2020年4月施行「改正パートタイム・有期雇用労働法」の対応を社労士が解説
【社労士解説】「同一労働同一賃金」に向け企業が行うべきパート・契約社員への対応
2020.03.03

2020年は「時間外労働の上限規制」の適用や、改正民法(債権法)などさまざまな法改正が予定されている。その中でも人事・総務担当者にとって対応に注意が必要なのが「同一労働同一賃金」だ。
正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差を解消することを目的として、2020年4月から大企業が適用対象としてスタートし、1年後には中小企業にも範囲が広がる。
しかし、エン・ジャパンが2月20日に発表した「同一労働同一賃金」のアンケート結果によると、2020年4月からの義務対応が必要な183社のうち、「既に対応が完了」と回答したのが5%、「対応が決定し、対応中・これから対応予定」は40%だったことがわかった。対応が進まない理由の1つとして「待遇差がある場合の、不合理であるかどうかの判断ができない」がある。
そこで、今回はフォレストコンサルティング労務法務デザイン事務所代表の松井勇策氏に、「同一労働同一賃金」対応時の考え方や必要な施策ついて解説してもらった。
関連記事:
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最低限、何をどう考えて対応すれば良いのか。1年後の中小企業の施行も見据えて
法改正の大きな趣旨は、無期・正規労働者(いわゆる正社員)と非正規社員の賃金額が、職務内容に応じた均衡な額であることが求められ、そうでない場合は法違反になる、というものです。
今までの法令において「賃金」は、労基法における賃金支払いの規制や、最低賃金法における地域別の最低賃金の基準等は定められていました。しかし今回の法改正で、そうした最低要件ではなく、実際の賃金の額に踏み込んだ規制が初めて行われることになります。労働関係の法令では完全に新しい内容となり、また業種職種を問わず適用されるという意味で、全ての事業主・労働者の方にとって、とても重要な内容となります。
正社員・非正規社員間の賃金差を整備することが求められるわけですので、
- 正社員と非正規社員が、同種の業務内容で混在して働く職場
- 正社員と非正規社員が、別の賃金体系を持っている職場
- 正社員の方がキャリアローテーション等で、さまざまな職務に就く人事制度を持っている職場
などにおいては、特に注意して整備する必要が高いと言えます。一般に、サービス業・製造・建設などの事業では、規模が小さくても上記のような構造の事業場が多いと思われます。場合によっては制度の変更が必要なことからも、中小企業への施行が1年後ではあるものの、企業によってはすぐに検討を始める必要もあると考えられます。
まずは押さえておきたい「同一労働同一賃金」の基本知識
今回施行される法令は一般的に「同一労働同一賃金」と呼ばれていますが、そのような名称の個別の法令があるわけではありません。「同一労働同一賃金」とは政策的な名称であり、一連の法令の原則を指すもので、実際の規定はいくつかの法令にわたって定められています。
主要なものとしては、パートタイム・有期雇用労働法における、いわゆる「パートタイマーや契約社員の方に関する法令」と、派遣法において定められる「派遣労働者の方向け」のものの2つです。今回は前者の、パートタイマーや契約社員の方と、正社員の方との賃金条件の整備について解説します。
後者の“派遣法に定められる派遣社員向けの法制度”とは具体的な賃金の基準が定められているもので、主に派遣元の派遣事業者において具体的な整備事項が定められています。これについては規模要件を問わず、全ての派遣先・派遣元の事業者の対応が求められているという意味で重要なものですが、次回あらためて解説します。
「同一労働同一賃金」に向け、企業が最低限行うべき3つ対応
「パートタイム・有期雇用労働法」で定められている内容から、事業主が対応すべき義務や制度的な整備事項は主に次の3点だと言えます。
- 非正規労働者の方が入社してきた時に、賃金の差異について説明をする義務
- 非正規社員の方から説明を求められたときに、賃金の差異について説明をする義務
