企画

特別インタビュー


小室淑恵氏に聞く、本気で「脱・長時間労働」するためには?

2017.03.13

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目次
  1. 「あなたの長時間労働」が組織をダメにする
  2. 「管理職の評価軸を変更せよ」
  3. 「もっと働きたがる社員」をどうするか
  4. 「少数派の声を聞く」ことが成功への近道
  5. 経営トップと脱・長時間労働

「あなたの長時間労働」が組織をダメにする

ああ、今日も残業だ。仕事は溜まる一方。チームには残業できないメンバーもいる。自分が頑張らないと。今日は22時までには帰れるかな……。もし、あなたが責任感から、そんな働き方をしているのなら、もしかしたら「あなた」がチーム全体の働き方改革を阻害する原因になってしまっているかもしれない。

「あなた」が長時間働くから、仕事全体のフローに問題があっても改善されない。育児や介護で早く帰らざるを得ない人は、自分が長時間働けないことへの罪悪感をぬぐえない日々。自分の仕事を完ぺきにこなし、高い生産性を誇っていても、「長時間働けない」というただ1点のみで評価されない。残業が「できる人」「できない人」が、互いに不満を募らせている――。

高度経済成長期を支えた、若くて長時間労働できる労働人口が多い「人口ボーナス期」(※1)と違い、現在は高齢者人口が多い「人口オーナス期」(※2)に突入している。当面、若い労働力は確実に減る一方。そんな中で、これまでの「長時間労働ができる正社員」を前提とした人口ボーナス型の戦い方では、人口オーナス期を生き残ることはできない。

オーナス期にはオーナス期の戦い方がある。これからの時代を生き抜く、正しい「脱・長時間労働」のノウハウとは何か。これまで900社を超える企業・組織に「脱・長時間労働」のコンサルティングを行い、「残業削減と業績向上」を同時に実現させてきた小室淑恵氏に、具体的なアクション方法を聞いた。

※1「人口ボーナス期」:若者の比率が高く、高齢者の比率が少ない人口構成。
※2「人口オーナス期」:高齢者が増え、若者の比率が少ない人口構成。

「管理職の評価軸を変更せよ」

――早速ですが、「脱・長時間労働」に必要なステップを教えてください。
小室:まず必要なのは、評価制度の変更です。特に重要なのは、管理職の評価制度。これが絶対に欠かせない第一ポイントです。

評価軸を変えずに「残業時間を減らせ」と、ノー残業デーや強制退社時間を設けても、隠れて仕事をする人が増えるか、持ち帰り仕事をする人が増えるだけ。そうさせないためには、これまでの「(締め日までの)期間あたりの生産量」ではなく、「時間当たりの生産量」を評価するよう変更しなければいけません。

管理職の評価には、チームの平均残業時間や、有給消化率を盛り込む。「ぎりぎりまで部下を働かせ、疲弊させながら成果を出すチーム」よりも、「適切に労働時間を管理し、単位時間当たりの生産性が高いチーム」が評価される仕組みが必要です。

評価制度を変更するには時間がかかります。まずは「1年後には、評価制度を移行します」と予告し、その間に部下を持つ全管理職に対する研修を徹底し、意識改革を求めます。管理職の意識改革なくして、残業時間を削減することは絶対にできませんから、ここは部下を持つリーダーには全員、丁寧にしっかり行ってください。

次のポイントは、残業時間を減らすには北風政策ではなく、太陽政策で実行することです。管理職に悪気はなくても、数字上で威圧的に「残業時間を減らせ」とすると、サービス残業を誘発する可能性が高まります。何より、楽しくないですし、職場の雰囲気がぎすぎすしやすくなります。それよりももっと、社員が自発的に残業削減に取り組みたくなるような、表彰制度やインセンティブを準備してください。

どんな制度がいいかは、企業風土によります。SCSKさん(編集注:「健康経営」を標榜し、労働時間の削減と増収増益を実現している)のように、残業を減らした部署により多くのインセンティブを与えるような手法は、特に大企業の場合だととてもいいやり方だと思います。どんな制度を実現できるかは、『@人事』のメイン読者である人事部の皆さんの腕の見せどころではないでしょうか。

