専門家が解説
人材採用の難易度が上昇。観光・宿泊業での成功事例に見る、人材不足解消の有効施策とは
2023.05.24
近年、日本全体で人材不足の問題が深刻化。あらゆる業種で人材採用の難易度が高まっている。
特にコロナ禍で大きな影響を受けた観光・宿泊業界は、全国旅行支援を受けての国内旅行増加、インバウンドの回復に期待を寄せて人材確保に動いているものの、まだまだ苦戦が続いている状況だ。
しかし、「雇用条件の緩和」「デジタル導入」「副業者の活用」などにより、人材課題の改善につながった事例も生まれている。
今回、リクルートが主催したメディア向けイベントの内容から、観光業・宿泊業の取り組み事例を中心に、人材不足問題の解決のヒントを紹介する。【公開:2023年5月18日、最終更新:2023年5月24日】
関連記事:コロナ後の求人回復期における飲食業界の雇用動向~人手不足にどう対応するか
1.アルバイト・パートの募集時平均時給が上昇傾向
まずは、人材採用を取り巻く現状をお伝えします。
コロナ禍の影響が特に大きかったサービス業においては、2 年以上もの間、欠員補充ができず、先行き不安から新規採用を凍結した企業が多数見られました。
現在、宿泊ニーズが高まるなか、ホテルや旅館では働き手を十分に確保できないがために予約受付数を制限しなければならない宿泊施設もあり、人材確保が急務となっています。
どの業界でも、需給バランスの影響でアルバイト・パートの募集時平均時給は上昇傾向にありますが、宿泊産業でもその傾向が顕著です。
以下のグラフは、コロナ禍前の2019年1月から2023年1月まで、3年間の募集時平均時給の推移を示しています。全国かつ全業種の平均賃金は、コロナ禍真っ只中の2020年5月頃に少し落ち込んだものの、以降は右肩上がり。2019年11月に1050円程度だった職種が2022年には1100円を超えるケースもあるなど、大きく変化しています。
注目したいのは青色の線で示している「ホテルスタッフ」。採用数が多いホテルスタッフの賃金は着実に上昇し、全国平均と並ぶレベルにまで達しています。
アルバイト・パート募集時平均時給調査(三大都市圏/2019年1月~2023年1月)
一方、求職者はどのように仕事探しをしているのでしょうか。
リクルート「ジョブズリサーチセンター」が調査・発表した「働く人と職場/業界イメージレポート 2019(ホテル・旅館編)」(※1)によると、仕事選びにおいて「通勤の利便性がよい」「転勤がない」「家から近い」といったアクセス面を重要視する人が多数。「非日常」の空間を提供する宿泊業にとっては、不利となっています。また、「働く時間数」「休日」を重視する意識も高まっています。
※1:https://jbrc.recruit.co.jp/data/data20191126_1386.html
なお、「Indeed(インディード)」のもつ研究機関「Indeed Hiring Lab」の データによると、観光地に対する求職者の関心は高めである一方、その他の地域には関心が集まりにくい傾向。地方の宿泊施設における人材確保の難易度はさらに高いといえます。
しかしながら、求職者の働きやすさに着目することにより、人材不足問題を何とか乗り越えようとしている事例もあります。
3つのケースをご紹介しましょう。
2.タスクを細分化し、「短時間ジョブ」を創出。女性・シニアの労働力を活かす
一つめは、三重県鳥羽市とジョブズリサーチセンター、じゃらんリサーチセンターの共同での取り組み事例です。
鳥羽市において宿泊業は、市内最大の産業。旅館・ホテルなどさまざまな規模の宿泊施設が約160 軒ほどあります。
抱えていた課題は次のとおり。
「十分な数の人材を確保できず、各宿の稼働を制限して運営しなければならない」
「地元に住むシニアや女性は、働きたいが、働ける条件の仕事が見つからない&そもそも知らない状態」
そこで目標として掲げたのは、多くの市民が働く宿泊施設が、今よりも「いきいきと活躍できる」職場となること。それが観光地としての魅力向上につながっていく好循環サイクルを目指しました。
実際に行ったのは、次の施策です。
●短時間ジョブの創出
通常、「ホテルスタッフ」「客室係」など1職種で募集されている仕事内容を細かく分解。「食事の盛り付け」「朝食の配膳・下膳」「布団の上げ敷き」「客室・館内清掃」といったように、「2時間勤務」「4 時間勤務」などの短時間ジョブをつくり、時間・体力に制約のあるシニアや育児中の女性も働きやすい勤務体系にしました。
●短時間ジョブ求人の告知
短時間ジョブを冊子化し、『プチ勤務お仕事カタログ』を作成。地域イベントにて、「からだ測定」と一緒にシニアや女性の潜在層に告知しました。
この結果、市民の皆さんからは「8時間勤務は無理なので、働くことをあきらめていた」という声が非常に多く聞こえてきました。「1日2時間なら働ける」など、興味を持った方々を対象に職場見学ツアーも実施。
こうしてタスクを細分化することで、地元人材の活用を推進しています。
3.「DX」による省力化・働き手の負担軽減により、定着率が向上
あらゆる業界で推進されているDX(デジタルトランスフォーメーション)。人手不足に悩む業界では、デジタルの活用が省力化・働き手の負担軽減に寄与します。
鳥取県米子市の旅館「皆生松月/皆生游月」では、多様な業務を基本的に人の力で行っていたため、働き手に大きな負担がかかっていました。それが「遅い」「忘れた」「間違えた」などの伝達ミスを招いていました。
