【レポート】COMPANY Forum2020 特別対談「不動心-逆境に強い力-」
NYヤンキース松井氏が語る「逆境を力に変えるための考え方」と現役時代に常に意識してきたこと
2021.01.08
その年の時流・トレンドに合わせたテーマを掲げ、毎回各界を代表するパイオニアが登壇するイベント「COMPANY Forum」(主催:株式会社Works Human Intelligence)。2020年度は昨年11月26日に開催された。今回のテーマは『Reinvent Values ~価値観を再創造せよ~』。新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに、急速に事業の在り方や働き方の変革に迫られ、人々が求めるものも大きく変化しつつある中、企業や人々の根源にある”価値観”から見直すための思考やプロセスにフォーカスしたセッションや対談が繰り広げられた。
今回、Works Human Intelligence社協力のもと、同社代表取締役社長 最高経営責任者の安斎富太郎氏とNYヤンキースGM特別アドバイザー/Matsui 55 Baseball Foundation 代表理事・松井秀喜氏との対談の様子を抜粋して紹介する。
読売ジャイアンツから名門ニューヨークヤンキースの一員として加わり、強烈なプレッシャーの中で常に結果を出し続けた「背番号55」。選手生命を脅かす大怪我、野球人生初めての挫折から見事な復活を遂げた松井秀喜氏は、いかにして挫折を力に変えて逆境を乗り越えたのか。「不動心 -逆境に強い力-」のテーマで、安斎氏の問いかけのもと、戦い続ける中で身につけた松井流「心の構え」を語った。
登壇者プロフィール
モデレーター:安斎富太郎(あんざい・とみたろう)
株式会社Works Human Intelligence 代表取締役社長最高経営責任者
1981年 慶應義塾大学経済学部卒業。1981年 日本アイ・ビー・エム入社、社長補佐、IBM米国本社勤務、公共・公益・通信メディアサービス事業部長、理事、NTT事業部長を歴任。2006年 デル株式会社 法人企業日本代表。2011年 SAPジャパン株式会社 代表取締役社長。2015年 アルテリアネットワークス株式会社 代表取締役社長兼CEO。2020年 ワークスHI取締役副社長、同年7月代表取締役社長最高経営責任者に就任。
ゲストスピーカー:松井秀喜(まつい・ひでき)
NYヤンキースGM特別アドバイザー/Matsui 55 Baseball Foundation 代表理事
1974年6月12日生まれ。石川県出身。188cm/95kg。
[最終所属球団] ニューヨークヤンキース
[受賞歴/経歴]MLB:ワールドシリーズ優勝1回、ワールドシリーズMVP1回、オールスター2回 等々。プロ野球:日本シリーズ優勝3回、日本シリーズMVP 1回、リーグMVP 3回、オールスター9回 等々、その他:国民栄誉賞(2013年)【Matsui 55 Baseball Foundation公式情報より引用】
野球人生最大の「逆境」をどう乗り越えたのか
安斎富太郎氏(以下、安斎氏):今までの野球人生の中で、最も「逆境」と感じたのはいつで、その時はどんなことを感じたのかを教えてください。
松井秀喜氏(以下、松井氏):ジャイアンツでプレーした10年間、ヤンキースに入団してから3年間は成績のアップダウンはあったものの、1試合も休まず試合にも出場できて比較的順調でした。その後、ヤンキースの4年目に、試合中の守備でグラブをはめている左手首を骨折。それが一番逆境というか、目の前に現れた壁だったような気がしますね。
安斎氏:確か2006年の5月11日の試合で、日米通算の連続出場記録1768試合目で途切れてしまった。その時はどんな心境だったのですか。
松井氏:初めての経験で、プレーできない残念な気持ち、悔しさが最初にきました。ただ、この骨折したという現実は受け入れるしかない。すぐに手術をして医者からは復帰までに3~4カ月かかるだろうと言われたので、その間にどうやって過ごすか、どういう気持ちの持ちようでいようかというのを考えました。
気持ちの切り替えは早くできて、せっかくこうやって考える時間ができたので、野球選手、バッターとしての自分を見つめ直す機会にしようと思いました。そして、復帰した時には、今まで以上の活躍ができるようにと考えていました。
