真の「女性活躍推進」を考える
時短で年収アップは可能か。優秀なワーママを生かす評価制度とは
2019.08.28
出産後の女性が復職・転職する際、フルタイム勤務か時短勤務かの選択に迫られる。時短なら当然、年収はダウン。どれだけ効率化を実現しても、1、2時間の時短によってモチベーションが奪われ、ジレンマを抱えているワーママもいるのではないだろうか。
子育て中の女性をはじめとした多様な人材獲得の方法論が叫ばれているものの、時短でもフルタイム同等の待遇で採用する企業はまれだろう。今回、産後女性に特化した転職サービス「QOOLキャリア」を通じて、ある女性を「時短なのに前職より年収アップ」で採用した「シタテル」(熊本市)を取材。これからの時代の「当たり前」のヒントを聞いてきた。【2019年8月7日取材、@人事編集部・飯塚陽子】
社員の半数が子持ち。サービスの利用は共感から
共働き世帯が増えているとはいえ、第1子出産後に就業継続している割合は最新のデータで53.1%。ようやく半分を超えたばかりだ。(「第1子出産前後の女性の継続就業率」及び出産・育児と女性の就業状況について)「QOOLキャリア」の調査によると、いまだ4割以上が出産を機に退職し、転職の際に「年収ダウンも仕方ない」と考える人が6割以上いるという。保育園のお迎え時間の制約があるワーママの年収ダウンは「当たり前」。一方で、新たな転職サービスを通じて「時短でも年収アップ」がかなった例が出てきた。
衣服生産プラットフォームを運営する「シタテル」は、熊本市に本社があり、東京オフィスと合わせて60人以上の社員を抱えている。この1年で社員数が2倍になった急成長企業で、採用担当者の及川尚子さんは「積極的な中途採用をしていく上で、母集団を増やすことが課題だった」と振り返る。
2019年3月にリリースされた「QOOLキャリア」に登録している求職者は全員、子育て中の女性。人事領域で実績のある知人の紹介で利用し始め、2014年創業のベンチャーとはいえ平均年齢が30代半ばで及川さん自身も含めて子育て中の社員が多かったこともあり、「お子さんがいる方でも全く問題ない」と特にハードルは感じなかったという。希望人材にマッチする産後女性と出会ったのは利用から約1カ月後だった。
オファー額が求職者の「希望年収」を上回った理由
産後の女性が転職するときに条件以上に気にするのが労働時間。だが、よくある求人票には時短制度の有無があればいい方で、実際の産後女性の働き方について記載されていないことが多い。その点、「QOOLキャリア」の登録企業は「子育て中の女性が活躍している」「時間ではない評価軸がある」など一定の条件をクリアしたところのみ。「シタテル」の評価制度の基盤は6段階に分かれた等級制度で、労働時間に関係なくそのグレードによって年収が決まる仕組みだ。
面接した女性の前職はUI/UXデザイナー。複数回の選考を経て、グレードを提示した上でオファーを出した。女性は時短勤務を希望していたため前職より低い希望年収額を記載していたが、結果的にフルタイム勤務していた前職の待遇も上回り、今年7月に「時短でも年収アップ」でマッチングが成立した。
「たとえば残業を見越した勤務なら【グレード5】は期待できそうだけど、まずは慣らし運転として【グレード4.5】でどうですか? など、本人の希望する働き方、キャリア志向と相談しながら最初のグレードをオファーすることもあります。労働時間が8時間から6~7時間になったところでの減額はありません」(及川さん)
能力ではなく「期待」に対して金額提示する評価制度
同社の等級による評価制度は2017年3月からスタート。ビジネス職の他、エンジニアやデザイナーといったクリエーティブ職とさまざまな職種があるため、たとえばグレード1なら「周囲の支援を受けながら限られた業務を行える」、グレード2なら「周囲の支援を受けながら1人前の業務を行える」に始まり、成果を創出すべき範囲とその遂行度合い、クオリティなど職種別・グレード別に細かく「期待役割」が設定されている。現在の能力ではなく、会社からの「期待役割」に対して社員が「やってみます」となればそれに応じた金額が支払われ、半期ごとに成果とともに見直される。本人がライフ・ワーク・バランスを考え、グレードの下方修正や上方修正を上長に申請することも可能だ。
