「副業」新時代-企業の向き合い方 vol.3
諸外国の副業の現状・日本の労働市場における副業の位置づけ
2021.04.15
特集の第1回目、2回目は、副業の時流の概観と具体例、制度構築のポイントについて触れた。第3回目は、副業制度の構築にあたって参考になる国外の副業の状況について考察しながら、副業を日本の企業や個人がどう捉え、どのように考えればよいのか、社会保険労務士の松井勇作氏が1つの「視点」を提示する。
【関連記事】「副業」新時代-企業の向き合い方 特集TOP
「副業について日本は遅れている」は間違い
現時点では、日本国内における企業の現場で副業が一般化しているとは言えないことからも、「そもそも副業についてどう捉えればいいか・自社でどのように制度化すればいいか」という視点が大変重要だと思います
特に副業に関しては「副業は欧米や諸外国、特に米国は副業が進んでおり、日本は遅れている。今後はギグワーク(短い単発の雇用)の社会が到来する。副業やパラレルキャリアの進展こそが未来の働き方なのだ」というような論調をしばしば目にします。副業は企業向けだけでなく、個人向けの教育や啓発系のビジネスでも注目されている領域です。そのため、副業という名のもとに様々な情報が飛び交っていますし、なかには副業を煽るような、あまり正確ではない情報も多くあるといえると思います。こうした情報は本当なのでしょうか。
精査した結論として、「副業について日本は遅れており、副業が盛んになることこそが未来社会なのだ」というような認識は、大きくは間違っていると考えられます。副業の背景にある雇用制度は各国の文化や法令、社会の状態と不可分の事象であり、また決して日本が一方的に遅れているわけでもありません。しかし、副業について積極的に考えなくてもよいということではありません。諸外国の状況を整理した上で、日本企業がどう捉えていけば良いのか、考えていきたいと思います。
欧米の副業の状況
副業・兼業の実態調査(「諸外国における副業・兼業の実態調査」-2018年4月JILPT)によれば、イギリス・フランス・ドイツ・アメリカにおける複数就業者の数はドイツを除いて近年は減少傾向であり、就業者全体に占める割合として4%~7%の間であり決して高いものではありません。
日本において2021年現在、副業をしている人の割合は、全就業者に対する複数の仕事をしている人の割合・企業就業者の中での複数個の収入を持つ人の割合、など様々な集計の定義があり、調査によって割合も違いますが、それぞれの定義で6~10%程度の割合となることが多いため、現時点でも日本の方が高い可能性もあると言えます。
この事実だけを見ても「海外では副業が日本よりも進展している」という理解は正しくないと言うこともできると思います。
関連記事:【2020年度調査】副業制度あり企業の72.7%が過去3年以内に制度を導入 従業員のモチベーションや定着率向上に効果を実感
欧米各国の副業に関する法令解釈や制度の状況
次に、欧米各国の副業に関する法制度についてみていきます。この点、日本の法律では、副業は私的時間に行われるものであり、原則として企業の指揮命令権が及ぶのは業務に関してだけであることから、副業の一律禁止は認められないという判断が、判例においてはよく行われてきました。ただし、企業において副業禁止とする慣行があると言え、政策に基づいて、それを捉え直す過渡期であると言えます。
フランスでは、労働者には忠実義務(競業避止義務)の履行が求められ、労働協約や雇用契約で副業を禁止することは基本的に可能としています。多少の制限事項はあるようではありますが、現在の日本よりも本業の雇用主の副業の許諾について強い権限を認めているのではないかと思います。
一方、ドイツでは、副業に関して雇用契約等での制限はみられますが、理由を問わない一律の全面禁止は認められず無効になるという法令解釈があり、競業避止等に影響がなければ副業に同意する義務があるとしています。イギリスでも、副業を雇用契約に条項を盛り込むことで禁止あるいは制限する場合に、事業の損害となるとの合理的な根拠(競業の禁止等)を要するとされています。
これに対して、アメリカについては特徴的で、副業・兼業の可否は法的に規制がなく、本人の判断で自由に行うことが法令上も実務上も当然に認められている状況です。また特筆すべきこととして、アメリカは労働時間の上限規制がなく、副業者の残業代についても副業者の労働時間の合算についても事実上運用されておらず規制がない状態です。しかしアメリカの副業者の割合は高いわけではなく、調査によれば4.9%程度です*1。よって、自立決定を重んずる文化から、少数の例外的な働き方にまで規制を及ぼしていないのだという見方もできます。
