コラム

左遷はチャンス


【第3回】左遷を乗り越えるための「もう一つの本業」探しのススメ

2016.06.10

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今後の会社と社員の方向性

第1回では、左遷を生み出す会社のしくみについて、第2回では社員側が左遷をチャンスにできる可能性を述べた。当然ながら、企業の目的は左遷をなくすことでもなければ、左遷を受けた社員の気持ちに寄り添うことでもない。企業は良き商品やサービスを提供して社会の要請に応え、そして社員がイキイキと働くことが核心である。

左遷は、人事異動をはじめ企業組織と社員との関係に密接にかかわっている。昨今は経営環境の厳しさから旧来のやり方ではうまくいかない会社も少なくない。個々社員にとってもかつてのようにイキイキと働きづらくなっていることも事実である。今回は、左遷を検討してきた状況を踏まえ、今後の企業組織および個々社員がどのように対応していくべきかの方向性について考えてみたい。

「もう一つの本業」を目指す

まずは個人側の観点からみていこう。

会社員という存在の中に自分を埋め込めばたしかに安心感はあるかもしれない。しかしそうなると他人からの評価、他人との比較でしか自分を確認できない自己喪失の状態に陥りかねない。周囲との協調を旨として働いていると、自分はいったい何者なのか、自らのアイデンティティが分からなくなることがある。

組織にもたれかかり、組織内から動こうとしない社員は少なくない。しかし会社の枠組みを外から客観的に眺め、一時的であってもそこから脱する機会を持っておくべきだ。そうでなければ左遷に遭遇した時に自らのすべてが否定された気分に陥る。

どうすればいいのだろうか。私が勧めたいのは、仕事を続けながら、会社以外で「もう一つの本業」を持つという選択である。会社員を辞めず、会社の仕事だけに注力するのでもない、第三の道を歩むということだ。「二足の草鞋(わらじ)」という言葉が一番近いかもしれない。これなら毎月の収入があるので、腰を落ち着けて取り組むことができる。また趣味にとどめないで、わずかでも収入が得られるレベルを目指すべきだ。収入があるということは社会とつながっているからだ。そうすれば退職後も現役で過ごせる。

会社中心の働き方を続けていると、会社から離れた時に居場所がなくなる。私も定年退職して誰も本名を呼んでくれないことに気が付いた。名前が呼ばれるのは病院の待合室だけだ。私は会社勤務のかたわら、50歳から物書きの仕事を始めたので、定年後もペンネームの「楠木新」で何とか生きながらえている。

挫折や不都合な出来事をバネにできるか

「もう一つの本業」を持つには、会社の仕事の手を抜かないことだ。ここは勘違いする人がいるが、仕事も社外での取り組みも同じ人間がやっているので区分はできない。両者はつながっているので、「もう一つの本業」だけに注力してもうまくいかない。逆に言えば、社外で夢中になれるものがあれば、社内の仕事の質も上がる。

また、あくまでも個人の主体的な意志と行動が大切だ。後にも述べる副業禁止規定の緩和や廃止を強調する人は少なくない。しかし会社の枠組みを脱するには、規定のあるなしに関わらず「自分だけでもやる」という気概がないとむつかしい。

さらに、挫折や不都合な出来事をバネにできるかどうかがポイントになることが多い。
私が取材してきた人たちは、左遷だけではなく、リストラや自分の病気、家族の問題などに正面から向き合い、その結果も自分で引き受ける覚悟があるから気持ちを切り替えることができた。

それまでは自分の出世や評価されることを目指してきた。しかし挫折的な体験を通じて、一緒に働く同僚や家族に視点が転じて、彼らや彼女たちに対する感謝が生まれる。だから周りの人が手を差し伸べやすくなるので、「もう一人の自分」も作りやすい。逆に、自分自身に向き合うことに不誠実な人や自分だけのことを考えている人に対しては、周囲は手を施す術を持たない。

これらの不遇な出来事は個人にとっては大変なことではあるが、見方を変えれば、会社中心の働き方から、人生の後半戦を見据えた働き方へと移行するチャンスでもある。 「もう一つの本業」を目指せば、退職以降もイキイキと活動することにつながっていく。私の体験では、50歳から始めても十分間に合う。

会社、労働組合が果たす役割

「もう一つの本業」を持つことは、もちろん社員の個人的な営みの中にある。しかし企業や労働組合も、もっと「もう一つの本業」を推奨すべきではないか。それは個々社員がイキイキと働き、結果として企業の生産性を高める可能性があるからだ。

社員に対する副業規定の緩和や廃止を検討しても良いだろう。人事異動の権限も会社がすべてを持つのではなく、社員の希望をきめ細かく取り入れる方策もある。また長期勤続の社員に対して自分を見直すために思い切った長期休暇を与えることも考えられる。賃金や労働条件だけでなく、社員が柔軟にキャリア選択できることをサポートすべきだろう。私も労働組合主催のセミナーで講師を務めたことがあるが、個々組合員は自らのキャリアについての関心は高い。

世上では、「一億総活躍社会」が提言されている。数千万人単位のビジネスパーソンが、先頭を切ってイキイキ働けば大きな力になると思われる。
【了】

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楠木新氏の近著
『左遷論 – 組織の論理、個人の心理』
出版社:中央公論新社
発売日:2016年2月24日
価格:886円
Amazonへのリンク

内容:左遷という言葉は「低い役職・地位に落とすこと」の意味で広く用いられる。当人にとって不本意で、理不尽と思える人事も、組織の論理からすれば筋が通っている場合は少なくない。人は誰しも自分を高めに評価し、客観視は難しいという側面もある。本書では左遷のメカニズムを、長期安定雇用、年次別一括管理、年功的な人事評価といった日本独自の雇用慣行から分析。組織で働く個人がどう対処すべきかも具体的に提言する(Amazonページより)。

執筆者紹介

楠木新(くすのき・あらた)(人事コンサルタント) 1979年京都大学法学部卒業後、大手生命保険会社に入社し、人事・労務関係を中心に、経営企画、支社長を経験。勤務と並行して、「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演・大学講師に従事。朝日新聞beにて、「こころの定年」を一年余り連載。15年に定年退職。「人事部は見ている。」(日経プレミアシリーズ)「働かないオジサンの給与はなぜ高いのか」(新潮新書)など著書多数。16年2月に、「左遷論」(中公新書)を出版。

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