効果的な研修のための処方箋
新入社員がビジネスマナーを「自分のもの」にするために
2017.02.06
前稿では「ビジネスマナーを効果的に身に付けさせるための実践的な学習・指導方法」というテーマで、反復練習や短期目標設定の重要性、コーチングやフィードバックの役割について言及しました。本稿では、「行動から価値観・信念レベルの形成」や「フォロワーの関わり方」を経験学習モデルや文化的観点を参照しながら深掘りしていきます。
経験学習モデル
振り返りの重要性が人材育成の言説空間では主要位置を占めるようになったため、多くの方が一度は耳したことがあると思います。実際、私が実施している研修においても振り返りはテーマ単位ごとに実施している重要な教授手法です。しかし、この振り返りの概念は人口に膾炙されればされるほど安易に理解されているようです。ここでは、デービッド・コルブが提唱した経験学習モデルを用いながら振り返りの重要性を見ていきます。
1.具体的経験
新入社員が実践の現場で行うビジネスコミュニケーション、敬語、ビジネス文書作成・ファイリング、職場のマナー、名刺交換、電話応対などの経験です。ただし、注意していただきたいのが、具体的経験とは試行錯誤や反復練習をともなう経験のことです。この場面で成功体験や失敗体験を積んでいきます。
2.振り返り
具体的経験を振り返り、成功体験や失敗体験から今後の活動に役立つエピソードを抽出します。
3.概念化・一般化
振り返りで抽出したエピソードを吟味し、その後に役立つと思われる自分の考え(マイセオリ)や教訓を引き出します。
4.実践化
概念化・一般化で引き出されたマイセオリや教訓を前提として、それらを実践で活用し具体的経験をしていきます。
特に【3.概念化・一般化】の作業は、行動の指針となるものです。ここで得たマイセオリや教訓を前提とした行動を重ねていくと、これらは内化され価値観や信念へと発展していきますので非常に重要になってきます。
さらに、【2.振り返り】や【3.概念化・一般化】が重要なのは、自らの環境や経験について「意味構築」を行うという人間の特性と関連しています。業務で体験したこと(先行経験)を振り返り、うまくいった体験や失敗した体験を整理することによって意味構築を行う――これが次の業務行動の指針となるのです(例えば、失敗ばかり続いていると「行動=失敗」という意味が構築され、新たな行動や挑戦に対し臆病になります)。また、【2.振り返り】や【3.概念化・一般化】は具体的経験からさらなるチャレンジを引き出し、モチベーションを高める原動力にもなります(下の図2参照)。このことから、振り返りを含む内省がいかに重要であるかがお分かりになるでしょう。
内省におけるフォロワーと研修の役割
【2.振り返り】や【3.概念化・一般化】を一括りにして内省といいます。この内省という行為は一人で行えなくはありませんが、新入社員のようにあらゆる経験が未知なものでかつ不確実な場合、冷静に内省を行う余裕などありません。
そのためには、埋め込まれた状況から客観的に描写するために、他者(フォロワー)からの問いかけが役に立ちます(私自身、質問を用いるコーチングの手法はここで大いに役立つと思っています。結果的にコーチングによって目標を達成できるのは、質問による経験の客観化・可視化と、目標に近づくための戦略的行動をとりやすくなるからだと考えています)。
また、研修に参加することも経験の客観化を行うためには格好の場です。経験から引き出されたマイセオリや教訓が研修で学ぶ(学んだ)理論や概念と比較されることによって、修正されたり強化されたりします。その結果、新しい経験の大いなる足がかりを構成することが可能となります。
企業文化を確認する
上で“行動の指針は内化され価値観や信念へと発展していく”と述べましたが、この価値観や信念が企業理念や企業文化と乖離していると、新入社員のモチベーションが低下する恐れがあります。そうならないためにも、フォロワーによる企業理念や企業理念に沿った的確な指示や目標設定が必要になってきます。的確に指示を出したり的確な目標を設定したりするためには、フォロワー自身含めた組織やチーム全体で企業理念や企業文化を確認しておく必要があります※1)。
企業文化の確認とは、自身の組織の独特なやり方や重要としていること、共通言語などを確認する作業のことを指します。実は、コーチングやフィードバックを行う際に欠けているのがフォロワー自身の企業文化の確認です。私のところに「フォロワーのコーチングやフィードバックがうまく機能していないので研修で何とかならないか」という相談が来ます。ヒアリングをしてみると、多くが企業文化の確認を怠っていました。そもそも、フォロワーはすでに組織に同化しているため「文化的無自覚性」や「文化の暗黙知化」に陥っています。
このような状況になっていると、「新入社員がどんなことをわかっていないのか」「新入社員が何に躓いているのか」ということさえわかりにくくなります。また、企業文化の確認は、フォロワー自身や組織やチームのメンバー自体の業務のやり方を振り返ることができるという副次的効果もあります。
結び
旧ソビエトの心理学者であったヴィゴツキーは、人間の発達を「個人はより有能な他者が提供してくれる支援や助言を、自分自身で段階的に自ら課すようになることで、当初は他者の助けなしでは実現できなかったことを独力で実行できるようにある」というように定義しています。つまり、人の成長は他者なしでは成し遂げることが難しいということを意味しています。新入社員がビジネスマナーなどを自分のものとして身につける(内化)ためには、新入社員に対してフォロワーをはじめとする他者がどのようなかかわり方をするのかにかかっているのかもしれません。
※1)状況に埋め込まれた文化や知識を確認するための具体的な方法は、『知識創造企業(野中郁次郎・竹内弘高:東洋経済新報社)』に詳しく説明されています。
【参考文献】
中原淳(2012)『経営学習論』東京大学出版会
松尾睦(2011)『職場が生きる人が育つ「経験学習」入門』ダイヤモンド社
ユーリア・エンゲストローム(2010)『変革を生む研修のデザイン―仕事を教える人への活動理論—』(松下佳代、三輪健二監訳)鳳書房
柴田義松(2006)『ヴィゴツキー入門』寺子屋新書
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執筆者紹介
宮崎照行(みやざき・てるゆき)(Training Office 代表) 中央大学経済学部を卒業後、人材開発系ベンチャー企業の参画に携わる。その後、衆議院議員秘書を経て、研修事業・人事コンサルティング事業を主な業務内容としたTraining Officeを設立。
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