安斎氏:怪我から124日ぶりに復帰した初戦で4打数4安打の活躍。その後の試合も含めて4割近い打率を残しています。松井さんがおっしゃったように今まで以上になって戻ってくるというのを実現された。これができた原動力はどこにあったと思われますか。
松井氏:やはりリハビリ期間中の気持ちがプレーに現れました。野球に飢えているといういい意味でのハングリーな気持ちが出せたのが良い結果につながったと思います。怪我をするまでは毎日プレーすることが当たり前だったのが、怪我をしたことで当たり前ではなくなった。あの(ピンストライプの)ユニフォームを着て、ヤンキーススタジアムでプレーできる幸せ、それを感じたんだと思います。野球が好きで、早くあそこに戻りたいという気持ちが一番の原動力だったと思います。それに加えて、今まで以上になって戻ってくるという強い気持ちがあったからこそ4カ月のリハビリ期間も過ごせたと思います。
環境が大きく変化したとき、どう順応するのか
安斎氏:コロナのように自分が予想していないときに起きる変化もあれば、自分が選択をして環境が変わるということもあります。松井さんはこれまでの野球人生の中でいろいろな選択をしてきたと思います。その中で環境が一変した時はいつでしょうか。
松井氏:いろんな環境が大きく変わったのは、ジャイアンツからフリーエージェントでメジャーリーグへ移籍したときです。高校からプロへ進んだ時がレベルの違いを一番感じた時ではありましたが、野球そして野球以外も含めて大きく変わったのはメジャーへ移籍した時です。
安斎氏:松井さんがある方との対談で、松井さんが変化に対応するときに「変えて良いもの」と「変えなくて良いもの」があるとおっしゃっていました。それはどういう考え方なのでしょうか。
松井氏:実際に行ってみて、「これは変えた方が良いい」「変えなくて良い」はその都度自分の中で判断をして、実行しようと思っていましたし、実際にそうしました。自分の感覚的なものもありますが、例えば自分の中でこれは「受け入れられる」「受け入れられない」という判断をします。
安斎氏:松井さんのバットを作られている久保田五十一さんが、メジャーリーグで使用するバットをプロ野球時代のものと変えていたとおっしゃっていました。どのような判断だったのでしょうか。
松井氏:メジャーリーグのピッチャーに対応するためには、多少バットを変えた方が良いなとは感じていました。ちょうど移籍前の日米野球でメジャーの一流ピッチャーと対戦した時に、今のままでは厳しいなと感じていましたので、対応するためにはバットを自分なりにメジャー流に改良しようと考え、それを久保田さんに伝えて、そういう形でつくってもらいました。
自分が今までやってきたこだわりというものは、それはそれでもちろん大切ですが、目の前の結果を出すためには、多少の変化もやらなければならないと考えていました。それでまたメジャーのピッチャーに対応できるようになったら、今まで使っていたバットに少しずつ戻していこうとも思っていました。
安斎氏:2年目には31本のホームランを打っています。もう変化に対応できたということでしょうか。
松井氏:1年目の経験を生かして改善できたことが大きいです。自分の中の対策法の引き出しというものがありました。2年目からは対戦したことがないピッチャーが出てきても、それまでに対戦したピッチャーのデータと経験から「このピッチャーはこのタイプだ」と種類分けすることができたので、自分の中の引き出しを開けて「このピッチャーにはこうだ」と対策の整理ができていました。
野球人生最大の決断はどのようにして行われたのか
安斎氏:メジャー7年目の2009年のワールドシリーズでは大活躍をしてMVPをとりました。その翌年にはエンゼルスへ移籍し、アスレティックス、レイズでもプレーした。その時はどういう心境で決断をしたのですか。
松井氏:ヤンキースからエンゼルスへ移籍する時が、一番葛藤がありました。なぜならヤンキースでプレーがしたくてメジャーリーグに挑戦したので、やはりヤンキースに対する憧れと、実際にプレーして自分はやっぱりヤンキースが好きだという気持ちを持ちながら7年間プレーしてきた。そこから離れるという決断をしなければならないのは難しかったです。ただ、なぜヤンキースに行きたかったのかをあらためて思い出すと、ワールドシリーズで優勝したかったからでした。7年目でその目標が達成できて、なおかつワールドシリーズでMVPという自分でも想像していなかった活躍ができたので、これを最後に移籍することも選択肢としてあると考えました。また、ヤンキースは当時、私のことをDH(指名打者)としてしか見ていなかったので、自分のなかでもう一度守備をやりたいという気持ちもありました。