以上から考察しますと、欧米では決して一律に副業を促進するような制度になっているわけではありません。現在の日本の判例や法制度は、欧米と比較してどちらかというと既に副業が促進されているタイプの法制度になっていると言えます。アメリカは制度としては副業に対しての制限を設けないものの、だからといって副業者の割合が高いわけではないのです。
*1 P39「諸外国における副業・兼業の実態調査」-2018年4月JILPTP【PDF】
欧米各国の副業を行う理由
次に、副業を行う理由や就業の背景について見ていきたいと思います。
複数就業者の本業と副業の平均賃金や副業における職種等からの推測や、さらに定性的な調査から、欧州各国で副業を行う主な理由は、収入補填という経済的な事情から行われている副業が多いと推測されています。
アメリカの2004年の調査では「副収入のため」が38.1%*2、「支払いもしくは借金返済のため」が25.6%となっており、これらの経済的な理由が大きな割合を占めます。「起業もしくは別の仕事の経験のため」は3.7%とわずかであり、かつ、1997年の調査の7.7%から減っています*3。ただし、アメリカの別の調査からは、WEBを通じたギグワーク(部分的な仕事の受託)に触れたことがある若い世代の割合は増えており、さらにそういう仕事を行う若い世代のITのスキルレベルが非常に高いという情報もあります*4。
こうしたことから、日本での副業推進で、特にコロナ感染症の流行の前までよく言われていた「技術の向上・イノベーション推進・キャリア形成の意味合いでの副業」を第一に考えて副業をしている人の割合は、欧米において全く多くありません。技術の進展が働き方に与えている影響も、トピックとして注目されるべき点はあるとは思いますが、現時点での規模においては限定的なものだとは言えます。
*2*3 P42、*4 P44~45「諸外国における副業・兼業の実態調査」-2018年4月JILPTP【PDF】
アジアにおける副業の状況
アジアの動向については、国や政府の施策についての資料はないものの、アジア関連のレポートやブログ記事などから、リアルな副業事情について予測は可能です。
アジア地域の動向をみると、フィリピンでは「現在の職場で追加の仕事をしたい、あるいは追加の職業を得たい、あるいはより長い労働時間で新しい仕事をしたいと望む人」と統計局から定義されている「不完全労働力」と称している人たちがギグワーカーとして仕事をしているとの情報がありますし、タイ・ベトナムなどでも副業をするのはごく自然なこととして捉えられているようです。中国などでは、会社員であると同時に自分の法人を持っているというビジネスマンも多いようです。また、各国とも副業への規制はあまりないようです。
どういう視点から副業を語るかにもよりますが、労働観や仕事観というところにも注目して見てみると、単なる収入増を見込む以上の仕事、つまりビジネスをすることへの積極性を見ることができます。アジアの国々では、さらに成長していくために、貪欲で仕事に対して積極性があり、個人レベルで実施できる事業を見つけてチャレンジしている印象が強いことがうかがえます。(アメリカでもそういう意味ではその精神性は強そうです)
総括と、日本の企業や個人として我々が持つべき視点
今回紹介した内容から「日本は副業について国際的に遅れている・副業が行われているのが未来的な社会だ」などということは、少なくとも海外の状況からただちに推測されるわけではないと言えます。
また、副業の進展した国においては、それが発展途上であるからなのか、文化や政策なのかはそれぞれですが、共通した要素として、労働法制上の雇用保障についての制度整備があまりなされていないという特徴があります。現在の日本の労働法制は、全世界的に見た時には、第二次大戦後に雇用保障が手厚く進展したことにより、解雇法制が手厚くなった国家であり、フランスやドイツなどと同じ傾向を持つ国であると言えると思われます。
しかし、副業についての先進モデルが海外にはあまりないからといって、日本企業が副業推進を行う意義や価値がないということでは決してありません。副業とは、国際的な状況を前提として捉えた時に、まさに過渡期だからこその社会的な「挑戦」であるという側面が一層見えてきます。
