人事のキャリア【第28回】
「完璧より前進」—制度改革と組織づくりに奮闘(ハイウィン株式会社・市川和幸さん)
2025.04.03

人事の仕事に「完璧」はない——。制度設計から採用、労務問題まで、一人で人事課を立ち上げ、会社の急成長やコロナ禍を乗り越えてきたハイウィン株式会社の市川和幸氏。陸上競技選手から人事の道へ進み、採用活動や評価制度の改革に挑戦し続けてきた経験から見えてきたのは、「100点を求めず、まずは動くこと」の大切さだった。企業の成長とともに人事が果たすべき役割、そして組織を支えるやりがいとは——。【取材・構成:編集部】
関連記事:これまでの「人事のキャリア」。
市川和幸(いちかわ・かずゆき)
1991年に静岡大学を卒業後、出身地である兵庫県の自動車販売会社に入社も、夢を諦めきれずに翌年退職。5年間陸上競技に打ち込み、区切りをつけ1997年に神戸ダイヤメンテナンス株式会社へ役員秘書として入社。ISO推進室長/業務室長/管理部部長代理を経て、業務部長代理 兼 駐車監視事業部長代理として主に人事労務の制度設計に携わる。2015年12月に退職し、ハイウィン株式会社へ入社。人事課長として採用活動に従事。その後、人事課を立ち上げ、さまざまな人事労務業務を経験。2023年に人事課課長兼総務課課長に就任。
夢を追いかけた陸上競技から人事へ
──プロフィールを拝見して気になったのですが、「1992年に夢を追っていた」というのは、具体的にどのようなことをされていたのでしょうか。
中学時代から陸上部で投擲をやっていました。中学校では円盤投げで日本一になり、大学でやり投げに転向し、卒業後は車の営業に就職しましたが、面接の時に「陸上を続けたいです」と伝えたぐらい本気で取り組んでいたんです。
ただ、実際はとても忙しくて続けられませんでした。諦めきれなくて静岡に戻り、やり投げをしながらも給料をいただける会社に就職したんです。日本のトップクラス、できれば国際大会に出られるくらいまでという夢はあったのですが、残念ながらそこまではいきませんでした。でも、やり切りましたね。もう自分で満足したというか、納得したというか。そこまではできたかなと思います。
──その後、神戸ダイヤメンテナンスに役員秘書として入られています。未経験での人事業務に不安はなかったのですか。
心配は特になかったですね。チャンスだと思いました。一般的な職種に応募したのですが、入社した途端に社長から秘書的な仕事を頼まれました。実際には、トラブル対応が多く、「社内の従業員が弁当を買いに行く途中で溝にはまって怪我をした。これは労災にすべきか否か、その根拠を出しなさい」というような宿題が出される。そこから就業規則の作り直しやISOの事務局など、さまざまな仕事が順番に回ってきました。
大学時代の就職関連の説明会で誰かが「人事にはエースを投入しなさい」と書いていたのを見て、「人事って良いよね」と漠然と思ったんです。当時20歳そこそこの若造でしたので、「人事ってかっこ良いよね」というのが残ったんでしょうね。
──2015年まで務められ、その後、ハイウィン株式会社に入られました。経緯を教えていただけますか。
就業規則や給与制度、退職金制度なども全部作り直し、駐車監視員事業の立ち上げなども行った段階で、もうやり切ったという感じがあったんです。当時、部長代理まで役職は上がっていたものの、子会社のため部長には上がれないという状況でした。役職も上がらないし給料も上がらない。もっと楽しく張り合いのある仕事がしたいと思って転職を考えました。
他に専門的な知識や技術を身につけていたわけではないので、人事の管理職での募集を探していましたが、厳しかったですね。人事の管理職・課長・部長を募集するというのは、たいていの場合、その会社に枠が一つしかないんです。少し甘く見ていたなと思いました。
ハイウィンは最初に内定をいただいたというのもありますが、会社として「自分が人事として経験できることがたくさんありそうだなと」と思えたのが大きかったです。前職でも人事的な仕事はしていましたが、制度を作る・導入するというのがメインで、採用や人材育成などはほとんど経験がなかったんです。募集の際に、仕事内容が採用をメインにできるというのも一つの魅力でした。
でも、面接の時に「日本法人の営業マンを倍増する」という話があって、これはとんでもない仕事だと思いましたね。
人事課を立ち上げるも、一からのスタート
──採用の経験がない中で、どうやって大量の人数を採用していったのでしょうか。
基本的に私は選考には関わらないところからスタートしました。武器としては有料の求人媒体を数多く使うことです。応募が来たら、全部その拠点なり部署へ案内するという形です。そうすれば数は取れました。
2016年から18年ぐらいまで、営業マンも増えましたが、工場も45人だったのが、派遣社員も含めて100人くらいになりましたね。
