キーパーソンに聞く
一橋大学教授・楠木建氏が語る、経営における「リーダーの定義」
2016.11.07
ビジネスや経営におけるリーダーの定義とは何か。さまざまな切り口がありうるが、もっとも単純でストレートな定義は、彼もしくは彼女が人々をどこに「リード」しようとするのか、その向かう先に注目するというものだ。
ビジネスとはあっさり言って「商売」。あらゆるビジネスパーソンは「商売人」でなければならない。商売である以上、ゴールは長期利益の獲得にある。「仕事ができる人」というのは要するに「稼げる人」。逆に言えば、「能力のない人」というのは、ようするに商売の稼ぎに直接・間接に貢献できない人のことを指している。
リーダーがリードする先にあるのは、「稼ぎ」であり「儲け」である。稼ぐ力の原動力となる人のことをリーダーという。「どうやって儲けるか、そこのところを私がひとつ考えます」とばかりに戦略を構想し、その「稼ぎ」「儲け」に向けたストーリーに沿って組織の人々を束ね、動かす。ここにビジネスのリーダーの一義的な役割がある。それ以外は全部おまけといってもよい。
ビジネスの成果を決める3つの要素
「稼ぐ」とはどういうことか。きわめて単純で、それは、
1.売り上げが上がる
2.コストが下がる
3.もしくは1と2の両方
この3つしかない。ビジネスの成果もつまるところはこの3つのいずれかに集約される。
会社の浮沈を左右する意思決定を担う経営者や、売り上げをつくる営業の最前線にいる人、コストダウンに取り組むオペレーションの現場にいる人だけではない。本社の法務部や人事部にいようが、研究開発部門にいようが、会社のどの部門でどんな仕事をしているかに関わらず、自分の日々の仕事の一挙手一投足が、上記の3つのどれかとしっかりつながっている。稼ぎに向けて周囲の人々を鼓舞し、突き動かす。そうでなくてはリーダーとはいえない。
逆に言えば、最先端のITとファイナンスの知識を有し、3種類の外国語がペラペラで、プレゼンテーションのスキルがバリバリで、会社の組織の高い職位に就いていたとしても、毎日の仕事が上の3つのいずれともまるでつながっていない人は、ビジネスの世界ではタダの無能力者だ。会社のお荷物に過ぎない。
ここでいう意味でのリーダーは、仕事の対象を特定の機能部門に限定してしまうとなかなか育たない。リーダーや経営者には「担当」はない。商売丸ごとをすべて動かして成果を出す。それがリーダーの仕事である。
「お詫びスキルがひたすら向上する客室乗務員問題」
僕の経験した極私的な例で説明しよう。僕は自腹で出張するときは、飛行機はかならずエコノミーに乗る(仕事先が旅費を負担してくれるときはありがたくビジネスクラスで行くが)。私的な旅行はもちろんエコノミー。エコノミー席だと、機内食といっても選択肢が2つぐらいしかない。たとえば、「照り焼きチキン丼」か「カレーライス」というのがよくあるパターン。
客室乗務員がエコノミーの前のほうの席の人から順番に注文を取っていく。後ろのほうの席に座っている僕としては、カレーライスにしたいと思いつつ、彼女が注文をとりにくるのを待っていた。ところが、僕の何列か前のところでカレーライスが売り切れになってしまう。
「カレーはもうないのですか?」と聞くと、乗務員は「本当に申し訳ございません……」と、心の底から申し訳なさそうな表情と声のトーンでお詫びをしてくださる。優れた接客担当者のスキルではあるのは間違いない。あまりに謝るのがうまいので、こちらとしても自然と「いや、照り焼きチキンで結構です」ということになる。
スキルを総動員した「プロのお詫び」と、繰り返される欠品
で、数ヵ月後。同じ路線の出張でエコノミーに座っていた。例によって照り焼きチキンかカレーライスかの選択。で、またしても僕の直前にカレーライスは売り切れてしまうのであった。で、客室乗務員が同じようにスキルを総動員した「プロのお詫び」となる。