そこで行ったのが、次の施策です。
●部署間の連携に「タブレット」を導入
部署間の伝達を、従来の「口頭・手書き」から「タブレット」に移行。お客様から受けた要望が即時に各部署に伝わり、スムーズに対応できるようになったことで、ミスやトラブルが減少しました。
●電話予約からWeb予約へシフト
電話で予約を受け付けていた頃には、1件あたり約15分かかっていました。そこで、ホームページ予約へ誘導し、予約電話の本数・対応時間を削減。入力記録が残ることで、「言った」「言わない」のトラブルも減少しました。予約対応スタッフ数は常時4~5人→2人となり、待機時間の短縮も実現しています。
このような効率アップにより、スタッフの皆さんは「お客様に目を配ることがよりいっそうできるようになった」といいます。
デジタルの活用でミスを防止できれば、スタッフは上司やお客様から叱られることが減ります。そして効率化された分、本来のサービスに力を入れることができ、お客様から感謝されます。こうして、ストレスが軽減され、「働く喜び」を感じられれば、離職率低下が期待できます。
ES(従業員満足度)がCS(顧客満足度)につながり、業績向上につながっていくでしょう。
4.「魅力づくり」には、地域外人材を「副業」で登用
次にご紹介するのは、「マーケティング」「プロモーション」の人材不足を解消する方法です。
近年、観光旅行は「団体ツアー」が減り、「個人化」「高付加価値化の模索」が進んでいます。
観光・宿泊産業にとって、個人の価値観に寄り添った「地域独自の魅力」を打ち出すことが重要になっています。
しかし、地元の人にとっては、貴重な観光資源も「当たり前にあるもの」。その土地ならではの魅力に気付けていないことが多いものです。
そこで、集客アップを図るため、「地域外人材」の登用が有効な手段となります。
大都市圏で働く人々が、地方企業で副業・兼業する「ふるさと副業」(※2)。コロナ禍でリモートワーク環境が整ったことから、オンラインで「ふるさと副業」に従事する人が増加しています。
※2:https://sankak.jp/fukugyo
次にご紹介する事例は、和歌山県田辺市の「SEN.RETREAT TAKAHARA」。空き家をリノベーションした宿泊施設を運営しています。
リクルートが運営する「ふるさと副業」プロジェクトに参画し、「SNS 運用・イベント企画」「ECなどの新規事業」を任せられる副業人材を募集しました。
副業者として採用されたのは東京在住の30代の方など4名。IT企業でSNSマーケティングに従事している方、アパレル企業でデジタルマーケティングに従事している方などです。
副業メンバーは、地域や宿泊施設の魅力を引き出し、マーケティングの知見を活かした企画・運用を実施。結果、SNSのフォロワー数倍増、学生インターンを巻き込んでの発信の仕組み化に至りました。
そして、運営者は業務の一部を副業者に任せることで、新たな事業に注力できるようになっています。
5.観光地・宿泊施設を「行きたい」場所から「働きたい」場所へ
人材確保が急務となっている宿泊業において、サステナブルな観光旅行業の実現に向けて、人材という観点では、外部人材活登用現場の働きやすさによる地域の魅力づくりが必要だといえるでしょう。
特に、観光・宿泊業の働き手が大事にしている「旅行者の喜び」を感じられる機会を増やすことは、働く人材の定着に繋がっていきます。ES(従業員満足度)がCS(顧客満足度)に繋がり、それが業績の向上につながっていく流れをつくっていくことができると考えます。
地域の観光・宿泊業はグローカル=グローバル(世界規模で通用する)+ローカル(地域に根差す) な産業です。今後よりいっそうインバウンド客も増えていくため、グローバル視点、水準も学べます。地域の宿はたくさんの「ありがとう」であふれた、グローカルな職場と進化することで、多くの人にとって「働きたい」場所に変わっていくことが今、求められています。
今回ご紹介した「短時間ジョブの創出」「DXによる省力化・働き手の負担軽減」「地域外人材を”副業”で登用」取り組みは、観光・宿泊以外でも、地域の様々な産業でも効果が期待できるものです。
人材不足の解消法として、自社の課題にマッチするものを取り入れてみてはいかがでしょうか。【おわり】
解説
解説者:じゃらんリサーチセンター主席研究員 森戸 香奈子(もりと かなこ)
調査、観光マーケティングを専門とする。研究冊子「とーりまかし」デスク。
じゃらん編集部、広告制作を経て2007年4月より現職。担当研究に日本人の国内旅行実態を調べる「じゃらん宿泊旅行調査」、インバウンドを含めた未来予測を行った「2030観光の未来需要予測」、持続可能な観光地研究「三方よしの観光地経営」など。
解説者:ジョブズリサーチセンター センター長 宇佐川 邦子(うさがわ くにこ)
リクルートグループ入社後、一貫して求人領域を担当。
2014年4月よりリクルートジョブズ ジョブズリサーチセンターの
センター長を務める。
各々の業界の特色を踏まえ、求人・採用活動、人材育成・定着、さらに定着促進のための従業員満足のメカニズム等、「雇用に関する課題とその解決に向けた新たな取り組み」をテーマに講演・提言を行う。
編集部注:この記事は画像含めリクルート社から提供の寄稿記事です。2023年3月時点の情報をもとに作成しています。
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