社労士解説
【速報解説】人的資本の整備に「新しい資本主義の実行計画&骨太の方針」の影響が大!
2022.06.16
開示は2023年度予定、関連する法制度が数多く施行、開示基準はISO 30414とは異なる可能性
2022年6月7日に政府は、「経済財政運営と政策の基本方針2022」(以下、骨太の方針)と、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 ~人・技術・スタートアップへの投資の実現~」(以下、新しい資本主義の実行計画)を発表した。
HR業界にとっても影響が大きい関連政策の全体像と各論について、@人事の法改正関連の解説記事も担当している、GRIスタンダード修了資格保持・ISO 30414リードコンサルタントで社会保険労務士の松井勇策氏が解説する。
関連記事:「人的資本の開示」に向けて押さえておきたい要点と「人材版伊藤レポート2.0」の基礎理解
- 目次
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- 「人への投資」が最も重視
- 人的資本開示の開始は2023年度、同時に整備を進めるべき関連法令が多数。大きな動きであり、上場企業だけの問題ではない
- 人的資本の開示は、人材戦略の課題設定と実施と全体の開示が大切であり、法令上の開示基準はISO 30414とかなり異なる可能性
- 男女の賃金の開示の義務化と女性活躍や賃上げの法制化、同時に整備すべきコストや生産性、同一労働同一賃金、ダイバーシティ関連
- 副業兼業制度の整備、スタートアップとのジョイントなど社外との連携
- リスキルやキャリア支援の重視、人的資本に関する政策での「スキル」の意味する内容
- 健康経営の推進と健康安全、リスクマネジメント整備の重要性
- 人的資本の開示方法や開示の方向性、項目について予測されること
「人への投資」が最も重視
「新しい資本主義の実行計画」はこの先5年程度の総合的な政策が書かれたもので、工程表やフォローアップなども付属しており非常に大きな政策パッケージの提示です。
内容には統一されたコンセプトと各論の具体性があり、さらに年単位の骨太の方針が調和した形で提示されました。安倍内閣時の「日本成長戦略」「働き方改革実行計画」などと同レベルの総合的な計画であると言えるでしょう。
内容として、個人・企業・行政の全てが「社会課題の解決と経済成長を同時に実現する」形で課題と施策を決め、実行してそれを公開していくという「新しい資本主義」の根本が示されます。このことは人的資本の分析や開示にも通ずるコンセプトです。その上で「人への投資」が最も重視されています。「人への投資」関係の箇所には、雇用政策や今後の法制度に大きな影響のある考え方や制度が目白押しです。
その中で中心的なコンセプトと思われるのが「人的資本」であり、項目としては人的資本として括られていない法制度も、今後進んでいく人的資本の分析・開示と大きな関係を持っており必ず意識しなくてはならない内容ばかりであると言えます。これらを各企業で、戦略性をもって急いで進めていくことが不可欠になってくると思われます。
【写真:「岸田内閣の基本方針」より」
人的資本開示の開始は2023年度、同時に整備を進めるべき関連法令が多数。大きな動きであり、上場企業だけの問題ではない
人的資本の開示の時期と内容
まずは、人的資本の分析や開示の各論に関する項目に着目した場合にはっきりと提示されているのは、人的資本の開示が少なくとも有価証券報告書への記載事項として義務化の方向で、2022年には要件の検討が完了し、2023年が関連する他の法制度とともに開始予定時期となっているということです。これは法案として極めて速い速度であると言えます。
参考:「新しい資本主義実行計画工程表」
有価証券報告書への記載義務となるということは、付随する統合報告書などで多くの情報が拡充されて記載されることとなり、ほかにもコーポレートガバナンスコードが審議会資料では改訂予定となっています。また企業の情報開示の大幅な変更であり、上場企業が関係する金融証券市場以外にも、通常の金融や与信、採用広報などの企業広報を含めた企業の情報開示全般に影響を与え得ることが予測されます。
【図:「新しい資本主義実行計画工程表」より ※赤枠線部分は編集部が追記】
またさらに新規IPO、上場のマーケットは大きく拡大しており今回の実行計画にもスタートアップ企業支援は大きな項目となっていますが、上場審査基準に直接の影響を与えることは間違いないと言えるでしょう。新興株式市場のTOKYO PRO Market(東京プロマーケット)の急拡大はじめ上場が資金調達や企業成長の方法として一般化しつつある中で、大企業に留まらない影響を与え、かつそれが迅速な速度で進むのだと言えるでしょう。