実は、「人事課長」という肩書きでしたが、「人事課」はありませんでした。私が入社する前も人事の仕事は存在していて、総務課所属の人が対応していたのを私が全部引き上げて、人事課として独立させる必要があったんです。並行して採用活動も進めなければならなかったため、一人ではとても対応しきれないと感じ、まずは採用数を増やしそこから、「人事課」(をつくるため)へ人を入れたいと考えました。
── 人を増やして、順調に人事課を立ち上げられたのですか。
その後、なんとか人事課を立ち上げたものの、神戸本社の移転があって、また苦労したんです。元々は神戸の三宮、神戸の中心に神戸本社がありました。それが2021年から22年にかけて神戸市の西区に新しく本社工場を設置することになり、基本的に全員がそちらへ移ることになったのですが、中には「西区まで通えません」という人が結構いました。
営業マンはほぼ全員移りましたが、営業のアシスタントは5人くらいが退職しました。半減したようなイメージです。人事と総務に関しても3名が退職して、もともといたメンバーは私だけになりました。もちろんその前に補充して何とか乗り切りましたが、中にはハイウィンで20年というベテランもいて、その人も抜けてしまうと、「過去にこんなことがあった」「こういう対応をした」といった知識も失われてしまうんです。その意味では大きな痛手でした。
せっかく立ち上げて大きくなってきた人事課をまた作り直すようなイメージです。ノウハウ的なところは多少残っていましたが、やはりまた一からというところはありましたね。
外資系企業の人事としての苦労
──貴社は外資系企業(台湾)ですが、外資系ならではの苦した点はありますかか。
やはり、台湾にないような制度を提案しても、なかなか理解が得られないことがあります。できるだけ説得して良さを分かってもらえるよう努力しています。
最も苦労したのは人材派遣の導入です。2018年に工場で人手が足りない時に派遣会社に手配してもらい稟議書を出したのですが、それが通らなかったのです。台湾には「人材派遣」という概念がなく、「人買い」のような印象を持たれてしまいました。日本では法律もあってしっかり整備されていることを理解してもらうのに苦労しましたね。
──そうした環境のなかでも制度改革に次々と着手されたそうですが、ご自身が整備した制度で手応えを感じているものはありますか。
一番は人事考課ですね。特に営業職に関しては、もともと何となく雰囲気で上司が主観的に評価し、数字で出てくるのは売上だけという制度でした。売上や受注ももちろん大事ですが、売上目標を達成するためのプロセスを評価項目に入れたのが良かったと思います。
以前は売上額や受注額そのものが評価対象でしたが、営業拠点によって見込まれる額は違いますし、同じ営業所でも担当しているお客さんによって大きな差があります。そうなると、スタートする前から順位が決まっているような不公平感がありました。それを「目標に対する達成度」という形に変えたことは、営業にとって大きな変化だったと思います。
── 評価制度を変えたことで、社員の意識はどう変わりましたか。
取り組みやすくなったという声は聞いています。目標設定からスタートするようになりましたので、その点は良くなったと思います。評価項目に顧客訪問件数なども入れることで、どういう行動を取れば受注や売上が上がるのかを示せていると思います。。
人事担当者とキャリアを磨く中で、辛い仕事にどう向き合うのか
──普段どのような勉強をして、人事担当者としてのキャリアを磨いているのですか。
今はネット上に情報が溢れていますので、情報を得ること自体は苦労しません。自分が関心を持ったテーマや将来関わりそうなことを前倒しで深掘りするようにしています。法律が変われば当然その内容を確認することも必要です。私自身はこれ以上上を目指すというよりは、知識を増やしていきたいと考えています。
──書籍などから体系的な知識は学べると思いますが、人事業務は会社によって個別具体的な問題や課題が発生しがちです。そういった対応力を磨くために意識されていることはありますか。
基本的に一人で対応しないようにしています。例えば退職する従業員の面談も、基本的には会社に何が足りなかったのか、どうすれば良くなるのかといったことを聞くのですが、私のチームの人事メンバー2人で聞くようにしています。
そうすると私とは違った視点から質問をする人がいて、それが勉強になります。採用の面接なども必ず2人で行い、さまざまな視点から質問をします。
特に厄介なのは退職勧奨や問題を起こした従業員の懲戒面談ですが、そういう場面でも一人ではなく二人で対応するようにしています。
──退職勧奨はどの人事にとっても、辛い仕事のうちの1つです。どのように向き合っていますか。。
問題を起こした人に対しては仕方ないという感覚はありますが、結果を出せない人については違います。能力不足や適性がないのかもしれませんが、「ちゃんと教えたの?指導したの?」と正直、思ってしまうこともあります。その人一人の責任ではないと思いつつも、会社としての判断があって動かざるを得ない。それはしんどいですね。もう一段階前であれば「こういう取り組みをしてみよう」と声をかけられるかもしれませんが、会社として辞めてもらう決定が出た後に私の出番になるので、そこは辛いです。