――「持ち帰り仕事」や「サービス残業」を防ぐには、どういった取り組みが有効でしょうか。

小室:お勧めのツールに「朝メール・夜メール」(※図1)があります。「朝メール」では、毎朝始業時に、その日のスケジュールを15~30分単位で組み立て、上司・同僚にメールで共有します。「夜メール」、別名「報告メール」では、業務終了時、実際のスケジュールがどうだったかを同様に共有。適切に運用すれば、メンバーが持ち帰り仕事を行っていないか、リーダーがきちんとチェックができます。

朝メール・夜メール

図1

聞くだけで「面倒くさい」「無理だ」と思う方もいるかもしれませんが、実はこの「朝・夜メール」は、私たちがコンサルティングでお手伝いする企業では、どんなに嫌がられても必ず導入してもらうツールです。それだけ効果が大きい。

長時間残業をする人は、残業の原因を自分以外の何かのせいにしたがります。急に仕事を振る上司のせい、クライアントの無茶ぶりのせい、融通が利かない社内の事務フローのせい――。

そんな“被害者意識”で長時間働いているのに、いきなり「残業を減らせ」と言われると、まるで自分自身が否定されているように感じてしまうのです。下手をすると「自分はこんなに大変なんだ」と、より多く残業をして、その“大変さ”をアピールしようとする。そのままでは、自分の中にあるスキル不足や段取りの悪さに、なかなか目を向けることができません。

でも、「朝・夜メール」で、リアルな自分の時間の使い方と徹底的に向き合うと、嫌でも自分自身の「原因」に気が付きます。1時間で終わると見込んだ仕事に半日かかっている自分に気づくこともざらにあるでしょう。どうしても人間は自分の力を過信してスケジュールを立てやすいですから。でも、繰り返すうちに、同じような仕事を行うときには、正しい時間を見込めるようになります。そうやって、はじめて「自分」に目が向くのです。

また、チーム内でお互いの業務量を可視化し共有できれば、わざわざ「大変アピール」をする必要もありません。お互いに「自分だけが忙しいのではないか」と疑心暗鬼にかられることもない。仕事を依頼しあうときも、「今日の予定にあった○○は後回しでいいから、こっちの仕事を先にお願い」「その仕事なら、明日であれば3時間取れるからできます」と、お互いのスケジュールを尊重し合う仕事の受け渡しができるようになります。

慣れないうちは、「朝メール」を書くだけで40分かかる人もいますが、それは仕事の全体像が把握できていないうちだけ。慣れれば5分で書ける。地味ですが、最強のツールです。

――「飛び込み仕事」が多いなど、事前に一日のスケジュールを立てるのが難しい職場の場合はどうすればよいですか?

小室:クライアント対応や、問い合わせ対応がメインといった、極めて他律性の高い業務でも、何かと「締め切り」が存在するはずです。その締め切り仕事を、いつ、どのタイミングでやるかを事前に決めておきます。

どんな仕事にも、飛び込み仕事はつきものです。「朝・夜メール」を活用して、1か月分の仕事を振り返ってみると、誰からどんな飛び込み仕事が多いのかを可視化できます。その対策を組んでいくと突発仕事自体が激減します。熊本県の「株式会社えがお」では、朝夜メールを活用して飛び込み仕事の分析と対策を徹底したところ、3か月間でほとんどの突発的業務が起きなくなりました。

「もっと働きたがる社員」をどうするか

――長時間労働ができる社員の中には「自分はもっと働きたい」という反発もありませんか?

小室:あります。コンサルティングの現場でも「自分には必要ない」という声は根強くあります。そんな人には、「朝・夜メール」で自分の時間の使い方を振り返ってもらうと同時に、「今のような働き方で、あなたが実現したい目標・理想の人生にたどり着けるのか」をよく考えてもらいます。

損保ジャパンをコンサルティングした際に、ある若手社員が「今はバリバリ働きたい。残業を減らしたいと思っていない」というのですが、話をよくよく聞いていくと、「実は海外支店に行きたいけれど、TOEICの点数が足りない。本当は英語の勉強をしなければいけないけど、仕事が忙しくて……」と言うんですね。

自分の本当の目標を実現するために「やるべきこと」に対して、「仕事」を言い訳に目を背けている。頑張っているようで、実は逃げているだけです。

この若手社員は、私たちと働き方改革に取り組んだ結果、自己研鑽の時間が取れるようになり、TOEICの点数を200点アップさせ、シンガポールへ赴任しました。「働き方改革で夢が実現しました!」と喜んでくれました。