多くの関連する法制度と一体的な進行が重要
また以下、項目別に見ていきますが、人的資本の分析や開示と明らかに直接の影響がある多くの法制度が規定されています。
特に、男女の賃金が正規・非正規の詳細区分で開示の義務化、育休取得の状況の開示の義務化、副業兼業に関するポリシーや実態の開示の義務化、リスキルやキャリア支援の広範な制度化、健康経営の大規模な拡充などは、一応、狭い意味での人的資本の分析や開示とは別に設定はされているものの、明らかに関連した法制度であり、一体的に進めていく必要があると言えます。
これらは内容に関連性があり、それぞれ開示した情報がずれてしまうことになり社会的に大きな不信感を呼んでしまうことになりかねず、極論すれば虚偽的な内容に見える場合すらあると言えるためです。
人的資本の開示は、人材戦略の課題設定と実施と全体の開示が大切であり、法令上の開示基準はISO 30414とかなり異なる可能性
今回の実行計画の工程表を見ると、金融審議会における議論をもって人的資本の開示の基準内容が定まるという書き方になっています。現状の審議会の内容を見ると、開示内容についてはサステナビリティの観点が重視され、記載順などはグローバル指標ですとGRIスタンダードやSASBの記載順に近いものです。ガバナンスやリスク管理が第一、育成や社内環境整備方針などを選択的に開示する形になっています。
参照:金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」(第18回) 議事次第
【図:「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告の概要(案)」(金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第9回)議事次第)より
金融審議会の前提あるいは並行して行われている「非財務情報開示研究会」など様々な行政の情報がありますが、グローバル指標ではGRIスタンダード・SASBなどの中の人権やリスクマネジメントを重視した人的資本部分が多く参照されています。話題になっているISO 30414も参照はされていますが列挙されたものの1つとしての扱いであり、法令上の開示基準とはあまり近いものにならない可能性が高いと考えられます。
さらに関連する内容として、GX、グリーントランスフォーメーションと呼ばれている、環境や持続性などのESG関係の企業情報の開示と同時に進行していくこととされています。人権やステークホルダーに関するESGの方針や記載と人的資本関係の内容はかなり被る内容ですので、企業によっては統合した視野を構築する必要が出てくるでしょう。
参考:「新しい資本主義実行計画工程表」P11
いずれにせよ開示情報をリスト的に列挙することはあくまで二義的なものであり、人材版伊藤レポート2.0にも見られるような開示の背景にある人材戦略と課題設定、施策の実施状況、それら全体の開示自体が最重要であることは疑い得ないのではないでしょうか。
関連記事:人材版伊藤レポート2.0から人的資本の今後を読み解く
男女の賃金の開示の義務化と女性活躍や賃上げの法制化、同時に整備すべきコストや生産性、同一労働同一賃金、ダイバーシティ関連
個別の重要な論点として、男女の賃金について開示する法制度が非常に重要であることがわかります。工程表では、2022年7月以降の期から開示、という文言が明示されており、こうした法令としては施行までの速度が非常に速いものであると言えます。
新しい資本主義の実行計画では、開示するのは比率に留まることが書かれていますが、男女以外に正規社員・非正規社員などの属性別の給与水準などについても開示されることが示されています。人件費について相当程度の開示が義務化されると言えるでしょう。
また法令において、必要あれば説明まで含んで開示することが書かれています。女性活躍やダイバーシティ施策の方向性、同一労働同一賃金の施策と進捗度などの説明を付記することが考えられます。
人的資本関係の論点である、上に書いたようなダイバーシティの方針とともに、賃金が絡むことからコストや生産性全体への方針、さらに上位の人材戦略の説明が求められるものだと言えるでしょう。
また、人への投資の一番先に書かれているのが企業における賃上げです。人的資本の開示に関わるような内容として、生産性の向上に即した賃上げの基準や、賃上げに伴う税制上の配慮などの政策が書かれており、企業の立場でも、賃金水準への合理的な説明が求められるものと言えるでしょう。
副業兼業制度の整備、スタートアップとのジョイントなど社外との連携
