小売業界のキーパーソンに聞く
「食品産業というくくりにすることで、学生に小売業界の魅力が伝わる」(新日本スーパーマーケット協会・名原孝憲氏)
2016.09.02
新卒採用環境が大きく変化し、人材獲得が困難な時代に突入している。従来のナビサイトへの掲載や合同説明会への参加による効果が薄らぐなか、独自の戦略や施策が求められている。今回、食品を主体とするスーパーマーケットを中心にメーカー、卸売業を含め約1,200社が加盟する一般社団法人新日本スーパーマーケット協会(東京都千代田区)の広報・公務・統計課課長 名原孝憲氏に、食品小売業界の採用事情と、同協会が実施している取り組みについて聞いた。決して人気があるとは言えない食品小売業界。学生の関心が高い業界を巻き込むことで活路を開き、効果を上げ始めている。(取材:2016年6月、編集部)
スーパーマーケットに関する教育、資格試験を主催するほか、統計調査の実施、機関誌等出版物の刊行、ビジネスマッチング、展示会「スーパーマーケット・トレードショー」の主催などを行う。
協会HP http://www.super.or.jp/
意識改革が進まず新卒採用で苦戦
協会には全国各地に拠点を構えるスーパーが多く加盟し、5,000店舗以上を数える。地域に根ざした企業も多いなか、採用事情はどのような状況にあるのか。
名原 どこも人手不足で、新卒・中途ともなかなか採用目標に到達できておらず、特に新卒採用は入社後の離職率も高い※1。中途で補おうとしても、以前のように採用が進まないため、現状維持ができていないところが少なくありません※2。
新卒、第2新卒採用は、将来の幹部候補となるような人材を獲得するため、各社が力を入れようとしていますが、最初から小売業を就職の対象として見ていない学生が多い。せっかく、地方・地元で働きたいという学生が増えているなかで、我々食品小売業界は人々のライフラインや地域の食文化を守る大切な産業であることを学生に訴えていきたいのですが、採用の最前線ではそれができていないのです。
※1厚生労働省が2015年10月に発表した「平成24年3月新規学卒者の事業所規模別・産業別状況」(3年後の離職率)によると、全業種平均32.3%のところ、小売業は38.5%だった。最も高いのは「宿泊業、飲食サービス業」の53.2%、最も低いのは「電気・ガス・熱供給・水道業」の6.9%。
※2厚生労働省が2016年7月29に発表した「一般職業紹介状況」によると、平成28年6月分の主要産業別、規模別一般新規求人状況(新規学卒者を除く)によれば、「卸売業、小売業」求人数は137,957人で前年同月4.9%増。全業種平均は5.7%で、「製造業」1.3%、「情報通信業」2.2%、「サービス業」2.7%と比較しても高い。
なぜそういう現象が起きているのか
名原 業界全体で意識改革が進んでいないことが言えます。分かりやすい例が、アルバイト・パートの募集告知です。いまだに「部門名、勤務時間、時給」しか書いていない。これでは人は集まりません。今は、学生や主婦の方もただ稼ぐのではなく、空いた時間を有効に使って働きたい、社会の役に立ちたいという意識で考えるようになっていて、時給だけでは決めません。
仕事内容の具体的な例示や、やりがい、働くことで身につくスキルなどを説明してあげることが必要でしょう。例えば鮮魚なら「魚をさばくのがうまくなります」、惣菜であれば「料理が上達します」など。自分が働くことによって何を得られるのかをきちんと説明すべきでしょう。
これは新卒採用にも通じる話です。従来通り、チラシの片隅に募集を載せ、その意識の延長線上で新卒採用もやろうとすれば、当然上手くいきません。もっと、業界の魅力を発信していかなくてはなりません。
小売業界に見向きもしなかった学生が興味を持ち、内定へとつながる
協会としてどのような対策を講じているのか
名原 2011年に、食品小売業界の新卒採用をサポートする「R-Project」(http://www.rproject.jp/)を立ち上げ、WEBサイトやFacebookページを開設し、学生向けに情報発信やセミナーの開催を行ってきました。我々だけではこの活動を成功させることはできないので、就職情報誌の編集長をやっていた方に運営事務局を委託しています。
また、食品メーカー、食品卸売業などと合同で「食品産業 理解イベント」を実施しています。2016年度で3年目になりますが、今年は2017年卒業予定の学生を対象に全国4都市(東京、名古屋、大阪、広島)で開催し、4会場で約2,200名の学生が参加しました。実は、参加時点での学生の志望業界は大半が食品メーカーで、次に食品卸。小売業志望はわずかしかいません。
