中小企業の組織改革:前編
経営革新を支える人材育成:HTCの全員参画型経営戦略
2025.04.11

中小企業の人事担当者、経営者は常に人材不足のリスクを抱え、限られた人材でいかに生産性を上げられるかで頭を悩ませている。課題解決に取り組むにも、「どうやって経営意識を育てるのか」「どのようにして社員が主体的に動く組織を作るのか」について具体的なノウハウが不足している。 HTC株式会社(札幌市)は、「全員参画型経営」を推進し、創業から15年で年商25倍、全ての事業所で黒字化を達成している。従業員全体が経営意識を持ち、主体的に行動する仕組みをどのように構築し、実践しているのか。その秘訣を代表の臼井宏太郎氏に伺った。【取材・構成:編集部】
臼井宏太郎(うすい・こうたろう)
大分県出身。外資系ホテルの飲食マネジメントを5年経験した後、上場コンサルティング会社で5年勤務。2007年にコンサルティング会社を独立し、2009年にHTC株式会社を創業。介護報酬の改定や競争の激化、人材確保の難しさなどで倒産が多発するなど、厳しい状況のデイサービス業界で、初年度の年商は1,900万円、2024年末の年商は10事業所の合計で約5億円と、創業から15年で年商25倍に成長、全ての事業所で黒字化を実現している。。
「全員参画型経営」を採用した背景
──貴社が「全員参画型経営」を採用された背景について教えていただけますでしょうか。
私はもともとコンサルティング業界におりまして、そこでの経験が大きく影響しています。コンサルタントとしてさまざまな企業の問題解決に携わってきましたが、問題を抱える企業には共通した特徴がありました。それは「従業員が自社の目的や目標を知らない」ということです。
コンサルティングを依頼する企業に対しては、まず組織のマネジメント診断を行います。そこで社員やアルバイトも含めた全員にアンケートを取るのですが、「あなたの会社の理念を知っていますか?」「あなたのお店の目標を知っていますか?」という質問に対して、問題のある会社の従業員は答えられないことが多いんです。
そもそも、自社の理念や目標を知らない従業員が、その目標を達成できるわけがないというのが私の考え方です。
ここで「運営」と「経営」の違いについてお話しします。辞書で調べると、「運営」とは「団体などの機能を発揮させること、組織をまとめて動かすこと」、「経営」とは「事業目的を達成するために継続的計画的に意思決定を行い、事業を管理遂行すること。またそのための組織体」とあります。つまり、運営と経営の違いは「組織が目的・目標を持っているかどうか」の違いなのです。
介護における運営と経営の違いで言えば、「運営」は目標を持たずに目の前の介護を業務としてこなすこと、「経営」は目的・目標を持って介護に取り組む組織ということになります。
また、『ビジョナリー・カンパニー』という書籍にもあるように、商品のライフサイクルを超えて長く繁栄し続ける組織には、共通して「理念を維持する仕組み」があります。
私が飲食のコンサルタントをしていた時の経験でも、飲食企業はフランチャイズなどで2〜3店舗までならワンマン社長でも目が行き届きますが、5店舗、10店舗と拡大すると目が行き届かなくなり失敗するケースが多いんです。だからこそ、店舗が拡大しても理念や目標が浸透する仕組みを創業から徹底して作ることが重要だと考えました。
理念と目標を具体化するロジックツリー
──理念や目標の浸透が重要なのですね。
そうです。どこの会社でも理念は掲げていますが、理念というとどうしても抽象的で漠然としたものになりがちです。そのため実現するのが難しいと感じる方も多いと思います。
そこで我々は、理念を言語化してロジックツリーにし、フレームワーク化することで、社員もパートの方も理解できるようにしています。
このロジックツリーでは、我々の存在目的、つまり理念の実現を最上位に置いています。その存在目的を実現するための事業目的が「顧客の満足」と「利益」です。そして「顧客の満足向上」のためには「スタッフのスキルとマインドの向上」という目標があり、「利益向上」のためには「売上(稼働率)の向上」と「コストの適正化」という目標があります。
ここで重要なのは、存在目的は我々だけのオリジナルなものですが、事業目的である「顧客の満足」と「利益」は、事業を営むすべての組織・法人に共通して必要なものだということです。組織が存続していくためには利益がなければなりません。
また、「満足」と「利益」はどちらが大切かと問われれば、両方大切なのです。これは車の両輪のようなもので、満足だけでも前に進まないし、利益だけでも前に進まない。満足と利益の両輪があって初めて前に進むことができ、目的地である理念実現まで到達できるのです。
ただし、満足と利益はどちらが先かというと、売上・利益というのは満足の対価になるので、先に満足があって、後から売上・利益がついてきます。しかし大切さでいえば、満足も利益も両方同じように大切なのです。
このロジックをきちんと教えることで、社員もパートの方も「理念実現のためには満足と利益が必要であり、介護のスキルだけでなく売上やコストのことも理念実現のために必要なんだ」と理解してくれるようになります。そうすることで、全員が目的・目標を意識して経営に参画してくれるようになるのです。
業績向上への直接的な影響
──全員参画型経営が従業員の方に浸透することで、実際の業績にはどのような影響がありましたか。
おかげさまで創業からずっと右肩上がりで成長することができており、売上は創業時の約25倍になっています。当社は現在10拠点ありますが、創業から全店が黒字で、1店舗も赤字を出していません。もちろん単月ベースでは、賞与の月や地震があった月、コロナ禍の初年度などは赤字の月もありますが、年間で見ると創業から15年間、1店舗も赤字を出していません。
各デイサービスの営業利益率の平均は約30%となっています。昨年(2024)の介護事業所全般の平均利益率が2.4%、特にデイサービスは1%台と言われていますので、当社のデイサービスは業界平均の10倍以上の利益率を出すことができています。