もともと人材版伊藤レポート2.0においても複数の論点で、社外への出向や副業兼業の推進等による風土の変革や人材育成については多くの箇所で述べられていました。今回の実行計画においても、副業兼業の推進が重視されており、重要な記載として、副業に関するガイドラインの改訂、また副業兼業についての自社の方針を一定の内容で開示することが推奨される予定が書かれています。
参照:「新しい資本主義実行計画工程表」P3
まだ社会的に副業兼業の推進に積極的な企業は決して多くありません。曖昧な方針では対応しきれなくなってくるのだと言えます。まず経営ポリシーを設定し、制度の整備が必要となります。
関連記事:「副業」新時代
また、関連した別の内容として、今回の法令ではスタートアップ企業の推進で様々な政策パッケージが提示されています。外部との人材含んだ連携として、スタートアップ企業との連携や、スタートアップ側でも成長企業同士や中規模大規模な企業との連携を進め、そうした内容自体を人的資本の開示内容としていくことが考えられます。
リスキルやキャリア支援の重視、人的資本に関する政策での「スキル」の意味する内容
今回の実行計画でも、多くの箇所にリスキルやリカレント教育のことが書かれており、これも人材版伊藤レポート2.0などと同様の内容です。
注意しなくてはならないのは、政策的なスキルに関する人事・経営上の内容は、必ずしもジョブ型を前提としていないことです。ジョブ型の言及も出てきますが、ほとんどが企業内外の人材育成の仕組みづくりのことが書かれています。人材戦略上の育成の方向性決定こそが求められていることだという政策の文脈、またそういった内容を意識した、キャリア支援や育成整備ということが重要であると言えます。
健康経営の推進と健康安全、リスクマネジメント整備の重要性
健康経営についてもさらに推進していくことが多くの論点で言われています。健康経営優良法人認定、健康経営銘柄等の内容は単に健康推進施策ではなく、健康を基盤として支える労務コンプライアンスや業務負荷に対する改善を含む内容です。
先に見たように、人的資本でガバナンスとリスクが重視された内容となる可能性が高く、こうした人事労務系のリスクマネジメントに関する総合的な対応も一層重要度を増すと考えられます。
人的資本の開示方法や開示の方向性、項目について予測されること
今回の特集では、人的資本と関連した論点として、今回の骨太の方針&新しい資本主義の実行計画の中で明示されている事項について様々に述べました。
内容は多岐にわたりますが、最も重要なことは、それぞれをばらばらな論点として扱わず、人材戦略の各課題全体を見据えた議論と優先順位の設定、施策の立案と実施、その全体の開示を一体として検討することが重要だということです。
人的資本の課題設定や施策実施、開示が社会的に徐々に進んできています。現在、公開された事例の中でスタートアップ企業の人的資本の事例では、人的資本の多面的な課題をとらえた上で、俯瞰的に全体の課題を整理し、優先順位付けしたものなどが見られます。
参考:「スタートアップ企業 JPYC株式会社の課題整理事例」
【図:「JPYC 株式会社 人的資本レポート」より】
来年度からの開示のためには、そろそろ各論の実施に着手しないと間に合わない時期に入ってきていると考えられます。人的資本の整備について、具体的にスケジュールと自社のスタンスを決め、一層の取り組みを進めていくことが重要でしょう。【おわり】
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執筆者紹介
松井勇策(まつい・ゆうさく)(組織コンサルタント・社労士・公認心理師) フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表、情報経営イノベーション専門職大学 客員教授。東京都社会保険労務士会 先進人事経営検討会議議長・責任者。 最新の法制度に関する、企業の雇用実務への適用やコンサルティングを行っている。人的資本については2020年当時から研究・先行した実務に着手。国際資格も多数保持。ほかIPO上場整備支援、人事制度構築、エンゲージメントサーベイや適性検査等のHRテック商品開発支援等。前職の㈱リクルートにおいて、組織人事コンサルティング・東証一部上場時の上場監査の事業部責任者等を歴任。心理査定や組織調査等の商品を。 著書「現代の人事の最新課題」日本テレビ「スッキリ」雇用問題コメンテーター出演、ほか寄稿多数。 【フォレストコンサルティング経営人事フォーラム】 https://forestconsulting1.jpn.org
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