「人的資本経営」の実践のポイント 第3回
人的資本経営の実践に向けて――ミドルマネジメントの再定義
2023.08.01
人的資本経営の実践に際して重要な「ミドルマネジメント」に注目
本連載では、人的資本経営の実践のポイントとして、「人的資本の情報開示」「人事部の役割変化」「ミドルマネジメントの再定義」「マネジャーのリスキリング」などのキーワードに注目し、4回にわたってお伝えします。
前回は、人事部の役割・人事部への期待がどのように変わっているかについて、転職市場動向のデータも交えてお伝えしました。
第3回目となる今回は、人的資本経営の実践に際して重要な「ミドルマネジメント」に注目してみましょう。
参考:
第1回 人的資本の「情報開示」のポイント――2つの軸・4つの観点で考える
第2回 人事部門の役割が変化している――「管理」から「戦略策定・推進」へ
解説 リクルート HR横断リサーチ推進部 マネジャー/研究員 津田 郁
2011年リクルート海外法人(中国)入社。グローバル採用事業『WORK IN JAPAN』のマネジャー、リクルートワークス研究所研究員などを経て2021年より現職。 現在は労働市場に関するリサーチ業務に従事。専門領域は人的資本経営、リーダーシップ、人材マネジメントなどの組織論全般。経営学修士。
- 目次
-
- 「心を持つ資本」だからこそ、現場管理職の向き合い方が重要
- ミドルマネジメントを再定義するための4つの観点
1)役割 2)任用 3)育成 4)評価
「心を持つ資本」だからこそ、現場管理職の向き合い方が重要
前回お伝えしたとおり、人的資本経営の実践を主導する役割を担うのは人事担当者です。そして、もう一つのキープレーヤーが「ミドルマネジメント(中間管理職)層」です。人的資本経営を実現するためには、ミドルマネジメント層の役割を見直し、再定義する必要があると考えています。
なぜなら、企業経営に必要なさまざまな資本(財務資本・知的資本・製造資本など)の中でも、特に人的資本は「心を持つ資本」であるからです。「資本」という言葉を使っているものの、向き合う対象は人。一緒に働く人の関係性や組み合わせ、働きかけ方や期待のかけ方といった日々のコミュニケーションによって人的資本のパフォーマンスは変わってくるものです。そこがこのテーマの面白さであり、難しさであるともいえるでしょう。
まずは企業が感じるミドルマネジメントについての課題感について見てみましょう。リクルートでは2023年3月、企業の人事担当者を対象に、人材マネジメントをテーマとしたアンケート調査を実施(回答数:5,048人)。所属する企業において「管理職のマネジメントの制度を変えたり、従来のやり方を見直したりする必要性を感じているか」という質問に対し、4割弱の方が「感じている」と回答しました(強く感じている:9.7%、やや感じている:26.7%)。
「感じている」という回答者の割合は企業規模が大きくなるほど高まり、300人規模を超えると5割近くに達しています。従業員数が多いほど中間管理職の人数や役割が多く、課題意識が強くなっている現状が見てとれます。
※「調査結果:ミドルマネジメントに感じる課題(レポート『人的資本経営の潮流と論点2023 ミドルマネジメントによる人的資本経営の実践』P30)」より
では、なぜ従来のやり方を見直す必要性を感じているのでしょうか。多くの人が選択したのは、次の理由でした。
「管理職のマネジメントスキルが低下しているため」
「従来のマネジメントスキルややり方では成果があがらなくなっているため」
「従業員が多様化しているため」
これらの回答にも、企業規模が大きくなるほど課題を感じている傾向が表れています。
※「調査結果:ミドルマネジメントに感じる課題(レポート『人的資本経営の潮流と論点2023 ミドルマネジメントによる人的資本経営の実践』P30)」より
このようにミドルマネジメントについての課題感が確認されていますが、あわせてミドルマネジャーたちが置かれている状況にも目を向ける必要があります。
リクルートワークス研究所の調査(※)では、ミドルマネジャーの約9割はプレイングマネジャーである実態が浮き彫りとなりました。
※「窮地に陥るミドルマネジャー(レポート『人的資本経営の潮流と論点2023 ミドルマネジメントによる人的資本経営の実践』P26)」より
仕事の時間の一部あるいは大部分をプレイング業務に割いており、メンバーやチームのマネジメントに専念できない状況。さらに、働き方改革によって残業時間削減が迫られる中での労働時間管理、厳格化するコンプライアンスへの対応、セキュリティ対策など、より負荷が大きくなっています。
