セミナーレポート
小室淑恵氏が解説。法改正で注目の男性育休の課題と企業で推進させる方法
2021.05.17
「男性を対象とした出生時育児休業(通称:男性産休)」新設のための法改正を目的とした国会審議が行われている。近年はカネカやアシックスのパタハラ問題が社会的にも大きく取り上げられ、男性育休への理解がない企業は雇用や採用、顧客との信頼など影響範囲が広い。一部の大企業だけが先行して取り組んでいたのは、もはや過去の認識で、働き方改革の推進とあわせてどの企業も取り組まなければならない課題だ。
4月13日にワーク・ライフバランスが主催した男性育休の取組事例などを紹介したセミナーには、558人の経営者や人事らが参加して注目を集めた。
今回、セミナーでワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵氏が講演した「男性育休 法改正のポイント」「男性が育休を取れるような職場・仕事の進め方」「男性育休・働き方改革について経営者の意識を変えるためのアクション」の内容から抜粋して紹介する。
【参考】セミナー情報詳細:http://ptix.at/5kQEPY
経営層と合意しておきたい「人口ボーナス期・オーナス期」の概念
小室氏は講演の冒頭、「経営層と合意しておくこと」として、経営層や働き方改革を推進する人事などの担当者が「人口ボーナス期・オーナス期」について理解を深めておくことが重要だと説いた。
「コロナのせいで仕事がしにくくなったのではなく、ボーナス期の働き方が、既に限界がきていた事が顕在化しただけなのです。経営とマネジメントを現在の人が足りないオーナス期の『男女がとも活躍し、短時間で効率よく、多様性に満ちた組織を』作って勝ち抜いていく手法に切り替えなければ再浮上できない」(小室氏)
この人口オーナス期の組織作りの必要性が腹落ちして理解できていなければ、「コロナが落ち着いたから、はい、元の働き方ね」(小室氏)と働き方を戻すことになると小室氏は続けて指摘した。
「やはり、トップに忖度せず、例外なく実践する企業は後戻りしない。役員だけ特別待遇で出社前提という会社は、テレワークの生産性アップを意思決定層が実感できていないまま、また感染が落ち着いて元通りになる。すると『重要な仕事は対面でなければいけない』という価値観が変わらない。このままであれば、結局テレワークは簡単な仕事をするツールという話になるので、真のツールにならない」
「ここで実感していただきたいのはコロナ後の世界です。徹底してテレワークを取り入れた企業は、例として採用できる人材の条件が国内である必要性がなくなるため、全国・全世界から優秀な人材を採用できる可能性が高まる。居住地や時差も考慮が採用条件に影響しない。そうした企業が確実に増えて競争相手になっていくことを経営層に伝えていく、経営層の意識を変えるという施策に重点を置いてほしい」と小室氏は参加者に語りかけた。
男性産休・育休の法改正をめぐる動き
4月8日、男性の育休取得の環境を整備するなどが盛り込まれた法改正の国会審議が始まった。今回の法改正案の8つの大綱について小室氏は、これまで安倍内閣の産業競争力会議民間議員などで法改正案の検討に関わってきた立場から法改正が果たす意義や背景にある課題や実情などを踏まえながら解説をした。
「男性」の「産休」(通称)は、国会審議が通った場合、2022年春の施行が想定される。「出生後8週間まで」の間に「最大4週間」取得可能になる。従来は1カ月前までに申請しないと育児休業は取れなかったのが、2週間前の申請でも可能になるのがポイントだ。なお、労使協定を結べば1カ月前に戻すこともできるという。
小室氏が「1番重要なポイント」として挙げたのは、企業側から対象者に育休取得の権利を知らせる義務があることだ。
「今までよく起きていたことは、本人が意を決して「育休取りたいのですが」と言うと、直属の上司に阻止されたり、転勤させられたりというような『パタハラ』です。来年からは、「妻が出産します」と申請した社員には企業側が個別に「あなたには育児休業を取る権利がありますよ」ということをお知らせすることが義務付けられます」
なお、企業側の周知は対象社員から聞いた時点で案内をすれば良いという。
「家族ができるということを言わないという選択肢もありますので、本人が言ってこない分まで必ず把握して知らせなくてはならないということではありません」(小室氏)
経営・管理職層に男性育休の重要性を伝えるには