- 非正規社員の方が、賃金の差異や説明等について納得がいかない場合、行政サイドに訴え出ることができ、裁判外の紛争解決制度(ADR)を活用できることになります。この制度自体は既にありますが、この制度について拡充・整備がされるため、事業主もそれを踏まえて対応する必要が生じます
1・2について、法施行後に会社に入社する非正規社員の方には必ず説明を行う必要がありますし、質問を受けた場合に説明する義務が生じます。説明の方法については法令で義務付けられてはいませんが、厚生労働省が公開したマニュアルには、説明書のモデル様式【下図参照】が掲載されています。
こうしたマニュアルが公開されているということは、一般的に、賃金に特化した説明書を用いた給与水準の説明が求められるものといえるため、このレベルの準備をすることが必要であると言えます。
また私見も入りますが、上記のレベルで整理された説明を行わない場合、もしも労働者の方が上記のADRや労働審判・裁判等に訴えた際に「事業主としての説明義務が果たされているか」の判断基準に事実上影響するものと考えられるでしょう。
※「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」(厚生労働省)より引用
※クリックすると画像が拡大します。
「同一労働同一賃金」対応に必要な正社員・非正社員間の格差是正へ押さえておきたい2つのポイント
事業主の説明や社内制度の整備が必要になる点を説明しましたが、次に、正社員と非正規社員の方の賃金について、どの程度、何を整理しておけば良いのか考えます。
まず、今回の法令で義務付けられているのは「正社員・非正規社員間」のことですので、正社員同士、または非正規社員同士における賃金の同一性の整理は求められていません。この点は前提として理解しておく必要があります。
さらに、本法令は労働契約法が基盤となっており、行政からの指導も予定されてはいるものの、原則としては「使用者と労働者の契約を妥当な形にすること」を意図として制定されたものだということを押さえておくことが重要です。
つまり、使用者と労働者の合意に基づいた、労働契約の適正さについての判断基準なのです。双方の合意が最も重要なことであるため、「使用者と労働者の双方が納得できる合理的な説明」となっていることが重要です。
そのため、
- 法令の基準を意識して整理をする
- 勤務中の労働者が納得できる内容かを検証する
という2点が必要だと言えるでしょう。
いかに法令の基準で考えたとしても、その内容が職場の実態に即しておらず労働者の方が納得できるようなものでない場合、説明が合理的と言えず、法令違反になり得る余地があります。
また、同一労働同一賃金について悩んでいる企業の方から聞くことが多いのが「特殊な手当てや福利厚生制度、社員の間の条件の差異について、法令を参照してもどうすれば良いのかが書いておらず、対応方法が分からない」
という悩みです。この場合も、上記の指針を押さえておけば、解決の方向性が見えてくるものと考えています。
つまり、整備の基盤となる考え方は「自社社員から見て合理的な、筋が通った説明になっているかどうか」ということだと思います。ガイドラインに載っていなかったり判例の基準がなかったりする場合は、(1)法令の原則に基づいて、(2)現状の基準に照らし、(3)使用者・労働者の双方が合理的で納得し得るロジックになっているか、という3点を考えて整備することが大事だと言えます。
「同一労働同一賃金」に対応する賃金規定へ。こんなときどうする?「〇〇手当」「基本給」の同一性の判断
具体的な賃金規定の整備にあたっては、厚生労働省から発行されているマニュアルでもいくつかの観点があるため、絶対的な方法ないようです。
しかし、資料や判例を参照しますと、「1.支給目的が定まった手当などについての同一性の判断」、「2.総支給額や基本給についての同一性の判断」の観点で検討がが必要になります。
1.支給目的が定まった手当や福利厚生などについての同一性の判断
これについては判例も出ており、各手当の性質に基づいて、平等な取り扱いをするということが求められています。
たとえば皆勤手当などについては、皆勤したことに対する寄与に対しての手当だと考えられますが、正社員にだけ手当が支給され、非正規社員には支給されないような形の取り扱いがされている場合、手当の目的からは区別することについて合理的な説明ができないことになります。
