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「人的資本経営」の実践のポイント 第1回 


人的資本の「情報開示」のポイント――2つの軸・4つの観点で考える

2023.07.12

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人的資本経営を取り巻く企業の現状、開示情報の種類、先進企業の例などを紹介

近年、「人的資本経営」が注目を集めています。これは、人材を「資本」と捉え、人材の価値を最大限に引き出すことで中長期的に企業価値を向上させていこうとする経営のあり方を指します。

本連載では、人的資本経営の実践のポイントとして、「人的資本の情報開示」「人事部の役割変化」「ミドルマネジメントの再定義」「マネジャーのリスキリング」などのキーワードに注目し、4回にわたってお伝えします。

第1回目は、「人的資本の情報開示」について、企業の現状、開示情報の種類、先進企業の例などをご紹介します。

解説 リクルート HR横断リサーチ推進部 マネジャー/研究員 津田 郁

リクルート HR横断リサーチ推進部 マネジャー/研究員 津田 郁氏2011年リクルート海外法人(中国)入社。グローバル採用事業『WORK IN JAPAN』のマネジャー、リクルートワークス研究所研究員などを経て2021年より現職。 現在は労働市場に関するリサーチ業務に従事。専門領域は人的資本経営、リーダーシップ、人材マネジメントなどの組織論全般。経営学修士。

目次
  1. 「投資戦略」と「情報開示」の両輪を回していく
  2. 情報開示の実感値。「できている」は2割程度
  3. 2つの軸と4つの観点で人的資本の情報を整理する
  4. 情報開示のポイントは「ストーリー化」
  5. 情報開示をきっかけに「対話」を始める

「投資戦略」と「情報開示」の両輪を回していく

人的資本経営の考え方について、私は下記図のようなイメージで整理をしました。
人材を最重要の資本と捉えて、すべての人材を活かすことが土台となり、その上で人的資本の投資戦略と情報開示をぐるぐると回して人的資本の持続的な価値向上をはかり、企業価値につなげていきます。
特定の人材だけを活かすのではなく、多様な軸をもって人材のポテンシャルを見い出し、「すべての人材を活かしていく」という人材観が、人的資本経営の実現に向けた出発点になります。

人的資本経営の全体像のイメージ

人的資本の「情報開示」のポイント――2つの軸・4つの観点で考える’人的資本経営」の実践のポイント 第1回/株式会社リクルート)

情報開示の実感値。「できている」は2割程度

人的資本経営の議論の中で特に注目されるポイントが「情報開示」です。現在、グローバルで人的資本の情報開示が進んでいます。
日本では2022年8月、政府が「人的資本可視化指針」を発表。2023年3月期決算以降は、上場企業など約4,000社を対象に、有価証券報告書において一部の人的資本に関する情報の開示が義務化されました。

企業の人事担当者を対象に、「自社では人的資本の情報開示ができているか」という実感値について質問したところ、「十分にできている」あるいは「できている」と答えた人事担当者は全体で約2割(21.3%)にとどまりました。
上場企業であっても35.2%、非上場企業では13.5%と、情報開示がなかなか進んでいない現状が浮き彫りとなりました。

社外に対しての人的資本の情報開示の状況(2023年3月時点、単一解答)

人的資本の「情報開示」のポイント――2つの軸・4つの観点で考える’人的資本経営」の実践のポイント 第1回/株式会社リクルート)

※レポート「人的資本経営の潮流と論点2023 ミドルマネジメントによる人的資本経営の実践」より
※全サンプルのうち、従業員規模30人未満は集計対象外とした
※株式公開の状況は2023年1月1日時点のもの
※株式公開の状況が「分からない」と回答した69人を上場・非上場の集計から除外した
※上場企業は、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」「その他の市場」のいずれかを選択した者の回答結果を集計
※人的資本の情報開示とは、「人材の情報や企業価値向上に向けた人材戦略・人材投資を、公式サイト・有価証券報告書 などで公表していること」として回答を得た
※%を表示する際に小数点以下第2位で四捨五入しているため、合計値と計算値が一致しない場合があります

2つの軸と4つの観点で人的資本の情報を整理する

前述の調査結果は、情報開示ができているという実感値が決して高いとは言えない状況を示しています。これは多種多様(※)な人的資本の情報を、実際のところどのように整理して開示すれば良いかわからない、難しいという実態を表しているのではないでしょうか。ここでは、政府の「人的資本可視化指針」を参考に2つの軸・4つの観点を紹介します。

※例えば、国際標準化機構が発表した規格「ISO30414」においては、開示を推奨する情報を11領域に分け、さらに58の具体的項目を示しています。ISO30414の11領域/コンプライアンスおよび倫理、コスト、多様性、リーダーシップ、組織文化、組織の健全性・安全性・ウェルビーイング、生産性、採用・異動・離職、スキル・能力、サクセッションプラン(後継者育成計画)、労働力の利用可能性

●「リスクマネジメント」と「価値向上」

「リスクマネジメント」の観点は、健全な企業運営や社会的責任に関するもの。従業員の健康・安全、ダイバーシティへの取り組み、コンプライアンス研修などに関する情報がこれにあたります。これらの取り組みは、いわば人的資本経営の基礎に該当します。これらの情報についての取り組み内容やデータを開示することで、ステークホルダーに対して人的資本への働きかけの適切さや健全性を伝えることができます。