こうした多重責務により、疲弊しているマネジャーも多いと推測できます。
こうした実情を踏まえると、ミドルマネジメントの課題や実態に目を向けないまま人的資本経営の取り組みをミドルマネジャーに丸投げしても、実現は期待できないのではないでしょうか。
私は、人的資本経営を実践していくにあたり、ミドルマネジメントの役割を再定義することが重要であると考えています。
※ 「マネジメント行動に関する調査」(リクルートワークス研究所)
従業員100人以上の企業に勤務し、部下がいる課長相当の管理職を対象に2019年3月に実施。2183人から回答を得た
ミドルマネジメントを再定義するための4つの観点
ミドルマネジメントを再定義するにあたっては、4つの観点で考えていただきたいと思います。
「役割」「任用」「育成」「評価」です。
1)役割
ミドルマネジャーに期待する役割や行動があいまいな状態では、マネジメントスタイルが自己流に陥りやすくなってしまいます。結果、プレイング業務の割合が高くなったり、本来マネジャーがやるべきではない仕事の時間が増えたりしてしまいます。ある程度その人らしいマネジメントのスタイルがある事は大切ですが、基本的にその企業のミドルマネジメントとして求められる行動やスキルは何なのか。ミドルマネジャーに期待する役割を「行動規範」や「具体的なスキル」に落とし込み、「ミドルマネジメントポリシー」を明示することが重要です。
2)任用
従来の管理職は、実力に加え「年功」によって登用するケースが多く見られました。これからの時代は、年齢問わず、リーダーシップやマネジメントスキルを重視した登用がさらに求められるでしょう。
実際、ここ数年で「脱・年功序列」を打ち出す大手企業が増え、若手社員を管理職に抜てきする制度の導入も進んでいます。
3)育成
「管理職研修」は多くの企業で実施されていますが、その内容はやや画一的な傾向が見られます。しかし、事業環境や働く人の価値観は多様化しています。「すべての人を活かす」という観点で、個を活かしていくために必要なマネジメントスキルを新たに開発していく必要があるでしょう。
4)評価
一度昇進すれば「降格」がないことから、ミドルマネジメント層が硬直化している企業は少なくありません。
ミドルマネジメントの在り方を適正に変化させていくためには、多面的に評価する仕組みを設けるのも有効です。先進的な企業では、部下による管理職への評価制度を導入しているケースも見られます。
※「ミドルマネジメントの再定義:2(レポート『人的資本経営の潮流と論点2023 ミドルマネジメントによる人的資本経営の実践』P28)」より
以上、4つの観点を挙げましたが、特に重要なのは、ミドルマネジャーについて「何をする人なのか」「何が期待されるのか」の解像度を高くして示すことだと考えます。
Googleを例に挙げてみましょう。同社ではマネジャーに期待する行動規範として、10の項目を明示しています。
このような具体的な指針があれば、マネジャーは自身がとるべき行動、身に付けるべき能力を把握できるでしょう。
※「マネージャーの行動規範(グーグル)*[レポート『人的資本経営の潮流と論点2023 ミドルマネジメントによる人的資本経営の実践』P28]」より
*優れたマネージャーの要件を特定する「Googleマネージャーの行動規範」 (Google re:Work)をもとに株式会社リクルートが作成
多くの日本企業ではミドルマネジメント層の役割がやや曖昧な状態です。人的資本経営の方針を打ち出していく中では、要となるマネジャー層が「自分に何が求められているのか」「何をすべきなのか」を明確に認識できるように「再定義」を図ることが重要であると考えます。
次回は、マネジャーの「リスキリング」についてお話しします。
編集部注:この記事は画像含めリクルート社から提供の寄稿です。2023年5月23日時点の情報をもとに作成しています。
>>>第4回 人的資本経営の実践に向けて――マネジャーのリスキリング
「人的資本経営」の実践のポイント(連載)
第1回 人的資本の「情報開示」のポイント――2つの軸・4つの観点で考える
第2回 人事部門の役割が変化している――「管理」から「戦略策定・推進」へ
第3回 人的資本経営の実践に向けて――ミドルマネジメントの再定義
第4回 人的資本経営の実践に向けて――マネジャーのリスキリング
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