法改正が実際に決まっても、経営層・管理職層が「男性育休の重要性」を理解できなければ、現場のマネジメントの改善や新たに設けた育休制度の運用がスムーズにいかないことは容易に想像できる。小室氏はそういった悩みを持つ参加者に「伝え方」を解説した。
小室氏はまず、やってはいけないこととして、「男女の家事育児時間の差」や「男性の育児休業の取得率(の低さ)」、「女性管理職の割合」を示すデータをもとに、男性の育児休業の話をすることを挙げた。
「3つとも経営層にとって問題ではないのです。3つを言われると「だから?」となる。しかも、男女の育児家事時間の差があるという話から入られると、なんだか、育児休業を取るのは妻に負けた、妻の尻に敷かれているといった男女のパワーバランスの話なんだというふうに受け取られ、一旦頭に入ってしまうと、そこからなかなか進まないという傾向があります」(小室氏)
そのほか、経営陣が「確実に理解する」(小室氏)という男性育休取得の必要性について、多くのデータを用いて解説した。
男性育休取得推進の鳴動。「男性育休100%宣言企業」が100社到達
先んじて「男性育休」に取り組んだ企業の業績は好調であり、男性社員が子育てのために休みが取れる体制になっている職場は育児以外の事情を持つ人にとっても働きやすい職場と言える。ワーク・ライフバランスは、こうした社会機運をさらに醸成するべく、2019年3月から「自社内で男性の育児休業取得率100%実現を積極的に目指す」ことを宣言する「男性育休100%宣言」の推進を行っている。
セミナー告知前に宣言企業が100社に到達したと発表した。
【参考】「男性育休100%宣言」について https://work-life-b.co.jp/mens_ikukyu_100/
残業時間58%削減、年次有給休暇取得率98.7.%を達成したアイシン精機
小室氏は100%宣言の活動を始める発端となった、アイシン精機(愛知)の事例を紹介した。
同社は2018年からワーク・ライフバランス社のサポートを受け「働きがい改革」に着手。「関係の質」という心理的安全性を高める研修を全管理職に行ったほか、グループ企業13社にも「朝夜メール」※「カエル会議」※「心理的安全研修」を全員に実施した。その結果、間接職場における残業時間58%削減し、年次有給休暇取得率98.7.%を達成。2020年には、男性育児休暇率が72%に急上昇した。
取り組みが軌道に乗ったきっかけとして小室氏は、トップが意思決定をしていることを全社に伝えたことを紹介した。
多くの企業では『部下に育休なんか取らせたら会社から怒られると思って、今まで一生懸命阻止してきた』のです。管理職の方たちは育休を取らせたら会社から評価されないと誤解しているケースが多い。ぜひ、『トップが推進しているんだ』と打ち出していってください」(小室氏)
【参考】アイシン精機のワークライフバランスの取り組み
・育児参加は、人生の充実にも仕事へのモチベーション向上にもつながる
https://www.aisin.com/jp/aithink/style/blog/002002.html
・イノベーションを起こすチームをつくる、アイシン流職場づくり
https://www.aisin.com/jp/aithink/style/blog/002000.html
※「朝夜メール」:「朝メール」は、毎朝始業時にその日のスケジュールを15~30分単位で組み立て、上司・同僚にメールで共有する。「夜メール」は別名「報告メール」と呼ばれ、業務終了時に実際のスケジュール通りに業務を行えたか同様に上司や同僚にメールで共有。適切に運用すれば、メンバーが持ち帰り仕事を行っていないかを、リーダーがきちんとチェックができまる。
参照:「ツール(朝メール.com・はたコン・診断・ガイドブック)」(株式会社ワーク・ライフバランス)
https://work-life-b.co.jp/service/tools.html#asacom
※「カエル会議」:「朝夜メール」を実施することで見えてくる、「もっとこうしたらいいのに」をチーム全員で話し合う会議。2週間に1度、30分程度(最初のころは1時間ぐらいの設定にする。ただし、一度決めた時間は必ず守る)に、アルバイトや派遣社員など雇用形態や短時間勤務の従業員も含め「全員参加」を原則に、「効率化」のアイデアを議論する。人数が多い場合は、より深く議論をするために、7~10人ずつに分かれて行う。
参照:「チームの働き方改革をガイドする[カエル会議オンライン]」(株式会社ワーク・ライフバランス)
https://work-life-b.co.jp/service/kaeru.html
【関連記事】小室淑恵氏に聞く、本気で「脱・長時間労働」するためには?