「え、あ、チキンで結構です」と答えつつも、僕は不思議な気がした。このお詫びのスキルに優れまくった乗務員はこれまでに何百回欠品のお詫びをしてきたのだろう。繰り返すたびにお詫びのスキルが磨かれてきたに違いない。それにしても、なぜ同じ欠品を繰り返すのか。もう少し「商売人」の視点があれば、お詫びスキルを磨くよりも、「チキンとカレーの発注ミックスが悪い。客は明らかにカレーを選ぶので、従来の50:50ではなく、30:70でカレーに傾斜した発注に変更するべきだ」という提案を機内食の調達部門に出して、発注ミックスの変更に動くだろう。そうすれば、上手に謝るよりも顧客の満足度が上がり、少しでもリピートが増えるのではないか(つまり、売り上げの増大)。
もっと踏み込むとこういう手も十分にアリだ。そもそも機内食を2種類用意するのが間違っている。どうせエコノミー、顧客は美味しくもない食事にはそれほど期待していない。だとしたら、いっそのことカレーライスに一本化したほうがいいのではないか。オペレーションが簡素化する。食事の仕入れコストも多少なりとも下がるはずだ(つまり、コストの削減)。しかも、そうすれば乗客の希望とのミスマッチがそもそもなくなるし、手際もよくなるので、かえって顧客の満足度は上がるかも知れない(つまり、売り上げの増大とコストの削減の同時追求)。
こうした成り行きを僕は「お詫びスキルがひたすら向上する客室乗務員問題」と言っている。このように細分化された自分の「担当」の範囲に仕事を限定してしまうと、リーダーにはなれない。稼ぐための発想と行動が抑圧されてしまう。
「専門性のあるプロ」はリーダーの条件ではない
繰り返すが、担当がないのがリーダーだ。あらゆることに手を突っ込み、あらゆる可能性をとらえて、売り上げを上げるかコストを下げるか、もしくはその両方を一挙にやる。それは丸ごと全体を扱う総合芸術に他ならない。
「専門性のあるプロになれ」「市場価値のある人材を目指せ」としばしば喧伝されるが、この手の話は2つある市場価値のうち、片方しか見ていないという意味で思慮が浅い。ここで想定されている市場価値とは、ある特定の機能や専門性で定義された労働市場での値段である。たとえば「なんとかの言語ができるプログラマー募集」とか、「M&Aのデューデリジェンスができるスタッフ募集」など、求人広告の条件に書いてあるような標準的なスキルだ。世の中にすでにある「出来合いの価値」といってもよい。これはこれでもちろん価値がある。専門的なスキルをもっているに越したことはない。
リーダーの真の価値は「あいつは頼りになる」と思われること
しかし、リーダーの真の価値とは、ようするに「あいつは稼げるよ」「あいつは頼りになる」と思われるということだ。別に営業のプロとか社長業でなくてもいい。財務のような間接部門に分類される仕事でも、「あいつは儲けの匂いがする……」と思わせる人がいるものだ。
ビジネスの世界では、古今東西、これこそが誰もがいちばん欲しがる能力である。なぜかというと、答えは単純明快、みんな稼ぎたくてしょうがないから。「自分がやればもっと稼げますよ」「売り上げを伸ばします」「コストを下げます」、そういわれて「時期尚早だ」とか「頼むからやめてくれ」という人は絶対にいない。
「スーパー担当者」ではなく、商売丸ごとを動かせるリーダーを目指せ
確かに専門性や市場価値も大切だが、特定の担当分野でのスキルをどんなに高めても、たどり着く先は「スーパー担当者」であり、ビジネスのリーダーではない。ましてや、目先の専門性や小手先のスキルに幻惑されて「お詫びがやたらに上手な客室乗務員」になってしまっては元も子もない。
最悪なのは「代表取締役担当者」。こういう人物が会社全体を率いるポジションに腰を据えてしまうともうどうしようもない。「全社総担当者制」になってしまう。
稼ぎに向けて商売丸ごとを動かせるリーダーがいるかどうか。そういう人物がしかるべき役職に就いているか。ここに会社の稼ぐ力の分かれ目がある。
執筆者紹介
楠木建(くすのき・けん)(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授) 専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。
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