現在、日本全体のデイサービスの約49%、つまり約半数が赤字と言われています。また、特別養護老人ホームの6割が赤字、社会福祉法人の42%が赤字という状況の中で、当社は創業から全店黒字で、かつ10倍以上の利益率を実現できているので、全国でも高収益体制を実現できていると思います。
──介護業界には「儲かる」というイメージがないのですが、これほどの利益が出せるのは驚きです。
介護業界は3年に一度の報酬改定で国が介護報酬を決めるという特徴があります。国は、日本の中小企業の利益率の平均(約3%)に合わせて報酬を設定しているので、利益がなかなか出しにくい業界です。
そんな中で、全員参画型経営を実践することで、売上・稼働率も他社よりも圧倒的に高く、またコスト意識もみんなが持って取り組んでくれているので、10倍以上の利益率が実現できていると思います。
──利益を出す方法としては、単純に利用者を増やせば良いということでしょうか。
さきほどのロジックでも説明しましたが、利益は売上からコストを引いたものです。売上を増やし、コストを下げることで利益を向上させます。売上は「客数×単価」に分けることができます。つまり、利用者の人数を増やすか、単価を上げるかということです。
利用者の人数も「新規利用者」と「リピーター」に分けられます。新規利用者をいかに獲得するか、これは営業活動や紹介によって増やします。また、既存の利用者さんの利用回数をいかに増やすか、例えば週2回の方を3回に増やしたり、キャンセルを減らしたりする方法があります。
さらに、利用者さんの単価を上げるという方法もあります。介護度は1から5まであり、高いほど介護度が重くなって単価が高くなります。他にも加算というものがあり、機能訓練や入浴を実施すると加算が増えて単価が上がります。また、利用時間が長い方が、単価が高くなります。
このように売上・利益を上げるために、売上は「利用者の人数×単価」で、それぞれの要素に分解して考えることができます。スタッフ全員がこの考え方を理解して、「新規利用者を増やすために営業しよう」「リピーターを増やすために追加利用の誘致(行事参加誘致や定期利用増回)をしよう」「単価を上げるために加算を取ろう」というように、全員で考えて取り組んでくれるのです。
──つまり、従業員の方一人ひとりが、自分がどの部分に関わり、どう貢献すれば売上につながるのかという仕組みを理解しているということですね。
おっしゃる通りです。この売上構造をスタッフ全員が説明できるレベルで理解しています。単に「売上を上げよう」と言うと営業だけの仕事になりがちですが、このように売上・コスト・稼働率・単価まで細かく分解して考えることで、全員が経営に参画できるのです。
──現場の介護スタッフの方が、利用者の満足度を上げることで新規開拓の営業につながると理解しながら営業を支えている。これは、営業の方も頑張れますね。両方歓迎されているというのが印象的です。
はい、まさにその通りです。
月次会議を通じた組織力の強化
──一人ひとりのスタッフが経営理念を理解し、実践できるようにするための施策として、月次会議があるそうですが、その具体的な進め方と目標設定の仕組みについて教えていただけますか。
当社の月次会議では、冒頭に必ず会社の理念や目的、目標についてスタッフの理解を深めるためのプレゼンテーションを行っています。スタッフ自身が理念や目標について発表するという形式で、これが非常に特徴的です。先ほど説明したロジックツリーの内容を自分の言葉で発表してもらっています。発表するだけでなく、参加者も一緒に考えられるように工夫を凝らしています。例えば家の形の工作物を使って「我が家」に見立てたり、質問を交えながら全員が楽しく参加できるようにしたりと、さまざまな工夫をしています【下画像】。
実は発表している人が一番理解を深められるんです。人に理解してもらうレベルで発表しようと思うと、本当の意味で自分が理解していないと難しい。聞いているだけでは「分かったつもり」になりがちですが、いざ自分の言葉で説明しようとすると難しいものです。
当社では毎月このプレゼンテーションを行っており、10人のスタッフがいる事業所であれば、1年に1回は必ず自分がプレゼンテーションする番が回ってきます。1カ月かけて準備をし、人によっては何回もロールプレイをしたり、上司からレビューを受けたりしながら、どうやったら全員が楽しく参加できるか工夫を重ねています。こうして1カ月かけて準備することで、社員もパートさんも、先ほどのロジックツリーを自分の言葉で説明できるレベルまで理解するようになります。
当社の理念は、他社でよくある朝礼で唱和するだけのものではありません。なぜここまで全員が理念を理解する必要があるかというと、介護は一人ひとりが自分の判断で行うものだからです。入浴介助や排泄介助など、管理者が常に見ているわけではありません。理念は迷った時の判断基準であり、作業として介護をするのではなく、全員が同じ目的意識を持って介護できることが私たちのコアノウハウだと考えています。
創業から15年以上、全店舗で毎月欠かさずこれを行っているので、社員もパートさんも理念を自分の言葉で語れるほど理解し、それに基づいて介護を実践しています。
>>>後編につづく(4/14日公開予定)
【会社概要】
名称 : HTC株式会社
住所 : 〒067-0002 北海道札幌市中央区北2条西3丁目1-12敷島ビル7階
代表取締役: 臼井 宏太郎
事業内容 : デイサービス、看護小規模多機能型居宅介護、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所
URL :https://www.htc-wgy.co.jp/
※情報は2025年3月13日取材時点
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