男性育児休業取得率を向上させるための具体的な方法
小室氏は、具体的に男性の育児休業取得率を向上させていくための施策も紹介した。
「3.管理職から個別に声掛け(法改正後は義務化)」については、義務化になる現段階からの運用を推奨した。まずは管理職研修が大事だとし、例として、育休を男性メンバーが1カ月取得した際に具体的に起きる課題を書き出し、合わせて起きる課題への解決策を考えていく研修を挙げた。
また、「6.人事部からの⿁電.」は、人事部から「育休を取らないのか?」と積極的に連絡を入れることが大事だと語った。
「上司に『人事が育休をとれと凄くうるさく言うんですよ』と言うことによって、育休が取れたという方も結構います。自分から「取りたい、取りたい」と上司に言うのは、なかなか心理的ハードルがあるけれども、人事からの「鬼電」で助かったという方も結構いらっしゃいますので、かけてあげてください」
そして、最も重要なポイントとして、「8.『男が休むなよ』」の風土を『誰が休んでも回る職場』に」を挙げた。
女性に育児休業を取れる制度を作ったことによって、制度利用者のキャリアが閉ざされたり、制限されたりしてしまうマミートラックの二の舞は避けなければならないという。
「(男性を保護するというような考え方で)今のままいくと、男性の中で育休を取りたいという一部の社員のために育休制度は作ってあげるけれど、そういう人は出世を望まない人なんだろう」という男性のキャリアの二極化になってしまう。これからは、長いキャリアの中で、誰もが介護などさまざまな理由で休んだり、短時間勤務もある。誰が休んでも回る職場にむけて、現在の仕事のやりかたが個人に属人化していることを解決するなど、本質的な部分にしっかりと目を向けて働き方改革から逃げないことが重要です」(小室氏)。【おわり】
※編集部注:情報は取材時点。法改正関連の情報は政府発表の最新のものでご確認ください。
関連情報
男性育休100%宣言企業の取り組みについて
【プレスリリース】「男性育休100%宣言企業が100社に!男性産休新設の法改正に向け問合せが殺到 ~住友生命保険相互会社、パシフィックコンサルタンツ株式会社、三重県、 株式会社大和証券グループ本社、敷島製パン株式会社、株式会社銚子丸も宣言~」
https://work-life-b.co.jp/20210331_11345.html
セミナー概要
~1000社の働き方改革実績から~ 小室淑恵登壇! 経営層の意識が変わる施策とは 男性も育休が取れる!採用で差がつく取組事例・制度紹介セミナー
開催日時:2021年4月13日(火)15:00-16:20 オンライン
参加費:無料
■タイムテーブル
<働き方改革セミナー>
【前半】15:00~15:30予定
コロナ禍での働き方改革を振り返り成功した企業の具体事例や、課題別の解決策について
講師:株式会社ワーク・ライフバランス 執行役員 浜田 紗織氏
【後半】15:30~16:20予定
法改正により、企業が取得を打診することが義務付けられる「男性育休」について、男性が長期で休める職場をどのように働き方を変えるのか、事例を交えて解説
特別講師:株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役 小室 淑恵氏
セミナー情報詳細:http://ptix.at/5kQEPY
※現在、録画データが視聴できる(有料)
講演者プロフィール
小室淑恵(こむろよしえ)
株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長
ワーク・ライフバランスコンサルティングを1000社以上に提供し、労働時間の削減や有給取得率の向上だけでなく、業績の向上、社員満足度の向上、自己研鑽の増加、企業内出生率の向上を実現。長時間労働体質の企業を生産性の高い組織に改革する手腕に定評がある。安倍内閣産業競争力会議民間議員、経済産業省産業構造審議会、文部科学省中央教育審議会、環境省「働き方改革」加速化有識者会議委員などを歴任。著書は『プレイングマネージャー「残業ゼロ」の仕事術』(ダイヤモンド社)『働き方改革生産性とモチベーションが上がる事例20社』(毎日新聞出版)『6時に帰るチーム術』(日本能率協会マネジメントセンター)『マンガでやさしくわかる6時に帰るチーム術』(日本能率協会マネジメントセンター)『男性の育休家族・企業・経済はこう変わる』(共著、PHP新書)等、約30冊。「朝メール.com」「介護と仕事の両立ナビ」「ワーク・ライフバランス組織診断」「育児と仕事の調和プログラムアルモ」等のWEBサービスを開発し、1000社以上に導入。「ワーク・ライフバランスコンサルタント養成講座」09年から開催。卒業生は1600名。約600名が加盟・認定コンサルタントとして全国で活躍中。私生活では二児の母。
※記事で使用している画像は株式会社ワーク・ライフバランスの許諾を得ているものです。
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