──そういう思いをしないために、普段から何か意識していることはありますか。
積極的な動きはなかなかできませんが、各拠点に行く機会があるので、その時に社員の悩みを聞くようにしています。上司に話しづらい内容や、人間関係の悩みもあります。それを会社としてどう対応するか、社長を交えて話し合ったりします。
以前の人事が私一人だった時にはそういう相談はあまりありませんでしたが、今は人事が3名体制になり、経験豊富な女性スタッフへの相談が増えています。「人間関係でやめたい」という相談も、結論が出る前に入ってくるようになりました。
人事の立場としてはそういう問題が起きないように制度や体制、環境を整備していくことも役割ですが、なかなか一朝一夕には効果は出ません。一つずつやっていくしかないと思います。
教育や人材育成、研修は重要だと分かっていても、しっかり取り組めている会社は少ないと思います。単発で研修をやっても効果はなく、人はそう簡単には変わりません。繰り返し行う中で少しずつ効果が出てくるものなので、体系的にやらなければならないと思っています。ハラスメントやメンタルヘルスの研修も1回で終わりではなく、繰り返しやっていく必要があります。
100点にこだわらず、タイムリーに求められることをやる
──人事の仕事でやりがいを感じる部分についてお聞きします。市川さんこれまでの話を聞いていると、新しく作る、自分が企画するという点に魅力を感じているのだと思いますが、何もないところから整備するのは大変です。そこにモチベーションを持てる理由を教えてください。
当然、会社側のニーズもありますが、やはり従業員にとって良くなるだろうと思いながら作るわけです。人事考課にしても透明性を高めるなど、できるだけ良くなるように考えて作ります。それが結果として出るにはしばらくかかるかもしれませんが、思った通りの仕組みができたときの達成感は間違いなくあります。
──責任やプレッシャーも大きいのではないでしょうか。
その辺は強いのかもしれません。悪く言えば「失敗したら戻せばいい」という考えもあります。今より悪くはならないと思ってやっています。完成度100%というのはなかなか何をやるにしてもないと思うんですよね。70%、80%を一つの線として考えています。100点のものはなかなかできません。80点のものを導入して、次の見直し時にもそのタイミングでの80点を目指す。そうすれば100点にはならないけれど、より良くなっていくと思っています。
──人事の仕事は会社全体の仕組みやルールに関わるため、100点でないといけないという考えになりがちですが、そこまで目指さない方が良いのでしょうか。
100点を目指すのはもちろん良いと思いますが、実際には100点はできないと思います。足りない部分は運用面で補っていくのだと思っています。そうでないと仕事は進みません。できあがった制度で足りない点は運用し始めると出てきますし、間違っている部分もあります。直すべきものは速やかに訂正しますが、少し足りない部分は運用でカバーできると思います。それよりもタイムリーに制度を導入することの方が大事だと考えています。
──最後に、今後の目標を教えてください。
「人が辞めない会社」。これが最大の目標です。せっかく入社した人が退職していくということが少なからずあります。人事課としては一番寂しい瞬間です。従業員が「退職」という選択をしなくていい会社にしていきたいです。
──ありがとうございました。
市川さんのある日のスケジュール
5:00 起床。担当している家事を済ませて朝食。7:00には自宅を出発します。
8:40 出社。(電車とバスを乗り継いで約100分です)
9:00 始業。メールのチェック、メンバーの勤怠管理システムの確認からスタート。
10:00 来年度の採用計画(案)を検討開始
12:00 ランチ
13:00 採用面接の準備(応募書類の確認など)
13:30 採用面接 職場見学・工場見学なども実施
15:00 採用面接の記録。上司へ2次面接の要請。
16:00 他拠点・他部署メンバーからの相談に対応
17:00 人事課ミーティング
18:00 求人広告の原稿チェック、求人サイトのスカウト配信
19:00 事務処理(雇用契約書の確認・捺印、購買申請の承認など)
19:30 退勤
21:30 風呂・夕食・家族団らん
23:00 就寝
市川さんの主な年間スケジュール
企業情報
ハイウィン株式会社
・事業内容:精密機械部品・機器メーカー
・本社所在地:兵庫県神戸市西区井吹台東町7-4-4
・設立年:1999年
・従業員数:175名
・企業URL:https://www.hiwin.co.jp/
※情報は2025年3月末時点
【参考】「人事のキャリア」シリーズ一覧
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