また別のケースでは、「自分がいないと職場は回らないし、別に有給休暇を取りたいとは思わない」という独身の中堅社員もいました。ところが、働き方改革の結果、何とこの社員自身が結婚され、ハネムーンにいきました。この取組を通じて、その人に頼りっぱなしだった職場の業務フローが改善されたことによって、全体の業績も目に見えて改善しました。

残業を減らすことによって、ワークもライフもより質の高いものになっているのです。

――どうしても「自分の仕事のやり方を公開したがらない社員」「自分の仕事を他のチームメンバーと共有したがらない社員」には、どのように対応すればよいでしょうか。

小室:「平日に週4日以上の休日」を取らせます。不公平感が出ないように、チームメンバー全員、順番に平日4日以上の休日を取るタイミングを事前に設定してもらいます。そして休みに入るまでに業務マニュアルを書いてもらう。ゆえに「マニュアル休暇」と呼んでいます。

もちろん休みの間は、電話やメール対応などせずに、ちゃんと休んでもらいます。それで仕事が回ればよし、回らなければ、「ちゃんと機能するマニュアル」になるよう書き足してもらいます。

仕事が完全に属人化すると、トラブルが生じても表面化しにくいなど、コンプライアンス上のリスクも生じます。組織全体の業務の効率化を阻害するケースも多いので、例外は作らず、それぞれの業務を完全に「見える化」する必要があります。

長時間労働が蔓延している企業では、重要な情報が一部の社員だけでグリップされ、その人たちに「お伺い」を立てないと、物事が前に進まないようなケースが散見されます。一部の社員に負荷がかかりすぎるやり方です。どんな情報でも全員が同じように知ることができれば、雇用形態や勤務形態に限らず、誰でも配属された瞬間に最大限の能力を発揮しやすくなります。後者の方が理想的だと思いませんか?

「少数派の声を聞く」ことが成功への近道

――残業削減に取り組むと、「社員が仕事を受けたがらない」「コミュニケーションが減り、組織がぎくしゃくする」といった悩みもよく聞きます。

小室:「カエル会議」をぜひ導入してみてください。「朝・夜メール」をやることで見えてくる、「もっとこうしたらいいのに」をチーム全員で話し合う場(※図2)です。

カエル会議

図2

脱・長時間労働を実現するには、仕事を属人化させず、チームワーク力を高めることが不可欠です。定期的に意見を出し合う場があると、業務フローを改善できるだけでなく、チームの結束力が高まります。

実施は、2週間に1度、30分程度。最初のころは1時間ぐらい見ておきます(ただし、一度決めた時間は必ず守ります)。

カエル会議は、「全員参加」が大原則です。人数が多い場合は、より深く議論をするために、7~10人ずつに分かれて行ってください。「全員」には、アルバイトや派遣社員といった雇用形態が違う人や、短時間勤務の人も含みます。なぜなら、違う組織に属す人や、残業ができない人ほど、「効率化」のアイデアを持っているからです。

「この資料は、誰が見るために作っているのですか?」と派遣社員の素朴な疑問によって、誰も見ない資料を作り続ける面倒から解放された社員もいます。

長時間労働が可能な人や組織に長くいる人ほど、「こういうものだ」と思考回路が硬直化しがちで、変革のアイデアは出にくくなります。少数派の声を拾い上げるために、どんな立場の人でも意見を言いやすい空気を作ることが、成功の秘訣です。

――チーム内、もしくは組織内だけでは、解決できない問題もありそうです。

小室:そんな時は、その「原因」に対して、ぜひ声を上げてみてください。例えば建設業界の某社では、3月末に業務がひっ迫することが悩みでした。おおもとの原因となるのは、国土交通省から発注される「3月末納期」の案件の多さです。当時は仕事全体の8割が3月末納期に集中していました。

どうにか改善できないか。企業トップが、国交省へ相談に行く際に、私も同行するよう求められました。私たちの訪問理由を述べた後、国交省の方の第一声は「実は私たちも困っている」でした。

納期が重なれば、当然チェックする側も膨大な業務量になる。この某社も国交省でも、地獄のような3月を乗り切った後に退職者がどっと出て、しかも3月末の長時間労働が知れ渡っているせいで、人材採用の大きなネックになっていました。「このままでは建設業界自体に良い人材が採用できなくなる」と両者で課題を共有。その後、お互いが計画発注・受注することによって、納期の偏りは年々改善されています。