エンゼルスと話をしたときに、毎日ではないが守備もやってほしいと言われましたので、ヤンキースでは目標も達成しましたし、残りがそれほど長くない野球人生を考えた時に今からチャレンジするのも悪くないと考えて、移籍することにしました。
安斎氏:松井さんは巨人、ヤンキースと超一流の球団でプレーをしてワールドシリーズで優勝してMVPまでとられた。ある意味、そこでバットを置くという選択肢もあったかもしれません。それでも、自分の可能性を信じ、もう一度守備ができる機会を求めて新たなチャレンジを決断された。それを聞いて私はとても勇気づけられました。我々、企業人には自分の意にそぐわない決定の人事があり、ある意味ほとんどがその連続なのかもしれません。そういったなかで、与えられた場所で自分はどうするのかではなく、必要とされる場所で自分はどうしたいのかをお考えになられたのかと今の話を聞いていて感じました。「必要とされる場所がある」ということも原動力になるのでしょうか。
松井氏:もちろんです。エンゼルスのソーシア監督(当時)から、守備もやって基本的には4番か5番を打って毎日試合に出てくれと言われていましたので、その言葉だけで十分でしたね。一度グラウンドに出れば同じ野球ですし、ヤンキースのユニフォームを脱ぐというのは重い決断ではありましたけど、当時35歳でしたから「これはもう最後のチャレンジ」と自分で自分の背中を押しました。
自分に最も影響を与えてくれた2人の監督
安斎氏:今日参加されている方は経営者やリーダーの方も多くいます。松井さんは日米通じていろいろな監督やコーチの方と触れ合ってきたと思います。松井さんから見て理想のリーダーや、リーダーに求められる要件としてどんなものがあるとお考えでしょうか。
松井氏:一番私に影響を与えてくれた方々は2人いて、1人目はジャイアンツの長嶋茂雄監督。2人目はヤンキースのジョー・トーレ監督です(いずれも当時)。人間としても、監督としてもまったく違うタイプです。
まず、長嶋監督は、おこがましいのですが、息子のように可愛がっていただきました。毎日、二人だけで素振りをする。あの長嶋監督が僕のために毎日付き合ってくれる。それだけですごく幸せなことですけど、その期間があったからこそ自分自身のバッティングができあがった。その意味では感謝しかないです。
長嶋さんが監督として何が一番すごいのかを冷静に考えてみると、常にファンを楽しませよう、観ている方を楽しませようと、それが最初にくる。企業もそうかも知れませんが、お客様に喜ばれようとする。それが徹底されていましたね。自分の選手たち以上にファンを大切にして、常に実行されていたというのは見ていて素晴らしいなと思いました。個人的にはやはり、ジャイアンツの監督という忙しいポジションをやる中でも、毎日、素振りに付き合っていただいたこと。感謝しかありません。
トーレ監督は、問題点があったら徹底的に話し合う。選手が何か不安や不満を抱えていたら、徹底的にその選手と話し合っていました。その姿勢は素晴らしいなと思いました。私自身は不調の時に何度か話しかけられただけですが、チームメイトに自ら近寄っていろいろ話し合う姿を見ていましたので、あのトーレ監督が選手のためにここまでやるんだな、というのは肌で感じましたね。それがまた、人づくり、チームの環境づくりを常に考えてやっていらっしゃったのかなと思います。
それが本当にリーダーに必要なことかどうかは僕の中では分かりませんが、ただ自分が最も影響を受けた監督さんたちの素晴らしい点だったような気がします。
安斎氏:松井さんもおっしゃっていましたが、我々の仕事はお客様を第一に考えて企業活動ができるかが極めて大事です。今日参加していただいているリーダーの方々が部下や横の立場も含めて、お互いがコミュニケーションを深めていけるか。お互いが相手の価値観を知り、理解するということが大事なんだと今のお話を伺っていて勉強になりました。
現状を受け入れ、コントロールできることだけに集中する。
安斎氏:松井さんは野球の楽しさを伝えていきたいとMatsui 55 Baseball Foundationの活動をされています。私共の会社でもミッション、ビジョン、バリューを掲げています。その中のミッションでは「『はたらく』を楽しむ社会を実現します」ということを書いています。松井さんが野球人生の中で、選手冥利に尽きると言いますか、野球選手としての醍醐味を感じて「『はたらく』を楽しい」と思えた瞬間はどんな時だったのでしょうか。