厚生労働省からのガイドラインにはさまざまな事例が載っていますが、基本的な考え方は同じで、手当等の目的に照らして、職務の内容によって範囲が限定されるような性質のものは区分が認められるが、そうでない場合は同一の支給をすることが求められる、ということです。
判例や資料に列挙されない手当等を設定している企業も多いものと思われますが、前章にも前述したように、その場合の考え方は、手当や支給の性質上の目的に照らした時の同一性あるいは差異の説明が、自社の労働者から見て合理的な理由で実態に合っていると捉えられるかどうか、ということだと思います。
しかしそれでも、上記の基準だけでは判断し難い、と思われる時もあるでしょう。この場合はどうすれば良いのか。
私見も入りますが、この法令の性質的に、そういう例外的な状況に対して「絶対安全な解が欲しい」という風に考えること自体が、やや矛盾した側面があると思います。同一労働同一賃金の制度は、使用者と労働者の合意に基づいて、多様な働き方ができる社会を目指すものです。
原則に基づいて合理的な理由を考え、制度目的に対して社内を変革していくことが求められているものだと言えます。外部の社会保険労務士等の専門家も活用し、より良い職場環境を目指し、制度含めて合意が取れる状態を目指して変革し続けていくことが重要だと思います。
2.総支給額や基本給についての同一性の判断
目的別の手当を除いた総支給額や基本給の額についても、職務内容の同一性に基づいて、同一な額であることが求められています。厚生労働省のガイド等では、いくつかの視点での比較・分析に基づいた整理が求められています。
代表的な視点としては、業務について「職務の遂行能力・職務の内容や責任の重さ・仕事の成果や業績・年齢や勤続年数・市場での賃金相場・そのほか必要な観点」での職務内容の違いについて整理し、要素分析された観点で賃金を分析した上で、賃金額の差や妥当性について整理をして説明することが求められています【下図参照】。
(さらにその前提として、異動の可能性等についての基本的な業務分析も求められており、さらに要素を分析して集計するエクセル等のツールも配布されています)
法令の内容として、労働者に行うべき説明内容やその範囲については明確に定義されてはいないものの、このレベルでの分析や整理が行政の資料に記載されていることから、企業にも同レベルの水準は求められていると考えることができます。
これについても、たとえば分析基準や判断はこれで良いのかどうか・配点がこれで良いのかどうか、ということには絶対に正しい解があるものではないと言えます。
業界別のガイド等も示されていますので、必要な水準を知ることはできますが、制度が求めている対応は「コンプライアンスに抵触しない、安全な状態にしておく」ということではないと思います。
繰り返しになりますが、「使用者と労働者が納得でき、多様な働き方について不当な区別がない職場を目指し改善を繰り返していく」という経営姿勢と対応が求められているのだと思います。
必要であれば社会保険労務士等の専門家も活用し、より良い状態に向けての体制を築いていくことが大切だと考えます。
※「不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル」(厚生労働省)より引用
※クリックすると画像が拡大します。
参照しておきたい各種情報(厚生労働省ほか)
・同一労働同一賃金特集ページ
・同一労働同一賃金ガイドライン」
・非正規雇用労働者の正社員化や処遇改善の取組を実施した事業主に対して助成する 「キャリアアップ助成金」
・『同一労働・同一賃金』最高裁が初判断」(NHK時論公論)
【関連記事】2020年度の制度・法改正に関する解説記事と資料はこちら
執筆者紹介

松井勇策(まつい・ゆうさく)(社会保険労務士、公認心理師、Webフロントエンジニア・グラフィックデザイナー) 東京都社会保険労務士会 広報委員長(新宿支部)。フォレストコンサルティング労務法務デザイン事務所代表。名古屋大学法学部卒業後、株式会社リクルートにて広告企画・人事コンサルティングの営業職に従事、のち経営管理部門で法務・監査・ITマネジメント等に関わる。その後、社会保険労務士として独立。労働法務の問題や法改正への対応、IPO支援、人事制度整備支援、ほかIT/広報関連の知見を生かしたブランディング戦略等を専門にしている。(2020年1月末時点の情報です)
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