑦離転職の防止に役立つ
実際の新入社員育成におけるOff-JTとOJTの実施割合は、圧倒的にOJTが高く占められています。小川(2005)によると、入社時のOff-JTの長さは、大企業でもっとも多いのが10日から1カ月、そして12時間から5日が続き、その中間の6~9日を加えるとほぼ7割近くになるそうです。私の経験からいっても、Off-JTの実施期間は、概ね1~2週間であり、中小企業では2日~5日が多いと思います。ここからわかることは、職場にあったスキル・知識・価値観をもたずに配置される新入社員の育成方法の主要部分はOJTであるということがわかります。OJTをうまく機能させることで上記7項目に挙げたメリットを享受できるといえます。
2.現場におけるOJTの実情
では、新入社員育成には欠かせないOJTはどのように行われているのでしょうか。イメージとしては、職場におけるOJT担当者と新入社員という1×1の関係をイメージされるかもしれません。また、私の研修先でも1×1の関係でOJTを実施されているところが多数にのぼっています。OJT担当者を配置できるところはいいのですが、マンパワーが限られている組織では、上司・マネジャーがOJT担当者の役割を担わなければならないところもあります。
しかし、マンパワーが限られているところでは、上司・マネジャーは部署・部内のマネジメントだけを行っておけばよいというわけではなく、彼(彼女)にも個人的な達成目標を割り当てられるというプレイング・マネジャー化しているところも多く見られます。結果として、新入社員のOJTが形骸化し、組織適応やスキル獲得に時間がかかっているという事例をよく見かけます。
3.OJTで目指すこと
OJT手法の一般的な考え方は従来の学習観に則り「計画的に知識・スキルをOJT担当者から新入社員へ」という一方通行モデルを想像しがちです。そして習得すべき知識やスキルも「名刺の渡し方」「電話の応対方法」「敬語の使い方」「仕事の準備の仕方」「コミュニケーションのとり方」などのように個々別々に仕切られています。しかし、実際の業務はこれら個々別々の知識・スキルを複合的に使用することが求められますし、また、新入社員に求められることは、知識・スキルなどの基準を設けてある程度の成長度合いを確認できるものだけでなく、その組織における規範や価値、暗黙のルールなど成長度合いの基準値を設けて把握することが困難なものも含まれます。もし、新入社員が組織における規範や価値、暗黙のルールの習得に失敗すると、「認識のズレ」が生じ、それによって自己効力感や帰属意識の低下、ストレスの増大といった要因により早期離職につながっていきます。
このことから、一般化・断片化された知識やスキルの習得よりも規範や価値・暗黙のルールを新入社員に「内化」させていくことが鍵になります。規範や価値・暗黙のルールが「内化」されることで、一般化・断片化された知識・スキルではなく、組織に合ったより具体的で包括的な「やり方」を自分のものにすることが可能になります。ここではじめて、「組織適応の見込みが大」といえるかもしれません。
4.内化の意味とプロセス
前段で「内化」という概念を使いましたが、この概念はOJTをうまく進めるために大切な概念です。「内化」とは、知識・スキルを自動的(無意識レベル)に使えるようになることに加えて、規範やルール、価値観なども抵抗なく受け入れることができるようになることです。次に、内化のプロセスを整理したいと思います。旧ソビエトの心理学者ヴィゴツキーによると、
「子どもの文化的発達おけるあらゆる機能は二度現れる。一度は社会的レベルにおいてであり、二度目は個人的レベルにおいてである。すなわち人と人との間(精神間)であり、次にそれはその子どもの内部(精神内)で機能する。これは自発的注意や論理的な記憶、概念の形成といったすべての現象において等しくあてはまる。あらゆる高次精神機能※3は個人と個人の間での実際の関係として発生してくるのである。」
(Vygotsky, 1978:p57)
言い換えると、第一段階で、学習者(ここでは新入社員と置き換えてください)は、見て聞いてそれを模倣し、上司・先輩はそれを見て、フィードバックを入れ容認したり訂正したりします(社会的レベル)。第二段階で学習者がより慣れてくるとフィードバックなどの情報は、学習者個人の内部に内化されます(内化レベル)。このようなプロセスを経ることで新入社員は、「自分でできるようになる」「場に適応する」という発達段階を踏んでいきます。
5.新入社員の育成は誰が担うのか
内化はOJT担当者と新入社員という垂直的関係だけでなく、先輩や同僚などのOJT担当者以外と新入社員という水平的関係においても発生します。新入社員育成は、OJT担当者だけに限定するのではなく、社内・部署内などのメンバーにも育成に携わってもらうことが重要になってきます。このように育成責任を分散させることは、OJT担当者の業務量の軽減につながりますし、OJT担当者があらゆる仕事内容に精通しているわけでもありませんので、他のメンバーの協力を仰ぐことは育成効率の観点からみてもプラスに働くことが予想できます。他のメンバーを育成に巻き込むことのメリットは、中原(2012)によると、
①グループの規範や団結力が高まる
②仕事の割り振りの機会の増加
③職場の強みと弱みの体系的分析の実施
④新人からのフィードバックを経営陣に提供できる
などが挙げられています。つまり、育成という活動を共有することは、組織内のコミュニケーションが活発化させ、普段の業務を客観的に見る機会を与えるという副次的効果も期待できます。
6.新人にはちょっとした気づかいや配慮を
従来、OJTは新入社員の主体性や心構え、モチベーションなど、新入社員の問題にされてきた感があります。当然、OJTがうまく機能するかどうかは新入社員側に要因があります。しかし、上司を含め他のメンバーの取り組みや振る舞いが要因になっていることも事実です。人間誰しも新しい環境に身を置くと不安に襲われます。その環境に慣れたものにとっては、それが当たり前のこととなっているので新入社員が不安になっていることを忘れがちです。
ちょっとした気づかいや配慮を意図的に行うことは新入社員の不安を払しょくすることができ、新入社員との信頼関係を構築することも期待できます。また、上司や他のメンバーは自分自身の仕事の姿勢を改めて正すことが必要となります。内化というプロセスは、プラスの姿勢や価値観だけでなく、マイナスの姿勢や価値観も新入社員は内化していきます。新入社員の受け入れは組織文化の発展だけでなく衰退のきっかけとなるイベントでもあります。
※1ある結果を出すために適切な行動をとることができるという確信の程度
※2 個人が特定の組織に対して強い一体感を持ち、その組織に深くかかわること
※3 意味のあるパターン認識(論理的記憶)、何が重要かを見つける能力(随意的注意)、反省的思考、専門的・特殊的な知識の習得などをさす。
【参考文献】
中原淳(2012)『経営学習論』東京大学出版会
小川和男(2005)『仕事の経済学』東洋経済
佐伯胖監修、渡部信一編(2010)『「学び」の認知科学事典』大修館書店
アラン・プリチャード、ジョン・ウーラード(2017)『アクティブラーニングのための心理学』北大路書房
柴田義松(2006)『ヴィゴツキー入門』寺子屋新書
執筆者紹介
宮崎照行(みやざき・てるゆき)(Training Office 代表) 中央大学経済学部を卒業後、人材開発系ベンチャー企業の参画に携わる。その後、衆議院議員秘書を経て、研修事業・人事コンサルティング事業を主な業務内容としたTraining Officeを設立。
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