松井氏:やはり、喜びをみんなで分かち合える時ですかね。野球というスポーツはチームスポーツではありながら、個人スポーツの要素がすごくある。打席に入れば自分だけですし、守備について打球が飛んで来たら対応するのは自分だけですし。そこはもう個人の力の見せどころではあるんですけど、最終的には勝ってファンも含めてみんなで喜べる。それが野球の醍醐味、素晴らしい点だと思いますね。
安斎氏:松井さんは4番打者としてずっと活躍されて、負けられない状態の中で常にプレーされていた。そういう時でも松井さんは「楽しい」と感じながらプレーできたのでしょうか。
松井氏:心から楽しいと思える時は、プロになってからはなかなか無いような気がしますね。やはり、責任というものが出てきて、結果を残さなければいけなくなる。その中で、全力でプレーをして、結果を残して勝てた時には、楽しいというかホッとします。
安斎氏:今日は松井さんの逆境の時のメンタリティですとか、考えというものを教えていただきました。来場・ネット含めて3,500人ぐらいが聞いておられます。最後に日本のビジネスマンに対して、逆境に打ち勝つために、エールやメッセージをいただければありがたいと思います。
松井氏:今日の私の言葉が皆さんにどこまで響いたのかはわかりませんが、明日以降の活力になってくれれば嬉しいです。皆さまはこれから、日本だけではなく、世界中で活躍される方々だと思っています。
私自身が常に考えていたのは、自分がコントロールできることと、できないことを分けようと。自分の現状を受け入れて、コントロールできることだけに集中して、コントロールできることはなんとかする。できないことは気にしないようにする。皆さまのビジネスの世界でそういう考えが役立つかは分かりませんが、自分はそういう気持ちで現役時代プレーしてきました。同じ日本人として、これから皆さまの世界中での活躍を期待しております。ぜひ頑張ってください。【おわり】※文中敬称略
※文中の写真は株式会社Works Human Intelligence社提供ならびに許諾を得て掲載しているものです。
COMPANY Forum2020 イベント概要
COMPANY Forum 2020 -Reinvent Values 価値観を再創造せよ-
【開催概要】
日時:2020 年11 月26 日(木)10:00~17:30※受付開始9:30~
会場:オンライン、ウェスティンホテル東京
参加費 :無料(事前登録制)
公式HP :https://cf2020.jp
主 催 :株式会社Works Human Intelligence(https://www.works-hi.co.jp/)
【プログラム】
●Works Human Intelligence よりご挨拶
株式会社Works Human Intelligence 代表取締役社長最高経営責任者 安斎 富太郎
●不動心 -逆境に強い力-
NY ヤンキースGM 特別アドバイザー/Matsui 55 Baseball Foundation 代表理事 松井 秀喜 氏
●三井物産×文藝春秋「危機と変革」
三井物産株式会社 代表取締役会長 飯島 彰己 氏
●今、人事が考えるWell-being -New Normal において人事担当が考えるべきWell-being 的視点-
楽天株式会社 常務執行役員Chief Well-being Officer 小林 正忠 氏
●デジタル変革に求められる組織、人材とは?
アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社 本部長 プリンシパルソリューションアーキテクト 荒木 靖宏 氏
株式会社DNP デジタルソリューションズ 代表取締役社長 福田 祐一郎 氏
●イノベーターに備わる「アート思考」-生産性を超える、創造性の追求を目指して-
東京藝術大学大学美術館館長/練馬区立美術館館長 秋元 雄史 氏
●日本企業のデジタル大戦略-CIO に求められる資質とは-
森・濱田松本法律事務所 パートナー弁護士 増島 雅和 氏
●The new normality -新社会の価値基準-
ボン大学教授、哲学者 マルクス・ガブリエル 氏
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