経済産業省から2017年に発行された 「兼業・副業を通じた新事業創出に関する調査事業 研究会資料」によれば、日本国内において、副業から事業設立に向かう割合が高く、さらに産業の中で経済成長のもっとも著しいセグメントの事業が新規開業されたとのことです。そのため、副業率を高める社会的な意味があるのだ、ということが最初に述べられています。
また、2021年4月に改正し施行される高齢者雇用安定法では、「70歳以上の方の個人事業主化の促進」が、努力義務とされる選択肢の中の1つとされていますが、これも高年齢者の個人のキャリア形成上有効な働き方の1つの形態として、様々な事例の研究の上に作られた制度であるからだということです。
日本は「高度成長期型の日本社会の働き方・生き方」「一社の企業に所属しサラリーマンとなって長時間労働を行う」ことの弊害が言われて久しく、そうした中で全世代がいつからでも主体的に労働に参画できる「多様な働き方」の実現が目指されました。そうした中に副業も位置付けられるのだと思います。
本稿ですでに見たように、日本は国際的にみても社会的な雇用保障が手厚い制度を持っています。そういう制度の長所は生かした上で、アメリカやアジアの国々に見られたような、自身のキャリア形成やビジネスへの挑戦も行われるような、新しいモデルを目指しているのではないか、そういう姿を志向するのが良いのではないか、と考えられます。
副業も含めた、新しい多様な働き方の形が実現されていく中で、社会の発展と少子高齢化の構造的な解決があるのだと思います。よって、副業制度についても、何かある決まった形を目指すのではなく、消極的な着地点を目指すのでもなく、それぞれの企業や個人で工夫をし、最も効果の高く意味がある副業の制度や事例を創出していくような視点を持つことが必要なのではないでしょうか。
【vol.4「副業に伴うリスクを防止するために必要なリスクマネジメント施策」につづく】
【特集:「副業」新時代-企業の向き合い方】(順次公開)
・vol.1「副業の現状と類型、企業にとってのメリットとリスク、活用方法」
・vol.2「副業制度の考え方と制度設計、申請フロー・手続き・届出など導入と運用」
・vol.3「諸外国の副業の現状・日本の労働市場における副業の位置づけ」
・vol.4「副業に伴うリスクを防止するために必要なリスクマネジメント施策」
・vol.5「副業の労務管理や運用~重要な時間管理の新しい運用」
・vol.6「副業の労務管理や運用~労働保険・社会保険・税務・健康管理に関する運用」
・vol.7「副業に戦略的に活用できる助成金や補助金~最新の産業雇用安定助成金の情報もあり」
【参考情報】
・「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(令和2年9月1日改定版)(概要)[PDF形式:767KB]
・「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(令和2年9月1日改定版)[PDF形式:375KB]
・副業・兼業に関する情報ページ(厚生労働省)
・部下に複業(副業)をしてほしいと思っている管理職の半数以上は、キャリア開発を期待【複業(副業)に関する意識・実態調査】パーソルプロセス&テクノロジー株式会社調べ
執筆者紹介
松井勇策(まつい・ゆうさく)(組織コンサルタント・社労士・公認心理師) フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表、情報経営イノベーション専門職大学 客員教授。東京都社会保険労務士会 先進人事経営検討会議議長・責任者。 最新の法制度に関する、企業の雇用実務への適用やコンサルティングを行っている。人的資本については2020年当時から研究・先行した実務に着手。国際資格も多数保持。ほかIPO上場整備支援、人事制度構築、エンゲージメントサーベイや適性検査等のHRテック商品開発支援等。前職の㈱リクルートにおいて、組織人事コンサルティング・東証一部上場時の上場監査の事業部責任者等を歴任。心理査定や組織調査等の商品を。 著書「現代の人事の最新課題」日本テレビ「スッキリ」雇用問題コメンテーター出演、ほか寄稿多数。 【フォレストコンサルティング経営人事フォーラム】 https://forestconsulting1.jpn.org
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