そこで、まずは母集団形成が大事になります。エスビー食品さんや日清食品さん、森永製菓さんなど学生にもなじみのあるメーカーが参加しますので、集客の効果は大きいです。そして、集まった学生に、食品産業における小売業の重要性を説くのです。
一般の合同説明会に参加してもその機会すら作るのが難しかったのが、食品産業という括りの中で、食に興味のある学生に説明することで、一気に関心が高まります。参加したスーパーの担当者からは、いままで応募がなかったような学生から応募があったり、イベントを通じて内定を出せたりしているという声を聞いています。
学生がどのようにして話しを聞くのか
名原 最初にガイダンスとして食品産業全体の話を聞いてもらいます。小売、卸、メーカーがどのように関わってサプライチェーンを形成し、消費者に商品が届けられるのか。その全体像と各者の役割を、とくに小売業の説明に重点を置いて伝えます。
その次に、各社のブースを回って説明を聞いてもらうのですが、3業種すべてを回った学生には、参加企業が提供するプレゼントを用意することで、学生がこれまで志望していなかった業界の説明を直接聞く機会を拡げる工夫をしています。「食」に興味のある学生が業界理解を深めたうえで小売業の話を聞くことになるのです。
小売業に興味を持つ学生が出てくるだけでなく、「スーパーって品出しをしているだけ」というようなマイナスイメージの払拭にもつながるので、とても有意義な場になっています。
参加するスーパーの数はどのくらいか
名原 開催場所によりますが、1開催あたり5~10社ぐらいです。協会の会員企業に限らず、地域のスーパーさんに声がけしています。今後はさらに内容をブラッシュアップしつつ、規模を少しずつ大きくしていきたいと考えています。また、秋に大学で3業種のガイダンスを開き、説明会シーズンの頃にイベントを実施するというサイクルも形にしていきたいです。
現場の人事担当者だけでなく、経営者側も巻き込んで意識改革を
苦戦している小売業でも成功している企業は
名原 学生からの人気が高いのは成城石井さんです。小売業でありながら、自社でプライベートブランドの商品開発や輸入、他のスーパーマーケットへの卸売、最近は飲食店も展開しています。学生にとっては、店舗スタッフだけでなく商品開発やバイヤーなど幅広く仕事ができる点が魅力的に映ります。採用情報の見せ方も上手です。
また、説明会やイベントに内定者を参加させて、人事担当者が説明しきれないことを話してもらう取り組みもされていました。内定者自身の就職活動の体験談を伝えたり、人事に聞きにくかった質問に答えたりするような場を作っています。人事担当者も若くて元気がある方が任されており、良い人材を充てていると感じています。
つまり会社として採用にコストをかけている
名原 小売業はどうしても現場優先のところがあって、「採用に人手をかけられない」と話す企業もいます。しかし、人手不足が深刻な問題となっている今、そこにパワーをかけざるを得ない状況のはずです。採用は経営戦略のもとに実施されるべきですし、将来の幹部候補を採るためには当然、経営資源を投入していく必要もあるでしょう。「人手不足だから」とあきらめてしまう、その意識を変えていかなければならないと思います。
意識改革は現場の人事担当者だけに働きかけても難しいと思えるが
名原 経営者の意識改革も必要でしょう。最近、スーパーの人事担当者の採用課題のひとつとして聞くのが、働いている社員が採用に協力的ではないことです。
例えば、アルバイトをしている学生の中には、そのまま就職したいと希望する人もいるのですが、社員に相談した際に「うちはやめた方が良い」と言ってしまう社員がいるのです。これはなんとかしなければなりません。これは、労働環境もそうですが、普段から経営者がビジョンや夢、社員のキャリアプランを語りきれていないことが原因のひとつだと考えられます。
採用という入り口だけでなく、入社した後も大事になります。今働いている社員が働き続けたいと思えるようにしなければいけない。そのためには、経営者自らが語り、リードしていくぐらいが必要です。実際にそれが実行できている企業の採用・雇用は上手くいっています。
協会としては喫緊の新卒採用対策だけでなく、採用・雇用どちらに対しても意識改革を促していけるような施策の実行を地道に続けていきます。
ありがとうございました。
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