「業界の慣習だから」「部署外の仕事のことだから」と思考停止をしないことが重要だと気付かされた出来事でした。「おかしい」と思うものに対しては、ぜひ、声を上げてみてください。

経営トップと脱・長時間労働

――経営トップが残業削減を声高に叫んでも、社員に熱意が伝わらないケースもあります。

小室:トップの方が「なぜ労働時間を削減したいのか」について、その思いをしっかりヒアリングしてみてください。 いきなり「残業時間を削減せよ」とだけ人事部や社員に号令が飛んできても、「コストを削減したいのか」「サービス残業の強制」「世間の風潮に対する見せかけのふるまい」など、うがった見方をされてしまう。そう簡単に社員は動いてはくれません。

過去、こんなケースもありました。

少々、こわもてのモーレツ型だった社長が、残業抑制を言い出した時のこと。よくよく話を聞くと「実は、娘の夫が、残業続きで全然帰ってこないのが不憫で……。よく考えたらわが社の社員の家庭でも同じことが起きている」と。同席していた社員の方々は、そこで初めて社長の真意を理解されました。

他にも、「社長が社員の健康を、本当に心から心配している」といった理由が伝わり、社員が動き出した企業もあります。

人事部は、「社員に伝えるために」と社長にインタビューできる立場にあります。トップの意向が強ければ、ぜひ試してみてください。

ただし、素晴らしいメッセージであっても、一度の発信で長年の習慣はそう簡単には変わりません。繰り返し繰り返し、社長の思いを伝える場を設けてください。

社内報に掲載しても、長時間労働が蔓延している企業では、誰も見ない可能性さえあります。そんなときには、掲示場所として一番効果が高いのはトイレです。ほんの少しでも体を休めたい社員たちで、トイレの個室が埋まりがちな企業では、とくに効きます。

――逆に経営トップが、どうしても「長時間労働が当然」という意識を変えてくれずに困っている人事担当者も、まだまだ多いと聞きます。

小室:それは、私たちの得意分野ですね。呼んでいただければ、必ず説得します(笑)。

高度経済成長期を長時間労働で支えてきた人たちは、「人口ボーナス期の経済戦略」として、極めて正しい選択を行ってきました。実際、日本の戦後の経済成長は、世界史に残る偉業です。私は同じボーナス期でも、これだけの成長率を実現した国を他に知りません。問題は成功しすぎたがゆえに、人口背景が変わっているにも関わらず、強烈な成功体験にしがみつき、いつまでも抜け出せないことです。

長時間働くことが当たり前だった、かつてのモーレツ社員たちは、現在のように長時間労働そのものが否定されるような風潮の中では、自分自身が否定されていると感じてしまいます。

ですから、「当時の戦略としては極めて正しく、あなたたちはなにも間違っていなかった」ということは強調したうえで、「人口背景が違う現在では違う戦略が必要」ということをロジカルに話していただくのが一番です。

いま、なぜ働き方改革が必要なのか。当社のサイトにもいくつか動画をアップしているので、そういうものを直接見ていただくか、そこで研究されて要点を伝えていただくのもいいでしょう。

現在は、「ボーナス型」から「オーナス型」に移った企業の事例も増えているので、その事例を紹介するのも効果があります。人口背景が違うこの二つの「型」は、まったくタイプが違う「山」のようなものです(図3参照)。「徐々に少しずつ取り入れる」ようなやり方では、山を飛び移ることはできません。飛び移るなら一気に。飛び移れなければ、沈みゆくだけです。

政府も本気で脱・長時間労働を主体とする働き方改革に乗り出しています。2017年は、多くの企業が、この山を飛び移る年になってほしいです。(了)

「ボーナス型」から「オーナス型」

図3

 

※図1、図2は、『労働時間革命 残業削減で業績向上! その仕組みが分かる』(小室淑恵著 毎日新聞出版)より転載。図3は、同署のデータをもとに編集部作成


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執筆者紹介

玉寄麻衣(たまよせ・まい) 1979年生まれ。立命館大学政策科学部卒業。外資系大手人材派遣・人材紹介会社で、営業として主に中小企業の人材採用をサポート。その後フリーランスのライターとなり、人材採用、人材育成、大学教育、広報・PR、企業経営等に関する取材・執筆を行う。

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