横浜国大准教授・服部泰宏氏に聞く
採用担当者に求めたい、「エピソード偏重」からの脱却
2016.08.31
2017年卒採用も、内(々)定出しの1つ目の山を越え、いまは2つ目の山に差し掛かろうかという時期ではないかと思います。毎年この時期になると、学生たちに「就活はどうだった?」と尋ねるようにしているのですが、その中で近年、少し気になっていることがあります。端的に言えばそれは、就活・採活における「エピソード偏重」という現象です。
就職活動(新卒採用活動)では、「大学時代の特筆すべき”達成”や”チャレンジ”のエピソード」が求められることが多いわけですが、これが学生たちを大いに混乱させている気がするのです。より正確に言えば、混乱させていることが多々あるのではないか、ということです。
そもそも採用において、なぜ、どのように「エピソード」は利用されるのか。採用担当者のみなさんの思考回路を推測するに、それには大きく2つの用法があるように思います。
採用で「エピソード」が利用される2つの用法
1つは、私が「優秀さのシグナルとしてのエピソード活用」と呼んでいる用法です。まだ会社で働いたことのない新卒者の採用の場合、その人が「優秀な人材であるかどうか」が非常にわかりにくいものです。そこで企業側は、なんとかしてその人の「優秀さ」を捉えようとするわけですが、その際に活用されるのがエピソードなのです。たとえば、「1年間のアメリカ留学経験」はグローバルな志向を持っていることや日常的なコミュニケーションを英語で行えることを、「学生ベンチャーの起業経験」は行動力と課題設定力を持っていることを表すシグナルになっている……。このように考えて、エピソードに注目し、その人の「優秀さ」を推し量ろうとしているわけです。この用法、つまり「特筆すべきエピソードを持っている」→「ゆえに優秀だと評価できる」という用法こそが、日本の採用におけるエピソードの主要な使われ方なのだと思います。
ただ、学生たちの声に耳を傾けると、実際の採用にはこれに加えてもう1つの、よりトリッキーな使い方が紛れ混んでしまっているようです。例えば、ある企業の採用担当者が、2人の学生を「高い課題設定力」と「主体性」という全く同じ基準で評価する状況を思い浮かべてみてください。担当者は、どちらか1人だけを最終候補者として上司に提案しなければならないわけですが、このうち片方の学生には学生時代に起業した経験があって、もう片方はそれがないとします。この場合、担当者であるあなたにとって、どちらの学生の方が最終候補者として提案しやすいでしょうか?どちらの学生の方が上司を説得しやすいでしょうか? おそらく多くの人は、前者だと答えるのではないでしょうか。「この人は課題設定力があります、だってほら、起業経験があるし……」という論法で、上司を説得できるわけですから。この2つ目の用法には、「この学生は優秀だということを示したい」→「ゆえに優秀さを示すエピソードが欲しい」という、全く逆転した論理が紛れ込んでいます。これを私は、「大人の事情によるエピソード活用」と呼んでいます。
多くの学生を当惑させる「エピソード・コンプレックス」
問題は、本来の使い方であるはずの「優秀さのシグナルとしてのエピソード」としての用法(1つ目)に、多くの場合「大人の事情としてのエピソード主義」(2つ目)が混じり込んでいることがあるように思います。その学生が「優秀」であることを確かめたくて、そのために学生時代の「エピソード」が知りたい、という採用担当者の気持ちはよくわかります。個人の優秀さは、その人の具体的な行動や態度の中でこそ発露するというのは実に正しい考え方ですし、それをみるために「エピソード」に注目するというのも、決して間違ってはいないと思います。ただ、そこに上記のような「大人の事情」が入り込んだ瞬間、優秀さを見極める(いろいろある中の、たった)1つのツールでしかないはずの「エピソード」が、必要以上にクローズアップされ、企業の採用が変にエピソード偏重になってしまうのだと思います。
これこそ、今、日本の大学生の多くを当惑させている「エピソード・コンプレックス」の問題ではないかと思います。(実際には極めて有能である)学生たちの多くが、他の学生よりも目立つエピソードがないことによってコンプレックスを持ったり、あるいはそれを解消するべく、「エピソードを作ること自体を目的として」4年間を過ごしてしまったりというおかしな現象が、現実に起きているのです。
採用担当者に求められる「優秀な人材」の定義
念のため断っておきますが、私は採用活動においてエピソードを求めることそのものに問題があるとは思っていません。ここで問題にしたいのは、その使い方です。企業の採用担当者に求められるのは、エピソードの派手さそのものによってではなく、自分自身の言葉でその学生の優秀さをいかにして語るか、という点にあるのだと思います。これはつまり、自社にとって「優秀な人材とはどのようなものか」ということを本気で考えることに他ならないのではないでしょうか?
執筆者紹介
服部泰宏(はっとり・やすひろ)(横浜国大准教授) 横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授。神奈川県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修了。日本企業における組織と個人の関わりあいや、経営学的な知識の普及の研究等に従事。2013年以降は、人材の「採用」に関する研究活動にも従事。 2010年に第26回組織学会高宮賞、2014年に第1回人材育成学会論文賞を受賞。
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