多くの企業では、労働時間によって給与が支払われている。例えば8時間勤務を6時間勤務にすると給与は25%ダウン。前職で時短によって年収が8割になっていたという及川さんも「モチベーションが下がる、というのはすごく分かります」と実感を込める。同社では及川さんを含めて定時帰りの社員も多いそうで、「どの職種も『成果を出す』ということ、生産性が高いことが重要視されています。やるべきことをやっていれば、早く帰りづらいという空気や、残業が偉いという雰囲気は全くないですね」と、働きやすさを感じているという。
採用時や人事評価の見直しの際に齟齬を生まないポイントは、「明日からあなたには◯◯を期待します、と具体的にオファーをすること」。クリエーティブ職以外で定量的な判断が難しい職種においても業務へのコミットメントを上司とメンバーでしっかり握っておくことで明確にしておく。熊本と東京でオフィスが離れているが、ウェブ会議やチャットツールを駆使してコミュニケーションを密に取り合っているという。
成果主義も課題あり。制度はアップデートが必要
一方、成果主義には課題もつきものだ。「シタテル」のように全員が中途採用という企業にはフィットしているように思えるが、隠れ残業の温床となったり、新卒採用や経験値のない若手社員の評価は難しい部分もある。
→成果主義について読んでおきたい記事はこちら成果主義は社員を大切にすることから。守島基博が語る「人事の盲点」
「シタテル」では社員数が増えたこともあり、「グレードの設定にはまりきらない人がいる」「一つグレードを上げるのが大変な人がいる」など課題が出てきた。及川さんは「評価制度のリニューアルを準備中です。人事制度はあくまでビジョン・ミッション実現のための手段と考えており、事業環境の変化や戦略の変更に伴い、ソフトウェアのように、常にアップデートが必要であると考えています」と話す。人事領域で経験豊富な役員がいることもあり、これからも目的に合わせて柔軟に制度を運用していくという。
「働きやすいと感じるのは、男女問わずオンとオフのメリハリをつけて働いている社員が多いことも関係していると思います」と及川さん。時短社員に限らずワーク・ライフ・バランスを大切にする「企業文化」が根付いていることが、「時短でも通常待遇」が自然と受け入れられている理由なのだろう。
「パフォーマンス評価」ができる企業が登録する「QOOLキャリア」
「ビーボ」(東京・港)が提供する転職サービス「QOOLキャリア」が生まれたきっかけは、自社の採用からだった。
同社が約2年前に経理のキャリアがある子育て中の女性の採用に至った際、彼女がそれまでに何社も書類に落ちていた実態を知ったという。潜在的な優秀人材が「子育て中」の看板によって埋もれている。同サービスの事業部部長の酒井陽大さんは「ママだからではなく、『この人だから採用したい』と思えるマッチングの仕組みをつくりたかった」と話す。
「時間ではないパフォーマンス評価をする」企業でないと登録に至らないのも特徴だ。現状では従来型の時間評価の企業がほとんどのように思えるが、「まず事例を作ってみようという動きが出てきました。少しずつですが、成果で評価する企業が増えています」と、潮流の変化を感じている。
今回のような「時短で年収アップ」はまだレアなケースではあるものの、「やりがいを求める」求職者側と、「成果を出してほしい」という企業側が出会うことは、「お互いに本来あるべき形」(酒井さん)だ。ここでは、産後女性側も「時短だから」という甘えは通用しない。成熟した評価制度の先に、互いにプロとして信頼関係を結ぶ、本当の意味での「女性活躍推進」の姿がありそうだ。
企業情報
シタテル株式会社
所在地:熊本県熊本市中央区水前寺公園28-23 2階
設立:2014年3月
事業内容:さまざまな服の生産を必要とする事業者に生産プロセス全体をサポートする新流通プラットフォーム「シタテル」の提供
HP: https://sitateru.co.jp/
サービス情報
「QOOLキャリア」
運営会社:株式会社ビーボ
サービス開始:2019年3月
サービス内容:子育て女性が活躍している企業と、子育てしながら働き続けたい女性をマッチングする転職サービス
HP: https://career.qo-ol.jp/
【編集部より】
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