一方、企業の戦略実現に資するのが「価値向上」の観点です。従業員エンゲージメント向上や人材への投資、人材育成の取り組みに関する情報などが例として挙げられます。人的資本経営の目的は人材を通じて企業価値を高めることにあります。「リスクマネジメント」の観点と合わせて、経営戦略の実現に向けてどうやって人的資本の価値を高めていくかを示す必要があります。

●「比較可能性」と「独自性」

「比較可能性」とは、企業や業界を問わず共通性が高い情報を意味します。例えば「女性管理職比率」は、企業ごとに管理職の定義に差があるものの、他社に比べて高いか低いか、過去と比べて上がっているか下がっているかといった比較が可能な指標といえます。
これに対し、「独自性」は、企業固有の経営戦略やビジネスモデルを遂行するための人材戦略・人材投資に関する情報です。

人的資本情報の4つの観点

人的資本の「情報開示」のポイント――2つの軸・4つの観点で考える’人的資本経営」の実践のポイント 第1回/株式会社リクルート)

情報開示のポイントは「ストーリー化」

これら4つの情報開示の観点はどれも重要ですが、もっとも他社との違いを示せるのは「価値向上×独自性」に該当する情報の発信でしょう。

これらの情報を整理し、開示する際のポイントは、「一貫性のあるストーリーを伝える」ことです。
データをただ羅列するのではなく、自社の「経営理念」「人材観」「人的資本の投資戦略」「進捗状況・KPIの状況」などを一貫性のあるストーリーに仕立てて発信することで、それを見るステークホルダー(投資家・顧客・従業員・地域社会など)の納得を得ることができます。

ストーリー性がある情報開示を実践している企業の実例をご紹介しましょう。

日立製作所では、「日立サステナビリティレポート2022」において、人財戦略をWhy-What-Howで整理して開示しています。
まず「Why(なぜ取り組むのか)」として、基本方針を解説。続いて、取り組むテーマごとに「What(何に取り組むのか)」「How(どのように取り組むのか)」を示しているのです。
「What」の1つに挙げられているのが「デジタル人財の育成」。その「How」としては、「2024年度にデジタル人財をグローバルで約9万8000人に増強」を目標に設定し、実現に向けての各種施策を示しています。また、進捗・達成状況のグラフも明示しています。

成長戦略として掲げた「デジタル技術を活用した社会イノベーション事業の加速」にもとづき、それを実現するために必要な人材の確保および育成の方針まで開示できている好例といえるでしょう。

三井化学グループは、「人材マネジメントポリシー」を中心に据えて情報開示を行っています。
同社では、会社観点の目標としての「三井化学グループの持続的成長」とともに、個人観点の目標として「従業員の幸福と自己実現」を打ち出しています。そして、「組織編成」「人材採用」「人材配置」「人材開発」「評価」「処遇」といった各人事施策において、両者の観点で考え方を開示しているのが特徴的です。

人的資本の「情報開示」のポイント――2つの軸・4つの観点で考える’人的資本経営」の実践のポイント 第1回/株式会社リクルート)

例えば、「評価」に関する開示では、「評価結果のフィードバック面談実施率」と「評価結果のフィードバックに対する納得度」の数値の推移を掲載しています。従業員個人の気持ちやキャリアビジョンに寄り添う企業姿勢が感じられます。

情報開示をきっかけに「対話」を始める

人的資本の情報開示を検討するとき、その視線は「投資家・株主」に向きがちです。しかし、社内外のさまざまなステークホルダーを念頭に置くべきでしょう。自社で働く従業員をはじめ、将来入社する可能性がある潜在的入職者、顧客、ビジネスパートナー、地域社会などです。
幅広い人が見て、自社との関わり方を検討することを想定し、有価証券報告書に記載するだけでなく、公式サイト内に専用ページを設ける、採用情報ページでも紹介するなど、さまざまな方法で発信するといいでしょう。

そして、情報を開示することがゴールではありません。そこから始まる「対話」にこそ価値があります。
さまざまなステークホルダーに対し、自社の人材に対する価値観や取り組みを伝えるとともに、相手の意見に耳を傾けることが大切です。
特に、「従業員との対話」は欠かせないものです。自社が進める人的資本関連の取り組みに対し、当の従業員はどのように感じ、何を望んでいるのかをつかむことで、人的資本経営のサイクルが回っていくのです。

情報開示をきっかけとしたステークホルダーとの対話

人的資本の「情報開示」のポイント――2つの軸・4つの観点で考える’人的資本経営」の実践のポイント 第1回/株式会社リクルート)

次回は、人的資本経営が重視される中、人事部門の役割がどのように変化しているかをお伝えします。

編集部注:この記事は画像含めリクルート社から提供の寄稿です。2023年5月23日時点の情報をもとに作成しています。

>>>第2回 人事部門の役割が変化している――「管理」から「戦略策定・推進」へ

 「人的資本経営」の実践のポイント(連載)

第1回 人的資本の「情報開示」のポイント――2つの軸・4つの観点で考える
第2回 人事部門の役割が変化している――「管理」から「戦略策定・推進」へ
第3回 人的資本経営の実践に向けて――ミドルマネジメントの再定義
第4回 人的資本経営の実践に向けて――マネジャーのリスキリング

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